待ち合わせしましょう

さて、何を着ていこう。家に帰って食事や入浴を済ませ自室に戻った私はクローゼットを開いた。普段一緒に出掛けるのは義兄さんや姉さん、幼馴染たちなのでデートと言われても何を着ていけばいいのやら、というのが率直な感想である。あまり派手な服は持っていないし、手持ちの靴はパンプスかスニーカー…あとローファーくらいか。身長を気にする必要はないけれど明日の予定という予定もないので、どうやっても良いように履き慣れたパンプスで行こう。なんだっけ、美脚なんちゃら…ああ、走れるパンプスだ。あれで良いか。靴が決まったらあとは…不意にワンピースが視界に入る。真っ黒で一見地味だが、ハイネックのような形の襟元や袖はレース生地になっていて、ウエストで絞る形になっているのでちょっとしたドレス代わりにもなる、らしい。タイトなスカートは膝上くらいで下品にもならないし…強いて言うなら背中が開いたようなデザインなのが少し悩む。肌が直接見えているわけじゃなくて、薄いレースが覆ってはいるけれど…ううん。他の服にも目を通して見るけれどデートに着ていく物があるのかと言われたら微妙だ。いやもうデートと思わず、駿と二人で出掛ける程度にしておけばいいのか?空護と二人だと動き易さ重視になるから流石に…成る程、わからん。


「何がいいのか…。」

流石にこのワンピースはやめておこう。義兄さんと出掛けるのなら車移動だから気にならないけれど、これじゃ上着にも困る。ワンピースをクローゼットに仕舞ってもう一度見回す。タイトスカート、あとハイネックのニットと…スプリングコート?着用図みたいにベッドの上で洋服を重ねてみるけどしっくりこない。というか、どうしても気合いが入り過ぎているように見えてしまう。うんうん頭を悩ませていると端末から通知音。なんだ、と端末を手に取って開くと五条先輩から…ではなく、空護だった。

【起きてる?】
【起きてるよ】
【通話掛けていいか?】
【あいよ】

簡素なやりとりを重ねてから机に置いたままのBluetoothイヤホンを耳に付ける。接続音が聞こえて、程なくして通話が掛かってきたので応答する。

「もしもし。」
「夜にごめんなァ、平気か?」
「平気だよ。ちょっとクローゼットと格闘してるから煩いかもだけど。」
「おれは平気だけど、なに、デート?」
「………まあ。」


空護はそっかァ、と笑う。他人事だからって…まあ、二人と出掛ける時にこんなに悩む事はないし、面白いのかもしれない。こういう時に突っ込んでは来るけれど深くまでは聞いてこないこいつの性格には助けられてるな、なんて思う。服?決まらない。

「そんで、どうしたの?こんな時間に起きてるの珍しくない?」
「やー、何となく?喜雨が困ってるような気ィして。」
「嘘。」
「うん、嘘。」
「切るわよ。」
「ごめんごめん、切らないで。」


要約すると課題が解けない、という話だった。そこまで課題が多い学校ではないけれど、今日の授業で復習が必要だろうと判断した教師が週末にと出た物。私は夕飯前に終わらせたので、答えは知っている。駿に聞かなかったのは多分、駿は駿の勉強をしていると思ったからだろう。

「問2?」
「そう、他はなんとかなったんだけどさァ。」
「それ今日やった公式使って解くんだよ。授業の最初の方で習った方。」
「あァ…?」
「メモ取ってあるから写真送る?」
「頼む…。」

一度クローゼットから離れてカバンの中からファイルを取り出し、目的のページを探す。見つけたルーズリーフを写真に収め、空護に送る。あああ!と声が聞こえたのでファイルを鞄に戻すと紙にペンが走る音が聞こえた。

「7!」
「ん、正解。」
「はー、良かった…解けねェわけだわ。やっぱ喜雨のノート分かりやすいよなァ。」
「それはどうも。ついでにちょっと付き合って、服選び。」
「おう!」

通話越しに聞こえる空護の声は相変わらず明るく元気。だがもう少しで眠気のピークに達するであろう幼馴染の意識がハッキリしてる内に決めようと気合を入れ直した。



次の日、七時過ぎに掛けたアラームで目を覚ます。二度寝したいような…いや、あまりだらけていると行くのが面倒になる。諦めて起き上がり、いつも通りの朝を過ごした。三人で朝食を済ませ、着替えて化粧を済ませる。それから髪、薄くではあるものの化粧もしているので少しくらいはアレンジしてみるか。時間にもまだ余裕はある。シニョン…だと少し手抜き?髪を梳かしながら考えて、結局ハーフアップにした。耳の上辺りの毛を取り後頭部に向かってねじっていき、バランスを見ながら軽く崩してピンで一時的に留める。反対も同じようにしてから左右の毛束を纏めてゴムで結び、くるりんぱ。トップも少し崩して毛先を軽く巻く。時計を見ればまだ少し余裕はあるけれど、もう出てしまっても良いだろう。落ち着かないし。休みの日にしか使わないお気に入りの香水を毛先と手首に振って、軽く首にも付ける。義兄さんから入学祝いに貰った華奢な腕時計を巻いてから部屋を出た。

「そろそろ出るね。」
「ふふ、楽しんで来て…でも気を付けてね?」
「義兄さん、変じゃない?」
「ええ、とても素敵ですよ。」
「やった。じゃあ、いってきます。」

いってらっしゃい、と二人に言われてなんだか擽ったい。学校に行く時も二人に声を掛けて貰うけれど、なんだか今日は違う気がした。明日は二人と映画鑑賞だし、何か買って帰ろうかなぁ、なんて考えながら駅へと向かう。遠出する?と聞かれたが突然決まった事だし、今回の目的はお揃いの物を買うというだけなのでなるべく丁寧にお断りした。というわけで、今回の目的地は隣町にあるモールになった。ある程度の物は揃っているし、そこで目的のものが見つからなければアウトレットにでも行こう、という事で纏まったのである。電車に乗り込んでから五条先輩にLINEをしておこうと端末を取り出すと既に通知が一件。

【駅着いたら教えて】

簡素な文章と、昨日に続き投げキスしている毛玉ちゃん。思わず笑いそうになってしまったけれど電車内なので唇を噛んで堪えた。そのままトントンと指先で文章を打ち込み送信。少しだけ楽しみだな、と思っている自分が居るのは、買い物に浮かれているからだと思いたい。



改札を抜けて着きました、と連絡をするがすぐに既読が付かない。もう待ってるんだろうなと思っていたけれど…と辺りを見渡すと頭ひとつ分抜けた白い髪が視界に入る。目立つ、凄く、目立っている。周りで女の子がきゃあきゃあしてるのを見てしまって、正直先程までの楽しみだという感情がどっかに吹っ飛びそうだ。五条先輩は端末を見たまま、動かない。物凄く行きたくないけれど、仕方ないので向かう。が、しかし。人の波に埋もれていたから気が付かなかった事実に気が付いてしまい、足を止めた。すす、と後ろに下がって柱の影に隠れて端末を開く。

【一回帰って良いですか?】

「なんで?」
「ひっ!」

ぽん、と送信したものにすぐに既読が付いた事にも驚いたのに目の前から覗き込まれて息が止まりそうになった。息というか、もう心臓が。

「あれ?喜雨ちゃんも黒だったか。」

そう、そうなのだ。私が昨日空護を巻き込みああだこうだと頭を悩ませまくった結果出来上がったコーディネートが、ちょっと被った。

五条先輩はシャツにクラッシュパンツ、ローカットのスニーカー、ウエストバック…上から下まで真っ黒の所謂ブラックコーデというやつだった。服装が黒だからこそきらきら輝く髪が際立つ。というか190オーバーのブラックコーデ、圧が強い。サングラスも相まって存在感が凄い。指先にあるいくつかのシルバーアクセサリーが妙に似合う。
対して私。膝上のワンピース、デコルテや袖がシースルーになっていて、裾が少しだけレースになっているやつ。いつだかに買ったっきり着ていく場面もなく忘れられていたのを空護が思い出してくれた。それと白いポシェットに黒のパンプス。あと首元が寂しかったので細身の紐みたいなチョーカー。紐みたいというか紐なんだけど。

ペアルックとも、リンクコーデとも呼べないようなものだ。ただメインの色が被っただけ、と言えばそれまでだけど…いやでも私の鞄が黒かったら完全に…。パステルカラーが溢れるこの時期に黒で被るなんて思わなかったんだよ。なんだか妙に気恥ずかしくて、目線を逸らす。


「恥ずかしくなっちゃった?」

ぐい、と顔を寄せてきた五条先輩が耳元に吹き込むから思わず変な声が出そうになった。五条先輩は誰が見てもわかるくらいに上機嫌で、ひょいと私の手を取る。また勝手に手を繋ぐんだから。というか、着替えさせてくれ。

「初デートでこれって凄くない?やっぱ僕たちは付き合う運命なんだねぇ。」
「いや、そん、服がちょっと被ったかな?くらいで浮かれないでください。」
「ちょっと被ったかな?程度なら着替えなくて良いでしょ。ほら、行くよ。」

ぐいぐいと腕を引かれる。ああもう、と髪を掻き乱しそうになるけれど折角整えたのだからと堪えた。さっきまでは気が動転していて気が付かなかったけれど並んだらいつもより目線が近い。ヒールがそうさせているのだと気が付いて、なんだか近くなった事も気恥ずかしく思えてくる。それを誤魔化したくて何処に行くのかと問えば、彼はまた笑った。


「ご予約の五条様ですね、お席は此方になります。」

引かれるままに辿り着いた先はお洒落なカフェだった。休日ということもあって混み合った店内を見回していると店員と思わしき女性に声を掛けられて、そのまま席に案内される。ソファ席を譲って貰い、鞄を隣に置くと五条先輩は正面に座った。

「何食べる?僕はねぇ、ハニートースト。」
「それは食事ではないような…。」
「甘いの好きなんだ。あ、ここはサンドイッチが絶品だよ。」
「サンドイッチ…に、します。」

オススメされたから、ではなく、私がサンドイッチが好きなのだ。パンが好きだという話は確かにしたので、多分その辺りも考えてこの店を選んでくれたのだろう。ドリンクメニューを流し見して、決めたタイミングで五条先輩が店員を呼ぶ。

「お待たせ致しました、ご注文をお伺いします。」
「ハニートーストとサンドイッチ、メロンソーダと…、」
「ホットのロイヤルミルクティーで。」
「畏まりました、ご注文を繰り返させて頂きます。」


お願いします、と声が揃った。店員が頭を下げてから立ち去るのを見届けてからぼんやりと目の前の男を見る。第一印象が衝撃的過ぎてその印象が強いけれど、こういう些細な気遣いを自然とする人だな、と、思う。最初はそれはもう酷かったけれど、それ以降は割と紳士的というか…常識的?育ちが良さそう、これだ。

「なあに、僕に見惚れちゃった?」
「……見惚れてはいませんけど、しみじみしていました。」
「なにそれ。」

慌ただしい店内では声を張らないと聞こえないかなと、思っていた。けれど声を潜めない限りは問題なさそうだ。先に届いたドリンクに口を付けると今度は私が視線を感じる番だった。なんだろう、と視線を上げると五条先輩は頬杖をついて、私の事を見ている。

「なんですか。」
「んー?見惚れてた?」
「…あのねぇ。」
「本当だって。僕の為にお洒落して来てくれたの嬉しいなーって思ってたの。」
「…五条先輩は目立ちますから、みっともない格好出来ないでしょう。」


別に意識したのは相手がこの人だからじゃない。デートと言われて、それならそれ相応の服を着て行かなければと思っただけだ。TPOというやつ。だから別に、これが駿や空護が相手だったとしても、デートだと言われればこういう格好をして来たし、髪型もアレンジしたし、化粧だってした。誰に言うでもない言い訳みたいだけど。五条先輩が口を開いた瞬間、お待たせ致しましたという声が掛かったので私は目の前のサンドイッチに意識を移したのだった。



オススメと聞いていただけあってサンドイッチは凄く美味しかった。具沢山ではあったが小さめにカットされていたので食べやすかったし、量は…少し多かったけど五条先輩に食事も摂れという名目でいくつか食べて貰ったので問題はない。お返しと差し出されたハニートーストも美味しかった、甘かったけど。予想より甘くて思わずミルクティーに手を伸ばした私を見て笑っていた男は許さない。

ゆっくりと食事を済ませて、リップだけでも直そうと席を立った。化粧室で髪型や化粧の崩れがないかを確認して、少し落ちてしまったリップを塗り重ねる。余分に乗ったリップをティッシュで拭いもう一度全体を確認。よし、と思うがこれもなんだか意識してるみたいだとは思うんだけどこれはマナー、マナーだから。


いつまでも待たせているわけにもいかないので足早に席に戻ると五条先輩が女の人と話している。ナンパ?女の方からするのは逆ナンか、と一人考え込んでいると五条先輩と話していた人が手を振り合って移動して行った。なんとなく、その先を見ていると少し気難しそうな顔をした男の人が居た。どうやら知り合いらしい。

「お待たせしました。」
「そんなに待ってないから大丈夫、行こっか。」

何も知らないという顔をして席に戻り声を掛けると五条先輩が立ち上がる。特に回収するものもないから歩く背中に着いて行く、が、会計を素通りしてそのまま扉を開けるから慌ててその手を掴む。

「え、あの、」
「うん?あ、もう会計してあるから平気だよ?」
「良かった…いや、良くない。」

こんな目立つ人が無銭飲食するわけないしな、と思うが自分の分の会計までさせてしまった事に気が付く。流石に入口でいつまでも騒ぐ訳にはいかないので大人しく店は後にするけれど人通りの少ない方へ掴んだ腕を引き寄せる。

「え、なになに、二人きりがいい?僕んち行く?」
「何言ってるんですか。私の分払いますから。」
「喜雨ちゃんこそ何言ってるの、僕デートで女の子に財布出させる趣味ないんだけど。」
「私も女だからって男に全部払わせる趣味はないです。」
「えー…そこは男を立てるとこだよ。ありがとって笑っておけばいーの。少なくとも、僕にはね。」

掴んでいた筈の腕が外れ、手を取られる。話は終わってないと抗議しようとしたけどそのまま人通りの多い道へと引っ張られてしまえば騒ぐのは避けたい。奥歯を噛んで睨むけれど五条先輩はこれ以上その話を続ける気はないらしく、目的地のモールにそのまま向かっているらしい。あそこのカフェは食パンにこだわりがあって、だからサンドイッチもハニートーストも美味しい。でも、パフェも美味しいんだよね、なんていつもと同じように他愛もない話を振ってくるから噛み付くのもアホらしくなってくる。


「五条先輩。」
「なあに、喜雨ちゃん。そろそろ名前で呼んでくれたら嬉しいんだけどなぁ?」
「……ありがと。」
「ふは、どういたしまして。」

きゅ、と手を握り返すとなんだか満足そうに笑われたけどどんな顔をしていたのかは見てない。見れなかった。なんだか本当に付き合って、デートしてるみたいだなんて、そう思ったのは言わないけれど。
タルト有馬す。