お買い物しましょう

辿り着いたモールは何度か来た事があるけれど、新しく入った店舗がいくつかある。最後に来たのは確か高校入学前の、幼馴染たちとピアスを買いに来た時で、そのアクセサリーショップが変わらずあるようだ。特に必要な物はないけれど時間があれば少し寄りたい旨を伝えたら五条先輩は頷いてくれて、とりあえず何を買うかも決めていないから二人で適当に見て回ることにした。

「お揃いってなにがいいんです?」
「指輪。」
「却下。」
「えー、なんで?婚約指輪も結婚指輪もちゃんと別に用意するよ?」
「なんで結婚すること前提なんですか。というか、学校で使える物が良かったんでしょう?」
「学校でっていうか、喜雨ちゃんが僕のって分かればいいし。」

雲行きが良くないのでスルーして、近場にあった小物が豊富な店にふらりと入る。余り下手な物を選んだら本気で指輪を渡してきそうなので学校内で使えるような物を見繕う。アクセサリーの類いは…校則は割と緩いけれど、流石に。五条先輩はピアスを開けていないから無し、腕時計は義兄さんに貰った物が気に入ってるし…可愛らしいぬいぐるみのストラップも目に入ったけれど私のキャラには合わない。五条先輩は似合いそうだけど。掌に二つは乗せられそうな小さなクマを五条先輩に差し出すとちょん、と乗る。私が二つなら先輩の手には余裕を持って三つは乗りそうだ。

「なになに、欲しいの?」
「いや、似合いそうだなって…?」
「僕なんでも似合うからね。」


童顔だからか、それとも彼の性格からか。やっぱりクマは違和感なく馴染む。顔が良いって凄いな。

「クマ好きなの?」
「へ?」
「ほら、スタンプもクマだったし。」
「あー…んん?好きなわけでは…?」
「じゃあ、何が好き?」
「………ねこ?」

うん、猫が好きだ。幼い頃、空護の家の隣に住んでいたおばあちゃんが飼っていた長毛種の猫が可愛くて、よく触らせて貰っていた。ふわふわの手触りが気持ちよくて、おばあちゃんの家に遊びに行って畳で昼寝してしまった私たちと並んで寝てくれていたあの子が大好きだったのだ。いつだったか、居なくなってしまったけれど。あの別れが寂しくて、それからは触れたりしないようにしているから忘れていた。

「じゃあ猫にする?」
「いや、ぬいぐるみが欲しいわけじゃないので。」

元の位置に戻されたクマと並んだ三毛猫のストラップ。可愛いとは思うけれど自分の手元に欲しいのかと言われたらそれは否。可愛い物は可愛い人が持つべきだ。私より空護や駿の方が似合う。自然に繋がった手を振り解くことも握り返す事も出来なくて、軽く引く。


「違う所も見てみましょうか。」


それから、モールを二周くらいした。アクセサリーショップも寄ったけれど五条先輩が真剣に指輪を見始めた辺りでその手を引けば甘やかな笑みを返してくるから気恥ずかしくて結局すぐに出てしまった。今度駿と空護と三人で来ようと強く決める。閑話休題。流石に疲れたので二人でモール内に作られたスタバに来ました。スタバ好きなんだよ。私が二人分の会計をする予定だったのだが、私の注文を聞いた五条先輩が席を取っていてと言うので物凄く自然に会計から離された。ポケットか鞄に勝手にお金入れておこうかな、なんて思いながら空席を探す。ソファ席がある、というか、そこしか空いていない。カップル席みたいなソファ席のみである。くそぅ。


ともあれ仕方がないので席に着く。会計に並ぶ五条先輩を見て、改めて目立つなぁと何度目かの思考。顔が良いから問題がないだけで、あんだけ真っ黒だったら不審者に見えそうなのに。サングラスしてるし。でも、あのサングラスは彼の目を守る為の物だというのは何となく察しが付く。色素が弱いと言っていたし、きっと自然光も蛍光灯も彼の目には酷だろう。…あんな綺麗な人が私の事好きなんだろう。お互い第一印象最悪だったと思うんだけど。ぼんやり見ていたら不意に視線が合う。五条先輩は少し驚いたみたいな顔をしたけれど、すぐに笑顔になって手を振って来る。待ってて、と唇が動いてそれに一つ頷くと呼ばれるまま注文している。なんだかなぁ。


「はい、ホワイトモカ。」
「ありがとうございます。」
「どうしよっか、アウトレット行く?」

特に突っ込まれる事もなく、隣に座った五条先輩が手渡してくれたホワイトモカに口を付ける。買い物の休憩程度なのでショートサイズだ。五条先輩はバニラフラペチーノと思わしき物を飲んでる。本当に甘党なんだな、と見ていたら目の前に差し出された。

「飲む?」
「じゃあ、ひと口。」

受け取ろうとしたけど何故か手渡してくれない。にっこり笑った顔に意図が分かってしまう。でも飲むと言ってしまったしここで騒ぐのも…、諦めて差し出されるままにストローを含む。ひと口飲むと想像より甘さが強くてびっくりする。

「あまい…。」
「これが美味しいのに。」

ぱく、とストローを咥えたままご機嫌な様子の五条先輩は置いておいてどうしたものかと思考を巡らせる。ストラップに始まり、学校で使えるであろうカーディガンやペンケース、アクセサリーの類いまで見て回った。途中何度か寄り道もしたが目的を果たす為にとぐるぐる二周したわけなのだが…ストラップ、私の趣味じゃない。カーディガン、夏場は使わない。アクセサリーはとりあえず却下しておいた。今のところペンケースが妥当だが、私は入学時に買い替えたばかりだし…もうボールペンか何かで良くないかと提案したがそれはもう良い笑顔で却下された。流石に適当過ぎたかと反省したが、周りに牽制することが目的なのだと力説されたのでそこはスルーしておいた。

「やっぱ指輪だって。」
「学校じゃ付けられないですよ。」
「チェーンも買って首から下げるとか。」
「どの道体育やらなんやらで外すんですから…というか、そういうのは付き合ってる二人がするものでしょう。」
「付き合うじゃん。」
「そうだけど、そうじゃなくて…。」

こんな感じで指輪を推してくる五条先輩の意識を逸らしながら見て回るので何度も振り出しに戻るを繰り返している気分になる。どうしたものか、とホワイトモカを飲む。なんとなく、五条先輩の手元を見ると手首には腕時計。それ以外は何もない。


「ブレスレット、とか。」
「ブレスレット?」
「あのー、革のやつあるじゃないですか。ああいうのなら男女問わないですし、外さなきゃいけないタイミングがきたら鞄に付けておけばいいかなと。」
「……ブレスレットはアリなのに指輪がナシなのはなんで?」
「いや本当はアクセサリーの類いは避けたいです。でもこのままだと指輪になりそうで…だったらまだブレスレットの方が。」

不服そう、とてもとても不服そう。でもこればかりは譲れない。

「革のブレスレット自体は僕も賛成。でも、今日の喜雨ちゃんの服装には似合わないでしょ。」
「そう言われると…まあ、服は選びますけど。」
「校内だけじゃなくて、いつも身に付けてて欲しいんだけど。」
「それこそ本当に指輪かネックレスじゃないですか…それとも五条先輩もピアス開けます?」
「いいよ。」


え、と言う前に五条先輩が立ち上がり、私の手を取った。飲み終わった空のカップを片手で二つ持ってそのままゴミ箱に捨て、そのまま歩き始める。

「え、ちょ、冗談だったんですけど。」
「他に思い付かないんでしょ?それとも指輪が良い?薬指以外認めないけど。」
「開けても一ヶ月は付け替えられませんって。」
「すぐ付け替えたら痛いだけでしょー?」

足がもつれるような速度じゃない。それでも先程までのゆったりした歩調ではなくて、目的地にまっすぐ向かう速度だ。このままだと本当にピアスを開けかねない。

「幼馴染とは出来て僕とは出来ない?」
「は?」
「僕だってそういうの欲しいって話。」
「っ、ああもう、ちょっと止まってってば!」


少し声を荒げるとぴたりと動きが止まる。私を見る目には見たことない感情が篭っていて、怖気そうになるけれど強く手を握る。五条先輩は少し辺りを見渡した後、軽く手を引いて歩き出す。今度は買い物してた時みたいなゆったりとした足取り。モールを出たけれどお互い何も言わずに歩いて、五条先輩が入ったのはカラオケだった。店員とのやりとりが淡々と行われ、通された部屋に二人で入り、適当な位置に座る。手は繋いだままだけど、まだあの目だ。

「……指輪が良いのは、自分だけが良いからなんですか?」
「そうだよ?」
「駿と空護に妬いてたんですか。」
「うん、めっちゃ妬いた。喜雨ちゃんの想像の3倍は妬いてる。」
「牽制って、二人に?」
「んーん、全員。僕が卒業しても僕のだって分かるようにしたいじゃん?」
「はあ……ピアスは却下です、五条先輩にピアスして欲しくないので。」
「なんで。」
「……そういう傷がない先輩の方が、好ましいので。」

我ながら無茶苦茶理論だが、なんとなく、この人にピアスは似合わないと思った。これ以上目立っても仕方ないだろうという気持ちもある。でもなんとなく、そういうのは違うと思ったのだ。嫉妬は予想外だったけど、そんな理由で傷なんて作らなくて良い。

「先輩、お揃いやめませんか。」
「は?なんで?」
「……これ、貸しておいてください。」


ちょん、と、先輩の付けているシルバーアクセサリーに触れる。五条先輩は一瞬理解が出来てないみたいだったけれど、すぐに私の目を見る。自分で言っておいて物凄く恥ずかしい。

「先輩の持ち物持ってたら、十分牽制だか威圧とかになるでしょ。」
「それはそうだけど…え、コレ?喜雨ちゃんには緩いでしょ。」
「小指にしてるのならどっかの指には合います。それで、先輩はこっち。」


首に巻いていたチョーカーを解く。元々ただの紐のような物だから、別段首に巻く必要はない。腕時計の邪魔にならないように手首に何度か巻き付けてから結ぶとやや不格好に見えなくもないがそれっぽくはなった。

「これじゃ、ダメですか。」
「……。」
「先輩?」


流石にダメか?と思ったのも束の間、腕を掴まれて引き寄せられる。腕の中にすっぽりと埋まるのは何回目かなのでもう慌てたり暴れたりはしないけれど、いつもとは違って化粧をしているから、五条先輩の黒い服を汚しそうでちょっと怖い。

「ああもう、ほんっと、」
「ちょ、あの、化粧付きますから。」
「あー…今すぐ抱きたい。」
「だっ!?」

なんで?しかもなんかこれまでの冗談みたいな言い方じゃないからさっきまでの冷静さとかどっかに行く。これはもう暴れるべきだと本能が告げるからじたじたと腕の中で足掻くけれど、逆に拘束が強くなっただけだった。

「五条先輩、あの、ちょ、離して?」
「無理。」
「無理じゃない、出来る。」
「無理。」


何を言っても聞いてもらえそうにないので、これ以上の失言を避ける為大人しくする事にした。暫くして深く噛み締めるような息を吐いた五条先輩が漸く腕の力を緩めてくれた。それから左手の小指に嵌めていた指輪を抜いて、私の右の薬指に嵌めた。ちょっと緩いけど、落ちていく程ではないだろう。

「いつもしてて。」
「お風呂と体育と調理実習は無理ですね。」
「じゃあそれ以外。あー、後でチェーンも買ってあげるからお風呂以外は付けてて。」
「……分かりました。でもチェーンは家にあるの使うので、買わなくて良いですよ?」
「ダメ、僕が買って君が付けることに意味があるんだから。」

有無を言わせないとはこういう事なんだろうか。いつもはもっと、疑問系なのに。普段は私が答えやすいように、返しやすいようにと気遣ってくれているんだと今更気が付いた。


「あの、」
「あと、今日だけでいいから、悟って呼んで。」
「……さ、とる、せんぱ、い?」
「ん、良い子。」

五条先輩の唇が、頬に触れる。また勝手にとか化粧してるのにとか色々思うけど、なんとなく怒る気分にもなれなくて何度も繰り返し顔中に落とされる口付けを受け入れてしまう。可笑しい、と思うのに。

「五条先輩、あの、ちょ、」
「どこまでも僕の予想を超えてくるんだもん、はー、どんだけ好きにさせたいの。あと悟って呼んでってば。」
「いや、まって、ちょ、こら!どこ触ってんですか!」


与えられている口付けに意識を持っていかれていたけれど、いつの間にか背中のジッパーを下そうとしてくるからこれには抵抗する。

「昨日キスマーク付けたばっかなのに髪アップにして見せてるしさぁ。もういいじゃん、付き合お?」
「わ、忘れてたんですよ!もう!ダメだってば!」
「初めては僕んちって思ってたんだけど、此処でも良い?」
「なんで良いって言うと思った!?」


いつの間にかお粗末なソファに押し倒されていて、視界が五条先輩でいっぱいになる。初めてに理想はないけれど流石に付き合ってもいない人とカラオケで、なんてのは嫌だ。まだ先輩の家の方がマシ、いや、しないけど。

「先輩、怒りますよ!」
「怒ってても可愛いね。」
「そうじゃなく!」


五条先輩が首筋に顔を埋め、リップ音が生々しく部屋に響く。あの痛みはないからキスマークを付けてるわけじゃないことには安心だけど、でもそういうことではなく。こんな事ならハイネックを選ぶんだった、と後悔した。

「っ、悟さん!」
「……ん?」
「も、だめって、ば、」


髪が乱れるとか、化粧が崩れるとか、そういうのはいい。本当は良くないけど直せるから。でも、そういうことはしたくない。此処が何処とか、付き合ってる付き合ってないとかじゃなくて、今は嫌だ。

「……あー、ごめん、暴走した。」
「ほんと、もう、次やったら殴りますからね。」
「ごめんごめん、もうしないから。」

本当に悪いと思ったのか、私の体を起こし乱れた髪を直してくれる。それから少しどころではなく下げられたジッパーもきちんと上まで戻された。目尻に落とされた口付けも今は怒らずにいよう。

「出よっか。」
「もう出るんですか?」
「…これ以上二人きりになったら困るの喜雨ちゃんだと思うけど、いいの?」
「さ、チェーンを買いに行きましょう。」


自分が引っ張り込んだ挙句暴走したから、とやっぱり会計はさせて貰えなかった。でも此処に関しては口を挟まずにいる事にする。そこからまた差し出されるままに手を繋いでまたモールに戻った。アクセサリーショップに行ってチェーンを見繕い、ラッピングは断ってから手に取ったチェーンを見る。何も通っていない、ただの鎖。

「今日の服だとどっちにしても合わないね。」
「まあ、そうですね。」
「やっぱりお揃いもする?」
「……服装に合わない男物を付けてるって一番の牽制だと思いません?」
「あ、そう言われると弱い。」

そうは言うけれどシルバーのリングはシンプルなデザインなので大きな問題はない。私が付けるには大きいし厚みがあるというだけで、もう少し細身ならシンプルなエンゲージリングにも見えるだろうけれど…今の私たちには似合わない。それでも、指に収まる少し不釣り合いな指輪が割と気に入ってしまった。

「悟さん。」
「なあに、喜雨ちゃん。」
「これ、大事にしますね。」
「………僕んち寄ってかない?」
「門限あるので。」


そんなこんなで、私と五条先輩との初デートは幕を下ろした。姉さんと義兄さんにお土産を買おうとしたら何故か五条先輩が購入し、プリンを持たせて貰ってしまった上にわざわざ家の近くまで送って貰う事になったのは非常に悔しいが。…まあ、本当に家に招かれそうになったりはしたけれど無事門限までに帰宅を果たしたので結果オーライ。因みにうちに門限はないのだが、それはバレるまで言わない事にする。



さて、ところでこの指輪、義兄さんたちの前で付けてたら色々問題になるのではないだろうか。
タルト有馬す。