甘い男と苦い男

相手の詳細は伏せた上で異性と出掛けると伝え家を出た私を迎えてくれた姉さんと義兄さんは少し落ち着かない様子だった。今日の相手からお土産に渡されたと伝えてから箱詰めされたプリンを義兄さんに渡し、三人で食後に食べた。二つで良かったのに、三人家族ならと六つ包んでくれた五条先輩にお土産を含んだ今日のお礼の連絡をすればまたデートしようね、とだけ返って来た。良しとする。夕飯の後と、翌日の映画のお供としてプリンを食べたが、姉さんがとても気に入っていたから今度あのモールに行ったらまた買おうと決める。因みに指輪はチェーンを通して服の中へと隠した。家族相手に牽制の必要はないから許されたい。


月曜日、いつも通り二人と合流したら早速指輪に突っ込まれた。校門を抜けて靴を履き替え、教室に向かうその道すがらに諸々の説明は飛ばして要点だけを説明したら空護がけらけらと笑って、駿はいつも通り…あれ?

「どしたの?」
「え?」
「やっぱ喜雨も気付くよなァ。」
「いやだってあからさまじゃん。土日で何があったの。」

いつもなら困ったように笑ってる駿が、ただ困った顔をしている。何かがあったのは明確で、問いただそうとするけど小さく唸りちらりと扉の方を見て眉根を寄せて、髪を掻き乱す。悩みがある時も私たち相手にはいつでも素直に口にする駿には珍しい反応だった。何かを言いたいけれど、それを話すには少し躊躇する何かがあるみたいな。

「……あー、自分で聞いておいてなんだけど昼に聞くでもいい?今日はあの人の教室に行く約束してたんだった。」
「珍しいね?」
「ちょっとね。」


そんな約束はしてない。でも、あの人に会うのは殆ど決定事項だし、今日は他にも会う理由がある。駿が事情を話す為にも一度落ち着く必要があるだろう。あの人、律儀に昼は来ないし。時計を確認すればもう少しで五条先輩が登校してくる時間で、慌ててバックからギフトバックを取り出す。ついでに簡素に包装された生チョコを二人に手渡した。

「余ったからあげる。」
「うまそう!サンキュー!」
「ありがとう、作ったの?」
「お礼にね。」

指輪が見えるように手を振りいってらっしゃい、と二人が揃えた声を背中に受けて教室を後にする。そういえば三年の教室なんて行った事ないけど大丈夫だろうか。今思い出したけど私これ刺されない?と不安はあるが出てしまった手前戻る気にもなれずに諦めて三年の教室へ向かう。A組だと言っていた気がする、と、教室を覗き込むと一年が居ることが珍しいのか視線が集まるので非常に気まずい。見知った顔を探すけれど居ない、入れ違いになったのかもしれない。自力で探すのは諦めて、近くに居た先輩に声を掛けた。

「あの、ちょっとお伺いしていいですか?」
「良いけど…一年だよね?どうした?」
「五条先輩って、」

そう声を掛けた瞬間、屈強そうな先輩から表情が抜け落ちて教室内が静まる。ねえ、あの人普段どんな過ごし方してるの?問題児なのは分かってたけど居場所聞こうとしただけで誰も動けなくなるってどういうこと?

「あー…すいません。」
連絡してみます、と続けようとしたら一気に取り囲まれた。本気で刺されるんじゃないだろうか、と遠い目をした辺りで女の先輩に肩を掴まれ、思わず身を固めるも目の前の先輩は凄く、それはもう凄く心配した顔をしていた。

「君があの一年なの!?」
「……あの、とは?」
「五条がベタ惚れしてる一年って俺らの中では有名というか…。」
「大丈夫!?痛い事とかされてない!?」
「ていうかこんな可愛い子追いかけ回してたの!?もお!五条になんかされたらウチらんとこ来な!?」

予想外過ぎる反応に笑い返すことしか出来ない。あの人普段なにしてるんだろう、と改めて心配になったがそこは私の預かり知らぬところである。色々あったにはあったが態々伝える事でもないので大丈夫です、と返しておく。モテるだろうと思っていたしそれは事実だろうけれど、この教室内では私は敵ではなく保護対象のようなものらしい。ヤンキーみたいなクラスメイトが一年の教室に通っていることを知って気が気じゃなかった、と至る所で言われて苦く笑うことしか出来なかった。


「ねえ、僕のなんだけど。」

ぐい、と何処からか伸びて来た腕に引っ張られて体勢を崩すが何かにぶつかる。嗅ぎ慣れ始めた甘い香りにその腕が誰のものであるかは分かったので無駄な抵抗はせず大人しく腕の中に収まる。ていうか、貴方のものじゃないです。

「五条!」
「ちょっと悟!今その子と話してたんだけど!」
「仮にそうだったとしても僕に会いに来てるんだから終わりだっつーの。散れ散れ。」
「ったくよぉ、話してたかったのにさ。」

しっしっと虫を払うみたいに扱う五条先輩の腕の中でそれぞれ席に戻ったりする先輩たちを見つめる。なんかすいません、と心の中で謝罪するも手に持ったままのギフトバックの存在を思い出す。形は崩れてない。中身も無事だと良いんだけど。


「おはようございます、五条先輩。」
「おはよ、喜雨ちゃん。なんで此処に居んの?僕行ったのに。」

私が声を掛けた先輩に向けて鞄を放り投げた五条先輩にぎょっとするけれど、先輩は慣れてるのかそのまま受け取り近くの机に置いた。席はあそこか。

「偶には…来てみようかな、と。あとこれ渡したくて。」
「なにこれ?」
「土曜日のお礼、ですかね?」


白い猫がゆるく描かれた黒いギフトバックを差し出すと五条先輩がそれを受け取り、覗き込む。渡した本人が目の前に居るのだから後で見てくれと思うのだがそんなことを伝えた所で気にしないだろうからそっと見守るに徹する。長い指がギフトバックの中にある小さな箱を取り出して、水色のリボンを解く。中に入ったチョコレートマカロンを見て五条先輩が固まる。

「昨日、姉と作りました。甘いの好きでしたよね?二人に味見して貰ったので味は大丈夫だと思うんですけど、食べれなかったら他の人にでも…。」
「僕が食べるに決まってるでしょ。とりあえず抱き締めていい?」
「良いわけないでしょうが、何処だと思ってるんですか。」
「一昨日は良かったのに?」
「っ!…先輩が離してくれなかっただけでしょう。」


赤くなりそうだけどなんとか堪えて、視線を逸らす。楽しそうな顔をしてた五条先輩がマカロンを一つ摘んで口に放り込むのが気恥ずかしくて、手持ち無沙汰に両手の指先で遊ぶ。落ち着きのない子供みたいでこれはこれで嫌だな。

「美味しい、僕好みの味だね。」
「…これが好みなら甘過ぎます。」
「でもこれが好きだって分かってたからこの甘さにしてくれたんでしょ?」
「そうですけど、ああもう、…渡したので教室戻ります。また放課後。」
「あ、待って。」

丁寧にギフトバックに蓋を閉じた箱とリボンが戻されるのを確認してから踵を返そうとしたのに右腕を掴まれた。別に三年の間で私が有名になっているのならわざわざここで話し込む必要はないのに、なんだって言うんだ。そんなことを思っていたら指先まで隠れる筈のカーディガンの袖を摘んで、隠していた指輪が五条先輩の視界に入ってしまう。

「良かった。」
「……そういう、話でしたから。」


そうして今更ながら五条先輩の手首に巻き付いたチョーカーを視界に入れてしまって、なんとも言えない気持ちになる。牽制だとか言っていたけれどこれじゃただ私の羞恥心を煽るだけじゃないだろうか。我ながらなんであんなことを言ったのか。それでも満足そうに細められた五条先輩の双眸に喉まで出掛かった言葉は飲み込む結果になった。

「外しちゃダメだからね。」
「いや、今日体育あるんで。」
「そういえば金曜日にそんな事言ってた。チェーンは?」
「ん。」

ぼやいた程度なのに覚えていた事には驚いたがとりあえず左手で軽く襟元を開き、ただぶら下がっているだけのチェーンを指先に引っ掛けて見せる。そこで漸く右腕が解放されたので崩した胸元を直すと五条先輩が顔を近寄せて来て、こんな目立つ場所でなにする気だと警戒する。

「キスマーク、まだ消えてないからあんま肌蹴させない方がいいかもよ。」

耳元に寄せられた唇が楽しそうに、満足そうに囁き込むから今度こそ顔が赤く染まるのが自分でも分かった。そして此処が三年の教室であることや自分が今注目を浴びている事も思い出す。勢い良く離れて、赤くなった顔のまま適当に別れの挨拶を告げ頭を下げて走るようにしてその場から逃げ出した。すれ違う先輩たちからの視線が痛かったけれど、それを気にしている余裕は私にはない。教室に辿り着くと死にそうな顔をした私を見て慌てたような幼馴染たちにタックルのような勢いで抱き着いて、癒し成分を摂取した。色々犠牲にしたが目的であるお礼は渡したし昼休みは三人でゆっくり過ごせそうなので結果オーライ。本音を言うならもう帰りたい。



「そんで?」
「いや、ボクより喜雨のが…。」
「私の事はいいから、ちょっとセクハラされただけだし此処一週間で慣れた。」
「それはそれでアウトじゃねェ?」

昼休みになって、誰も居ない場所を探して彷徨いていたら購買に向かう五条先輩に出逢い、その旨を伝えたらあの空き教室を勧められた。自分たちが溜まり場にしていて他の人は来ないからと言われたので有り難く使う事にしたのだ。先輩たちは最近お気に入りの屋上を使うらしいから丁度良い。その際、ちょっとばかりのセクハラをされたが忘れる事にした。空き教室に入って適当に机をくっつけて三人で昼食を広げる。駿はお弁当箱に入った一口ずつに分けられたうどんとスープボトル、多分中身は出汁汁。空護は二人分はありそうな二段のお弁当だった。私は今朝適当に作ったサンドイッチ。適当に摘みながら話を振れば駿は困ったような顔で箸を止める。

「その、二人に義兄さんと会えてないって話してたじゃない?」
「言ってたなァ、会えたンか?」
「うん、土曜日に帰って来てくれて会えたんだけど…その、なんて言えば良いのかなぁ。」
「ン?」

土曜日、私が五条先輩と出掛けた日。てっきり五条先輩が居なくても部屋に居るのだと思っていたけれどそうでもないのかな。私は駿の義兄が夏油先輩だと繋がっているからどんな人かはなんとなく知っているけれど…もしかして義弟にまで手を上げたのだろうか。

「その…会ってみたら、思っていたのと違う、というか。」
「どゆこと?」
「……なんか、可愛がってくれる、っぽい?」
「ンあ?」「は?」

思わず空護と声が被る。駿は居心地が悪そうに視線を彷徨わせ、完全に箸を置いた。

「ええと、義兄さんってあの、夏油先輩、でさ。」
「夏油センパイってあれだろ、喜雨の…、」
「五条先輩の親友、少し話した事ある。」

私のではない、断じて。強めに主張しておくが空護は特に気にした様子もなく駿に話を促す。私も流石に理解の範疇を超えているから続きが気になるし咎めずに駿に目を向ける。

「義父さんに聞いてたから不良っていうのも、この学校に通ってるのも知ってたんだ。怖くないって言えば嘘になるし向こうもボクを意識して避けてるんだと思ってたんだけど…話してみたら良い人だったよ。弟って可愛いんだねって言ってくれてさ。」
「ほえー…でも五条センパイも普通に良い人だしなァ。話してみねェとわかンねェや。」
「うーん…まあ、駿が困ってないなら良いんじゃない?と思うけど…。うちとは違うパターンの義兄だからなんとも。」
「今まで会った事なかったし、関わる気なさそうだったから急に距離が縮まってどう接していいか分からなくてさ。今までとのギャップに困ってるには困ってるけど、義兄さんが悪いわけじゃないから。」


本当になんとも言えない。そして朝、五条先輩が来るかもしれない教室で話をするのを躊躇した理由が分かった。夏油先輩関係かなとは思っていたけれど、こういう理由なら確かに五条先輩には聞かれたくないだろう。どう伝わるかわからないし、あの人、無駄に夏油先輩に絡むだろうし。

「だからこう、あんまり気にしないで。急に兄弟が出来た混乱みたいなものだと思うし。」
「まァ…、」
「駿がそう言うなら。」

駿が箸を持ち直してうどんを食べ始めたので話はそこで終わりになった。言ってはなんだけどあの人は五条先輩より読めないから、真意は分からない。五条先輩は快、不快で判断して生きてるようなものなので大体本能的に生きていると思えばいいが夏油先輩は…多分、その辺を隠すのが上手いと思う。一度は間に入って止めてくれたが、それ以降会ったことがない。五条先輩と常に一緒に居る・・・・・・・とあんなに有名なのに。意図して私と会っていないのなら相当警戒されている。でも今までそれに気が付かなかった。自分の義弟が私と一緒に居ると知っていてそうしていたのなら随分と色々考えてるのは明白、その可愛がるに裏があっても可笑しくない。でも折角義兄と関わる機会を得た駿にそれを伝えるのは憚れる。…少し様子見、だな。


「ごっそーさん!」
「御馳走様でした。」
「ごちそうさま。」

三人でお弁当箱を鞄に詰める。二人は私が朝、やや乱雑に渡した生チョコを取り出していた。マカロンを作った時に余ったチョコレートで作った生チョコだが気に入ってくれたのか柔らかく笑みを浮かべる幼馴染たちの顔をぼんやり見ながら、放課後に夏油先輩について聞き出そうと決める。自分が持つ物に向けられた視線だと勘違いした空護が口元に差し出してくれた生チョコを口で受け取って、甘さに震える。こっち空護用だから甘いんだった。駿が慌てて袋ごと差し出してくれたので一つ摘んでハイカカオのチョコレートで作った物を口に放り込む。こっちは苦い。口の中が甘いんだか苦いんだか。


甘過ぎるのも苦過ぎるのも考えものだ。今度から自分の分はダークチョコレートで作ろう。せめて口の中を一定にしようとミルクティーを飲み込んだ。
タルト有馬す。