あいも変わらず律儀に教室に来た五条先輩と合流し、いつも通り二人で話すのかと思ったら五条先輩が辺りを見回し、何かを見つける。ちょっと待ってて、と私の髪を撫でてから視線を向けた方向に歩いていく、凄い勢いでクラスメイトたちが道を開けているのが面白い。何人かは慣れて来たのか五条先輩に挨拶を返していたけれど。どこ行くんだろうかと眺めていたら鞄を持ち上げようとしていた幼馴染の前に立った。おいやめろ、私の幼馴染に何するつもりだ。
「弟くん。」
「へ?」
「君だよね、傑の弟。」
「そう、です…けど。」
「ちょっと話してかない?」
いつもは自然に距離を取る駿だが、その分不意打ちに距離を詰められるのは耐性がないので苦手だ。そんな距離の詰め方をするのは空護と五条先輩くらいだと思うけど。結局連れて来られた駿にそっと両手を合わせておくが、気にしないでと言わんばかりに笑みを返された。引き攣ってたけど。
「五条センパイ、おれもいーすか?」
「勿論。ていうか僕から拒否った事ないでしょ。」
「ふは、確かに。」
駿を案じてか、それとも一緒に帰る為か、空護が参加する事になった。別に困るような事はないので構わないんだけど…え、私の席に四人集まるの無理じゃない?私の隣壁ですけど。なんて思ってたけど五条先輩と駿が近くにあった椅子に腰を下ろし、空護は隣の席の机に座った。
「……で、空護は兎も角なんで駿まで呼んだんですか?」
「やー、今日一日傑が煩くてさぁ。弟の方は迷惑がってるんじゃないかって様子見?」
「本人が居る前でそんな…。」
「五条センパイっぽいわァ。」
そんでそんで?と興味津々に駿に問い掛ける五条先輩の圧たるや。どこまで話して良いかを考えながらも、そのまま義兄に伝わっても問題ない範囲で説明し始める駿。それを改めて聞きながら鞄を漁り、自分の分の生チョコを取り出す。コレに関してはハイカカオもミルクチョコレートも余ったものは全部ぶちこめ理論で作ったので味の保証は出来ない仕上がりだ。空護に強請られたので一つ渡したけどなんとも言えない顔をしていた、空護には苦かったらしい。口に放り込んでみたけど、なんだかよくわからない甘さになっていた。ココアパウダーじゃなくて粉糖をまぶした方が良かったかもしれない。
「喜雨ちゃん何食べてんの?」
「概念は生チョコです。」
「概念…?ちょーだい。」
「先輩には苦いからやめた方が良いですよ。」
話し終わった駿が何とも言えない顔をしていたので問答無用とチョコレートを口に放り込んでおいた。ちょっと甘いけれど問題ない甘さだったらしく大人しく咀嚼する幼馴染は相変わらずでっかい小動物みたいで癒される。駿がカピバラで空護がフェレットみたいな感じ…あ、思ったより似合うな。現実逃避していたけど、二人にあげて自分が貰えない事が不服なのか不満を前面に押し出してくる五条先輩に現実に引き戻され、知らないですよと言っておいてから口に放り込む。ご機嫌なのは一瞬だった。
「にっっっが!!」
「だから言ったでしょうが。」
「チョコじゃない、こんなのチョコじゃない…!」
「センパイって甘党?」
「うん、空護より苦味に弱い。」
「空護より!?」
私たちの中で断トツ子供舌の空護よりも、と聞いて駿が信じられないような顔をして五条先輩を見る。駿からすればちょっと甘いなーで食べたチョコレートの苦味で悶絶してるわけだから、まあ、わからないでもない。サングラスの奥で若干涙目になっている五条先輩がなんだか不憫になったので、飲みかけではあるがペットボトルのミルクティーを差し出す。躊躇なくそれを煽った五条先輩の喉が上下に動いていて、なんか見てはいけない物のように思えたから目線を外してチョコレートを食べる。駿がもう一つ食べたから多分甘党には相当苦いんだろうな。
「ごめん、飲み切っちゃった。」
「あと帰るだけなのでいいですよ。」
「んー、あ、じゃあちょっと二階行こうか。パックジュース買ってあげる。それなら帰るまでに飲み切れるでしょ?ほらほら、空護と弟くんも行くよ。」
「おれらもいーの?」
「一人にだけ買うわけないじゃん、僕先輩だよ?」
「理論が謎。」
呼ばれるままに立ち上がり貴重品だけ持って先輩の後を歩く。三年生が良く出没するのでこのパックジュースを売ってる自販機にはあまり近寄らなかったが今日は絡まれる心配はなさそうなので気にせずに向かった。品揃えが多いわけではないけど、いつもと違うラインナップなのでちょっとテンションが上がる。
「ほい、何にする?」
「じゃあ、私ピクニックのヨーグルト。」
「おれマミー!」
「ボクは…ううん、レモンティーで。」
「ほいほい。」
がこん、がこん、と言われた物のボタンを押す五条先輩が最後に自分の物と思わしきいちごミルクを買ったので、三人で頭を下げる。一番手前の空護の頭を乱雑に撫でた五条先輩は笑ってどういたしまして、と言えばパックにストローを刺して階段へと向かう。
「じゃ、教室戻ろっか。」
「んまい。」
「飲むの早いよ、空護。」
「久々に飲んだけど美味しいね。」
「喜雨まで…!」
先輩が飲みながらだから良いかなって、と空護と声を揃えで言えば五条先輩が弾けたように笑い、駿だけが困った顔をしていた。お悩み相談をした事で少し慣れたのか、さっきよりかは警戒心が薄れていそうで一安心である。頑張れ、人見知り。
そのまま教室に戻り、何だかんだと話していれば自然と学校行事の話になった。来月半ばの球技大会が終われば私たちにとっては初めてのテストが待っている。
「球技大会は楽しみだけどテストがヤダ。」
「ボクは逆かなぁ、テストは良いけど…球技苦手なんだよね。」
「駿は運動あんま得意なイメージないよね。」
「はは、青春だねぇ。二人はバスケ?サッカー?」
「おれらはサッカーの予定!」
「キーパーやります、多分。」
「僕と傑はバスケだから、時間がズレてたら応援しに行くよ。」
「クラスの応援しなくて良いの?」
「やー、三年なんてただの思い出作りだから。それに、何も気にせず先輩に噛み付ける良い機会だよ。全力で潰しに行きな。」
「ン!」
この人が言ってもあんま説得力ない気がするけど、とりあえずは良しとする。私たちが言ったわけじゃないしね、うん。駿がレモンティーを飲みながら五条先輩と空護のやりとりを聞いている。でも、なにか考え事をしてそうな顔。つん、と突いてみると驚いた顔をして、慌てて私の方を見る。何か声を掛けられたのに気が付かなかったのかもしれないという焦りが滲んでいる。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてて、」
「いや、怒ってないしまだ声も掛けてない。お義兄さんのこと考えてるのかなって思ったから。」
「あ、うーん…そう、だね。五条先輩はああ言ってくれたけど…義兄さんは来るのかなって。」
「確かに。」
「来て欲しいとか、そういう我儘を言うつもりはないんだけどさ。…ボクが見に行ったら変、かな?」
「私がどうせ見に行くんだし、付き添いとして一緒に来ただけって顔しとけば?時間被るかもだけどさ。」
「そう、だよね。うん、そうだね。」
まだ色々考えてそうではあるけれど、暴走する程ではなさそうなので放っておくことにする。折角出来た兄弟、同じ学校に通えるのはこの一年のみ。土日の間にどうせなら仲良くしたいと思うだけの事があったんだろう。それを邪魔するのも無理に聞き出すのも無粋だ。聞き出すばかりではなく、駿自身が聞いて欲しい時に聞く方が余程お互いの為だとは分かっている。まあ、頑固な癖に意思表示が弱い幼馴染なのである程度はこっちから突っ込んで行くけど。
「喜雨ちゃんたちは?」
「すいません、聞いてませんでした。」
「素直だね。」
「んで、何です?」
「球技大会終わったら勉強会しない?教えてあげる。」
「自分の勉強優先しなくていいんですか、受験生。」
「君らの勉強見て落ちる成績なら、そもそも学校来てないでしょ。」
「………それもそうですね。」
喧嘩しようが授業に出てなかろうが、授業中寝ていようが留年せずに在学しているのだからある程度は成績が良いんだとは思っていたけども。それに二年間は兎も角今年は出席日数も問題はないだろうし…寝てるけど。
「参加しますけど、私より空護の先生お願いします。」
「おねしゃす!」
「じゃあ傑も参加させるね。」
「えと、義兄さんも、ですか?」
「え、なんか不都合ある?」
「ない、ですけど…。」
何を考えているのか分からない、という顔。まだ距離を測りかねてる義兄と一月後の約束をして良いのか分からないんだろう。関わりたいと思うキッカケがあり、相手からも仲良くしようと言われたとはいえ、それは二日前のことでそれ以前は関わる気のなかった相手からの言葉である。疑いがあっても不自然なことではない。五条先輩が何をしたいのか、何をするつもりなのか。私にも分からないからじっと顔を見詰める。その視線には気が付いたみたいだけど、返答は得られなかった。
勉強会の詳細は今決めず、球技大会が終わったらという話で落ち着いた。空護は見学だけ行ったもののそれよりもバイトがしたいと結論付けたので誰も部活には入っていないし、そこまで慌てる必要はない。四人で帰る流れかと思ったけれど、五条先輩から話があると言われたので申し訳ないか二人には先に帰ってもらった。また話そ!とご機嫌な空護に引っ張られるようにして帰った駿が少し心配ではあるけれど…まあ、いつもあんな感じだし大丈夫か。
誰も居ない教室に二人、いつもより少し遅い時間。五条先輩が私の手を取って正面から掌を合わせ、指を絡ませて繋ぐ。こんな事をする為に残したのだろうか…と溜息を零れる間際、繋いだ手に力が篭る。
「先輩?」
「ん?」
「なんかありました?」
さっきまで楽しそうにしてたのに、何かを考えるような顔をしていたから少し気になった。もしかして夏油先輩と駿の関係って私が思ってるより酷いものなのかもしれない。球技大会や勉強会だって、もしかして二人を取り持つ為に提案してくれたのかもしれないし…それなら、事情を話して巻き込んだのは私なのだからきちんと発言に責任は持とう。五条先輩が渋い顔をして、私の手を握り込む。手首を捻って私の手の甲に唇を押し付けてくるから、驚いて手を引く。解けない、悔しい。
「聞いてくれる?」
「聞きますよ、なんでも。」
巻き込んだのは私だから、と含ませる。五条先輩は疲れたような顔をして、ゆっくりとその唇を開いた。
「傑がすげーうざくてキモい。」
「………はい?」
「土曜日さぁ、僕デートで家連れて帰るかもだから追い出したんだよね。その間に家戻ってたらしくて。そこまでは別に構わないんだけど話してみたら弟はただの人見知りだったに始まって、やれ可愛いだのなんだのって延々と聞かされてさー。終いには悪いけど今日は悟の家には行かないからって、なんでアイツが勝手に入り浸ってただけなのに僕が振られたみたいな言い方されなきゃいけないの。しかもそれで終わりでいいのに丸々二時間、弟にホットミルクを作ってあげたら両手でカップを持って冷ましながら飲んでたのが小動物みたいで可愛かっただの、隣に座ったらデカい体を一生懸命小さくして触れないように気を遣ってくれただの、そんな話をずーーーっとしてんの。バカなの?アイツバカだよね。」
「え、いや、あの…。」
「弟が一生懸命勉強してるのがいじらしい、聞いてくれたらいくらでも教えてあげるのに。そうだ、悟ちょっと勉強会でもしないかい?とか言い始めてさぁ…僕と喜雨ちゃんが一緒に居るならそこに混ぜろ、弟と仲良くしたいから上手く動けって、知らねーよ勝手にやれよっつーね。」
「夏油先輩の物真似上手いですね。……それで勉強会、ですか。」
「もともと僕も喜雨ちゃん誘おうとは思ってたよ?こうやって放課後話してる時間を勉強しよって、それでいつもなら一時間で帰るのを勉強会だからってもう一時間くらい伸ばせないかなって下心もあった。でもさあ、それ二人でやるから楽しいんじゃん?なんで傑?家帰ってんじゃん、家で弟の勉強見てやれよ。」
「……おおう…。」
いつもより随分と口数が多い。まあ、所々引き攣りそうになったり突っ込みたくなるような言葉があったけれど…これを指摘してまた怒涛の愚痴が飛び出すのは避けたいので触れずにいよう。私の手を握ったり緩めたりしながら、ぶちぶちと文句を零す五条先輩がなんだか年相応に見えて笑ってしまう。
「ちょっとぉ、僕真剣なんだけど。」
「すいません、なんか…ふふ、思ってたよりずっと平和そうで安心しちゃって。」
「全然平和じゃない…今まで弟とか興味ないし好きにやるとか言ってた癖になにあの掌返し。掌くるっくるかよ。」
「駿は可愛いですから。」
「僕のが可愛いでしょ。」
「何言ってんですか。」
指輪の付いた私の右手と、チョーカーが巻き付いた先輩の左手がゆらゆら揺れる。
「お疲れ様です、五条先輩。」
「そこは名前で呼ぼうって。」
「…付き合ったらで。」
「じゃああと三週間だね?」
サングラスから覗く水色が私を捉える。三週間、あとそれくらいだったのか。繋いだ手をそのままに端末を確認すると確かにそれくらい、球技大会の二日前。え、二日前?
「ゴールデンウィークどうする?僕んち泊まる?」
「なんで?」
「だって学校ないから会えないじゃん。30日の様子見期間で9日だよ?三分の一。」
「そう言われると…ううん、姉さんと義兄さんに聞いてみます、けど……異性の家に泊まるって許可降りるか分かりませんよ?」
「えー。」
「遊びにくらいなら、行けますよ。」
「出掛ける?」
「いえ、人多いので出掛けるのはちょっと。」
駿と空護と、あと夏油先輩を誘ってどこか行くのはありなのかもなぁ、なんて思ってはいる。勿論これには幼馴染たちと目の前の私の手で遊んでいる先輩の協力が必要になるわけなんだが。夏油先輩は逆に弟と二人で居られるから拒否するかもだし…どうだろ。でもそんなこと言ったら勉強会云々の話は出ていないだろうしやっぱり間に入った方が良いのか。
「喜雨ちゃん。」
「はい?」
「四泊五日でどう?」
「何言ってんですか。」
空護や駿ともそんな泊まったことないわ。とりあえず保護者の許可を得たらと話を終わらせて、その為にも早く帰ろうと促した。