0000
「私と偽装結婚しないかい?」
「はい?」
親に無理矢理参加させられた婚活パーティー、苛立ちながら声を掛けてくる男たちに拒否を示しまくり壁へと寄り掛かって美味しくもない酒を煽っていたら突然横から予想外過ぎる単語が飛び出してきてグラスを落としかけた。ただでさえ身長が高い自覚はあるが、男避けの為と履いてきた8cmのヒール。それなのに、少し上から聞こえてきた声にも驚いたのだけれど。なんて事ないように並んで壁に凭れる男は今の私よ少し背が高く、長い髪をハーフアップにしてお団子にしている。薄い顔立ちではあるが、十分すぎる程に整っているし私なんかに声を掛けなくても幾らでも寄って来そうなものだが。というか、偽装結婚?
「さっきから結婚の意思はないと一蹴していただろう?」
「その様子を見ていてその発言ですか。」
「私と同じように無理矢理参加させられたタチかと思ってね。意思がない者同士、さっさと終わらせる方が賢いとは思わないか?」
「…抜けられるのは有難い話ですけど、偽装結婚に繋がる意味が分からないんですが。」
「え?だって成立するまで参加させられるのだからさっさと見繕った方が手っ取り早いじゃないか。」
言わんとする事はわかるのだが、だからと言って何故私を選ぶのか。参加者の中で一番マシだと思われたと考えれば納得出来るけど…いや、せめて今日は連絡先を交換して後日何度か会ってみて決めるとかじゃない?最初から偽装しましょうなんて声を掛けてくるか?
「揶揄ってます?」
「これっぽっちも。」
「私を選んだ理由は?」
「結婚の意思がないから、見た目が好みだったから、…それと、若いのにこんな場に参加しているのは珍しかったからかな。あとは結婚しない理由があるんじゃないかなって、例えば同性愛者とか。」
「残念ながら両性愛者です。男性も対象内ですよ。」
「惜しかったな。」
見た目やらはさておきそんな風に見えていたのか、と思わず隣の男を見上げる。掴めない笑みを浮かべたまま此方の警戒心も理解した上で提案しているようなので尚更性質が悪い。…同性愛を上げてきた辺り、彼自身がそうなのかもしれないな。
「家が古くて中途半端に権力やらを持て余してるので、21にもなって結婚相手も居ない未婚が恥なんですよ。」
「それはそれは。で、どうだい?」
「……とりあえず保留で。後日改めて、二人きりで話すでどうですか?」
「それじゃあ連絡先を。」
少なくとも連絡先を交換し会う予定さえ立ててしまえば、あの口煩い両親や顔を合わせる度に面倒な絡み方をしてくる姉も大人しくなるだろう。一応電話番号を交換するが結局連絡用のSNSでやりとりをするし必要性を感じないんだよね。登録しようとして、そういえばお互い自己紹介すらしていなかったことに気が付く。
「希望の登録名をお伺いしても?」
「ああ、夏油傑と。夏の油に…すぐれる、だ。優しいではなく、傑作の方。」
「あ、これか。えっと…愛染喜雨です。愛に染まる、喜ぶ雨。」
「綺麗な名前だね。梅雨生まれかい?」
「はい、分かりやすいですよね。」
「きっと待ち侘びた雨だったんだろう。」
「梅雨なのに?」
「六月とかなら梅雨入りが遅かったとか。」
本名、なのかな。多分本名だろうけど。雑談混じりに登録が終わればお互い端末をしまって、そうして視線を合わせる。正直これ以上はこの場で話すことではないし、てっきり立ち去るのかと思ったけれど。夏油さんはにこりと笑みを浮かべて、そうして私の手を取る。
「これ以上この場に居ても仕方ないだろうから帰ろうか。近くの駅まで送ろう。」
「はあ…。」
結局成立したからとにこやかに受付を通り過ぎて駅まで送られて、その日は解散。簡素な挨拶と明日の都合は?とだけ書かれたメッセージに返信をして、何度かメッセージを往復させると返事が止んだので明日の話し合いに備えてさっさと眠ることにした。
翌日、集合場所に指定された駅へと向かうと頭ひとつ分飛び出た男が既に居たので手早く合流する。昼時は過ぎたしカフェにでも行きますか?と提案したが、話が話だし人に聞かれてもという事でコーヒーショップにだけ寄ってホテルへと入った。最近のビジネスホテルって休憩みたいな形で使えるんだなあなんて考えながら彼の後を歩く。勧められるままベッドに腰掛けると夏油さんは備え付けの椅子へと腰を下ろした。
「で?」
「同性の恋人が居るんだ。理解がない親が煩くてね、さっさと黙らせてしまいたい。」
「私と書類上は夫婦になっておくけど書類上と親戚の集まりに顔を出す以外は他人のまま、夏油さんはその同性の恋人と一緒に居たいって事であってます?」
「そうだ。それなりに稼ぎもあるから年に一千万くらいなら好きに使ってくれて構わない。新居を建てているから母屋の方を普段は使ってくれ。それと、何かあった時の為に職場は私の所に。席だけ用意しておくが別に家で過ごしてくれたら良いよ。」
「……母屋って事は離れでお二人が過ごす、と。」
「嗚呼、普段は私たちに会う必要もない。恋人を作って連れ込んでも構わないし。」
「私が不貞者じゃないですか。」
「仮にそうなったとしても揉み消してあげるから気にしなくて良い。どうだろう、悪い条件じゃないと思うんだけどな?」
面倒事はあるが、それはどの道付き纏うものばかり。結婚を前提にお付き合いしたい人間が居るのならそれはもう眉間に皺を寄せ軽蔑の眼差しを向けるような話ではあるけれど…生憎、結婚する気もないしそんなに大恋愛をするつもりもない。私が将来的に同性の恋人と添い遂げるのならこれ以上ない案件だろうけど。
「子供はどうするんです?」
「私に生殖能力がない事にすれば良い。」
「いくつか確認したい事が。」
「条件を呑んでくれるのならなんでもどうぞ。」
コーヒーショップで買ってきた…少し温くなってしまったであろうブラックコーヒーを飲みながら夏油さんは笑ったから、私は鞄から手帳を取り出してペンを持つ。とりあえず子供の事は書き込んで、そのまま手帳から視線を外さずに声を掛けた。
「職場や家の事は問題ありません。けど、その恋人さんからの理解は?」
「勿論、あの子と居る為の偽装結婚だと話してあるよ。」
「私が刺されたりとかは。」
「ないね。不安定で嫉妬しいな所はあるけれど君に危害を加えるようなことはしないさ。そんな度胸も体力もあの子にはないよ。」
「その相手と私の関係性の希望は?」
「家に顔を出す時は君と私の二人だから気にせず、好きにしてくれ。まあ、深い関わりを持ちたいのなら少し考えはあるよ。」
「人のものには手を出さない主義なので。…その恋人って、同性なだけなんですか?」
「いや、実の弟だ。」
「……なんとなく理解出来ました。」
「なにがだい?」
「面倒そうってことが。」
手帳を閉じて視線を上げると夏油さんは此方を値踏みするみたいな目をしていたから、にっこりと笑みを作って返す。夏油さんは楽しそうに笑ったが、その瞳はまだ此方を探ってるようだ。
「良いですよ、しましょうか。偽装結婚。」
「…面倒そうなのに?」
「面倒くさいですけど、親の見繕った意味不明で正体不明の男と無理矢理結婚させられてやれ子作りだなんだとせっつかれるより余程ストレスは少ないです。私もさっさと家を出たいですし、衣食住が整っていて外で働く必要もなく好きに生きていけるだけのお金が入る…強いて言うのなら仕事として仲睦まじい夫婦を演じて親戚付き合いするくらい。その程度でこの先自由に生きていけるならこれ以上ない条件ですからね。」
「へえ。」
「お互い都合良く使いましょう?お二人の都合の良い隠れ蓑にでもしてくださいな。」
「では契約成立だね。……一応夫婦になるから私の事は下の名前で呼んでくれ、私も喜雨と呼ぶが問題は?」
「構いませんよ、傑さん。」
「敬語も使わなくて良いけれどな。」
「三歩後ろを歩くタイプの妻の方がウケるでしょう?」
「成る程、まあ、その辺りは好きにしてくれて良いが。」
夏油さん改め傑さんが鞄を探って記入済みの婚姻届と、シンプルなデザインの指輪を蓋が開いた箱ごと渡される。持っていたペンを走らせて、自分の名前や本籍地など細かな物を埋めていく。書き終われば印鑑を押して、封筒に入れて来た戸籍謄本を一緒に渡す。証人の2名は埋められていたので、あとはこれを提出し免許証を見せたら終わり、かな。
「用意が良いね。後日提出かと思ったよ。」
「うちの親は結婚すれば何でもいいし相手にこだわる人間でもありませんから。行き遅れの出来損ないがどこかに行くのであればそれで満足ですよ。」
「元々受ける気で来てくれたって事で良いのかな?」
「ええ。まあ、思っていたより好条件でしたし。」
ペンを手帳と一緒にしまって、指輪ケースを手に取り中身を取り出して見てみる。イニシャルもないし、小さなダイヤモンドが光るだけの嫌味のない、シンプル過ぎるほどのデザインだ。
「集合前に用意した物だからね、少し物足りないかもしれない。事前にサイズは聞いておいたが問題は?」
「少し緩いけど問題ない程度です。」
「厚さで変わるからどうしてもね。まあ、問題がないなら良いだろう。あまりにも不便なら買い直そうか。」
「サイズダウンとか出来るんじゃ…?」
そこから、何となく二人でベッドに並んで座って話をした。別に触れ合うわけでもなく、彼の恋人の話を聞いて、私の友人の話をして。そんな風に話をしながらお互いの希望を織り交ぜたりしていた。それから、なんとなく、彼を見つめると視線を感じた傑さんも私を視界に入れる。数秒見つめあって、口を開く。
「結婚式のキス、フリじゃダメですかね?」
「……それくらいは我慢してくれ。」
そうして、私と傑さんは共犯者になった。無意味に踏み込まないのはお互いの希望だから問題はないだろう。それに親の前ならお互い一目惚れをして電撃結婚的なものとして仲睦まじい夫婦を演じる事にした。そういう運命的なの、みんな好きでしょう?
ホテルを出たその足で役場に行って籍を入れて、送り届けられたのでそのまま親に軽く紹介しておいた。婚約者ですとかじゃなくて、夫ですって言った時の親の顔は本当に写真に収めたい程間抜けだったな。傑さんが帰った後、ちょっとした祭りみたいになったけど、親類のみの簡素な結婚式以外はやらないし、なんならやりたくはない。それでも私のウエディングドレス姿を楽しみにしている姉さんの為に着るだけだと伝えて面倒なので部屋に戻った。途中、姉が何かを話し掛けて来た気がするけど面倒だし疲れていたから適当に返答をしたような気がする。
ベッドに寝転び、左手薬指に収まる指輪を見る。この指に輪っかを嵌める日が来るとは思わなかったなぁ、なんて。所詮紛い物の関係ではあるが、あの人自身は嫌いではない。勿論、嫌いに成る程の事を知らないというのもある。あとはお互い利用価値を見出しただけの関係とはいえ、頭良さそうだし理論的だし好ましいというだけ、なんだけどね。
「…あ、偽装なの友達に話しても良いのか聞くの忘れちゃった。」
まあ、結婚式の準備だとか何だとかで近々また顔を合わせる事になるだろうから良いか。世間一般が描く結婚とは程遠い物になったけれど、それでも今に手に出来るであろう最善と幸福を約束されたも同然。それならそれで構わない。いつかこの選択を後悔する日が来るかもしれないけれど、そうならないように努めれば良いだけ。いつか出来るかもしれなかった恋人の事だけが少し残念ではあるが、その時は傑さんにでも相談してみようかな。忙しくなるだろうけれど、なんだか楽しくなってきてしまった自分に笑ってゆっくりと瞼を閉じた。