こんなものは愛ではない
※性描写有り
特殊設定
特殊設定
"では3日後に。"
簡素に綴られた一文に小さく笑みが漏れる。傑さんが物珍しいものを見る目で私を見ていた。それでも大凡の予想は出来ているのか呆れたみたいな顔をしてマグカップを煽る。なあに、と声を掛ければ傑さんは触れたくないとでも言うように片手を上げた。
「アレを選ぶなんて趣味が悪いな。」
「そう?いい男だと思うけれど。」
「何処が。見た目は良くても彼に愛だの何だの求めるだけ無駄だろうに。」
「いいの。私が勝手に好きなだけ。」
「それこそ趣味が悪い。」
「どうして?変わらない男って魅力じゃない?」
理解出来ないな、という顔をしている彼は自分の恋人の事でも考えているのだろう。傑さん程性癖が歪んでいる人は居ないから彼にだけは言われたくないと思うのだけどね。端末に軽く口付けて、そのまま端末を机に伏せておく。
初めて彼と肌を重ねたのは、三ヶ月程前のこと。私は長い間恋人が居なかったし、セフレたちも恋人が出来たと相手をしてくれない。その上、数日と経たずに肌を重ねるお盛んな恋人たちと同じ屋根の下。離れと母屋ではあるものの、全く声が聞こえないかと言われればそうでもなく…というか、偶に見ていてくれと巻き込まれるし。必然的に欲求不満になるわけで。一人で慰める日々にはうんざりしていて、その時に丁度仕事の話と彼が来ていた。淡々と機械的に話すのも、ピクリとも動かないのも周りに居ないから新鮮だったというのもあるけど。仕事と言えば何でも受け入れると傑さんに聞いていたから、だから声を掛けた。
「ワタリさんの一晩っていくらで買えます?」
「性的な物でしょうか、それとも暴力的な?」
「性的なものです。三時間ほど買えれば構わないんですけど。」
「そうですか。」
iPhoneを取り出して電卓に打ち込まれた数字を見る。30万ちょっとか、許容範囲内…まあ、彼とすると思えば安いんじゃないかな。セックスするのに金を払った事がないから分からないが、普通にそこら辺で男に声を掛ければ金を払う必要もないのかもしれない。それでも、形式上書類上は人妻なので面倒事は避けるべきで。口止め料も含めれば多分これくらいだろう。数日後に予定を合わせて、うちに来てもらう事になった。一緒に過ごしたのはその日が初めてだけど、良かった。良かったから、また呼んだ。そうして何回か回数を重ねていれば自然と惹かれて、好きな男を不定期に金で買う女が出来上がったのである。
「お待たせしました。」
「いえ、どうぞ。」
部屋に通すとワタリさんはいつも通り、澄ました顔で扉を潜る。ぴったり着込んだままちらりと私を見て、鞄をソファの隣へと置く。扉に鍵をかけてから振り返り、見上げる。細身だけどしっかり筋肉がついていることも、その色素の薄い唇が冷たい事も、私はもう良く知っている。彼から不用意に触れて来る事はないから歩み寄って身を寄せると低い体温に包まれた。
そこに愛なんてない、情もない。私たちにあるのはお金だけ。でも愛して欲しいなんて思わない、思えない。黒目がちで無機質な瞳が私を捉えて、長い指がマスクを下げるタイミングで背伸びをして唇を重ねた。ちゅ、と軽い音を響かせて唇を離せば彼の腕が腰に回されて、ゆっくりとベッドへと沈む。蛍光灯の光に照らされた私を見てもきっと彼の瞳には、濃淡くらいしか分からない。私がどれだけ愛おしいとこの瞳の色を変えたとて、それが赤でなければ伝わる事はない。それでいい、それがいい。
「今日は。」
「ゆっくりしてくれたら嬉しい、一人なの。」
「そうですか。」
貴方の好きにして、と喉まで出かけた言葉を飲み込む。だって、貴方はそんなの知らないと言うから。私の様子を見て求められるものを導き出して抱かれるくらいならそんな言葉を言うだけ無駄。機械的に行われるセックスだって、ついでのような口付けだって、終わった後の甘やかさのひとつもない時間も、全部構わない。愛してるなんて嘘でも言わないで、大切にだなんてしないで。
「ワタリさん、冷たいね。」
「すいません、体温が低いもので。」
「貴方が触れてるって分かるから、好きよ。」
「そうですか。」
冷たい掌が服の中に差し込まれて脇腹を撫で、下着のホックを外す。私がゆっくりしてと言ったから、今日はきっとゆったりとしたセックスだろう。激しくして欲しいなんて、言えた事がないけれど。だって、そんな求めるみたいな姿は彼に似合わないでしょう?惰性のセックスでいい。仕事でいい。変わらないあなたを、私は愛している。
「ン、…っ」
「痛みは。」
「平気、気持ち良くて声が出ただけよ。」
そうですか、とまた彼は言う。淡々と、作業を熟すみたいに手が動いて全身を撫でる。感情が伴わないセックスなんて虚しいだけだと思っていたし、そこは変わらない。それが愛であるべきだと言うつもりはないけれど。彼の瞳は熱も欲も映さない。それがどうにも愛おしいが、それでもその言葉を口にしたらいけないような気がして、指を噛んで嬌声ごと言葉を飲み込む。静かな部屋に私の微かに漏れる声と布ズレの音と、気まぐれに落とされる口付けのリップ音が響く。眼鏡が触れて、冷たい。それでもその眼鏡がないと彼が何も見えなくなるのは知っているから指摘するつもりもない。
「っふ、…ぁ、ワタリ、さ、」
強請るような媚びた声が出て、その声に彼は指を滑らせて太腿を撫でる。内腿を指先が滑り、下着越しに触れた。彼が触れているというだけで、ナカはぐずぐずに濡れていそうだけど…彼はそんなこと、きっと気にも留めない。下着が足から抜けて、彼の冷たくて細くて長い指が胎内へと潜り込む。ぬちゃ、と音がして気恥ずかしいけれど彼の邪魔をしないように膝を開く。指の根本まで入ると結構奥まで触れるから、彼の指は長すぎると思う。この何度かで理解されたであろう私の善い場所に触れて、丸く整えられた指先が何度も擦り上げては押し込まれる。
「んっ、ン、〜っ、ぁ、」
「声を我慢する必要はありませんよ。」
「気に、しな、ぃ、で」
「わかりました。」
引き抜かれた濡れた指が陰核を転がすと腰が大きく跳ねて、大きな声が出そうになったがすんでのところで飲み込む。代わりに喉から引き攣ったような音がしたけれど、彼がそれを指摘する事はない。私が善い場所を、善いように。それを徹した動きだ。それを覚えられる程に回数を重ねただろうか、否、彼がそういうのを見つけるのが上手いだけだろう。私が分かりやす過ぎるのかもしれないけど。
陰核を撫でた指がまた膣内に潜り込んで浅い場所を探り、弱い場所へと触れる。浅ましく、彼の指を締め付ける膣壁に羞恥心を覚えるけれど、それと同じくらい彼の綺麗な指を私が汚している事に興奮してしまう。結構色々やってるからそういう意味では綺麗ではないのかもしれないけどさ。まだ頭のどこかで仕事をする理性がそんなことを思うけれど、目の前の男の指でさっさとそれを手放してしまいたい。否、全てを、晒す事は出来ないけれど。
「ワ、タリ、さ…っ、もおいい、から、」
「いえ、もう少し拡げておきましょう。まだ痛いでしょうから。」
「っ、」
痛くてもいい、なんて、彼には言えない。だってそれは性的嗜好を引けば、貴方にならどうされてもいいと同義。それを彼に伝えてもう二度と彼の時間を買えなくなっては困るのだ。それはないだろうけど。だって仕事だと言えば、彼はなんだって応えてくれる。それでもこの気持ちに彼が気付いたらこうして彼を買うのはやめようと思っていたんだけど…やめられなかった。気が付いた上で知らないフリをしているだけだ。それは彼にとって不要なもので、指摘する程のことでもないから。あーあ、我ながら報われない。報われる気もないけど。
「……ン、ぅ…っは、」
「今日はゆっくり、でしたね。」
「ッ、そういえば、そんなこと、言ったわね、」
「三時間のままで?」
「ええ、それ以上は、…明日に響くから。」
「畏まりました。」
ちらり、と彼が腕時計を見る。あと…二時間と少しか。彼がシャワーを浴びて痕跡を隠すのに一時間掛からない程度。私が彼に触れられるのは、あと、七十分。
「……入れて、」
「はい。」
コンドームは付けない。彼に生殖能力はないし、私はコンドームが嫌いだから。ラテックスアレルギーというわけではないけれどあの独特の匂いがどうにも嫌いで不要な相手には不要だと言っている。勿論、相手が検査をしている場合に限るけれど。私の体液でぬるついた性器に彼の性器が触れて入口に擦り付けられる。そのまま、先端が潜り込んでそこから時間をかけて内側を割り開いていく。
「っ、」
「痛みはありますか。」
「い、いえ、…ッ、」
「痛みがあれば言ってください、ミスはしたくないので。」
「少し苦しいだけ、あなたの、大きいから、」
「そうでしたか、もう少し慣らしておくべきでした。抜きます。」
「いい、いいから、」
「わかりました。」
馴染むまで、彼が動く事はない。胎のナカを埋める彼の性器は…至って、普通だ。興奮し過ぎただなんて事はなく、だからといって物足りなさがあるわけじゃない。何で言えば良いのか。……嗚呼、性玩具に似ている、のかもしれない。確かにそこに血は通うが一定の動きをしたりだとか、極端な差がないからそう思うのかもしれない。平均より大きい所も含めて、ね。
「動いて、ワタリさん、」
「動きます、痛ければ言ってください。」
「……うん、」
馴染んだ頃合いを見て、彼が腰を揺らす。ぬぐ、ぬぷ、と濡れた性器が擦り上げて卑猥な音がする。ゆったりとした動きは私が今日ゆっくりしてと言ったからか、それとも、その方がイイと気が付かれて居るからか。シーツを手繰り寄せて声を堪えていると彼の唇が鼻先に触れて、そのまま奥を突かれる。ゆっくり子宮口を押し潰されるの、弱い。お腹の中がぐずぐずになってしまうのに、彼はそれを分かってやるからずるい。
「わたりさ、ッ、それ、きもちよすぎ、るっ、」
「ええ、お好きでしょう。」
「もお、いじわ、っる、」
「何故?」
何故もなにも、私が達したら終わりにしちゃうじゃない。一応彼が達するまでが性行為のカウントだと言ってあるが、…彼はある程度の自由が効くらしいからね。私が達してすぐ、ナカに吐き出して終わるだろう。少しだけでも彼といたい私の欲などきっと筒抜けで、だから、
「ぅ、あッ、〜っ、」
「今のは達したかと。」
「まだ、イきたく、な、」
「そうですか。では、」
何度も何度も、浅く引き抜いては子宮口を押し潰して捏ねる。イかせる気満々か、そりゃそうだ。彼だって早く終わらせたいだろう。分かってる。それでもギリギリ達さない程度の刺激に留めてくれている辺り、私の希望は聞いてくれるつもりらしい。ごめん、ごめんなさい。あと、少しだけ。
「あ、ァ、ん…っ、」
「もう少し楽しみますか。」
「ッ、……いえ、もう、いいわ、」
「了解しました。」
ずるりと勢いよく引き抜かれて、そうして奥を突かれる。擦り上げるタイミングでイイトコも触るし、子宮口を何度も突き上げるからシーツを握り締めた自分の手に擦り寄って声を殺す。本当はこの手を握って欲しい、でも、それは彼に求める事じゃないから。刺激されるまま、大きな波に飲まれるみたいに与えられたソレらに身を任せて絶頂する。少し遅れて彼はナカへと吐き出して…そのまま、抜き去る。肩で息をする私とは真逆で、涼しい顔をしたままのワタリさんはティッシュで軽く拭うと私の顔を覗く。
「浴室へお運びしますか。」
「いいえ。ワタリさんが帰った後入るから、どうぞ。」
「畏まりました。」
いつもそうなのに、毎回律儀にそう聞いていく。緩めただけの服を整えず、母屋の浴室へと向かう彼の背中を視線だけで追い掛け、閉じた扉にそっと目を伏せる。バレてるのも分かってる、そしてその上で彼は私に買われている。バカみたい、と思う事がないわけではない。どう考えたって、どう足掻いたって彼の心が手に入る事はないし彼のことを戸籍だけでも私のものにすることも出来ない。
でも、だからなんだという話。私は彼のそういうところが好きで、愛している。片手を伸ばし、腹に触れた。そのまま性器へと触れ、粘度の低い彼の精液を指で掬う。精子を含まないからさらさらしてるんだっけ。私のものと混じってよく、わからないけれど。彼の子を孕みたいと思った事はない。否、誰の子であってもこの腹に命を宿す気などないのだけれど。
名前も年齢も、なんにも知らない。どんな風に生きてきたのかも、この先どんな風に生きていくのかも。それでも私は彼が愛しい。歪んだ愛だと、夫は言うだろう。それには、お前にだけは言われたくないと鼻で笑ってやろうじゃないか。
愛している。だから私の事なんて道端の石ころみたいなものだと思って欲しい。絶対に彼の記憶に留まり、彼の将来を苛むようなことはしたくない。忘れますよ、と彼は言うだろう。己には人間性が欠落しているのだと、いつも通りの顔で。それがどうしようもなく嬉しいのだと言えばきっと彼は表情を変えないまま、理解し難いと思うのだろう。私の事なんて絶対に忘れてね。
「お風呂頂きました。」
「いいえ、ありがとね。」
「確かに。」
封筒を手渡し、彼が己の居た痕跡を一つずつ消していく。いつだって残るのは、彼にとっては意味もなく吐き出されたソレだけ。処理を、と言われたのを断ったのは私だ。その分、少し多めに包んでいるので許されたい。
「夏油さん。」
「うん?」
「私のような人間に入れ込むのはお勧めしません。」
「ふふ、そうね。」
……記憶に残りたいとも思わないし、傷になりたいとも思わない。気まぐれに思い出してなんて言わない。それでも、面倒であったとは思われたくない。日常的に熟す中で、私の事をなんの躊躇もなく切り捨てて欲しい。貴方の記憶に微塵も残らなくていい。
「私は貴方を愛している。」
「はい。」
「でもね、肩書きに興味はないし、何かを求める気もあんまりないの。」
ワタリさんは何も言わず、いつもと変わらない、無機質な目をしていた。
「出来る事なら貴方の手で死にたいとは思う、でも…それは、最後に見るのが愛した男であればいいって言うだけ。都合良くソレは貴方の日常だからね。日常の中で、数分もせずに忘れる記憶でありたい。」
「変わっていますね。」
「正常な精神や一般的な感性なら、弟を愛していて弟と一緒に居たいから偽装結婚してくれだなんて言い出す男と結婚してないもの。」
そうですか、と彼が言う前に唇を重ねた。お金は渡したけれどまだ時間内なのは確認していたから問題はない。眼鏡が触れて、かちゃりと音を立てる。首に腕を回してもう一度唇を合わせてから、離れた。
「もう帰っていいわ。」
「20分程残っていますが。」
「ワタリさんって真面目ね、やる事は終わったでしょう?仕事自体は終わっている。」
「それでも勤務時間内なので。」
「私がいいと言ったのだから気にせず。……もういい、と言ったの。」
「そうですか、それでは。」
マスクを付けて、彼が部屋を出る。その後ろ姿を見る気分にはなれなくて、掻き出す必要もなく流れ出たソレらを拭って服を身に付けた。ぐしゃぐしゃになった髪を整えれば、いつもと変わらない私。鏡に触れて、小さく笑う。
「愛しているわ、だから、…私の事は、」
ガシャンッ、と音がした。割れた鏡がひび割れて、細かな破片が皮膚に食い込み血が流れる。痛みを訴え赤く染まった右手を見て、そうして込み上げるままに笑う。
「きっといつか、貴方が殺してね。」
/ きなこ