探られている。間違いない。索敵とかそんなものとは無関係の人生を歩んできた私でさえ分かるような突き刺さる視線に、思わず苦笑いが漏れ出た。
ダメだよそんなわかりやすく警戒しちゃ。そう言ってやりたいのは山々だが、今私がそんなことを言ったところで状況悪化は免れない。さて、どう目くらまししてやろうか。
一口飲み込んだコーヒーに思考を溶かしていれば、子供らしい口調で隣の少年が話しかけてきた。うわ、先手取られた。

「ねえねえお姉さん、お葬式行った帰りでしょ」

「………へ?」

「髪の毛、縛ったあとがあるよね。しかも緩いカーブが残ってる……その癖のつき方からして、ネットピンに髪を入れてたってことだよね。それに、化粧直ししたんだろうけど泣いた跡が隠せてないし、真珠のネックレスも付けたまま。ストッキングって脱ぐのに手間がかかるでしょ?だからお姉さんは脱がなくても済むように長ズボン履いてる。その下、ストッキングだよね。その黒のヒール靴も多分、履き替え忘れたってこと!どう、当たってる?」

コナンくん。本名は江戸川コナンくん。見た目は子供、頭脳は大人な小学一年生。毎週土曜日放送のTVアニメでは毎度死人が出て、毎年放映される映画では「俺は高校生探偵工藤新一」から始まるフレーズと共に大爆発が起こされる国民的アニメの一つ。名探偵コナン、と言って通じない日本人はいないと思われるほどに有名なアニメタイトル、なのだが。

どうしてか私は、その国民的有名なアニメタイトルの世界へ紛れ込んでしまったらしい。
三年前。丁度バレンタインの日だったのだが、わたしは、着の身着のまま、擬音で示すならぽぉんという感じでこの世界に放り出された。幸い銀行に行った帰りだったものでお金だけは何とかなったものの、衣食住の二つが欠けている、しかも恐らくこの世界には私の戸籍がないとなるとお先真っ暗。元の世界なら絶対探さないような条件……つまり保険とか身分証明書とかあやふやな不透明な会社をマ○ナビバイトで探し、漸く仕事にこぎつけて、そして何とか今までやってきた。
賃貸マンションを借り、(バイト先の店長に保証人になってもらった)やっと人らしく過ごせた私が気づいたこと。
米花町、治安悪すぎない……??

私が放り出された場所は路地裏、時は夕刻と言った、名探偵コナンでこの条件が揃えばまず事件に巻き込まれないことなどないだろうという状況下、見事私はひったくりにあい。警察のお世話となったのだ。その時の私の心情といえば、リアル高木刑事だ……。です。DCオタ(現在進行形)としては拝まずにはいられないと言いますかなんと言いますか。情報漏洩機と名高い高木刑事と少し会話を交わしてみたものの、感動が勝って正直、なに話したのか覚えてません。

「よ、良くわかったね」

「こんなにわかりやすいくらい落ち込まれれば誰だってわかるよ。それに………」

「?」

「したんだよ」

「へ?」

「死臭ってやつがね……」

「……」

深みのある声で会話の終止符を打たれ、思わず押し黙る。ちなみに今日葬式があったのは本当だ。それなりに仲の良かったバイト先のひとが交通事故に巻き込まれて亡くなった。まだこの世界に来て半年も経ってないゆえに、その人とは半年未満の間柄だったものの、よくわたしを気にかけてくれるいいひとだった。
最初は二次元の世界、結局は紙面上だけの話だと思っていたが、どうやら時が進み周りの人と関わるうちにそんな概念は崩されてしまった。今となっては周りの人達みな私の大切な人だ。
いつかはお別れのときが来てしまうかもしれない、なんてあやふやな状況下、不自然すぎるほど微妙なバランスを保ちつつわたしは、この世界にいる。
彼も彼なりに思いを馳せているのだろうか。それなら私の気持ちを察して今は話しかけないで欲しかったなぁ。コーヒーをスプーンでぐるぐるかき混ぜていれば、隣の少年がたんっと椅子から飛び降りた。

「お姉さんこの前旅館にいた人だよね?」

「旅館……?あっ、あ、ああ。うん……」

そうだ。そう言えばそんなこともあった気が……。いや、あったな。あった。未だに忘れない初めてご対面した遺体と殺人事件。忘れろという方が無理だ。原作の方は一応最新刊の最新話。純黒出演した風見さんが逆輸入されるところまで読んだ。これでも名探偵コナンは数年前に子供のとき以来にハマり、本誌でしっかり追っていたのだ。推し?推しキャラはうーん……。和葉ちゃんかなぁ……。だって可愛いし。今年の紅のラブレターではあまりの可愛さに萌え滾った。
と、まあ和葉ちゃん可愛い!は置いといて、コナンくん記憶力良さすぎやしないか。あの時一回しか会ったことないことないのに。わたしは、旅館客としてふらりとひとり訪れ、しかも容疑者のひとりとして疑われ扱われたからこそ記憶に濃いが、毎日が殺人事件のような日々を過ごしている名探偵からしたらそんなの日常茶飯事といいますか……。正直覚えてることに驚きだ。

「そうだよ。よく覚えてるね」

「うん!あの時お姉さんよく携帯いじってたじゃない?だから印象深かったというか……」

「えぇ?そうだっけ」

やばい。記憶にない。私そんなに携帯触ってたかな。記憶を掘り起こしてみても思い出されるのはあのへっぽこ刑事……じゃなかった、ええと、群馬県警の語尾「しちゃってくれちゃったりするんですか?」みたいなひと。名前思い出せないけどあのひとに執拗に疑われた覚えしかない。ええい、女の一人旅だからってあそこまで疑われると軽くトラウマだよ。

「うん。電話帳開いてずっとポチポチやってたよね?まるで、何かを奏でるように……」

「……??」

コナンくんの目が急に鋭さを帯びて、思わず息を詰める。初対面……では無かったとして、いや、初対面に近い人間に対してこんな強気で来られるのは初めてだというのと、相手はあの見た目は子供、頭脳は大人な小学生だ。何をこんなに言われているのかまるで分からない。
奏でる?電話帳?
何のことだ。半年以内のことだが、おそらく数カ月は前だ。今日昨日の話ではない記憶を探るのは疲れる。それに例えその時携帯を弄っていたとしても、当時私は容疑者扱いを受けていた上に目の前での遺体騒動。そんなの記憶に埋もれてる。
記憶を掘り起こすために斜め右上に視線をやる。コロンボ、というお店は私のお気に入りの喫茶店でもある。流石にポアロに行くのはなんというか、
万が一を考えて行かないことにしている。

わたしは、消して頭がいいほうではない。いや、だからと言って極度の馬鹿とかそういうことではないのだが、如何せん基準は名探偵コナンの世界。小学一年生でさえ漢字を読めるという知能が高い世界に放り出された私の頭の出来などたかがしれてる。暗号といえば縦読みしか出来ません。

つまるところ、視線だとかそういった細かいもので安室さん……もといバーボン、降谷零に探られでもしたら、いやないとは思うけれど。でも万が一黒の組織だとかなんとか、口を滑らせたら私の生命の危機に瀕する。そして時間軸でいえば恐らく今はバーボンが誰かすらわかっていない状況のはず。
数日前テレビニュース報道を占有した『銀行強盗二億円銃殺事件』は記憶に新しい、し、何より怖かったし。確か私の記憶ではあの後、樫塚圭さんが毛利探偵事務所に来てコナンくんが誘拐されて……そこから緋色シリーズに入るんだっけか。あれ、違うかな。ということはベリツリー急行前?時間軸は曖昧だが、とりあえず今私は迂闊なことを言ってはいけないということだけは確かだ。

「かーらーす、なぜ鳴くのー♪」

「!!」

「……その反応、やっぱり何か知ってるの?」

「え、な、何が?」

コナンくんの口から飛び出たメロディは、極ありふれたもので子供の頃よく歌ったものだ。小さい時はなんとなしに歌っていたそれが、今ではこんなに意味あるものになるとは思っていなかったけど。
かーらーす、なぜなくの。その続きのメロディが黒の組織の黒幕とも言える首謀者の電話番号になっていると分かったのは、果して何巻のことだったか。確か五十……いや、今はそれどころではない。コナンくんが何のつもりで問いかけてきたかは謎だが、謎なだけに怖い。

「お姉さんさ?旅館で、打ってたよね。何度も何度も、確かめるように、シャープから始まる電話番号をさ……」

「!!!」

「でも結局かけなかったし、どうしたのかなぁって」

「そうだっけ。覚えてないなぁ……。コナ……ぼくはどうしてそんなこと聞いてくるの?ていうか、よく覚えてたねぇ。そんなこと」

「だってずっとダイヤル回してたのに電話しないでいたんだもん。不思議だなぁって覚えてたんだ!」

「へぇ……」

間違いない。探られている。