望む

板で雑に塞がれた窓。何重にも鍵のかかった扉。自由を奪う為、手足を縛ったロープが切れる事はない。
あたしは"コイビト"に監禁されていた。どうしてこうなったのか過去を振り返ってみても、浮かんでくるのはあたしの馬鹿な行動だけ。
争い事とは殆ど無縁な日本で生まれ育ったあたしは、ひょんなことからゴッサム一の凶悪犯罪者、ジョーカーと恋人になった。人の血や悲鳴を嫌ったあたしにジョーカーは何かを要求することなんてなくて、「飯作って待っとけ」って笑うだけで。
幸せだった。例えジョーカーが悪い事をしたとしても、彼さえいれば何でも良かった。
でもいつしかあたしの存在が重荷になってるんじゃないかって、膨らんでいく不安に、あたしは耐えられなくて逃げ出した。ジョーカーの前から姿を消して、彼を忘れる為に作った恋人といざ事に及ぼうとした時、あたしはその人を受け入れられなくて拒絶した。結局あたしには、ジョーカーを忘れることなんてできなかったんだ。自分の勝手で振り回した恋人には申し訳ない気持ちを抱えながらも別れを切り出した。でもあたしが全てを言い終える前に、彼の手があたしの頭を掴んで壁に打ち付けたことで話し続けることは出来なかった。


「…。」


両手を縛るロープは小窓に取り付けられた鉄格子に複雑にくくりつけられている状態で、気付いた時には既にこうなっており、ここが彼の家のとある一室であることを知った。「絶対に入るな」と忠告されていたこの部屋は、まるでずっと昔から人を監禁する為にあったようで。以前にもあたしと同じように誰かが監禁されていたのだろうことは簡単に想像できた。嫉妬深く、束縛の激しい彼。無理矢理での行為には狂気的な愛を感じて、ただただ恐怖した。


「…。」


そらからもう、数日は経った。助けが来る気配は一向にない。こんなとこで生きていくのは真っ平ごめんだ。でも誰も助けになんて、


「…っ」


瞬間、脳裏にチラついたピエロの影に息を呑んだ。あたしから姿を消しておいて、なんておこがましいんだと手に力がこもる。
あの人は「こんな女は面倒だ」って愛想を尽かしたかもしれない。だけど、それでも、


「こんな汚れたあたしでも、望みを言っていいのならっ」


お願い。


「助けてっ、ジョーカー…!」


瞬間、家を揺らすほどの爆発で真横に天井が落ちてきた。舞い上がった砂埃に酷く咳き込む。そして何事かと見上げれば、ぽっかりと空いた天井の穴からピエロが顔をのぞかせた。


「迎えに来たぜ!honey」


輝く月を背に、ジョーカーは笑う。驚きに何も言えないでいるあたしを無視したジョーカーは「よっ」と言いながら下りてきた。そして懐から取り出したナイフであたしの手足を縛るロープをザックリと切っていく。


「Ah、真っ赤になってらァ」


文字通り真っ赤に痕のついた手首を優しく掴んだジョーカーは、そこにそっと指を這わす。その時、部屋の何重にも鍵のかかったドアが勢いよく開いて、あたしを監禁した彼が焦ったように姿を現した。そしてその目がジョーカーを捉えた時、顔を青く染め上げた。そんな彼にジョーカーは「Hi」と片手を上げて挨拶する。そして逆の手に持っていた拳銃で彼の太股に鉛玉をプレゼントした。悲鳴をあげて倒れた彼に笑いながら馬乗りになったジョーカーは、ロープを切ったナイフで男の頬をぺちぺちと叩いた。


「俺のhoneyが世話になったな。こりゃ礼だ」


ジョーカーが声高らかに笑う。そして頬を叩いていたナイフは何度も彼の体に突き刺さり、最初は呻き、叫んでいた彼も今はもう全く動かなくなった。それでもジョーカーは楽しそうに何度も彼を刺している。暫くしてようやく飽きたのか、軽く息を吐いたジョーカーはゆらりと立ち上がり、振り向いた。
返り血を大量に浴びた体。
ジョーカーはそれを大して気にもせず、ずんずんこっちに向かってくる。そしてあたしの前まで来ると、屈んで、血で真っ赤に染まった手であたしの頬を掴み、顔を引き寄せた。
正直、あたしは殺されると思ってた。殺された彼を見て、ただ漠然と「次はあたしなんだ」って。でもジョーカーに殺されるならまだいいかもしれない、なんて馬鹿な事考えてたのに、なんで


「っ!?」


キスしたの?


「もう逃げんじゃねェぞ。お前は、俺のだ」


Are you OK?
確かめるようにそう言って笑ったジョーカー。
勝手に一人で不安になって、勝手に姿を消したのに。ジョーカーを裏切って恋人まで作って、挙げ句の果てに合意の上じゃないけど体だって重ねてしまったのに。
あたしは今、許されたの?
ジョーカーの隣にいても…


「ン」


ただ一言そう呟いて腕を広げるジョーカー。
それが、答えだった。


「ジョーカー…っ!」


わんわん泣いて抱きついたあたしに、ジョーカーは嬉しそうに笑った。だからあたしはまた、涙を零してしまったんだ。


望む
(あなたはそれを聞き届けた)