微笑む

※「奪う」の続き


軽く痛む頭に眉を寄せ、まるでケーキのスポンジの上で寝ているかのようなふわふわの感覚に体を捩った。何て居心地のいい場所だろう。可能なら一生ここに居たい。あぁ、でも仕事が…。いやでも、今日くらい休んだって許されるかもしれない。だってあんなに怖い思いしたんだから。生きてる内に経験するかしないか位の出来事を体験したんだから。そうそう、初めて襲われたんだよ。誰って、そりゃぁ、

ジョーカーだよ。


「!!?」


心臓を突然鷲掴みされたような苦しみに目を見開いて飛び起きる。反射で体を支える為についた手が思いの他沈んで、崩れた体勢に声を上げる暇もなく、また後ろへと倒れた。何だ、何なんだ一体。何が起こった。誰か私に説明してくれ。


「おはようございます。体調は如何でしょうか」


扉の開く音と共に貫禄のあるお爺さんの声がした。訳も分からず一度パチリと瞬きをする。そして自分が物凄く高級そうなベッドで寝ていた事を感触で理解すると、今度は体が沈まないようにゆっくりと起き上がった。少し頭と膝が痛い。


「どうぞ、お水を」
「ぁ、ありがとう、ございます…」


私の側まで寄ってきたお爺さんは執事なのだろうか、随分と慣れた手つきで私に水の入ったコップを差し出し、この部屋の沢山のカーテンを次々に開けていった。眩しいわ。


「どこか痛いところはありますか?」


中身の空になったコップを受け取った執事さんが尋ねる。私は素直に頭と膝、そして転んだ時に地面に触れた事で擦れた掌の事を伝えると、彼は「承知しました」とだけ呟いて部屋から出ていってしまった。
バタンと、少し重そうな音をたてて閉まった扉の音以外には何も聞こえない。見たこともない家具や調度品、そして美術品などを見て、セレブの家みたいだと他人事のように考えた。ドラマでしか見たことのない光景に正直反応に困る。どこだ、ここ。不躾にキョロキョロと見回して頭がツキンと痛み、思わずおさえた。


「んーんー」


目蓋を閉じたその裏で、昨日の晩の最後の記憶に映るピエロの笑顔が浮かぶ。ジョーカーはあの時、確かに何かを言っていた。まぁ催眠スプレー掛けられた後だったから覚えてないけど。けれどそれが何故か、酷く気になって眉を寄せた。正直テレビの画面や新聞の写真越しに見る彼と、今私が思う彼の印象は違う。残忍で冷徹で、狂気的なジョーカー。だけど私には、あの晩笑顔を見せたジョーカーこそが全てだった。知っているようで知らなかった彼のこと。だから彼の事をもっと知りたいと思うのは自然のことで。


「会いたいなぁ…」


微笑む
(貴方を想って微笑むなんて、一体誰が想像出来ただろう?)