彼と私の始まりの始まり
ねぇ、ひとつのゲームをしようか。
その話を持ち出したのは、彼と私、どちらだったか曖昧だ。ただ、いつだったのか、どのようなシチュエーションだったかは鮮明な記憶として残っている。
彼との出会いは高校二年生となる前の春休みのことだった。
さようなら、と顧問の声に応えながら下駄箱のローファーの踵部分に指を引っ掛けると、カサリとした手応え。引っ掛けてた指を離し、奥の四角に手を伸ばした。白い封筒の表には苗字さんへ、と丁寧な文字が書かれていて、もしかしなくとも、其れは私への恋文だ。
好きです。体育館裏で待ってます。
綺麗な文字の羅列は、心にも脳にも引っ掛かることなく目を滑らした。このまま体育館裏へ行かなければ、それがこの気持ちへの応えになるかと手紙を仕舞いかけたものの、封筒の裏に書かれた名前を見て嘆息する。この手紙の相手が、十分ほど前まで同じ部室にいたふたつ上の先輩だったから。無視出来ない。
「苗字さんのこと、ずっと良いなと思ってて」
「…ありがとうございます」
でも、ごめんなさい。
体育館裏で、相手の顔は見ずに頭を下げる。入学して三ヶ月、即ち彼と出会って三ヶ月。ずっと、とは言えない期間だと思います。とは心の中で呟いて。同級生の間でイケメンで話題の相手を目の前にしてもトキメキはないらしい。
「どうして、って聞いても良いかな?」
「それは、」
貴方のことが好きではないからです。面倒臭くなってきて馬鹿正直に答えようとしたけれど、視界の奥に人影を捉えた。赤いジャージはこの学校の部活はどこも使っていないはず。
「私、好きな人がいるんです。そこの、赤いジャージの、」
少し離れたところを歩く赤いジャージの集団。振り向くな振り向くなと、思いながら集団を指差す。誰でも良い。とりあえずこの場を凌げれば。
そっか、ごめんね。そう言い残して先輩は私を体育館裏へ置いてった。告白の場に相応しくはないとは思うけれど、助かった。素直にそう思った。ありがとう赤いジャージ。もっと言うなら私が指差していた、一番後ろの黒髪ツンツン。
合同練習若しくは練習試合で来ているであろう彼等にひっそりと届かないお礼を言って、私も体育館に背を向けた。そして、歩き出して一歩、
「振り向かなくて、良かったでしょ?」
「本当に。って、え、」
顔を向ければ、にやり、という効果音があまりにも似合う長身の男がいた。赤いジャージに白のエナメルバッグ。正しく、先ほどの集団の、更に言えば私が指差していた黒髪ツンツン頭で。
「俺のこと、好きなんだ?」
「ごめんなさい、嘘です」
わざとらしく言い放った彼に綺麗なお辞儀をして謝る。
それが彼と私の出会いであり、この話の始まりである。
ALICE+