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保育園に通っていた頃。
家族揃って買い物へ出かけた時、わたしは迷子になってしまった。
そんな時、泣いているわたしを見かけて、一緒に親を探してくれた男の子がいた。
「泣くなよ〜」
「ふぇ…おかあさん…おとうさん…ぐすっ」
「しょうがねぇなぁ!おにいちゃんが探してやるから、な!」
「ぐすっ…ほんとに…?」
「ああ!おにいちゃんにまかしとけ!」

同じくらいの年だと思うけど、おにいちゃん、を連呼していたその男の子は、本当のおにいちゃんのように振舞って、泣いているわたしの手を離さないようにしっかり握りながら一緒に歩き回る。

「かなた!」
「うわあああああん!!おかあさーん!」
おにいちゃんの手から、お母さんの手へ。
「みつかってよかったな!もうまいごになるなよ!」
おにいちゃんは、鼻の下をこすって、
じゃあな!って、手を振ってくれた。
「あ、…おにいちゃん、ありがとう!」

わたしの声は、届いたんだろうか。

願わくば、あのときのお礼を、もういちど。


「次の方どうぞー」
占いにやってきたカップルを見送り、記録をしたあと、次の人を呼び込む。
「よろしくお願いしまーす」
真っ赤なパーカーを着た、へらっと笑った顔が印象的な彼だった。

その彼は、好きな子がいるけれど、どうしたら振り向いてもらえるのかという相談だった。
カードをクロスに展開して、読み取る。
(これは叶いそうにないなあ…)
状況は芳しくなさそうだったが、真剣な顔をしてカードと私の顔を交互に見る彼に、告げた。
「きっと、高嶺の花の人なのですね。厳しいようですが、かなりの努力をしなければ、彼女さんの心はつかめないでしょう」

彼の落胆した顔が悲しそうに歪むと肩を落とした。


「ただ、」


顔を上げた彼の表情が少しだけ明るくなる。

「その努力をしただけ、他の方ではありますが、とてもいい出会いがあると、カードは告げています」
「それって、どんな出会い方とか、わかる?!」
「出会い方…そうですね。夜、でしょうか。それと、お酒」
「夜!酒!」
すっかり表情が戻ったその人は、今度は腕を組み考え込む。
「夜にー、どっかの居酒屋とか?チビ太んとこもあり!?知ってる?赤塚団地のとこにあるおでん屋の屋台。知り合いなんだー」
「は、そうなんですね。そうですね、そんな、感じですかね…」
好きな子はどうなった、とツッコミたくなったが、相手は客だ。ぐっと堪える。
相談20分の終わりを告げるアラームがなったので、ここで彼とはお別れだ。

と、思ったら急に胸がざわついて来た。
「あの、アラーム鳴ってますけど」

お兄さんが指をさしたので、わたしは慌てて止めた。
「すみません、うるさかったですよね」
「へへっ、まーね。俺って朝とかアラームなっても起きれねえからかけたくねえんだけど、チョロ松…あ、弟なんだけど、かけとけってうるさくてさー」
「わかります、かけても止めてつい二度寝しちゃうんですよね」

お兄さんが話し始めて、本当は次の方が待っているはずなのだが、ついつい話し込んでしまった。

「あっ、いけない…次の方が」
「ごめんごめん、俺帰らなきゃ」
そう言ってお兄さんが部屋を出て行こうとしたが、つと振り返って再び戻って来た。

「ねえ、お姉さん…いつか今度どっか落ち着いて話さない?楽しかったし…い、いやだったら」

わたしは信じられなかった、まさかそんなお誘いをいただけるなんて。
「は、はい、ぜひ、お話、させてください。め、名刺…!」
慌ててスペースで配る用の名刺の裏に、わたしの本名と電話番号を急いで書いて渡した。
「よろしくお願いいたします、えっと、」
「かなたちゃんな!俺、松野おそ松!ありがとう!連絡する!」
あの笑顔を最後に見せて、彼は部屋を出て行った。


赤塚の商店街の一角に、占いスペースが出来たのはほんの1ヶ月前。

占いが好きで、本とか占いサイトをあさってはいろんな占いの方法があるってことを知っていった。その中でも惹かれたのが、タロットカード。基本は絵柄は同じだけれど、描く人によって雰囲気や絵のタッチが全然違う。だからついついコレクションしちゃって、部屋は人なんか迂闊に呼べない状態。

でもいいんだ。好きなものに囲まれる幸せ。
今流行りの断捨離もミニマリズムも憧れるけど、これはこれで満足だ。

今日もいつものように出勤すると、声をかけられた。同じタロットカード占い師の紫蘭さんだ。
「アイリス、今出勤?ねぇ、占ったげよーか」
お客さんはまばらだしー、と付け加えた紫蘭さんにわたしはお願いします、と告げた。

と言うのも、昨日わたしのところにやって来た松野おそ松さん。好きな女の子が結構無理めだとわかると、新しい出会いにすぐ目を向けていた。
幼い頃のあの記憶を引きずっているわたしとは、大違いだったし、なんでかすごく眩しかった。

「さて、お客さん悩みは?」

知ってるせいかとてもラフに話しかけてくる。それも悪くないと、わたしはつい顔がにやけてしまう。

「もー、笑ってないで。お悩みどーぞ?」
「へへ。あのですね、新しい恋とか、できたらいいなーって。出会いとか転がってませんかね〜」
少し冗談ぽくいうと紫蘭さんはにやけた。

「あら、スペースのお客様とかいなかった?今まで」

どきっ。なんだかおそ松さんのことを見透かされたような気がした。

「いや…お客さんカップルさんばかりだし…」
「ふうん、そう?」

紫蘭さんはつまらなさそうな顔をすると、カードを手にした。紫蘭さんのカードはトートタロットと言われるもので、通常のタロットカードとは解釈が多少異なるものだ。でもその分いろんな回答を導き出せる。

紫蘭さんは深呼吸をひとつして、カードをシャッフルしだした。


「赤」
カードを展開して、紫蘭さんはぽつりと呟くように言った。
「キーワードは赤、かな」
カードを見ると、全体的に赤色を使ってあるカードが多かった。
「あと、…酒」
酒。それは昨日、おそ松さんにわたしが告げたメッセージと同じ。
「あとはアイリス次第かな!」
「え?それだけぇ!?」
なんとあっさりした占い結果か。紫蘭さんはもうそろそろ準備なさいよ、とぶーたれるわたしを部屋から追い出した。

赤。酒。

なんか、居酒屋の赤提灯を彷彿とさせるワードだと思った。

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