トド松の場合

スタバァで働いていた僕は、あの一件があってから辞めることにし、その代わり見つけたのがこのカフェアルルのバイトだった。うちからは程よく遠くて、かつ電車で一本と通いやすく兄たちには見つかりにくい場所にある。ちなみに今度は大学生なんて誤魔化しはなし。ちゃんと履歴書を書いた。
店長の悠介さんと、先輩の有紗さんはとても優しくてかっこよくて、憧れている。
特に有紗さんは素敵で、お菓子を美味しく食べてもらえるところが見れるとこのカフェを仕事先に選んだのだと言っていた。
今日は赤塚区の花火大会があって、そのせいでカフェも大忙し。販売のクリスマスケーキの予約引き取りも多く、僕や他のバイトさんたちもバタバタしていた。
閉店は夜10時なのだが、最後のお客様が帰られるまでは開けて置くのがこの店の常なのだ。
10時を過ぎて閉店のプレートを表に出しておき、まだ残っている客にはやく帰れと念を送りながら片付けを始めた。

「トッティご苦労さん」
悠介さんが厨房から出てきて僕に声をかけてくれた。
「締めと残ったお客様対応は俺やるから、お前有紗とゴミ捨てな」
そう言うや今度は僕の耳元で囁いた。
「で、花火誘ったのか有紗?」
顔が離れてみると悠介さんはニヤニヤしながら僕を見ていた。
「まだ…です」
なんだかすごく悔しい気分になり、つい悠介さんを睨みつけてしまう。
「おいおい睨むなよ、有紗、今夜お前からお誘いないからって不貞腐れて俺に帰り飲みに行きませんかって言ってたぞ?」
「うええ?!」
なになに、有紗さんなにそれ!不意の焦らしプレイ成功?なんちゃって…
僕の片想いだと思ってたのに、実は相思相愛?
「って嘘だけどな!ははは!頑張れよ!」
手を振り大きな声で笑いながらホールに向かっていった。
「店長!」
なあんだ嘘かー…とがっくりしたが、誘えていないのは事実なので急いで有紗さんの元へ向かう。
厨房からちょうど、ゴミの入った大きなビニール袋を抱えた有紗さんと出くわして、彼女からゴミ袋を奪いとる。
外に出ると冷たい空気に頬がひんやりして身震いをしてしまった。
「さむっ」
「夜は冷えるねぇー」
吐く息も白く僕らは顔を見合わせ、そうして袋をゴミ捨て場のポリバケツの中に置くと、遠くからドーン!と地響きのような音が聞こえてきた。
「あっ」
有紗さんが声をあげた。
「花火」
はるか向こう、確かに花火の上がる音が伝わる。兄さんたちは今日はどう過ごしてるだろうか。
有紗さんはと見れば、見えるはずのない、赤塚区方面の空を眺めていた。
「花火見たかったなー」
そうして僕の方に向き直して、
「来年は、近くで見たいね。こんな仕事してたら縁なさそうだけど」
寂しそうにそう言った。
この時期はケーキがよく売れるから、仕方のないことだ。
「行けたらいいですよね…僕、有紗さんと花火、観に行きたいです」
勇気を出してみると、有紗さんは笑顔を見せてくれた。
「トッティが頑張って私たちの手伝いしてくれたら行けるかもね?」
それは暗に、僕も厨房に入りなさいって言っているようで。
「考えときます…」
そう言うしかなかった。
厨房に今入っているのは調理担当と店長、有紗さん。
「トッティが厨房来てくれたら面白いんだけどなって店長言ってたよー」
有紗さんは楽しそうに笑うと、僕に冷えるし店に戻ろうと言った。
面白いかどうかは別として、有紗さんは僕が厨房来たらどう感じるのかとても聞きたくて聞いてみた。
「そりゃあ助かるよー。うまく行けば調理師免許取れるよ」
そうじゃなくて、有紗さんのことだよ…って言いたかったけどなんだか気恥ずかしくてやめておく。
「わたしはトッティと仕事できればなんでもいい」
それはどう言う意味だろうか、厨房でなのか、ウエイターのままなのか?両方に取れる。
『トッティと』というのだけでも良しとするか。
厨房を覗くと、綺麗に清掃された厨房で悠介さんがコーヒーを落としていた。
「今日もお疲れだったな、飲めよ」
ほかほかの湯気が立ち上るコーヒーを一口。ミルク入りで甘いコーヒー。
「みーんな花火見えるとこまで行っちまったけど、お前ら行かねえの?」
「もう間に合わないですし。来年行こうねーってトッティと約束しました。ねートッティ?」
え?いや、聞いてないけど!でも!
「は、はい!来年行きましょう!」
嘘でも嬉しくてそう返事したら悠介さんが嫌な笑みを浮かべた。
「ほう…じゃあ来年から厨房だな、よろしく頼むぜー?」
肩をポンと叩かれて、悠介さんは厨房を出て行く。有紗さんはニコニコと僕を見ていた。
「え?あ。あれ?」
「やったー!一人ゲット!!少しはシフト楽になるわー!よろしくね、トド松くん?」

してやられた。はめられた。
これは、波乱の予感?
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