▽拒否権なくない


      昔から人とは違っていた

みんなが難しいと言う事が簡単に出来た…

  勉強、運動…感覚を掴めば難しくなんてない

         むしろ

     簡単すぎて本当…つまんない



「…御幸って性格悪いよね」

「えー今それここで言っちゃう?」
黒士館との練習試合が終わり、私と降谷の1打席勝負でホームランを打って…御幸が私を野球部に誘った…問題はその後…

「…私に見せるためにワザとしたでしょ」
「…なんのことだか」

もう夕日は落ちて暗い夜…私は御幸に引き留められ野球部専用の室内練習場を外から御幸と見ていた…中には監督に三年生達…

「…悪いけど私は野球部には入らないから」
「……ふーん」
2名だけ一軍昇格でき、栄純と小湊と言う子が決まった…残った三年はここで夏が終わった…その中に先程審判してくれてたクリス先輩がいた

「やっぱりクリス先輩ってケガ?」
「わかる?」
「…練習試合見てればね…それに御幸より優秀な捕手をレギュラーにしない理由なんて他に思いつかない」
「いや〜手厳しいね〜俺も一応頑張ってんのよ?」

栄純は泣いていた…クリス先輩と一緒に試合が出れなくて…私には分からないけど一軍の重みってヤツが栄純を苦しめないといいけど…

「…とにかく、栄純には悪いけど私は高校ではもう野球しないから部活に入る気はない、あきらめて」
「えらい頑なに断るね…理由でもあんの?」
「…」
ここ何日か青道の試合を見てきて…青道は私達中学でしていた野球とは違う…誰もが必死で熱く貪欲に勝利を目指す…

「本気で甲子園目指してる青道に私みたいな中途半端がいても邪魔なだけよ」
「中途半端?あんなに上手なのに」


「なんでも出来るっていい事ばかりじゃないから」


勝負に勝って嬉しかったのは最初だけだった

人間勝ち続けると何も感情がわかない、きっと負けても同じだと思う…だってやる気がなかったら勝ちたいとも思ったことない

ちっとも楽しくない毎日に栄純が現れた

下手なくせに野球して、私はしたくないのに巻き込んで…でも栄純とする野球は楽しかった…

栄純とする“遊び”の野球は…


私には部活に命そそいでまで野球してる人達とは温度差が違いすぎて無理だ…私は本気になって野球をできない

だから栄純との野球も中学までと決めていたのに



『…双葉 千隼さん今日の放課後野球部監督室まで来るように…』

「…御幸…」
あれから数日、音沙汰なかったから諦めたと思ったのに…監督まで話を通して…御幸の仕業か…
「…ただ上手いってだけなのに…」
期待されても困る、本当にただ上手いだけの女を部員にしていいことがあるとは思えない

「(…でもあの監督…顔が怖いんだよね…)」


意外だったのはこの放送に栄純が反応しなかった事、栄純なら即座に私のところに来て喜ぶのに…一軍に入って気合いとか責任やら感じてこの頃オーバーワーク気味だったからな…真っ直ぐだから栄純…




「(…なんか圧がスゴい)」
本当は来たくなかったけど…わざわざ放送され玄関口で御幸に待ち伏せされたら来るしかない…監督室へ入れば監督以外に先生?が2人にキャプテンらしき人が1人…怖い顔して待ってた…ゆいつ御幸がいて相変わらずヘラヘラして妙に安心してしまった

「…この間の降谷との勝負、見せてもらった…悪いが最初は信じてなかったが綺麗なフォーム、力強いバッティング全てが完璧だった…我々の想像を越えた見事なモノだった」
静かな空気の中…監督が話出した…褒められてるのに怒られてる気分


「君には是非ウチに入ってもらいたい」

「…お断りします」

誘いを断れば周りが少し驚いてる…どんなに監督が怖い人でもここで妥協する事は出来ない
「…自分でも人より出来る方だと思います、でもだからといって野球部に入る意味はないです」
「…何故だ」

「…私、女ですよ…

試合にはもちろん出れない、野球の知識だって栄純…沢村と同じで全く無いです…」
「もちろん、双葉さんには裏方で部員達のサポートしてもらうつもりよ…野球の知識はこれから知っていけば問題ないでしょ」
監督の後ろにいるメガネの女性…栄純をスカウトしに来た人が外堀を埋めるように説得してきた

「…けど嫌なんじゃないんですか?

  年下の、しかも女に野球を教わるなんて…」

ずっと黙って聞いてるだけのキャプテンに目を向けば、今まで目を瞑ってたのか…カッ!っと目を開けた…何この人ロボット?

「あの完璧なスイングを見て反対するヤツはここにはいない…

全国に行けるのならなんでもします!部員全員同じ気持ちです‼︎」

「……」

マジかよ…

「まぁ、双葉さん…あなたにとっても悪い話じゃないわ…」
「え?」
「貴方の才能をかってこちらも入部してくれれば特典をつけたいと思うの」

女性のメガネがあやしく光る…これって拒否権なくない…




「……最悪」
入部届を書いて監督室を出た私のテンションに御幸が楽しそうに笑ってる

「栄純から色々聞き出したの御幸でしょ‼︎」
「さてー何のことだか」
ヘラヘラして呑気そうなヤツなのに卑怯な手段使った御幸を問いただすがのらりくらりの返事…ムカつく!


「てか意外だなぁ〜あの天才双葉千隼様がまさか家事全般出来ないなんて〜」
「……っ!なんで出来ないのかこっちが知りたいわよ‼︎料理や掃除…なぜか全部失敗するなんて‼︎」

そう、マネージャー業務を絶対出来ない理由は私が家事全般出来ないせいだ…洗濯しようとしたら何故か洗剤が漏れだしたり…掃除機したら余計汚れるし…料理なんて黒ずみしか作れない…訳が分からない…
「一人暮らしなんでしょ?どうやって生活してんの」
「……料理はしない弁当頼り…他は週一来る家政婦任せ…」
「マジ?」
「……私が家事したら何故かもっと汚れるのよ…」
何でこんな男に自分の弱点教えなきゃいけないの…

「まぁ、良かったろ?マネ業務不要で夜ご飯付き…こんな高待遇なかなか無いよ?大変だったんだぜ監督陣説得した俺に感謝してほしいね」
「誰も入りたいなんて言ってない」
自慢気に感謝しろって言うけどまったくありがたくない…

「…そんなに野球部入りたくねーの?」
「……」
イヤイヤ言う私に御幸は不服そうな顔した…あぁ御幸も栄純と同じくらい野球が大好きなんだ…
「…野球だけじゃなくて運動部には絶対入らないつもりだったから」
「?どうして」

「…私、本気でスポーツした事ないから」

野球が嫌いなんじゃない…好きだから私が入ったら失礼だと思った
「…何もかも簡単すぎて本気でしなくても人より出来る…降谷との試合もあれぐらいの球だったら全力出さなくても何本でもホームラン打てる」
「……マジ?」

「…きっと本気を出せない私はトップに立てない…

だから本気で勝ちを望んでる部活に私が入るのはダメだと思ったの」

ましてやこんなに野球に命そそいでる人らが集まる場所に私が入るのは無理だった…

気持ちの温度差は青道が作りあげた野球に亀裂を生んでしまうかもしれない


「なら本気にさせてやるよ…」

「え?」
私の話しにドン引きしてたみゆきが何故か楽しそうに笑って…

「俺達、青道が千隼を本気にさせてやるよ」


 そんな事初めて言われた、いつもは


       『本気出してよ』


    そう言われたことしかなかったから…


  なんか…

「なら責任とってよね、私人に教えるの苦手だから御幸がどーにかしてよ」
「えっ⁉︎初耳なんだけど」
「栄純は片割れだから意思疎通できるの!他の人もそうなれば大丈夫だから」
「それ無理ゲーじゃん‼︎」

     少しだけ楽しそうかも…


「栄純」
「えっ⁉︎千隼‼︎」
入ってしまったからもう諦めて栄純に報告、今日は雨が降ってるからグラウンドには誰もいなくて、御幸に案内で野球部専用の室内練習場にきた(さすが野球が強い学校は違う…)

「どっどどどどうしてここに千隼が⁉︎侵入でもしたのか⁉︎」

「御幸のせいで野球部に入ることになった」

気持ちが暗くなってるかと思ったけど案外平気そう栄純がすっとんきょうな事言う前に報告
「なっ…なっ…やったーーーっ‼︎‼︎」
…変なことは言わなかったけど大声で喜びだしたのでこの室内にいる野球部の注目を一心に浴びてしまったが…

「千隼が野球部に入ったぞー!これで俺たちは最強だぁー!ワーハッハッハッ‼︎」
「何だ?朝まではオーバーワークで暗かったのにうるさくなりやがって」
「もちろん皆さんのお陰で元気は取り戻しましたが!千隼が入部するとなればこの沢村栄純!絶好調になるのは必然の事…‼︎」
やっぱり責任感で自分を追い込んでたのか…そんな栄純が私の入部だけでこんなに喜ぶなら御幸に情報売ったのは見過ごしてやろう…だから事情知らない他の部員の人達に喝采を求めないで!


「…ってことは明日の合宿!千隼も一緒か‼︎」

「え…合宿…?」
合宿の事などいっさい知らない私は栄純からの爆弾発言で一時停止…御幸を見ればヘラヘラと笑っていた…

「御幸‼︎合宿なんて聞いてないよ!どーゆーこと‼︎」
「…思ったけど千隼ちゃんさ、俺には敬語で話さないよね〜俺2年だよ?」

「……………てっきり同じ年かと…」
「……なーんか抜けてんなこの子、さすが沢村の相棒」
まさかの新事実にこっちも驚愕だよ…恥ずかしい失態に私は逃げるように家に帰った…

あ、合宿…