燃えるような自分の赤い髪は、まるで血のようだと彼は言った。けれど私は、その隙間から覗く柔らかな視線が好きだと言い返した。

───それ以来、私は小太郎くんから避けられている。


カルデアの医療班が最も忙しくなるのはレイシフト中であり、普段から切羽詰まっている訳ではない。当然、特異点の座標解析やマスターのメディカルチェックは毎日こなしているが、医務室をふらりと訪れるスタッフやサーヴァントと会話する時間の方が多いくらいだった。

だがサーヴァントが単騎で立ち寄ることはほとんど無く、マスターと連れ立って来るのが常である。サンソンやナイチンゲールといった医療に携わる者ならば例外だが、特に気配遮断を会得したアサシンはカルデア内で遭遇することさえ稀だ。

だからこそ私は、おずおずと入室してきた少年を見て一瞬目を見張ってしまった。

「……申し訳ありません。主殿から必ず行けと言われまして。ご迷惑ならすぐに帰ります」
「あ、違うの! 少し驚いただけだから!」

慌てて服を掴めば、痩身ながら鍛え上げられた身体がぎくりと強張るのが分かった。すっかり苦手意識を持たれているなと悲しく思いつつ、私は半ば無理やり椅子に座るよう促す。

借りてきた猫のように大人しく従った小太郎くんの様子を観察していると、いつもは隠れている手の甲が剥き出しになっているのが目に留まった。怪我でもしたのだろうかと何も考えずにその掌を取れば、頭上で微かに息を呑む気配がした。

ああ、またやってしまった。誇り高き忍者の頭領たる小太郎くんが、他人から無遠慮に触れられて良い気持ちがする訳ないのに。

「私ってば無作法でごめん……。ええと、少しだけ血が出てるね。手当てしても大丈夫?」
「あ、……はい。よろしくお願いします」
「ありがとう。楽にしててね」

互いに何も言葉を発しないまま、ゆったりと体温を分け合うだけの時間が進んでいく。

しかし、見たところ彼が負ったのは掠り傷だけのようだ。応急処置の技術を完璧に会得しているにもかかわらず此処へ来たということは、マスターから強引に押し切られたのだろう。

地球最後のマスターである少女は、明るく善良でとても可愛らしい。そんな彼女に恭しく仕える少年の姿もまた素直で微笑ましく、私はそんな二人のやり取りを眺めているのが好きだった。最近は小太郎くんから距離を置かれていたので、その機会も無くなってしまったのだが。

すべては、彼の心に踏み込みすぎた私に非がある。いずれ気軽に言葉を交わし合える日が訪れることを願うものの、現時点で謝罪をしても逆に気を遣わせる結果になりそうだ。

居心地悪そうに俯く彼の様子を伺いつつ、私は手早く包帯を巻いて治療を終えた。
小太郎くんだって、早く立香ちゃんに会いたいだろう。彼が堂々と話しかけられるように何か手伝えることはあるだろうか、と考えたところで自分を戒める。……こんな風に、いらぬお節介を焼くから駄目なのだ。

「それじゃ小太郎くん、お大事に」
「はい、大変お世話になりました。……その、名前殿」
「ん、どうしたの?」

完全に気を抜いていたところ話しかけられて目を丸くすると、小太郎くんは畏まったように俯きながら唇を開いた。辺りに漂う緊張感に、私も背筋をぴんと伸ばす。

「名前殿は、食べ物だと何がお好きなのでしょうか」

それは、思ったよりもずっと素朴な質問だった。
彼が少しでも私に興味を持ってくれたのならば、こんなにも嬉しいことはない。頭を捻りながらも顔は自然と笑ってしまう。

「うーん、そうだな。特に好きなものと言えば、だし巻き玉子とお味噌汁かな。私、和食には目がないの」
「そ、そうですか。ならば好きな色は……?」
「あ、それなら簡単。最近はね、夕焼け空の写真を見るのが日課だから」
「夕焼けということは、赤というより朱色でしょうか」
「うん、そう。小太郎くんの髪と同じ、温かくて優しい色」

たとえ部屋の空気が鋭く凍り付いても、私は気にせず微笑み続けた。

「不躾なことばかり言って本当にごめん。私が赤を好きになれたのは小太郎くんのお陰だから、ずっとお礼を言いたかったんだ」
「…………え」

私は瞳を伏せて、カルデアがレフ・ライノールによって爆破された日を追想した。

それは、多くの死に直面した一日だった。つい先程まで共に笑い合っていた同僚の腕が吹き飛び、身体が焦げ、真っ白な壁に血が散乱するのを見た。管制室を無慈悲に蹂躙する巨大な炎や、肉片と化した上司の躯を見た。

医療班として足でまといにならないよう必死に動き回り、全身に血液を浴びる勢いで蘇生作業を繰り返していた私は、それ以来医療スタッフとして致命的な欠点を背負うことになる。

血を連想させる赤色を見ることに、恐怖を覚えるようになったのだ。

「ケチャップとか唐辛子を見るだけでも身が竦んじゃってたの。笑っちゃうよね」
「いいえ、僕は笑いません。笑う筈がない」
「……ありがとう。それで、鬼ヶ島の一件があった後に小太郎くんがカルデアに来てくれたでしょう。その時、真っ先に思ったことがあって」

何かを感づいたように、彼の肩が小さく跳ねた。何も心配することはないのに、こちらに気を遣っているのだろう。やはり優しい子だと思った。

「綺麗だった。とても」
「…………っ」

小太郎くんの燃えるような髪にも、私は確かに恐怖を感じていた筈だった。それでも、私の目は自然と彼に吸い寄せられていた。

「召喚されたばかりの小太郎くん、私がじっと見てたら不思議そうに見つめ返してくれたでしょう? その眼差しがあまりにも優しくて、もっと見ていたいなと思って、自分でも驚いちゃった。───それで、思い出したの。私は夕焼けの空が大好きだったんだって」
「……そう、ですか」
「だけど、私の気持ちを押し付けすぎたことは本当に反省してる。こちらの一方的な感情で小太郎くんに踏み込んでしまって、ごめんなさい」
「いえ、謝らなくてはいけないのはこちらの方です」

彼はしなやかな身のこなしで立ち上がり、つむじが見える程に深々とお辞儀した。

「身勝手な行動で名前殿を傷付けてしまいました。本当に申し訳ありません。もし僕に出来ることがあれば何なりとお申し付けください」
「……本当に?」
「はい。この風魔小太郎、誓って嘘は言いません」
「なら、……少しだけじっとしてて?」

立ち上がって、小太郎くんにゆっくりと歩み寄る。何かに耐えるように強く拳を握る様子に微笑みつつ、私は彼の頭を撫でつけた。さらさらと指通りの良い髪はやはり美しく、見ているだけで心臓を鷲掴みにされるような鋭利な色を宿している。

前髪の隙間から、鋭く穏やかな瞳がこちらを伺っていた。

「これからは、私を見ても逃げないでね。たくさんお話ししようね」
「は、……はい。本当にすみませんでした」
「あ、違うの! 責めてる訳じゃなくて」
「いえ、僕の責任なんです。お慕いしている方と言葉を交わすのはどうにも緊張してしまって。情けない限りです」

僅かばかり俯きながら、小太郎くんは顔を赤らめている。マスターの前でよく見せていた表情は愛らしく、私は彼の言葉を咀嚼するのに時間がかかってしまった。

「それでは、僕は失礼します」
「うん、気を付けてね。今日はありがとう」
「はい、こちらこそ」

忍者の本領発揮とばかりに身を翻した背中を見送ってから、私はふと胸の底を擽られるような感覚に首を傾げる。しかし今は、小太郎くんと普通に話せるようになったことを素直に喜びたいと思った。

───同じ瞬間、廊下で真っ赤になりながら撃沈している少年がいたことを知ったのは、それから随分後のことだった。