あどけない夕立
「ねえ神楽、誕生日は何が欲しい?」
いつも通り、デザイナーとパタンナーとしての打ち合わせを終えた夜のこと。来月に控えた記念日について問いかけると、彼は一瞬きょとんと目を丸くさせてから呆れたように首を傾げた。
「気を遣わなくていいよ。苗字、また大きな仕事抱えてるでしょ」
───ファッションデザイナーに服を贈って喜ばれるのか?
その答えは、神楽に限って言えば特大のイエスである。彼は物作りが好きである故に、作り手が込めた想いが自然と滲み出るお手製のプレゼントが好きなのだ。本人は頑なに認めようとしないが、既製品を贈った時の表情とは雲泥の差であるため間違いないと思っている。
それはお前が贈ったからじゃねえの、と槙から後々指摘されてしまう訳だが、それはそれ、これはこれである。その時の名前は、恋人になってから初めて迎える神楽の誕生日について大いに悩んでいた。
ここで彼に近しい人間に相談してサプライズを計画するような真似はせず、本人に直球で聞いてしまうのが苗字名前という人間である。
「もしかして迷惑だった?」
「そんな訳ないでしょ」
仰々しく吐かれた溜め息に思わずむっとするものの、キスだけですっかり絆されてしまうのだから我ながら単純だ。指の腹で慈しむように頬を撫でられ、幾度も唇を重ねられる度、得も言われぬ安堵が身体の隅々まで満ちていく。
「これからはずっと一緒にいるんだから、形に残る物である必要はないってこと」
「……なんだかプロポーズみたい」
「本番はもっときちんとした形で申し込むから、これくらいで満足しないでよ」
「神楽の本気って言うと、案外ベタそうだよね。高級レストランで夜景を見ながら薔薇の花束とか出してきそう」
「僕のこと、羽鳥と同類だと思ってない?」
「うーん……。Revelの中だったら、神楽と羽鳥が一番似てる気がする」
「はあ!?」
「あ、でも人当たりの良さと優しさだけ見れば羽鳥の方が上かな」
「…………帰る」
「待ってごめん! 冗談だから!」
半分本気だけど、という本音を飲み込みつつ目の前の大きな背中に抱きつけば、神楽は大人しく名前に体重を預けてくる。一度素直になると途端に可愛くなるからずるいんだよなあ、などと密かに惚気けながら、名前は必死に笑いを噛み殺した。
「誕生日当日は、私が夜ご飯作ろっか。神楽、何か食べたい物ある?」
「んー、ならあれ……おふくろの味? っていうやつ」
意外な言葉が飛び出したため目を丸くするものの、彼が自らこちらへ歩み寄ろうとしてくれた事実がただ嬉しかった。神楽に釣り合うべく、名前はセレブ御用達のレシピも勉強しているのだが、それを披露するのはまた今度でいいだろう。
「分かった。好みの味付けを知りたいから、今日もうちの家に寄っていかない?」
「それはいいけど。何されても文句は言わないでよ?」
「……すけべ」
いつの間にか向き合う体勢にされていたかと思えば、再び口づけを落とされる。付き合って初めて知ったこと───神楽は意外とキスが好き。
彼は常に他人と一定の距離を置く性格であり、それは槙であろうと例外ではなかった。そのため当初はゆっくりと仲を深めていくつもりだったのだが、恋人としての神楽は思っていた以上に情熱的だった。
「僕は君の彼氏だからね」
それは、服飾について語る時の誇り高さが滲む顔ではなく、仲間と言葉を交わす時の信頼が表れた表情ではなく、友人を揶揄う時の愉悦が発現した面差しではなく。ただ一人の男として、心底名前を慈しんでくれているような顔だった。
どうしようもなく面映ゆくなってしまい、名前は目の前の大きな胸に顔を埋める。背中に回された腕は力強くて温かい。心臓の鼓動が重なって、幸せの色を形づくっていくようだった。
───ねえ苗字。この味噌汁おいしいから、僕に毎日作ってよ。
いよいよ迎えた誕生日。自覚なくプロポーズをしてくれた御曹司に、名前は喜んで了承の意を示した。
いつか、その言葉が実現する日が来るように。たとえ自分の出自が神楽に釣り合わないとしても、努力し続けるだけの覚悟は既に出来ていた。
いつも通り、デザイナーとパタンナーとしての打ち合わせを終えた夜のこと。来月に控えた記念日について問いかけると、彼は一瞬きょとんと目を丸くさせてから呆れたように首を傾げた。
「気を遣わなくていいよ。苗字、また大きな仕事抱えてるでしょ」
───ファッションデザイナーに服を贈って喜ばれるのか?
その答えは、神楽に限って言えば特大のイエスである。彼は物作りが好きである故に、作り手が込めた想いが自然と滲み出るお手製のプレゼントが好きなのだ。本人は頑なに認めようとしないが、既製品を贈った時の表情とは雲泥の差であるため間違いないと思っている。
それはお前が贈ったからじゃねえの、と槙から後々指摘されてしまう訳だが、それはそれ、これはこれである。その時の名前は、恋人になってから初めて迎える神楽の誕生日について大いに悩んでいた。
ここで彼に近しい人間に相談してサプライズを計画するような真似はせず、本人に直球で聞いてしまうのが苗字名前という人間である。
「もしかして迷惑だった?」
「そんな訳ないでしょ」
仰々しく吐かれた溜め息に思わずむっとするものの、キスだけですっかり絆されてしまうのだから我ながら単純だ。指の腹で慈しむように頬を撫でられ、幾度も唇を重ねられる度、得も言われぬ安堵が身体の隅々まで満ちていく。
「これからはずっと一緒にいるんだから、形に残る物である必要はないってこと」
「……なんだかプロポーズみたい」
「本番はもっときちんとした形で申し込むから、これくらいで満足しないでよ」
「神楽の本気って言うと、案外ベタそうだよね。高級レストランで夜景を見ながら薔薇の花束とか出してきそう」
「僕のこと、羽鳥と同類だと思ってない?」
「うーん……。Revelの中だったら、神楽と羽鳥が一番似てる気がする」
「はあ!?」
「あ、でも人当たりの良さと優しさだけ見れば羽鳥の方が上かな」
「…………帰る」
「待ってごめん! 冗談だから!」
半分本気だけど、という本音を飲み込みつつ目の前の大きな背中に抱きつけば、神楽は大人しく名前に体重を預けてくる。一度素直になると途端に可愛くなるからずるいんだよなあ、などと密かに惚気けながら、名前は必死に笑いを噛み殺した。
「誕生日当日は、私が夜ご飯作ろっか。神楽、何か食べたい物ある?」
「んー、ならあれ……おふくろの味? っていうやつ」
意外な言葉が飛び出したため目を丸くするものの、彼が自らこちらへ歩み寄ろうとしてくれた事実がただ嬉しかった。神楽に釣り合うべく、名前はセレブ御用達のレシピも勉強しているのだが、それを披露するのはまた今度でいいだろう。
「分かった。好みの味付けを知りたいから、今日もうちの家に寄っていかない?」
「それはいいけど。何されても文句は言わないでよ?」
「……すけべ」
いつの間にか向き合う体勢にされていたかと思えば、再び口づけを落とされる。付き合って初めて知ったこと───神楽は意外とキスが好き。
彼は常に他人と一定の距離を置く性格であり、それは槙であろうと例外ではなかった。そのため当初はゆっくりと仲を深めていくつもりだったのだが、恋人としての神楽は思っていた以上に情熱的だった。
「僕は君の彼氏だからね」
それは、服飾について語る時の誇り高さが滲む顔ではなく、仲間と言葉を交わす時の信頼が表れた表情ではなく、友人を揶揄う時の愉悦が発現した面差しではなく。ただ一人の男として、心底名前を慈しんでくれているような顔だった。
どうしようもなく面映ゆくなってしまい、名前は目の前の大きな胸に顔を埋める。背中に回された腕は力強くて温かい。心臓の鼓動が重なって、幸せの色を形づくっていくようだった。
───ねえ苗字。この味噌汁おいしいから、僕に毎日作ってよ。
いよいよ迎えた誕生日。自覚なくプロポーズをしてくれた御曹司に、名前は喜んで了承の意を示した。
いつか、その言葉が実現する日が来るように。たとえ自分の出自が神楽に釣り合わないとしても、努力し続けるだけの覚悟は既に出来ていた。