肆:意地を張る澄ました顔の裏側の弱さを知るのはおれだけでいい
学園を出て忍を目指す私が、好いた者と結婚して平凡な幸せなど掴める筈も無かった。そんなことは最初から理解していた。
「分かってくれるわよね、名前。貴女こそが最後の希望なのよ」
有無を言わさぬ顔で告げた母親の声が、脳内で幾度もこだまする。
今までこちらに見向きもしなかった親が、家の存続のために持ち出してきたのが結婚話だった。忍術学園にほど近い我が家では、戦場に出ていた兄達が相次いで命を落とし、……使い物になる子供は私一人となってしまったらしい。
やけに私の肖像画を気に入った殿様が、妻として迎えられなければ学園や周辺の城へ戦を仕掛けるなどと宣ったのだとか。一年は組のよい子達が遭遇するような生温いものではなく、惨劇と鮮血に満ちた生臭い正真正銘の戦を。
そんなことを言われてしまえば、私に断る選択肢などないというのに。
のろのろと学園までの道程を歩き、ようやく町に差し掛かった時だった。
数多くの店が並ぶこの場所では、女装実習の準備をする文次郎を揶揄ったり、彼に団子屋で無理やり何度も奢らせたり、唐突に簪を贈られたりもした。そんな懐かしい思い出の数々が、瞬く間に色褪せていくような心地になる。
「あれ、名前?」
「……あら伊作。奇遇ね」
ふんわりと微笑んだ同級生が、和やかな様子で近付いてくる。薬草の入った籠を背負っているようだから、保健委員としての役目を果たした帰りなのだろう。
「急に家に帰ると聞いたから心配していたけど、思ったよりも早かったんだね」
「ええ、まあね」
「……何かあったのかい?」
「え、何故?」
「文次郎ほどじゃないけど、ぼくだって君を大切に想う友だちだからね」
「そこで文次郎を持ち出す意味が全く分からないのだけれど」
何故か心底微笑ましそうな様子の級友に苦笑する。いつの間にか相手の毒気を抜いてしまう心根の素直さは忍者に向いていないと言われがちだったが、人の懐に入り込むのが上手な伊作は腕の良い忍になるだろう。むしろ下手に不器用な文次郎より向いているのではないかと思う。
「……確かに、何かあったのは事実だけれど」
「そっか。……実は朝から薬草を摘んでいて少し疲れたところなんだ。一緒にお茶でも飲んでいこうよ」
「お茶ねえ」
「名前が好きなお団子屋さんで新作が出たんだって」
「行くわ」
「そうこなくっちゃ」
実際に食べられる機会も残り少ないかもしれないのだし、と考えたところで胸が薄暗さで満ちていった。それらを振り払うようにつんと澄ました顔を取り繕い、連れられるままに共に歩んでいく。
店に入ってからも、伊作がすぐに核心をつくことは無かった。最近の保健委員会の活動のことであったり、留三郎と文次郎の攻防が原因で不運を被った件であったり、共通の話題を穏やかに緩やかに提供してくれる。
気遣うような視線が時折差し込まれるのを無下にも出来ず、ふと沈黙が落ちた瞬間に口を開いた。
「私、結婚することになったのよ。家の都合で」
「…………え? 文次郎と?」
「そんな訳ないでしょ。学園も辞めることになるし」
「でも、だって名前は!」
手のひらで力強く机を叩いた伊作は、見事に湯呑みをひっくり返して手にお茶を浴びていた。火傷をするような温度ではなかったが、念のため彼の両手を手拭いで包んで水気を切っていく。
様子を見た限り大丈夫そうね、と安心しながら顔を上げれば、いつになく真剣な瞳とかち合った。
「……伊作、詳しく知りたい?」
「当然だろう!」
「分かったわ。町中で話すのは避けたいから、学園に戻ってからでも良いかしら」
「あ、それもそうだね……。配慮が足りなくてごめん」
「謝る必要はないでしょ。突然話し始めたのは私だし」
「ぼく以外の六年生も呼んでいいよね?」
常に隈をこさえた男にも声をかけると暗に言われ、咄嗟に言葉が詰まる。今顔を合わせれば何と言えば良いのか分からないのが本音だった。
「…………、別にいいけれど。い組は実習でしばらく戻らないんじゃなかった?」
「それがね、ちょうど今晩帰還する予定なんだ」
「そう。ならシナ先生に、くのたま長屋にあなた達を招いて良いか聞いてみるわ。問題なければ文を飛ばすから、全員が揃ったら来て頂戴」
「うん、ありがとう」
素直にお礼を告げられてしまえば文句など言える筈もない。肩を竦めてから世間話を継続し、そそくさとお団子をお腹に入れていく。いつもより味を上手く感じられない。そんな事実を呑み込むのにさえ、常より時間がかかってしまった。
その後学園に戻り、シナ先生や学園長先生と話し合いをしてから伊作に文を送るまで、差程時間はかからなかった。家を出た瞬間には既に、学園を辞める理由も今後の身の振り方も全て固く決めていたから。先生方は私の覚悟を汲み取り、下手に止めようとはしなかった。
くのたまは既に後輩しかおらず、相談するような間柄の子もいない。色々な引き継ぎは必要だろうが、引き止められる立場の同級生はいなかった。
けれど、忍たまの同級生達はどうであろうか。
伊作は人の話を頭から否定するようなことはしないし、こちらの決意を伝えれば納得してくれるだろう。留三郎も小平太も長次も私の意志を尊重してくれると思う。それだけの信頼はあった。
だが正直、文次郎と仙蔵の反応は予想が定まらない。少なくとも素直に送り出してくれる筈がないことは分かっていた。学園一の優等生などと言われてはいるが、あの二人ほど頑固な人間を私は知らなかったから。
彼らが六人揃ってやって来たのは、夕飯を終えて空が薄闇に覆われた時分だった。神妙な面持ちの者がほとんどであるのに対し、文次郎は唯一、不思議なくらいの無表情だ。皆が皆、用意した座布団とお茶を遠慮なく味わう様子を見つつ、どうしたものかと内心肩を竦める。
「全員、伊作から話は聞いたのよね?」
「概要だけな。お陰でおれもしばらくトレーニングに身が入らなかったぜ」
「それは悪かったわね、留三郎。これくらいで心を動かしているようじゃ忍者失格でしょう」
「おいおい、仲間と別れるかもしれないとあっては誰もおれを責めないだろう」
留三郎の声は真剣なものだった。誰に対しても真摯に向き合おうとする誠実な人柄に触れて、身勝手ながら安心してしまう。面倒見の良い用具委員長がいれば、文次郎に何があっても心配はいらないだろうから。
「そうだな。さすがのわたしも、今回ばかりは細かいことを気にしてしまうぞ」
「あらまあ。小平太にそんなことを言わせるなんて、私って凄いんじゃない? 長次」
「……わたしも同じ気持ちだ」
少しくらいは冗談を交えても良いだろうと楽観視する女を諌めるように、小平太と長次はこの事態を静観してくれていた。二人の思い遣りを痛感して、自分の態度を素直に恥じる。
「ええ、そうよね。……ごめんなさい、何を言えば良いのかまだ少し考えが定まっていなかったの。けれどもう決めたわ」
やけに静まり返った六年い組の二人には目を向けないまま、背筋をぴんと伸ばす。
「家と学園を守るために、とある城のお殿様に嫁ぐことになったの。忍者隊の凶悪さはドクタケなんて目じゃないと個人的に調べてきたわ。……私が妻にならなければ、この辺り一体を火の海にするつもりなんですって」
「だから名前がその話を受け入れて、一人で犠牲になると?」
「人の覚悟を犠牲とは聞き捨てならないわね、仙蔵」
「わたしが納得しない内はいくらでも言ってやろう。他に手は無いのか?」
「他の手なんて、そもそも探す必要がないのよ」
照明の炎がゆらゆらと揺れて、同級の男たちの神妙な顔を照らしていく。中身が空っぽで、人の優しさを受け取る術を知らず、何事も楽しめなかった私が、こんなにも誰かと深く関わることになるだなんて。人生とは不思議なものだった。
「合戦場において、忍は諜報員として戦に影響を与えることが出来ない。けれど城主の妻は違うわ。権力を持てば戦乱の世の平定に尽力できるかもしれない。くのいちになるよりも、多くの人々を救えるかもしれない。だから私は……」
「名前」
文次郎に名前を呼ばれた。その事実にこれ程まで動揺する日が訪れるだなんて、思ってもいなかったのに。
「なに? 文次郎」
「建前なんていらない。本音を話せ」
「これだって本音よ」
「綺麗事はいい。おれたちに話していない事実を話せ。おまえの心の内を晒せ。おれを納得させてみろ」
「……相変わらず、随分と上から目線ね。潮江文次郎」
「苗字名前、おまえは自分で考えているよりもずっと隠し事が下手なんだ」
ゆらゆらと揺れる胸のさざ波が、目の前の男の言葉で収まっていく。いつだって誰よりも真っ直ぐに私を見つめてくれた瞳には真摯に応えなければならないか、と目を閉じた。
脳裏に過ぎるのは、きらきらと眩しく微笑む幼い少女の顔だった。かつての己と似た姿なのに、無邪気に笑うことを知る純真無垢で小さな妹。
「……家に帰って、婚姻の話を聞いた後。ようやく言葉を話せるようになった幼い妹と初めて顔を合わせたの。そうしたらね、あの子なんて言ったと思う?」
ゆっくりと瞳を開けた。六対の瞳が、私を誠実に見つめてくれていた。
「『おねえさま』って、無邪気に笑いかけてくれたのよ。誰にも見向きもされなかったあの家で、初めて純粋な優しさを貰った気がしたわ」
「……そうか」
「家を捨てるために学園に来たのに、私は……私には、家を守る理由が出来てしまった。私が承諾しなければ、あの子が傷付く結果を生んでしまう。無用な戦を起こされて忍術学園の皆を巻き込んでしまう。先程も言ったけれど、大人しく嫁いだ方がくのいちになるより世の中に貢献も出来るでしょうし。……そして何よりも」
きっと今の私は、心からの笑顔を浮かべることが出来ていた。
「私はあなた達を誇りに思っている。だからこそ、あなた達が誇れる女のまま死にたい」
「あほか」
文次郎は呟いた。刺々しく激しく、けれど相手を思い遣るための一言だった。昔から聞き馴染んだ荒々しさに、今ばかりは素直に微笑んでしまう。
文次郎は瞬く間に瞳に炎を宿し、私を一心に見つめてきた。
「おまえは昔からずっと、家を捨てようとなんてしていなかった。家も自分も守ろうと必死に努力してきた。それをおれはずっと見てきた」
「…………」
「生きろ、名前。何があろうとも、何処にいようとも」
「……ええ、文次郎。私は私の戦場で闘っていく。だからお互い諦めずに生きていきましょう」
「その言葉、忘れるなよ」
ゆっくりと深く頷けば、文次郎は勢いよく立ち上がってから部屋の出口に向かっていく。仙蔵が止める声にも構わず、ばしんと大きな音を立てて襖を閉めた。
重々しい沈黙に満ちていくかと思われたところで、この場を取り持ってくれた伊作が笑って口を開く。
「ねえ、みんな! せっかくだしさ、このまま過去の思い出話でもしない?」
「……けれどあなた達、明日も授業があるでしょう」
「それは名前も同じだろう? こうして皆で集まれる機会が残り少ないなら、ぼくは一瞬一瞬を大事にしたいんだ」
「おれは伊作に賛成だ」
「当然わたしもだ!」
「……同じく」
「わたしもだ、と言いたいところだが。念のため文次郎の様子を見てくる。可能なら首を引っ掴んできてやろう」
どこまでも優しく温かい、私の誇るべき友人たち。ぎゅうっと胸の奥が締め付けられるのを感じながら、つんと澄ました顔を取り繕った。
「なら、食堂で少しつまめるものでも作ってこようかしら」
食堂のおばちゃん直伝の腕を振るおうかと提案すれば、皆が皆、呆れる程に素直に喜んでくれる。
どんなに華美で豪華な宴会よりも、友と紡ぐささやかな会話こそが大好きだと。子どもみたいに泣いてしまいそうだった。
「分かってくれるわよね、名前。貴女こそが最後の希望なのよ」
有無を言わさぬ顔で告げた母親の声が、脳内で幾度もこだまする。
今までこちらに見向きもしなかった親が、家の存続のために持ち出してきたのが結婚話だった。忍術学園にほど近い我が家では、戦場に出ていた兄達が相次いで命を落とし、……使い物になる子供は私一人となってしまったらしい。
やけに私の肖像画を気に入った殿様が、妻として迎えられなければ学園や周辺の城へ戦を仕掛けるなどと宣ったのだとか。一年は組のよい子達が遭遇するような生温いものではなく、惨劇と鮮血に満ちた生臭い正真正銘の戦を。
そんなことを言われてしまえば、私に断る選択肢などないというのに。
のろのろと学園までの道程を歩き、ようやく町に差し掛かった時だった。
数多くの店が並ぶこの場所では、女装実習の準備をする文次郎を揶揄ったり、彼に団子屋で無理やり何度も奢らせたり、唐突に簪を贈られたりもした。そんな懐かしい思い出の数々が、瞬く間に色褪せていくような心地になる。
「あれ、名前?」
「……あら伊作。奇遇ね」
ふんわりと微笑んだ同級生が、和やかな様子で近付いてくる。薬草の入った籠を背負っているようだから、保健委員としての役目を果たした帰りなのだろう。
「急に家に帰ると聞いたから心配していたけど、思ったよりも早かったんだね」
「ええ、まあね」
「……何かあったのかい?」
「え、何故?」
「文次郎ほどじゃないけど、ぼくだって君を大切に想う友だちだからね」
「そこで文次郎を持ち出す意味が全く分からないのだけれど」
何故か心底微笑ましそうな様子の級友に苦笑する。いつの間にか相手の毒気を抜いてしまう心根の素直さは忍者に向いていないと言われがちだったが、人の懐に入り込むのが上手な伊作は腕の良い忍になるだろう。むしろ下手に不器用な文次郎より向いているのではないかと思う。
「……確かに、何かあったのは事実だけれど」
「そっか。……実は朝から薬草を摘んでいて少し疲れたところなんだ。一緒にお茶でも飲んでいこうよ」
「お茶ねえ」
「名前が好きなお団子屋さんで新作が出たんだって」
「行くわ」
「そうこなくっちゃ」
実際に食べられる機会も残り少ないかもしれないのだし、と考えたところで胸が薄暗さで満ちていった。それらを振り払うようにつんと澄ました顔を取り繕い、連れられるままに共に歩んでいく。
店に入ってからも、伊作がすぐに核心をつくことは無かった。最近の保健委員会の活動のことであったり、留三郎と文次郎の攻防が原因で不運を被った件であったり、共通の話題を穏やかに緩やかに提供してくれる。
気遣うような視線が時折差し込まれるのを無下にも出来ず、ふと沈黙が落ちた瞬間に口を開いた。
「私、結婚することになったのよ。家の都合で」
「…………え? 文次郎と?」
「そんな訳ないでしょ。学園も辞めることになるし」
「でも、だって名前は!」
手のひらで力強く机を叩いた伊作は、見事に湯呑みをひっくり返して手にお茶を浴びていた。火傷をするような温度ではなかったが、念のため彼の両手を手拭いで包んで水気を切っていく。
様子を見た限り大丈夫そうね、と安心しながら顔を上げれば、いつになく真剣な瞳とかち合った。
「……伊作、詳しく知りたい?」
「当然だろう!」
「分かったわ。町中で話すのは避けたいから、学園に戻ってからでも良いかしら」
「あ、それもそうだね……。配慮が足りなくてごめん」
「謝る必要はないでしょ。突然話し始めたのは私だし」
「ぼく以外の六年生も呼んでいいよね?」
常に隈をこさえた男にも声をかけると暗に言われ、咄嗟に言葉が詰まる。今顔を合わせれば何と言えば良いのか分からないのが本音だった。
「…………、別にいいけれど。い組は実習でしばらく戻らないんじゃなかった?」
「それがね、ちょうど今晩帰還する予定なんだ」
「そう。ならシナ先生に、くのたま長屋にあなた達を招いて良いか聞いてみるわ。問題なければ文を飛ばすから、全員が揃ったら来て頂戴」
「うん、ありがとう」
素直にお礼を告げられてしまえば文句など言える筈もない。肩を竦めてから世間話を継続し、そそくさとお団子をお腹に入れていく。いつもより味を上手く感じられない。そんな事実を呑み込むのにさえ、常より時間がかかってしまった。
その後学園に戻り、シナ先生や学園長先生と話し合いをしてから伊作に文を送るまで、差程時間はかからなかった。家を出た瞬間には既に、学園を辞める理由も今後の身の振り方も全て固く決めていたから。先生方は私の覚悟を汲み取り、下手に止めようとはしなかった。
くのたまは既に後輩しかおらず、相談するような間柄の子もいない。色々な引き継ぎは必要だろうが、引き止められる立場の同級生はいなかった。
けれど、忍たまの同級生達はどうであろうか。
伊作は人の話を頭から否定するようなことはしないし、こちらの決意を伝えれば納得してくれるだろう。留三郎も小平太も長次も私の意志を尊重してくれると思う。それだけの信頼はあった。
だが正直、文次郎と仙蔵の反応は予想が定まらない。少なくとも素直に送り出してくれる筈がないことは分かっていた。学園一の優等生などと言われてはいるが、あの二人ほど頑固な人間を私は知らなかったから。
彼らが六人揃ってやって来たのは、夕飯を終えて空が薄闇に覆われた時分だった。神妙な面持ちの者がほとんどであるのに対し、文次郎は唯一、不思議なくらいの無表情だ。皆が皆、用意した座布団とお茶を遠慮なく味わう様子を見つつ、どうしたものかと内心肩を竦める。
「全員、伊作から話は聞いたのよね?」
「概要だけな。お陰でおれもしばらくトレーニングに身が入らなかったぜ」
「それは悪かったわね、留三郎。これくらいで心を動かしているようじゃ忍者失格でしょう」
「おいおい、仲間と別れるかもしれないとあっては誰もおれを責めないだろう」
留三郎の声は真剣なものだった。誰に対しても真摯に向き合おうとする誠実な人柄に触れて、身勝手ながら安心してしまう。面倒見の良い用具委員長がいれば、文次郎に何があっても心配はいらないだろうから。
「そうだな。さすがのわたしも、今回ばかりは細かいことを気にしてしまうぞ」
「あらまあ。小平太にそんなことを言わせるなんて、私って凄いんじゃない? 長次」
「……わたしも同じ気持ちだ」
少しくらいは冗談を交えても良いだろうと楽観視する女を諌めるように、小平太と長次はこの事態を静観してくれていた。二人の思い遣りを痛感して、自分の態度を素直に恥じる。
「ええ、そうよね。……ごめんなさい、何を言えば良いのかまだ少し考えが定まっていなかったの。けれどもう決めたわ」
やけに静まり返った六年い組の二人には目を向けないまま、背筋をぴんと伸ばす。
「家と学園を守るために、とある城のお殿様に嫁ぐことになったの。忍者隊の凶悪さはドクタケなんて目じゃないと個人的に調べてきたわ。……私が妻にならなければ、この辺り一体を火の海にするつもりなんですって」
「だから名前がその話を受け入れて、一人で犠牲になると?」
「人の覚悟を犠牲とは聞き捨てならないわね、仙蔵」
「わたしが納得しない内はいくらでも言ってやろう。他に手は無いのか?」
「他の手なんて、そもそも探す必要がないのよ」
照明の炎がゆらゆらと揺れて、同級の男たちの神妙な顔を照らしていく。中身が空っぽで、人の優しさを受け取る術を知らず、何事も楽しめなかった私が、こんなにも誰かと深く関わることになるだなんて。人生とは不思議なものだった。
「合戦場において、忍は諜報員として戦に影響を与えることが出来ない。けれど城主の妻は違うわ。権力を持てば戦乱の世の平定に尽力できるかもしれない。くのいちになるよりも、多くの人々を救えるかもしれない。だから私は……」
「名前」
文次郎に名前を呼ばれた。その事実にこれ程まで動揺する日が訪れるだなんて、思ってもいなかったのに。
「なに? 文次郎」
「建前なんていらない。本音を話せ」
「これだって本音よ」
「綺麗事はいい。おれたちに話していない事実を話せ。おまえの心の内を晒せ。おれを納得させてみろ」
「……相変わらず、随分と上から目線ね。潮江文次郎」
「苗字名前、おまえは自分で考えているよりもずっと隠し事が下手なんだ」
ゆらゆらと揺れる胸のさざ波が、目の前の男の言葉で収まっていく。いつだって誰よりも真っ直ぐに私を見つめてくれた瞳には真摯に応えなければならないか、と目を閉じた。
脳裏に過ぎるのは、きらきらと眩しく微笑む幼い少女の顔だった。かつての己と似た姿なのに、無邪気に笑うことを知る純真無垢で小さな妹。
「……家に帰って、婚姻の話を聞いた後。ようやく言葉を話せるようになった幼い妹と初めて顔を合わせたの。そうしたらね、あの子なんて言ったと思う?」
ゆっくりと瞳を開けた。六対の瞳が、私を誠実に見つめてくれていた。
「『おねえさま』って、無邪気に笑いかけてくれたのよ。誰にも見向きもされなかったあの家で、初めて純粋な優しさを貰った気がしたわ」
「……そうか」
「家を捨てるために学園に来たのに、私は……私には、家を守る理由が出来てしまった。私が承諾しなければ、あの子が傷付く結果を生んでしまう。無用な戦を起こされて忍術学園の皆を巻き込んでしまう。先程も言ったけれど、大人しく嫁いだ方がくのいちになるより世の中に貢献も出来るでしょうし。……そして何よりも」
きっと今の私は、心からの笑顔を浮かべることが出来ていた。
「私はあなた達を誇りに思っている。だからこそ、あなた達が誇れる女のまま死にたい」
「あほか」
文次郎は呟いた。刺々しく激しく、けれど相手を思い遣るための一言だった。昔から聞き馴染んだ荒々しさに、今ばかりは素直に微笑んでしまう。
文次郎は瞬く間に瞳に炎を宿し、私を一心に見つめてきた。
「おまえは昔からずっと、家を捨てようとなんてしていなかった。家も自分も守ろうと必死に努力してきた。それをおれはずっと見てきた」
「…………」
「生きろ、名前。何があろうとも、何処にいようとも」
「……ええ、文次郎。私は私の戦場で闘っていく。だからお互い諦めずに生きていきましょう」
「その言葉、忘れるなよ」
ゆっくりと深く頷けば、文次郎は勢いよく立ち上がってから部屋の出口に向かっていく。仙蔵が止める声にも構わず、ばしんと大きな音を立てて襖を閉めた。
重々しい沈黙に満ちていくかと思われたところで、この場を取り持ってくれた伊作が笑って口を開く。
「ねえ、みんな! せっかくだしさ、このまま過去の思い出話でもしない?」
「……けれどあなた達、明日も授業があるでしょう」
「それは名前も同じだろう? こうして皆で集まれる機会が残り少ないなら、ぼくは一瞬一瞬を大事にしたいんだ」
「おれは伊作に賛成だ」
「当然わたしもだ!」
「……同じく」
「わたしもだ、と言いたいところだが。念のため文次郎の様子を見てくる。可能なら首を引っ掴んできてやろう」
どこまでも優しく温かい、私の誇るべき友人たち。ぎゅうっと胸の奥が締め付けられるのを感じながら、つんと澄ました顔を取り繕った。
「なら、食堂で少しつまめるものでも作ってこようかしら」
食堂のおばちゃん直伝の腕を振るおうかと提案すれば、皆が皆、呆れる程に素直に喜んでくれる。
どんなに華美で豪華な宴会よりも、友と紡ぐささやかな会話こそが大好きだと。子どもみたいに泣いてしまいそうだった。