※ネームレス掌編です。時間軸は0話時点。


彼の髪はふんわりとした蜂蜜のようであり、明け方の空に悠々と漂う金星みたいでもあった。甘いのか柔らかいのか自由なのか窮屈なのか分からない、しっちゃかめっちゃかで正体が掴めない蜃気楼を彷彿とさせる。

寝起きでいつも以上に爆発した金色をソファーの上から覗き込んで、指先で弄ぶ。芯が強いのにゆるりとした柔い感触で、指に引っかかるのにどうにも触り心地が良かった。自分の身体の一部みたいにひどく馴染む感覚だった。

彼は淹れ立ての珈琲に角砂糖をいくつか入れて、くるくるとスプーンで回している。苦すぎるものは苦手だからとよく口にするけれど、それ以上に甘いものが好きであることを知っていた。他人の些細な言動から何もかもを見通すくせに、自分の些事な癖を隠したがるのは大探偵の性質なのだろうか。相変わらず不思議なひとだった。

不意に、緑のきれいな瞳がこちらを見上げた。まるで初めて太陽を見たかのように大袈裟に眉を上げる。

「ボクに何か言うことは?」
「んー、……お誕生日おめでとう。ホームズくん」
「よろしい」

目線を元に戻したかと思えば、くつくつと喉の奥で笑い声を立てた。つられて頬が緩んでしまう。このひとの傍にいられることが、ひどく奇跡的に思えて仕方がなかった。