「名前は昔から団子が好きだな」

と、文次郎が二人きりのおやつの時間に何の前触れもなく言い出した。正面に座っているのに不自然なまでに目線が合わず、ついきょとんとしてしまう。

いつも通り、畑仕事やご近所さんのことやかつての級友達について語っていたのに、突然話題を切り替えたということは以前からこっそりと気になっていたのだろう。忍たまの頃より身体は成長していても相変わらず不器用な男だった。
温かいお茶で唇を濡らしながら私はからからと笑ってしまう。

「文次郎、本当に覚えていないの?」
「……何がだ?」
「ふうん? 完全に惚けている訳ではないけれど、心当たりが無い訳でもないって感じかしら」
「名前お前……ますます遠慮が無くなってきたな」
「あら。先に不躾に境界線を壊してきたのは文次郎の方でしょう。恐らくその予想で当たりよ」
「ならば、その予想というのは?」
「……文次郎あなた、私にそれを言わせたいのね」

行儀が悪いが───ここには誰も私を見咎める者はいないのだから───肘をついて、夫たる男を真っ直ぐに見つめる。意外と泳ぎがちな視線が右往左往した後、諦めたように私をゆっくりと捉えた。

「……悪いか?」
「いいえ? お団子は、学園に来て最初にあなたに奢ってもらったお菓子だからよ。これで満足?」

互いにまだ一年生の頃の話だった。私が実習にて足を挫いて文次郎に背負われた後、せめて御礼をするべく共に出向いた街で強引に奢られてしまったのだ。
これでは意味が無いと怒った私に対して、文次郎は言った。ならば鍛錬相手になってくれと。
昔から無茶苦茶な男だった。けれどいつの間にか、桜の花弁がそっと儚く降り積もるように、その危うさが心底愛おしくなってしまっていた。

「ただ、私が学園で一番共にお団子を食べていたのは留三郎かしら。二人でよく外にも出かけていたし」
「…………は?」
「ほら。私はよく各委員会の活動を手伝っていたから。用具委員会なんて人手不足の筆頭だったでしょう」
「だからと言って何で留三郎と!?」
「誰かさんが予算を出さないから私に声が掛かっただけ。休憩時間に御相伴に与っていたの」
「だが何で二人で出かける必要がある?」
「別に良いでしょ。御礼も兼ねての息抜きよ。留三郎は、面倒見の良さでは学園の中で随一だったもの。下級生の子達は積極的に休ませていたし、守一郎も恥ずかしがり屋で遠慮しがちな子だったし」
「…………」
「そういえばあの頃の文次郎は、私と留三郎のことを下手に勘ぐっていたわよね」
「お前たちが紛らわしいことをするからだろう!」
「あら、そんなことあったかしら」
「あった!」

お団子を頬張りながら思案する。かつての学園で重ねた柔らかな記憶を探り当てていくと、思い当たる出来事はいくつかあったものの……筆頭は恐らくあれだろうか。

六年生になったばかりの頃だった。
最上級生として委員長に就任したばかりの留三郎は、後輩に仕事を任せるより前に一人で作業を抱え込んでしまう悪癖があった。一年生さえ平気で徹夜させる図太い会計委員会の委員長とは対照的で、だからこそ放っておけなかったのだ。
偶然を装って乱入しては作業の一部を請け負ったり、先生方から任されたという言質を取って仕事を手伝ったりしていた。

そんな日々が続いていた、とある夜。
新月の夜に小平太が壊した塀の修理を二人で担っていた時、偶然足元にあった忍具に留三郎が躓いたことがあった。
筋肉質な身体を慌てて支えながら、私は塀に背を向けて真正面から留三郎に向き合って。冷や汗をかいていたようだったから手拭いを取り出して、至近距離で顔周りを拭いてあげて。
留三郎が御礼を言いつつ体勢を立て直し、片手を塀につきながら私を見つめて。「いつも悪いな」「別にいいわよ」なんて軽口を叩きながら作業に戻ろうとしたところで、すぐ隣の忍術学園の門が勢いよく開いて。

そこから出てきたのが、何を隠そう忍務帰りの潮江文次郎だった。

確かにあれは史上最悪のタイミングだった。犬猿の仲で常に喧嘩ばかりしている二人だったが、文次郎の怒り具合が尋常じゃなかったから。
明確な状況説明をせず、しれっとはぐらかした私も悪かったし後から留三郎に怒られたが、正直嬉しかったのだ。……文次郎は素直なようでいて、一等大切な本音は胸の内に秘める男だったから。
後ほど長次からあれは壁ドンと呼ばれるものだと聞いたけれど、南蛮の知識はそれなりにあっても未だによく分からないままだ。

「あの時の文次郎、本当に面倒くさかったわよね」
「……悪かったな」
「ええ。頑固で面倒くさくて思い込みが激しくて不器用で向こう見ずで未だによく呆れるけれど、私はそんなあなたが好きよ」
「…………名前」
「なあに?」
「おれも、お前を愛している」
「……そう」
「顔が赤いぞ」
「お互い様でしょ」

文次郎の口に無理やり団子を詰め込んで噎せる様子を見つつ、私は笑った。下手くそな照れ隠しだと分かっていても素直になれない性分なのでやめられそうになかった。

けれど文次郎は、精神的に幼く拙い私も赦して共に歩いていってくれるから。たとえこの命が尽きたとしても、きっと私はあなたに光を見出し続けるのだろう。これからもずっとずっと。お団子に似てまあるい形をした、あの晩の望月のように。