フトゥーさんのお葬式は、ひっそりと執り行われることになった。
この世界では遺体を火葬する際にポケモンの炎を用いるらしく、今回は有り難いことに私のラウドボーンに任せてもらえた。

壺の中にそっとおにびを放つ間、ペパーくんは喪服を纏いながら隣にそっと寄り添ってくれていた。言葉も涙も無いまま最期の贈り物を見守る私たちは、冷たい人間だと糾弾されてもおかしくなかっただろう。
けれど、参列してくれた転校生くんもネモちゃんもボタンちゃんも先生方も、誰一人として非難するような目を向けることは無かった。

フトゥーさんの棺は、ナッペ山中腹部のフリッジタウン近くの墓地に納められた。純白の峰々に囲まれた空間はかつて邂逅していた夢を想起させて、塞がりかけていた疵がどうしても疼いてしまったけれど。

「ナマエちゃん、お疲れ」
「うん。ペパーくんもお疲れさま」

フリッジタウンの入り口近くにあるベンチで、ゆるりと膝を突き合わせる。雪が積もった煉瓦造りの道と、色とりどりのランプがついた木造のお家に覆われたこの街は、相変わらず童話のような雰囲気で愛らしい。初めて一人で訪れた時は心躍らせたものだと懐かしくて目を細める。

ベンチに投げ出していた右手の甲に、大きくて温かな熱が降ってきた。十本の指先がふんわりと、私のそれらを掬うように絡まっていく。いつの間にかぴったりと重なり繋がっていた手は、親子の触れ合いにも恋人の戯れにも似ていて、自然と心臓が擽られるような気持ちになった。

「……父ちゃんはさ」
「うん」
「オレ達が父ちゃんのこと好きだって、最期まで信じてくれなかったのかな」
「フトゥーさんの気持ちを断言することは、誰にも出来ないけど……。きっと分かってくれてはいたんだと思う。だってペパーくんのお父さんで、私のお友達だったんだから」

なんだそれ、と仄かに無邪気に笑ってくれる声がした。だって、目に見えない繋がりの強固さを私はあなた達から学んだんだもの、と口に出さないまま笑みを返す。

「……ナマエちゃんは、AIのフトゥーも好きだったもんな」
「もちろん。フトゥーさんとは違った意味で頑固だけど、とても真っ直ぐで誠実な子だったから」
「…………それじゃ、オレのことは?」

真っ直ぐな問いかけだった。呼吸がまるごと攫われたような息苦しさに襲われる。全身の血液がざわめく程の気恥ずかしさに支配されて、真っ直ぐに私を見つめる瞳を恐る恐る覗き込んだ。
軽口を叩いているように見えて表情が強張っているから、実はペパーくんがとても緊張しているのが分かる。どうやらお互い様だと安心しながら、私はそっと息を吐き出した。

「ペパーくんへの気持ちは、好き、の二文字だけで表すのが難しいかな」
「…………、え」
「愛してるよ。君のすべてを、今までもこれからも。私はペパーくんの幸せな未来をずっと祈っているから」

何かを逡巡するようにゆらゆらと揺れる瞳を見て、この子も立派な青年に育ったのだなあと改めて痛感する。
ペパーくんの温かな手のひらが、硝子細工に触るような手つきで私の頬に触れた。切なげに細まっていく目に映る自分は、一体どんな顔をしているのだろうか。

「伝えそびれてた気がするから、ちゃんと言うけどさ。ナマエちゃんがこうやって一緒にいてくれるだけで、オレは幸せなんだよ」

当たり前のように私を求めてくれるその声が、ありのままの私を受け止めてくれるこの熱が、どれほど私が弱さを見せても優しい光を宿してくれるその瞳が。辛さも痛みも全て包み込んで、繊細に光りゆく愛へと色を変えていく。

「もちろん、私も同じ気持ちだよ」
「……ん。嬉しいもんだな、こういうの」

ゆっくりとお互いの存在を確かめるように額が重なって、いつかのように二人して笑いながら泣いた。
寂しいと駄々をこねる子どものままではいられなくて、いつの間にか大人にならざるを得なかった、幼い過去の自分に対する手向けのように。

「……オレ、ナマエちゃんのこと、バカみたいにずっと好きだったんだよなあ」
「ふふ、私もずっと好きだよ」
「でも昔はすっぱりフラれたし?」
「あっ、それは……本当にごめんね。あの時はペパーくんとずっと一緒にいられないと思ってたから。将来的にお別れするのが決まっている人間が気持ちを受け入れたら、余計に悲しませるかなって」
「いつか別れたとしても、一緒にいられる時間が一瞬だけだったとしても、構わなかった」
「……うん、そうだよね」
「実際、父ちゃんとの思い出も今では全部大事だって思うし。AIの父ちゃんもオレを見守ってくれてたことが分かって、……大事なひとだったなって感じる」
「フトゥーにとっても、ペパーくんは大事な男の子だったよ」
「ん、……ありがとな」

ゆっくりと誠実に言葉を選ぶ様を見て、なんて優しい子なのだろうと再度胸を衝かれる。罪深い大人たちの臆病ささえも赦してくれる懐の深さに応えねばと、心からの笑顔を返した。

「そうだ。ナマエちゃんって元の世界だと名前が少し違ったよな?」
「名前? ……ええと、そうだね。この世界とは文化も文字も異なる場所で産まれたから。言われてみればちょっと発音も違うかも?」
「やっぱり。最初、聞き慣れないキレイな音だなって思ったんだよな。ちゃんと呼びたいから、良ければ教えてほしいんだけど」

幼い頃の初対面の記憶をそこまで覚えているのか、と驚きつつも私は伝える。苗字名前と。過去に経験した多くの苦難を乗り越えきれず、泣いてばかりいた自分の名を。今でも胸の奥でぽつんと膝を抱える、寂しがり屋な己を形作る音を。

「ナマエ、名前、名前……ちゃん。うん、覚えた」
「真面目だね、ペパーくん」
「……そりゃ、初恋のひとの名前だし?」

急に視線を逸らして首筋まで赤く色づかせるペパーくんが、かなりの照れ屋さんなのは変わらないようだ。幼い彼を思い出してつい笑い声を上げると、恨めしそうにじろりと睨まれる。

「ごめんごめん。それから、本当にありがとう。私を好きになってくれて」
「……こっちこそ。あの時ひとりぼっちだったオレを見つけてくれて、ありがとう」

心臓が熱く弾けていく。視線が再びゆるりと重なっていく。互いに発した言葉の温度と、二人の間を取り巻く空気の色が、しっとりと甘い香りを帯びていく。

「名前ちゃん」
「なあに? ペパーくん」
「いや、急に悪い。呼んだだけ」

くつくつと喉の奥で笑い合う。欠けていた身体の一部を取り戻すみたいに、私たちはいつの間にか、驚くほど自然と唇を重ねていた。

閉ざしていく瞼の裏側で、虹色に煌めいた純白の夢が温かく溶けていく。私の中に息づく大切な過去の痛みの数々が、きらきらと柔く舞い散っていく。

生きることはやはり辛さが勝るけれど、託された想いに苦しむこともあるだろうけれど。それでも私はこの世界で歩いていくと決めた。

いつか私たちの肉体が朽ちた後も、きっと世界は繊細に苛烈に鮮やかに華やかに続いていく。その様を土産話に出来るように、と決意しながら。すっきりと澄み渡る青空を真っ直ぐに見上げた。

いつか必ず訪れる大切な者たちとのお別れも、美しくきらめく思い出となっていきますように。