「お手をどうぞ、マイレディ」

起き抜けの廊下で、朝日を浴びながらホームズくんが微笑んでいた。ぽかんと口を開けたわたしはどう足掻いたって間抜けにしか見えなかっただろう。
お互いにパジャマ姿で頭もボサボサで格好がつかないというのに、目の前の男の子があまりに眩しくてカッコよくて愛おしくて、息が詰まりそうになる。
羞恥心を誤魔化すように笑い返して、差し出された手を握り返した。

「なあに、それ?」
「今日くらい、キミを独り占めしたって良いだろう」
「わたしの心はいつだってホームズくんのものだけどね」
「……二人きりの時は?」
「はいはい。シャーロック」

大きな背中が丸まって、わたしの肩に彼の顎が乗る。宥めるように頭をゆるりと撫ぜれば花が綻ぶような笑い声が零れた。

「名前」
「ん?」
「髪が伸びてきたが、切るつもりはないのかい」

黒い髪が長い指に掬われる。ちらりと横目でそれを見つつ、確かに随分と伸びたなあと感慨深く思う。ホームズくんから綺麗に見られたくてお手入れを始めたお陰だろうか。最初ベリルちゃんに相談したら、わたし以上に張り切っていて思わず笑ってしまったけれど。

「髪を伸ばすとね、生きてるって感じがするんだ」
「なるほど。つまりこの髪はキミの人生そのものだと」
「……そうだね、そうなのかも。いつの間にか、自分の身体を大事にしようと思えるようになってたんだね」

あの日ホームズくんに出逢っていなければ、わたしはわたし自身を慈しむことを知らなかった。勿論、目の前の男の子の方がもっと大切なのは大前提だけれど。

「なら改めて、ボクにもキミの人生を彩る手伝いをさせてほしい」
「え?」

わたしの背後に回ったホームズくんが、再び髪を梳く感覚がした。これはハーフアップだろうか。頭の上半分の髪が持ち上がる気配がする。パチンと金属の金具を留めるような音がした。

「うん。思った通り似合っているね」
「ええと……もしかして、髪飾りなのかな?」
「ご明察。キミへのプレゼントを手作りするのは初めてじゃないが、装飾品は特に好みもあるだろうからね。不満があれば遠慮なく言ってほしいが」
「……そんなの、ある訳ないのに」

パチン、と再び音がしてから、わたしの掌にふわりと花が舞い降りる。蝶が舞っているような優美な見た目の花弁がピンクに色付いていた。胡蝶蘭を元にしたデザインも当然のごとく素敵だし、いつも通り機能性も抜群だ。そういえば前に世間話として、わたしが現代で使っていた髪飾りについても軽く尋ねられた気がする。

切ないくらいにあなたの全てが愛おしくて、喉の奥がきゅっとする。心臓が甘く軋んで仕方がない。

ツルリと指先で撫ぜた瑪瑙めのうの宝物を、大切にそっと自らの手で身に付ける。くるりと振り返ってから、柔く細まるグリーンの光を一身に浴びた。

「ありがとう、シャーロック」
「ああ。……うん、やっぱり世界で一番似合うね」
「そこまで言う?」
「勿論だとも。誰よりもキミを愛する人間が、キミに何より似合う物を作ったんだからね」
「……随分な自信ですこと」