「ゴミ捨て場の決戦?」
「おう。いかにもショボくれてる響きなんだけどさ」
「そうかな。むしろ浪漫に溢れてない?」

約二年前、部活の帰り道。薄暗い空に薄らと浮かぶ三日月を見上げながら、黒尾の話に胸を躍らせたことを今でも覚えている。夜久も海も笑っていた。春の夜風がふんわりと、私たちの背中を押すように柔く吹いていた。

「ほう苗字さん、その心は?」
「聞くだけで情景が浮かぶ名前って素敵だなと思って。ほら。ゴミ捨て場の決戦って耳にするとさ……観戦してる人達の和気藹々とした笑顔も、選手たちが一球入魂する真剣な空気も、自然と想像出来るなって感じたから」

お互いのOBや地元の方々が久しぶりに集まって、思い出話に花を咲かせながら野次を飛ばしてエールを送って、全力で楽しみながら観戦する。そんな光景が浮かんだ。つられてつい笑ってしまう程に充実した空間だ。

「それはきっと、音駒と烏野の戦いを心から楽しんできた方々の想いが積み重なっているからで。愛情を込めて呼ばれてきた名前だからなんだよね。そこに乗った歴史や想いを感じながら戦えるんだとしたら……とても幸せなことなんじゃないかなって、思うよ」

いつもはワイワイガヤガヤと和やかな会話で溢れる道が、やけにシンと静まり返っていた。サーッと心臓が冷えていく。自分の意見を一気に喋りすぎてしまうのが私の悪い癖だった。

「ご、ごめん。長く語りすぎちゃった……」
「いや。俺たちが考えてること、苗字の想定と真逆」
「え?」

背後から飛んできた、真っ直ぐな夜久の声に振り返る。三人が真剣な顔で、けれど微笑みながら私を見つめていた。息を呑みながら立ち止まって向き直る。

「さっきの黒尾はさ、ダサいって言われるかもと勝手に考えて予防線を張ってたチキン野郎だった訳だけど」
「あのー夜久さん? 誇張しないでもらえますゥ?」
「事実を言ってるだけですけど?」
「まあまあ。単に俺たちは、素敵な感性を持つ苗字がマネージャーになってくれて嬉しいなって思ってただけだから」
「そういうこと!」
「そういうこと!」

ハモった黒尾と夜久が、再びガン飛ばし合っていた。褒められることに慣れなくて照れてしまうが、心臓がギュッと急速に温まっていく。

「ありがと。……楽しみにしてるね、ゴミ捨て場の決戦」
「おう。必ず連れてく!」

今度は三人の声が揃った。突き出された拳に自分のものを押し当てる。あの時からずっと、皆が心待ちにしていたのが……今回の練習試合だった。



三年生になって最初のゴールデンウィーク、宮城遠征合宿。最大の目的が烏野とあって、私たち四人はきっと誰よりも心躍らせていたことだろう。

烏野との試合ラストバトルを数日後に控えた夜。練習試合の拠点となる宿泊施設に入った初日、私は備品整理と経費精算の準備を終わらせていた。
軽めの勉強道具は持参しているし、このまま自分の個室に戻っても良いのだが、普通にそれだと寂しいから階段を上がっていく。
選手たちが雑魚寝するための大広間では、襖の向こうでガヤガヤと和やかに話す声が聞こえてきた。羨ましい。個人的に一人で過ごす時間も好きだけど、今は私も皆と何か話していたかった。

「もーいーかい?」
「もーいーぞ!」

瞬時に返ってきた夜久の声に笑う。一瞬ピタッと喧騒を静まらせてしまったのは申し訳ないけど、遠慮なくお言葉に甘えさせてもらおう。襖をそっと開ける。

「お邪魔しまーす」
「ようこそ! 等身大の男子高校生が作り出した混沌の巣へ!」

両手で猫の手を作った黒尾が、バーンと効果音が付きそうな仁王立ちで立っていた。夜久は呆れた顔で、海はニコニコと見守っている。背後でピッチリと並べられた布団は真っ白で清潔感があったし、隅でスマホを弄る孤爪が完全に寛いでいて面白い。

「さっき来たばかりだし、まだ綺麗じゃん」
「これが数日もすれば、段々とゴチャゴチャしてくるんだよね」
「海の言う通りだな、気を付けねえと。苗字こっち来いよ」
「ありがと。ほら黒尾もちゃんと座って休みなー」
「はーい、お母さん」
「誰がオカンか」

夜久がポンと自分の布団を叩くから、真っ直ぐ向かって腰を下ろす。お互いジャージ姿で色気も何も無いけど、まあ今更かと気にしないことにした。透き通った丸い瞳と目が合って笑う。

「苗字、明日から飯作ってくれるんだよな?」
「うん。試合が終わった後に買い出しも行く予定」
「なら俺ついてくわ」
「俺も行くよ。人手は多い方がいいでしょ?」
「苗字さん、俺も行くッス! 何でもお手伝いします!」
「お、皆ありがとう。監督とコーチとも改めて相談するから、また明日声かけるね。コンディション次第では休息を優先していいから」

はーい、と元気よく揃った返事に笑う。そのまま雑談してから、黒尾が持参したカードゲームで白熱し、結局は消灯時間のギリギリまで遊ぶことになってしまった。危ない、こんなゴールデンウィークも最後かと思うと、つい名残惜しくなって自制心が働かなかった。

「苗字、送る」
「え。私の部屋、すぐそこだけど」
「別にいいだろ」
「やっくんが行くなら俺もー」
「なら俺も行こうかな」
「結局三年全員かよ!?」

うちの同級生は相変わらずお人好しで面倒見が良すぎるなと笑う。一年生と二年生におやすみと手を振ってから、ぞろぞろと四人で階段を下りていった。

「……いよいよだな」

黒尾が切り出す。きっと全員があの日の帰り道を思い出していた。

「だね、楽しみ。烏野さんにサイン貰いに行きたいくらいワクワクする」
「いやいや! 他校のマネからいきなりサインをねだられる男子高校生の気持ちになってみ? またすぐそうやって思わせぶりなことしてさーうちのマネージャーさんはさー」
「えー。別に良くない?」
「苗字、もしマジで行くなら一人で行くなよ。誰でもいいから呼べ」
「夜久もガチアドバイスしてくるじゃん。分かったけど」
「苗字は大切なマネージャーだからね。用心するに越したことはないのは俺も同意」
「おお、このスマートな言葉選び。さすが海。あとでサイン頂戴」
「いいよ」
「いいのかよ」

本音と冗談が入り交じった言葉のキャッチボールを何度か終えれば、すぐにマネージャーの個室前に到着する。

「それじゃ皆、ここまでありがと。おやすみ」
「おやすみ。苗字、寝れない時は遠慮なくメールしろよ」

夜久がビシッと人差し指を立てて念を押してきた。確かに以前は色々あって、あまり眠れない夜を過ごすことが多かったけど。今はだいぶ改善してきたというのに、律儀だなと笑う。

「りょーかい。またね、ありがと」
「苗字、ほんとに遠慮すんなよ」
「何かあったら呼んでね」
「寂しくなったらまた声かけろ」
「はいはい、私は大丈夫だからさっさと帰って寝る!」

何だかんだと帰ろうとしない三人の背中を押す。少し触っただけで、見た目よりずっと逞しくなっていることが分かった。あれからまだ二年しか経っていないのにな、とつい目を細めてしまう。

ジャージの背面に書かれた「NEKOMA」の文字が三つ、ゆらゆらと揺れながら登っていく。過去の希望と期待を背負いながら笑う後ろ姿が眩しくて、まるで星みたいだと思った。
さて。ゴミ捨て場の前哨戦では、一体どんな形の星座が紡がれるのだろう。その結果を誰より近くで見届けられるのだから、私は世界中の誰よりも幸せだった。