余りものには福しかない
音駒高校の男子バレー部には、マネ弁当週間なるものが存在する。
マネージャーが週替わりで、レギュラーの内の一人のために毎日お昼ご飯を作るというルールだ。黒尾の代になってから、趣味と実益を兼ねて提案したら即時採用された。
本来ならば毎回全員分を作りたかったけど、さすがに物理的に不可能ということで皆に止められて───海の怒った顔を初めて見たのでめちゃくちゃ覚えている───今の形に落ち着いている。
あくまで強制ではなく任意選択式なのだが、今まで誰一人として拒否してきたことがないし、むしろ皆のモチベーションになっているようで有難い。
そんな訳で週明けの月曜日、朝練からやけにウキウキしている夜久を見て私は密かに笑っていた。
「苗字!」
「はーい夜久、いらっしゃい」
お昼休みになった直後に飛んできた夜久と、教室の中で机を突き合わせる。黒尾はだいたい夜久の週には購買に行って外で食べることが多いから、今回もニヤニヤしながら手を振ってきた。その揶揄いにはもう慣れたから、と肩をすくめつつこちらも振り返す。
海もそうだけど、この週はやけに私達に気を遣われている気がしてむず痒かった。
「そうだ苗字、これ母さんから」
「え!」
渡された紙袋には、都内でも有名なスイーツ店のロゴがあって驚いてしまう。
「そんなお気遣い頂かなくても……!」
「いやいや、いつも世話になってばっかだし。俺もこれくらいの気遣いができる男になれーって叱られたわ」
「いやいや、既に充分だし、もしこれ以上夜久がパワーアップしたらカッコよすぎて私がもたないから」
「ばーか。やる気にさせんなよ」
こちらを揶揄い試すかのような、いつもよりほんの少しだけ色気が滲むような笑顔だった。普段ならば軽口を叩くように返事できるのに一拍遅れてしまって、けど夜久は何も気にしないように大人しく目の前の席に座る。
「苗字、甘いものは基本何でも好きって言ってたよな?」
「うん、好き!」
「……なら良かったわ。苗字が好きなお菓子のメーカーとか、色々知りたいからあとで教えてくれ」
「……ん、分かった。さて、それじゃお弁当たべる?」
「食べる!」
これ以上気を遣わなくてもいいよって言おうとしたけど、夜久にとっては気遣いじゃなくて「相手のために心から自分がやってあげたいこと」なんだろうなと思ったからやめた。
私だって毎週飽きもせず皆のためにお弁当を作り続けているんだから、割とおあいこかもしれない。
「いただきます!」
「どうぞ、召し上がれ」
元気よくちゃんと手を合わせた後、一つ一つ丁寧に味わいながら食べてくれる。
今週は夜久の好物である野菜炒めをメインに、タンパク質を取ってもらうためのハンバーグや卵焼き、ビタミンとミネラルが豊富な海藻やキノコの煮物といったラインナップが中心だ。
一品ごとに「うまい」と逐一褒めてくれる優しさに擽ったくなりつつ、やっぱり食べる所作に品があるなと目を細める。
本日の差し入れからも、お母様の教育がきちんと行き届いているのだろうと感じて背筋が伸びた。私も色々もっと頑張らなきゃな。
「夜久が野菜炒めを好きなのって、気付いたら自然とって感じだったんだよね」
「おー、そうだな。筋肉にいい料理って聞いたら何でも食ってたし、母さんも色々作ってくれたから」
「弟さんたちも好きなの? 野菜炒め」
「……いや、あいつらは肉だの魚だのに飛び付くな。あんまり嬉しそうに食うから、俺も小さい頃から譲ってた気がするわ」
「その代わりに野菜と交換してあげてたとか?」
「あー、そういやそうかもな。最近はそんなことも無くなったけど」
「やさしいお兄ちゃんだね。いいな、夜久の妹になれたら絶対幸せじゃん」
「……妹はダメだろ」
「ならお姉ちゃん? 夜久はしっかりしすぎてるから世話になりっぱなしだろうけど」
「おい苗字、分かって言ってんだろ」
「はーい、ごめんなさい。お兄ちゃん」
「グッ……!」
何故か机に突っ伏して撃沈した夜久を前に、私も自分のお弁当を食べ進める。うん、我ながら美味しい。そりゃ夜久のために作ったご飯でもあるからね。
そのまま部活のことやお互いのこと、好きな音楽とか漫画とか他愛ない話をするばかりの時間が過ぎていく。
お互いにお弁当を食べ終わった後、せっかくだし夜久のお母様から頂いた差し入れを開封することにした。
お花と果物がモチーフの可愛らしいラッピングと、期間限定の商品にしかつかないシールが貼付されている。こんな素敵なお菓子は滅多に食べられないため、つい目が輝いて情けない顔をしてしまう。
「素敵! かわいい! 美味しそう! 本当に何とお礼を申し上げたら良いのか……!」
「だから、俺たちから苗字へのお礼だっつーの。喜んでくれたなら良かった」
「うん! ……あれ、袋の底にまだ何か入ってる?」
「ああ、そういや手紙も入れたって言ってたな」
「夜久さんそれは先に言ってください!」
慌てて封筒を探し当ててから、大事に開封していく。
「じゃあ苗字、俺は弁当箱を洗ってくるから」
「ん! ありがと!」
「おー」
やっぱり気遣い屋だよなあと笑いつつ、純白にピンクのラインが入った上品で愛らしい封筒を開けていく。綴られていたのは、私もすっかり顔見知りである夜久のお母様の達筆な文字だった。
───名前ちゃんへ
いつも衛輔の面倒を見てくれて、本当にありがとう。
少しでも何かお返し出来ればと思って、名前ちゃんが好きだと聞いたお菓子を今回持たせました。
本来なら直接お渡ししたかったのだけど、お手紙という形でしかご挨拶できずにごめんなさいね。
これを言ったら怒られそうだけど、衛輔から名前ちゃんの話を聞かない日はないのよね。
あの子はずっと名前ちゃんのことを大事に想っているし、名前ちゃんもまた衛輔のことを大切に想ってくれているのだと、あの子がどんどん逞しくなっていく姿を見ながら実感するばかりです。
名前ちゃんは、体力勝負で気も使うマネージャーのお仕事だけでなく、他の色々なことも人一倍頑張る子だと聞いています。
決して無理しすぎないでね。何か弱音を吐きたくなったり限界を感じたら、遠慮なく衛輔のことも頼ってあげてね。
大事なものを衛 って、輔 られるように。
あの子はそんな私たちの思いさえも背負い込んでしまうけど、名前ちゃんだからこそ吐き出せる気持ちもあると思うから。
遠くからではあるけれど、二人の幸せをずっと祈っています。
母より───
シワの一つもつけないように、丁寧に便箋を畳んでから封筒に仕舞い込んでいく。
お腹の底からジワジワと込み上げてくる言葉にならない感情を塞き止めることが叶わず、胸がぐしゃぐしゃに潰れてしまいそうだった。
「おーい苗字、ちゃんと洗って拭いてきたぞ……って、どうした!?」
ちょうど抱えきれなくなった思いが、一筋だけ目から溢れてしまった時だった。慌てたように駆け寄ってきた夜久の身体に、椅子に座ったまま抱き着く。
「調子悪いのか? 保健室でも行くか? 部活も無理すんなよ」
「大丈夫だから……ちょっとだけ、頭撫でて」
「……わかった。気の済むまでやってやるから」
「……うん」
人目もある教室の中だと頭では分かっていても、どうしても我慢しきれず目の前の熱にキツく縋り付いてしまった。
「なあ苗字」
「ん?」
「合同合宿の時さ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん、何でも聞くよ」
「サンキュ。……消灯前の都合のいい時、どこか十分くらいで良いから、毎日少しだけ二人で話さねえ?」
「うん、いいけど……」
「けど?」
「十分だけじゃ離れがたくなりそうだから、もうちょっと長めがいい」
「……そーだな。でも俺が色々アウトっぽい時はマジで打ち切るから」
「やだ」
「はー、……まったく可愛いこと言うなよなあ」
夜久の視線の先にはお母様から頂いた封筒があるし、ある程度は私の状況も察したのだろう。
お昼休みが終わる直前までずっと、夜久は頭を撫でながら私と他愛ない話を続けてくれた。
小さい頃、弟さんが苦手にしていた野菜を大事に食べていたように、きっと夜久は私のことを大切にしてくれているのだろうと。急速に痛感して更に泣いてしまって困らせた筈なのに、夜久の手が止まることは決して無かった。
この大きくて優しくて何もかもを包み込むような手に、私は今までもこれからも惹かれていく。それが何より幸せで、愛おしくて、私の中に眠る全ての傷も痛みも愛せるような気がした。
マネージャーが週替わりで、レギュラーの内の一人のために毎日お昼ご飯を作るというルールだ。黒尾の代になってから、趣味と実益を兼ねて提案したら即時採用された。
本来ならば毎回全員分を作りたかったけど、さすがに物理的に不可能ということで皆に止められて───海の怒った顔を初めて見たのでめちゃくちゃ覚えている───今の形に落ち着いている。
あくまで強制ではなく任意選択式なのだが、今まで誰一人として拒否してきたことがないし、むしろ皆のモチベーションになっているようで有難い。
そんな訳で週明けの月曜日、朝練からやけにウキウキしている夜久を見て私は密かに笑っていた。
「苗字!」
「はーい夜久、いらっしゃい」
お昼休みになった直後に飛んできた夜久と、教室の中で机を突き合わせる。黒尾はだいたい夜久の週には購買に行って外で食べることが多いから、今回もニヤニヤしながら手を振ってきた。その揶揄いにはもう慣れたから、と肩をすくめつつこちらも振り返す。
海もそうだけど、この週はやけに私達に気を遣われている気がしてむず痒かった。
「そうだ苗字、これ母さんから」
「え!」
渡された紙袋には、都内でも有名なスイーツ店のロゴがあって驚いてしまう。
「そんなお気遣い頂かなくても……!」
「いやいや、いつも世話になってばっかだし。俺もこれくらいの気遣いができる男になれーって叱られたわ」
「いやいや、既に充分だし、もしこれ以上夜久がパワーアップしたらカッコよすぎて私がもたないから」
「ばーか。やる気にさせんなよ」
こちらを揶揄い試すかのような、いつもよりほんの少しだけ色気が滲むような笑顔だった。普段ならば軽口を叩くように返事できるのに一拍遅れてしまって、けど夜久は何も気にしないように大人しく目の前の席に座る。
「苗字、甘いものは基本何でも好きって言ってたよな?」
「うん、好き!」
「……なら良かったわ。苗字が好きなお菓子のメーカーとか、色々知りたいからあとで教えてくれ」
「……ん、分かった。さて、それじゃお弁当たべる?」
「食べる!」
これ以上気を遣わなくてもいいよって言おうとしたけど、夜久にとっては気遣いじゃなくて「相手のために心から自分がやってあげたいこと」なんだろうなと思ったからやめた。
私だって毎週飽きもせず皆のためにお弁当を作り続けているんだから、割とおあいこかもしれない。
「いただきます!」
「どうぞ、召し上がれ」
元気よくちゃんと手を合わせた後、一つ一つ丁寧に味わいながら食べてくれる。
今週は夜久の好物である野菜炒めをメインに、タンパク質を取ってもらうためのハンバーグや卵焼き、ビタミンとミネラルが豊富な海藻やキノコの煮物といったラインナップが中心だ。
一品ごとに「うまい」と逐一褒めてくれる優しさに擽ったくなりつつ、やっぱり食べる所作に品があるなと目を細める。
本日の差し入れからも、お母様の教育がきちんと行き届いているのだろうと感じて背筋が伸びた。私も色々もっと頑張らなきゃな。
「夜久が野菜炒めを好きなのって、気付いたら自然とって感じだったんだよね」
「おー、そうだな。筋肉にいい料理って聞いたら何でも食ってたし、母さんも色々作ってくれたから」
「弟さんたちも好きなの? 野菜炒め」
「……いや、あいつらは肉だの魚だのに飛び付くな。あんまり嬉しそうに食うから、俺も小さい頃から譲ってた気がするわ」
「その代わりに野菜と交換してあげてたとか?」
「あー、そういやそうかもな。最近はそんなことも無くなったけど」
「やさしいお兄ちゃんだね。いいな、夜久の妹になれたら絶対幸せじゃん」
「……妹はダメだろ」
「ならお姉ちゃん? 夜久はしっかりしすぎてるから世話になりっぱなしだろうけど」
「おい苗字、分かって言ってんだろ」
「はーい、ごめんなさい。お兄ちゃん」
「グッ……!」
何故か机に突っ伏して撃沈した夜久を前に、私も自分のお弁当を食べ進める。うん、我ながら美味しい。そりゃ夜久のために作ったご飯でもあるからね。
そのまま部活のことやお互いのこと、好きな音楽とか漫画とか他愛ない話をするばかりの時間が過ぎていく。
お互いにお弁当を食べ終わった後、せっかくだし夜久のお母様から頂いた差し入れを開封することにした。
お花と果物がモチーフの可愛らしいラッピングと、期間限定の商品にしかつかないシールが貼付されている。こんな素敵なお菓子は滅多に食べられないため、つい目が輝いて情けない顔をしてしまう。
「素敵! かわいい! 美味しそう! 本当に何とお礼を申し上げたら良いのか……!」
「だから、俺たちから苗字へのお礼だっつーの。喜んでくれたなら良かった」
「うん! ……あれ、袋の底にまだ何か入ってる?」
「ああ、そういや手紙も入れたって言ってたな」
「夜久さんそれは先に言ってください!」
慌てて封筒を探し当ててから、大事に開封していく。
「じゃあ苗字、俺は弁当箱を洗ってくるから」
「ん! ありがと!」
「おー」
やっぱり気遣い屋だよなあと笑いつつ、純白にピンクのラインが入った上品で愛らしい封筒を開けていく。綴られていたのは、私もすっかり顔見知りである夜久のお母様の達筆な文字だった。
───名前ちゃんへ
いつも衛輔の面倒を見てくれて、本当にありがとう。
少しでも何かお返し出来ればと思って、名前ちゃんが好きだと聞いたお菓子を今回持たせました。
本来なら直接お渡ししたかったのだけど、お手紙という形でしかご挨拶できずにごめんなさいね。
これを言ったら怒られそうだけど、衛輔から名前ちゃんの話を聞かない日はないのよね。
あの子はずっと名前ちゃんのことを大事に想っているし、名前ちゃんもまた衛輔のことを大切に想ってくれているのだと、あの子がどんどん逞しくなっていく姿を見ながら実感するばかりです。
名前ちゃんは、体力勝負で気も使うマネージャーのお仕事だけでなく、他の色々なことも人一倍頑張る子だと聞いています。
決して無理しすぎないでね。何か弱音を吐きたくなったり限界を感じたら、遠慮なく衛輔のことも頼ってあげてね。
大事なものを
あの子はそんな私たちの思いさえも背負い込んでしまうけど、名前ちゃんだからこそ吐き出せる気持ちもあると思うから。
遠くからではあるけれど、二人の幸せをずっと祈っています。
母より───
シワの一つもつけないように、丁寧に便箋を畳んでから封筒に仕舞い込んでいく。
お腹の底からジワジワと込み上げてくる言葉にならない感情を塞き止めることが叶わず、胸がぐしゃぐしゃに潰れてしまいそうだった。
「おーい苗字、ちゃんと洗って拭いてきたぞ……って、どうした!?」
ちょうど抱えきれなくなった思いが、一筋だけ目から溢れてしまった時だった。慌てたように駆け寄ってきた夜久の身体に、椅子に座ったまま抱き着く。
「調子悪いのか? 保健室でも行くか? 部活も無理すんなよ」
「大丈夫だから……ちょっとだけ、頭撫でて」
「……わかった。気の済むまでやってやるから」
「……うん」
人目もある教室の中だと頭では分かっていても、どうしても我慢しきれず目の前の熱にキツく縋り付いてしまった。
「なあ苗字」
「ん?」
「合同合宿の時さ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん、何でも聞くよ」
「サンキュ。……消灯前の都合のいい時、どこか十分くらいで良いから、毎日少しだけ二人で話さねえ?」
「うん、いいけど……」
「けど?」
「十分だけじゃ離れがたくなりそうだから、もうちょっと長めがいい」
「……そーだな。でも俺が色々アウトっぽい時はマジで打ち切るから」
「やだ」
「はー、……まったく可愛いこと言うなよなあ」
夜久の視線の先にはお母様から頂いた封筒があるし、ある程度は私の状況も察したのだろう。
お昼休みが終わる直前までずっと、夜久は頭を撫でながら私と他愛ない話を続けてくれた。
小さい頃、弟さんが苦手にしていた野菜を大事に食べていたように、きっと夜久は私のことを大切にしてくれているのだろうと。急速に痛感して更に泣いてしまって困らせた筈なのに、夜久の手が止まることは決して無かった。
この大きくて優しくて何もかもを包み込むような手に、私は今までもこれからも惹かれていく。それが何より幸せで、愛おしくて、私の中に眠る全ての傷も痛みも愛せるような気がした。