一宿一飯のおにぎり
「名前ちゃーん! 会いたかったあ!」
バスを降りて体育館に着いた途端、目を煌めかせた雪絵ちゃんにガバリと抱き着かれる。ぎゅうぎゅうと音が出そうな程の力強い抱擁が微笑ましかった。
周囲の面々も決まり切った光景だから特に気にしていないし、夜久や犬岡には事前に備品を運ぶ場所は指示していたから真っ先に向かってくれたようだ。真っ赤な背中が去っていくのを見届けてから、友達の背中をよしよしと撫でていく。
「雪絵ちゃん、なんだかんだ会うの久しぶりだもんね」
「そうだよー! 名前ちゃんのご飯しばらく食べてないもん」
「あ。約束通り、軽くおむすびだけ握ってきたよ。今いる?」
「いるー!」
雪絵ちゃんが両手を上げたら自然と身体が解放されるので、鞄からお弁当袋を取り出した。すると背後で大きな足音が鳴る。
「俺もいるー!」
「お、木兎も来た」
大声と共にぴょーんと兎のごとく高くジャンプする姿は、相変わらず自由の象徴みたいでこちらまで元気が出る。期待するようにキラキラと目を輝かせる様はまさに子どものようだった。
この二人からは事前に、ふわふわのおむすびが食べたいという旨の熱い要望メールが届いていたのだ。
「はい、こっちは雪絵ちゃんのぶん」
「ありがとー! いただきます!」
「で、これは木兎のぶんね」
「ヘイヘイヘーイ! やったぜ!」
ラップで包んだおにぎりをそれぞれ手渡した。しっかりと手を合わせてから瞬く間に平らげていくマネージャーの横で、全国五本の指に入るエースは背後から何者かに手を掴まれて身動きが取れなくなっていた。
木兎がブリキの玩具みたいにぎこちなく振り返る様を見ながら、手の持ち主である夜久が凄い顔をしているのを見て笑ってしまう。
「おい木兎、苗字が作った飯を食うなら挨拶くらいちゃんとしろ」
「確かに! 悪い苗字、いただきます!」
「はーいどうぞ、召し上がれ。夜久もありがと」
「ん」
ようやく満足そうに頷いた夜久の横で、木兎がそれはもう美味しそうに食べてくれる。音駒の皆もそうだけど、表情や言葉で気持ちを表してくれるのは素直に嬉しい。
「苗字さん、いつもすみません」
いつの間にか近寄ってきた赤葦が、申し訳なさそうに頭を下げてくれる。相変わらず律儀な後輩で可愛い。
「いや全然、嬉しいから問題ないんだけど。こちらこそ、練習前にご飯あげちゃってごめんね」
「いえ。むしろ苗字さんのご飯を食べない方がしょぼくれ度は上がるので、俺としては助かってます」
「……赤葦も苦労してるね、お疲れ」
「ちなみに、おにぎりって余ってますか?」
「あー、ごめん。もう在庫切れしてて。プロテインバーならあるけどいる?」
「良ければぜひ」
「オッケー。これ、孤爪用に用意したアップルパイ味。口に合わなかったら別のもあるから」
ありがとうございます、と深々お辞儀をする赤葦を見てか、梟谷の三年生たちも寄ってくる。確かにまだ音駒 しか到着していないし合宿が始まるまでは時間もあるけど、みんな練習前に食べて大丈夫なのかなと心配になった。
「苗字ー、ぐんぐんヨーグル味ある?」
「うん、あれリクエストしてくれたの木葉だよね。作ってきたよ、はい」
「えっ、俺も同じやつがいい!」
「俺もー」
「同じく」
「おっと、小見と猿杙と鷲尾もご所望なさるか。どうぞお納めください」
「大義であった!」
「苦しゅうない!」
「いや武士か」
ついノリでツッコむと、鷲尾がクールな表情を崩さないままポツリと呟く。
「今のは苗字が始めた流れだろ」
でも猿杙の言葉の使い方は間違ってたし、と思いつつも口には出さず笑う。梟谷はエースの木兎を含め、みんな等身大の男子高校生って感じがして肩肘張らずにお喋り出来た。
身内贔屓なのは百も承知だけど、音駒は精神的に成熟しているメンバーばかりで、私の方がつい甘えてしまうから。
もぐもぐするメンバーたちに手を振った後、マネージャーの仕事に取り掛かろうとする。と、体育館の端で凄い顔をしながらこちらを見遣る赤ジャージの集団に遭遇した。メンチを切るようにジロジロとこっちを見ている。
……あれ。たった今私は、彼らのことを精神的に成熟してるから凄いなって改めて尊敬してたところだったんだけど。なんか皆、お母さんに構ってもらえず拗ねた果てにグレた子どもみたいな表情してるんだけど。
「えーと、どうしたの?」
「苗字、俺たちもおにぎり食いたかった」
夜久の声を皮切りに、ほぼ全員が同調するように何度も頷く。あの孤爪さえも「アップルパイバー……」とボソッと呟いていた。まだ少し余っているから、後でこっそり渡そうと決意する。
「朝の差し入れ、家で食べるから特にいらないって言ってなかったっけ……?」
「だからって木兎のためにわざわざ作るのかよ!?」
「木兎からは事前にメールがきてたし。吸収効率を考えたらおにぎりは最適解じゃないから、別にそんな残念がらなくとも」
「俺たちは苗字のおにぎりが良かった!」
「もー! 分かったから! あとで作ります!」
絶対だぞ、と何回か念押ししてくる夜久と黒尾に改めて約束する。海も若干本気の笑みを湛えている気配がするので怖い。私のおにぎりなんていつも食べてるじゃん。
「名前ちゃーん! コートの準備は選手に任せて、私たちは自分の仕事やろ」
「はーい了解! それじゃ私は行くからね。またあとでね」
「おー」
音駒もようやく全員スッキリした顔で、ストレッチやら梟谷のメンバーとの会話やらを始めていく。安心しつつ雪絵ちゃんのもとへ向かうと、ニヤニヤと面白がるような笑顔に出迎えられた。
「いやはや、名前ちゃんは相変わらず愛されてますなあ」
「やめてー! そう言われると自分が悪女になった気分になる!」
「でもやっぱり、名前ちゃんに抱きついた時の夜久の顔が一番凄かったなー」
「……雪絵ちゃん、分かっててやったでしょ」
「その代わり、二人の甘い時間を出来る限りアシストするからね」
「そういう気の遣い方はしなくていいから!」
私が夜久を好きなことは特に隠していないし、夜久も夜久であんな感じだから、恋愛沙汰がテーマになると集中砲火の状態になってしまう。正直いつになっても慣れない。
沸騰しそうな顔を手で仰ぎながら、ふと体育館の中を見回す。アップを取るために走ったり身体を解したりするメンバーもいれば、久しぶりの再会を喜び合ったりじゃれあったりする選手たちもいた。
その光景が、あまりにも眩しくて愛おしい。美術館で絵画を鑑賞するみたいな気持ちで感慨深く眺めてしまった。
こんな風に合宿でみんなと戯れる機会も残り少ないんだよなって、なんだか急速に実感してしまう。だからと言って楽しまないのも勿体ないから、いつも通り笑って自分の仕事に励むべく前を向いた。
ガヤガヤと明るい話し声に満ちた体育館の中で、最後の夏を踏みしめるように歩き出す。
さて、思ったよりも世話を焼かせてくれるらしい我らがヒーローたちのために、心を込めておにぎりを作らねば。
バスを降りて体育館に着いた途端、目を煌めかせた雪絵ちゃんにガバリと抱き着かれる。ぎゅうぎゅうと音が出そうな程の力強い抱擁が微笑ましかった。
周囲の面々も決まり切った光景だから特に気にしていないし、夜久や犬岡には事前に備品を運ぶ場所は指示していたから真っ先に向かってくれたようだ。真っ赤な背中が去っていくのを見届けてから、友達の背中をよしよしと撫でていく。
「雪絵ちゃん、なんだかんだ会うの久しぶりだもんね」
「そうだよー! 名前ちゃんのご飯しばらく食べてないもん」
「あ。約束通り、軽くおむすびだけ握ってきたよ。今いる?」
「いるー!」
雪絵ちゃんが両手を上げたら自然と身体が解放されるので、鞄からお弁当袋を取り出した。すると背後で大きな足音が鳴る。
「俺もいるー!」
「お、木兎も来た」
大声と共にぴょーんと兎のごとく高くジャンプする姿は、相変わらず自由の象徴みたいでこちらまで元気が出る。期待するようにキラキラと目を輝かせる様はまさに子どものようだった。
この二人からは事前に、ふわふわのおむすびが食べたいという旨の熱い要望メールが届いていたのだ。
「はい、こっちは雪絵ちゃんのぶん」
「ありがとー! いただきます!」
「で、これは木兎のぶんね」
「ヘイヘイヘーイ! やったぜ!」
ラップで包んだおにぎりをそれぞれ手渡した。しっかりと手を合わせてから瞬く間に平らげていくマネージャーの横で、全国五本の指に入るエースは背後から何者かに手を掴まれて身動きが取れなくなっていた。
木兎がブリキの玩具みたいにぎこちなく振り返る様を見ながら、手の持ち主である夜久が凄い顔をしているのを見て笑ってしまう。
「おい木兎、苗字が作った飯を食うなら挨拶くらいちゃんとしろ」
「確かに! 悪い苗字、いただきます!」
「はーいどうぞ、召し上がれ。夜久もありがと」
「ん」
ようやく満足そうに頷いた夜久の横で、木兎がそれはもう美味しそうに食べてくれる。音駒の皆もそうだけど、表情や言葉で気持ちを表してくれるのは素直に嬉しい。
「苗字さん、いつもすみません」
いつの間にか近寄ってきた赤葦が、申し訳なさそうに頭を下げてくれる。相変わらず律儀な後輩で可愛い。
「いや全然、嬉しいから問題ないんだけど。こちらこそ、練習前にご飯あげちゃってごめんね」
「いえ。むしろ苗字さんのご飯を食べない方がしょぼくれ度は上がるので、俺としては助かってます」
「……赤葦も苦労してるね、お疲れ」
「ちなみに、おにぎりって余ってますか?」
「あー、ごめん。もう在庫切れしてて。プロテインバーならあるけどいる?」
「良ければぜひ」
「オッケー。これ、孤爪用に用意したアップルパイ味。口に合わなかったら別のもあるから」
ありがとうございます、と深々お辞儀をする赤葦を見てか、梟谷の三年生たちも寄ってくる。確かにまだ
「苗字ー、ぐんぐんヨーグル味ある?」
「うん、あれリクエストしてくれたの木葉だよね。作ってきたよ、はい」
「えっ、俺も同じやつがいい!」
「俺もー」
「同じく」
「おっと、小見と猿杙と鷲尾もご所望なさるか。どうぞお納めください」
「大義であった!」
「苦しゅうない!」
「いや武士か」
ついノリでツッコむと、鷲尾がクールな表情を崩さないままポツリと呟く。
「今のは苗字が始めた流れだろ」
でも猿杙の言葉の使い方は間違ってたし、と思いつつも口には出さず笑う。梟谷はエースの木兎を含め、みんな等身大の男子高校生って感じがして肩肘張らずにお喋り出来た。
身内贔屓なのは百も承知だけど、音駒は精神的に成熟しているメンバーばかりで、私の方がつい甘えてしまうから。
もぐもぐするメンバーたちに手を振った後、マネージャーの仕事に取り掛かろうとする。と、体育館の端で凄い顔をしながらこちらを見遣る赤ジャージの集団に遭遇した。メンチを切るようにジロジロとこっちを見ている。
……あれ。たった今私は、彼らのことを精神的に成熟してるから凄いなって改めて尊敬してたところだったんだけど。なんか皆、お母さんに構ってもらえず拗ねた果てにグレた子どもみたいな表情してるんだけど。
「えーと、どうしたの?」
「苗字、俺たちもおにぎり食いたかった」
夜久の声を皮切りに、ほぼ全員が同調するように何度も頷く。あの孤爪さえも「アップルパイバー……」とボソッと呟いていた。まだ少し余っているから、後でこっそり渡そうと決意する。
「朝の差し入れ、家で食べるから特にいらないって言ってなかったっけ……?」
「だからって木兎のためにわざわざ作るのかよ!?」
「木兎からは事前にメールがきてたし。吸収効率を考えたらおにぎりは最適解じゃないから、別にそんな残念がらなくとも」
「俺たちは苗字のおにぎりが良かった!」
「もー! 分かったから! あとで作ります!」
絶対だぞ、と何回か念押ししてくる夜久と黒尾に改めて約束する。海も若干本気の笑みを湛えている気配がするので怖い。私のおにぎりなんていつも食べてるじゃん。
「名前ちゃーん! コートの準備は選手に任せて、私たちは自分の仕事やろ」
「はーい了解! それじゃ私は行くからね。またあとでね」
「おー」
音駒もようやく全員スッキリした顔で、ストレッチやら梟谷のメンバーとの会話やらを始めていく。安心しつつ雪絵ちゃんのもとへ向かうと、ニヤニヤと面白がるような笑顔に出迎えられた。
「いやはや、名前ちゃんは相変わらず愛されてますなあ」
「やめてー! そう言われると自分が悪女になった気分になる!」
「でもやっぱり、名前ちゃんに抱きついた時の夜久の顔が一番凄かったなー」
「……雪絵ちゃん、分かっててやったでしょ」
「その代わり、二人の甘い時間を出来る限りアシストするからね」
「そういう気の遣い方はしなくていいから!」
私が夜久を好きなことは特に隠していないし、夜久も夜久であんな感じだから、恋愛沙汰がテーマになると集中砲火の状態になってしまう。正直いつになっても慣れない。
沸騰しそうな顔を手で仰ぎながら、ふと体育館の中を見回す。アップを取るために走ったり身体を解したりするメンバーもいれば、久しぶりの再会を喜び合ったりじゃれあったりする選手たちもいた。
その光景が、あまりにも眩しくて愛おしい。美術館で絵画を鑑賞するみたいな気持ちで感慨深く眺めてしまった。
こんな風に合宿でみんなと戯れる機会も残り少ないんだよなって、なんだか急速に実感してしまう。だからと言って楽しまないのも勿体ないから、いつも通り笑って自分の仕事に励むべく前を向いた。
ガヤガヤと明るい話し声に満ちた体育館の中で、最後の夏を踏みしめるように歩き出す。
さて、思ったよりも世話を焼かせてくれるらしい我らがヒーローたちのために、心を込めておにぎりを作らねば。