各校ごとに丸くなって、練習試合前のミーティングをしていた時のこと。邪魔をしないよう大人しく選手たちの背後に控えていたら、勢いよく振り返った黒尾にガシッと肩を掴まれていた。

「オーシ、じゃあ最後にマネージャーから一言!」
「おっと、主将によるまさかの無茶ぶり」

黒尾はまさにしてやったり、といった顔をしているし、当然のごとく皆の視線が一斉に突き刺さる。真正面に位置する夜久の目があまりに澄み切っていて痛いくらいだ。
改めて全員を見回せば心底ワクワクしているような顔ばかりだったから、私もまた笑う。事前準備も何も無かったけど、ひとまずピンと人差し指を立てつつ言いたいことを口にしてやろうと思った。

「ご存知の通り、今日も音駒高校男子バレー部は世界一カッコイイ訳なんですけど」
「それ言ってんの苗字だけだからな」
「自分で指名したんだから一旦大人しく認めなさい。……私も無責任に言ってるつもりはないよ。皆の弛み無い努力と向上心を、毎日間近で見てるからっていうのが大前提だけど。でも究極的に言えば、私が皆をカッコイイと思うのに特別な理由なんてないし。理由があるから皆を特別に思ってる訳じゃないし」

皆の愉しげながらも耳を澄ませようとする空気が伝わってくる中、猫又監督は柔らかく笑っていた。言いたいことは自由に言いなさいと、私の背中を後押しするような温かい温度が宿っている。

「今日も、皆が皆らしく此処にいてくれるから。それぞれのスタンスで、各々のプレイでバレーをしてくれてるから。それだけで私にとっては、いつだって音駒うちが一番だと思ってる。……という訳で、今回も頑張って」

猫の手を作って招き猫のごとくヒョイヒョイと動かせば、「オウ!!!!!」と弾けんばかりの返事がくる。普段は無邪気に笑う皆がピリリと真剣な空気を纏う瞬間が、いつもながら好きだった。
三年生たちとは拳を突き合わせた後、下級生たちの背中や肩を一人ずつポンと叩いていく。てっきり孤爪はサッサとコートに行ってしまうかと思ったのに、今日は最後まで残って、こちらを観察するようにジッと興味深そうに見つめていた。

「苗字さんは、パッシブスキルを持ったエンチャンターって感じだよね」
「そう?」

要は、いるだけで味方のパワーを底上げするサポーターという意味だろう。孤爪的には最大限の褒め言葉のように思えて少しソワソワしてしまった。
今まで孤爪の方から歩み寄ってくるようなことはあまり無かったんだけど。……やっぱり今回は日向くんが来るから積極的になっているのかな。

「クロや夜久くんは問題ないけど、リエーフにバフかけすぎると時々面倒なことになるから、用法用量は守ってね」
「いや私の声援は薬か」
「似たようなものじゃない?」
「まあ光栄なんだけどね、ありがと。孤爪に喜んでもらえるような食事ポーションの配給も頑張るから」

我らが脳にとっては食事も最低限の義務らしいのは分かっていた。けど最近はほんのちょっとだけ、瞳を丸くしながら嬉しそうに食べてくれる時もあったから。

「そんなに頑張らなくても俺、苗字さんの作るご飯は楽しみにしてるよ」
「え、……ありがと。アップルパイ以外で特に何が好きとかある?」
「いや別に。全部美味しいし」
「……そっか。今日も暑くなるから、しんどくなったら無理せず声かけてね」
「うん。まあ俺はすぐへばると思うけど」
「孤爪に楽させるために張り切る先輩たちばっかだからね、頼っちゃえ」
「そのつもり。じゃあ俺も行くね」
「うん、いってらっしゃい」

優しく背中を叩けば薄らと笑みが返ってくる。そのまま、ゆらゆらと僅かに揺れながら去っていく頼もしい背中を見送った。
孤爪の言ってくれる「全部美味しい」は、他の仲間の言葉から貰う言葉とは違った熱を感じられて、ちょっぴり鼻の奥がツンとする。

体育館の扉から流れ込んでくる生温い風が、柔くやさしく首筋を撫ぜていく。一つ一つの言葉がひどく身体に沁みていくのも、高校最後の夏だからなんだろうか。



梟谷グループはえてして攻撃的なチームが多い。
主力の梟谷は言わずもがな、強烈なサーブと堅牢なブロックが特徴の生川、同時多発位置差攻撃シンクロ攻撃を筆頭に巧みなコンビネーションプレイを活かす森然。今回が初参戦の烏野だって、唯一無二の速攻を武器に荒々しく乗り込んでくることだろう。
すなわち音駒は唯一、守備を最大の武器とするチームであるということだ。それだけで超カッコいいと内心胸を張ってしまう訳だが、彼らは決して現状で満足する気はないらしい。

試合中の横顔がいつもと違う、と直感的に分かった。猫又監督が復帰して一年以上経つこともあり、そろそろチームとして新たな殻を破ろうとしているのは事前に知っていたけど。
烏野との練習試合を経て彼らの変革に対する意識が自然と昂っているのであれば、とても感慨深い。他ならぬ二年前から切望していた試合が私の大切な仲間たちの成長をアシストしてくれるのだとしたら、運命の女神も見蕩れる程の劇的さがあった。

毎度のごとく練習試合をひたすら繰り返し、敗北した側がペナルティとしてフライング一周をこなしていく。
マネージャーはそんな選手たちのためにタオルやドリンクを用意したり、時にはアイシングや傷の手当てをしたり、試合の記録をもとに監督陣と話し合ったり、自校の選手と共にセルフペナルティをこなしたり───いや、これは私だけなんだけど───。全校のメンバーが忙しなく働いていた。

そして、烏野さんがやってくる予定時間に差し掛かる。そろそろ食堂でご飯の準備を始めないといけないだろう。
ちょうど梟谷と音駒の試合だったから、相手のコートにチラリと目を向けた。親指を力強く立てた雪絵ちゃんと目が合う。うん、めっちゃ光り輝くような笑顔だ。かわいい。

「猫又監督、直井コーチ。私はそろそろお昼の準備に行きますね」
「うん、いっといでー」
「苗字も昼休憩はちゃんと取れよ」
「はい、ありがとうございます!」

いつも通り芝山に仕事を託してから立ち上がる。まだ一セット目の序盤だが、木兎の猛攻を巧みに防いで綺麗なラリーが続いていた。
ちょうど夜久のレシーブによってふわりとボールが舞う。丁寧で堅実で静かな技に魅せられて、眩しくて目を細めた。
私が立ち上がったことにさえ気付かない程に集中している横顔が今日も誇らしくて、やっぱりカッコイイ。

合宿中の料理は量も質も担保したいから、早めに行こうと足早に体育館の扉へと向かう。

「───苗字!」

外に一歩踏み出したところで名前を呼ばれた。誰よりも力強くて温かくて優しい、私にとって唯一無二の大切なひとの声だった。
確かに音駒は入り口側のコートで試合をしていたけど、試合中は私なんかに意識を向けなくてもいいのに。それでもつい反射的に振り向いてしまう。どうやら梟谷がタイムアウトを取った直後のようだった。

夜久が太陽みたいな無邪気な笑顔を浮かべながら、私にビシッと拳を突き出していた。

「頑張ろうな!」
「うん、頑張ろ!」

私も拳を突き返す。私の仕事を認めて、離れた場所にいても一緒に頑張ろうと言ってくれる気持ちが、何よりも嬉しかった。
ご飯は、皆の身体を癒やすための大切な栄養になるから。たとえ練習を抜けることになったとしても、少しも気を抜くつもりは無かった。

改めて踵を返して外に向かう。私にとっては、音駒の皆こそがエンチャンターだなと空に向かって笑いながら。