キッチンの守り神
マネージャーになりたてホヤホヤの一年生の頃。
学生だけに合宿の食事を任せるのはどうなんだ、食中毒等の問題が発生した際に責任が取れるのか。そんな声が先輩方から複数上がっていた。
まさしく正論だった。特に夏場の衛生管理は難しいし、何より新たな提案をする際にはリスクへの対策を練っておくことも大事だろう。社会で生きていく上で、組織を束ねる立場の人は責任の在り処を重視するのだと最初に理解した瞬間だった。
ならば自分が責任を取れる立場になってしまえば良いのだと、スポーツ栄養分野や料理関連の資格で取得できるものは全部取った。メジャーなものからマイナーなものまで、将来の夢をスポーツトレーナーや管理栄養士と言えるレベルでとにかく取りまくった。
それでも食事をちゃんと任せてもらえるようになったのは黒尾の代になってからだ。何かあれば一緒に責任は取るからと肩を叩いてくれた、あの三人の笑顔と手の力強さを度々思い出す。
だからこそどの合宿所においても、調理時はキャップも手袋もエプロンもバッチリ装備したし、調理責任者として各書類上に名前を載せてもらうようにしていた。
覚悟も力も無ければ責任なんて取れないのだと、生意気にも実感していたから。音駒唯一の三年生マネージャーとしてのプライドがあったから。何よりも、いつだって皆に美味しいご飯を食べてもらいたかったから。
「苗字ー!」
そう言って食堂に駆け込んできたのは、梟谷のメンバーが最初だった。ちょうど大半の盛り付けが終わったばかりなのでタイミングがバッチリだと笑う。真っ先に厨房へ顔を出してくれたマネージャーの二人も頼もしかった。
「名前ちゃん、残りの盛り付けやるねー!」
「あたしは、名前ちゃんにお盆渡すのと片付けやる!」
「雪絵ちゃんもかおりちゃんもありがと! メインは全部できてるから、副菜と汁物の一部だけお願い!」
「おっけー! 名前ちゃんのご飯だあ!」
「あんた顔だらけきってるじゃん……」
「二人も、落ち着いたらちゃんと自分の分も食べてね」
ウキウキ顔の雪絵ちゃんも、そんな様に呆れた様子ながらもテキパキと働くかおりちゃんも可愛い。
私も仕事せねばと、料理を載せたお盆を持って受け渡し場所に顔を出す。木兎が両腕を挙げたバンザイの形で早歩きしていた。走ってるとこを夜久に見られたら怒られるもんね、えらいぞ。
「はーい、お持たせ。どうぞ」
「美味そー! オムライスか!」
「うん。合宿最初のご飯はテンション上がるやつが良いでしょ」
「俺は肉が入ってれば何でもテンション爆上がりだぜ!」
「それならご心配なく。しっとり美味しく仕上げた特製の鶏むね肉を仕込んでますから」
「卵もぷるぷるだしな! さっすが苗字ー!」
「おい木兎、後ろつっかえてんぞー」
相変わらず面倒見の良い木葉と目を合わせ、労わりと感謝の思いを込めながら手を挙げる。ダメだこりゃとでも言いたげに肩をすくめていたが、なんだかんだ言ってもその顔は嬉しそうだ。
赤葦もそうだけど、みんな木兎の世話を焼くのが好きなんだろう。うちもなかなか過保護さが際立つチームであるものの、梟谷のそれとは温度感が違うのがまた面白い。
その後も続々とお盆を手渡していく。お腹が空いているだろうに律儀に全員が笑顔で御礼を言ってくれることも、食堂の中が嬉しそうな声で満ちていく様子も嬉しかった。
長期合宿の時は体力のある人から順番にやって来るから学校もバラバラな状態が多いけど、まだ一泊合宿の初回だからか各校ごとに綺麗に整列している。だいたい最後にやって来るのが我らが音駒なのだが、どうやら今日からは例外らしい。
「苗字、やけにソワソワしてるね」
微笑む海から的確な指摘を受けて恥ずかしくなる。チラリと視線を後方に移せば、烏野さんたちの中でひと際明るく笑うリベロの姿が見えた。今日も相変わらず眩しい。目が合う前に配膳を再開する。
「だって西谷くんに食べてもらうの緊張するし……!」
「烏野の皆も苗字のご飯を楽しみにしてるみたいだから。さっき迎えに行った時、黒尾が凄い自慢してたし」
「ちょっとお父さん! 勝手にハードル上げすぎないでって言ったでしょ!」
「だって仕方ないだろ! お父さんは娘の成長が生き甲斐なんだよ!」
「ありがと!」
「こちらこそ!」
「あはは。本当に親子みたいだね」
お互いに素早くお盆の受け渡しをしながら続ける茶番だから、なかなかシュールな光景だ。邪魔にならないよう海と共にサッサと行ってしまった黒尾に笑いつつ、次に待っていた夜久がやけに嬉しそうな笑顔だったから首を傾げる。
「夜久、何か良いことあった?」
「おー。さっきは負けたし、反省点ばっかあるよなって正直ゴチャゴチャ考えてたけど」
「うん」
「苗字が楽しそうにしてるだけで俺も嬉しいから、無駄に悩むのやめただけ。ありがとな」
私の両手を優しくキュッと握ってから、黒尾と海に続いて迅速に立ち去っていく。こちらの心をまたもや一瞬で攫っていくのだからズルいなと思った。
夜久は出会った時からずっと、心も身体も強い男の子だった。人から頼られると喜ぶし人の面倒を見るのが好きだけど、その一方で実は人に甘えるのが下手だということも知っている。
他者に弱みを見せずとも自力で解決できるだけの強さがあるし、何より人に頼りたくない負けず嫌いなところがあるから分かりづらいけど。
そんな男の子が、悔しくて悩んでいたって打ち明けてくれることがどれだけ嬉しいか、夜久は分かってないんだろうな。
音駒の皆にも続々とご飯を配っていき───オムライスが好物の芝山のあんな無邪気な顔を見たのが初めてで嬉しかった───、ついに烏野さんの番がきた。ズラっと横一列に並んで頭を下げられたから笑ってしまう。
「烏野の皆さん、よろしくお願いします。改めまして、音駒マネージャーの苗字です!」
シアーッス! という大声に、後方でビクッと肩を震わせる小柄な女の子が新しいマネージャーさんなんだろう。潔子ちゃんが守るようにキリッとした表情で立っている。みんなかわいい。
「ちなみに皆さん、食堂に関する説明はまだ受けてない認識で合ってます?」
黒尾から、そのあたりは苗字に任せるわと言われていたけど、念のため直接確認しておく。
主将の澤村くんに目を向ければ、はいと頷いてくれた。佇まいから真面目な好青年という印象を受けるけど、黒尾といい笑顔で握手していたことから察するに、なかなか食えないタイプなのだろうな。また改めてお話ししてみたい。
「では、お昼の時間も限られているので手短に。合同合宿では朝食と昼食の時間は決まっていますが、夕食は各自のタイミングで自由に取って頂いて大丈夫です。全体練習が終わってからすぐでも、自主練が終わった後に来て頂く形でも問題ありません。……ただ食堂も閉める時間を決めているので、練習に集中して遅れないようにご注意を」
全員を見回しながら話を続けていく。月島くんがあからさまに、練習が終わったらサッサと来ようと言いたげな顔をしていた。なんだか、日向くんと影山くんとは違った意味で素直な子に感じられて微笑ましい。
「食堂に来たら、受付にいるマネージャーからご飯を受け取って好きな場所に座ってください。ご飯や汁物のお代わりは、受け渡し口の横におひつやお鍋を置いておくので各自でお願いします。足りなければ随時補充しますので」
今回の補充分の設置は、私たちが配膳している間に真子ちゃんと英里ちゃんが対応してくれたから感謝しきりだ。
木兎を筆頭におかわりもたくさんしてくれて嬉しかったし、今日の昼食は無事に売り切れそうで良かった。
「食後や就寝前にお茶など飲みたければ、同じ場所に電気ケトルも含めて色々と置いているので、ご自由にどうぞ。他にもご要望があれば、食事の責任者は私なので何でも言って頂ければと思います。……説明は以上ですが、何かご質問はありますか?」
改めて一人一人の顔を確認しながら問う。笑顔で親指を立ててくれる菅原くんだったり、恐縮したように会釈する東峰くんだったり、あまり目を合わせてくれない田中くんだったり、それぞれの個性が出ていて面白い。西谷くんは眩しすぎて一瞬しか見れなかった、不覚。
特に問題は無さそうだったから、私も配膳を再開するべく背筋を伸ばして全力で笑う。
「それでは烏野の皆さん、改めてようこそ! 梟谷グループの合同合宿へ!」
一斉に煌めいた瞳と笑顔を前に、改めて夏を感じる。最初で最後の新しい風が激しく吹き抜けていくような、身体の奥が熱く燃え上がるような感覚がした。
学生だけに合宿の食事を任せるのはどうなんだ、食中毒等の問題が発生した際に責任が取れるのか。そんな声が先輩方から複数上がっていた。
まさしく正論だった。特に夏場の衛生管理は難しいし、何より新たな提案をする際にはリスクへの対策を練っておくことも大事だろう。社会で生きていく上で、組織を束ねる立場の人は責任の在り処を重視するのだと最初に理解した瞬間だった。
ならば自分が責任を取れる立場になってしまえば良いのだと、スポーツ栄養分野や料理関連の資格で取得できるものは全部取った。メジャーなものからマイナーなものまで、将来の夢をスポーツトレーナーや管理栄養士と言えるレベルでとにかく取りまくった。
それでも食事をちゃんと任せてもらえるようになったのは黒尾の代になってからだ。何かあれば一緒に責任は取るからと肩を叩いてくれた、あの三人の笑顔と手の力強さを度々思い出す。
だからこそどの合宿所においても、調理時はキャップも手袋もエプロンもバッチリ装備したし、調理責任者として各書類上に名前を載せてもらうようにしていた。
覚悟も力も無ければ責任なんて取れないのだと、生意気にも実感していたから。音駒唯一の三年生マネージャーとしてのプライドがあったから。何よりも、いつだって皆に美味しいご飯を食べてもらいたかったから。
「苗字ー!」
そう言って食堂に駆け込んできたのは、梟谷のメンバーが最初だった。ちょうど大半の盛り付けが終わったばかりなのでタイミングがバッチリだと笑う。真っ先に厨房へ顔を出してくれたマネージャーの二人も頼もしかった。
「名前ちゃん、残りの盛り付けやるねー!」
「あたしは、名前ちゃんにお盆渡すのと片付けやる!」
「雪絵ちゃんもかおりちゃんもありがと! メインは全部できてるから、副菜と汁物の一部だけお願い!」
「おっけー! 名前ちゃんのご飯だあ!」
「あんた顔だらけきってるじゃん……」
「二人も、落ち着いたらちゃんと自分の分も食べてね」
ウキウキ顔の雪絵ちゃんも、そんな様に呆れた様子ながらもテキパキと働くかおりちゃんも可愛い。
私も仕事せねばと、料理を載せたお盆を持って受け渡し場所に顔を出す。木兎が両腕を挙げたバンザイの形で早歩きしていた。走ってるとこを夜久に見られたら怒られるもんね、えらいぞ。
「はーい、お持たせ。どうぞ」
「美味そー! オムライスか!」
「うん。合宿最初のご飯はテンション上がるやつが良いでしょ」
「俺は肉が入ってれば何でもテンション爆上がりだぜ!」
「それならご心配なく。しっとり美味しく仕上げた特製の鶏むね肉を仕込んでますから」
「卵もぷるぷるだしな! さっすが苗字ー!」
「おい木兎、後ろつっかえてんぞー」
相変わらず面倒見の良い木葉と目を合わせ、労わりと感謝の思いを込めながら手を挙げる。ダメだこりゃとでも言いたげに肩をすくめていたが、なんだかんだ言ってもその顔は嬉しそうだ。
赤葦もそうだけど、みんな木兎の世話を焼くのが好きなんだろう。うちもなかなか過保護さが際立つチームであるものの、梟谷のそれとは温度感が違うのがまた面白い。
その後も続々とお盆を手渡していく。お腹が空いているだろうに律儀に全員が笑顔で御礼を言ってくれることも、食堂の中が嬉しそうな声で満ちていく様子も嬉しかった。
長期合宿の時は体力のある人から順番にやって来るから学校もバラバラな状態が多いけど、まだ一泊合宿の初回だからか各校ごとに綺麗に整列している。だいたい最後にやって来るのが我らが音駒なのだが、どうやら今日からは例外らしい。
「苗字、やけにソワソワしてるね」
微笑む海から的確な指摘を受けて恥ずかしくなる。チラリと視線を後方に移せば、烏野さんたちの中でひと際明るく笑うリベロの姿が見えた。今日も相変わらず眩しい。目が合う前に配膳を再開する。
「だって西谷くんに食べてもらうの緊張するし……!」
「烏野の皆も苗字のご飯を楽しみにしてるみたいだから。さっき迎えに行った時、黒尾が凄い自慢してたし」
「ちょっとお父さん! 勝手にハードル上げすぎないでって言ったでしょ!」
「だって仕方ないだろ! お父さんは娘の成長が生き甲斐なんだよ!」
「ありがと!」
「こちらこそ!」
「あはは。本当に親子みたいだね」
お互いに素早くお盆の受け渡しをしながら続ける茶番だから、なかなかシュールな光景だ。邪魔にならないよう海と共にサッサと行ってしまった黒尾に笑いつつ、次に待っていた夜久がやけに嬉しそうな笑顔だったから首を傾げる。
「夜久、何か良いことあった?」
「おー。さっきは負けたし、反省点ばっかあるよなって正直ゴチャゴチャ考えてたけど」
「うん」
「苗字が楽しそうにしてるだけで俺も嬉しいから、無駄に悩むのやめただけ。ありがとな」
私の両手を優しくキュッと握ってから、黒尾と海に続いて迅速に立ち去っていく。こちらの心をまたもや一瞬で攫っていくのだからズルいなと思った。
夜久は出会った時からずっと、心も身体も強い男の子だった。人から頼られると喜ぶし人の面倒を見るのが好きだけど、その一方で実は人に甘えるのが下手だということも知っている。
他者に弱みを見せずとも自力で解決できるだけの強さがあるし、何より人に頼りたくない負けず嫌いなところがあるから分かりづらいけど。
そんな男の子が、悔しくて悩んでいたって打ち明けてくれることがどれだけ嬉しいか、夜久は分かってないんだろうな。
音駒の皆にも続々とご飯を配っていき───オムライスが好物の芝山のあんな無邪気な顔を見たのが初めてで嬉しかった───、ついに烏野さんの番がきた。ズラっと横一列に並んで頭を下げられたから笑ってしまう。
「烏野の皆さん、よろしくお願いします。改めまして、音駒マネージャーの苗字です!」
シアーッス! という大声に、後方でビクッと肩を震わせる小柄な女の子が新しいマネージャーさんなんだろう。潔子ちゃんが守るようにキリッとした表情で立っている。みんなかわいい。
「ちなみに皆さん、食堂に関する説明はまだ受けてない認識で合ってます?」
黒尾から、そのあたりは苗字に任せるわと言われていたけど、念のため直接確認しておく。
主将の澤村くんに目を向ければ、はいと頷いてくれた。佇まいから真面目な好青年という印象を受けるけど、黒尾といい笑顔で握手していたことから察するに、なかなか食えないタイプなのだろうな。また改めてお話ししてみたい。
「では、お昼の時間も限られているので手短に。合同合宿では朝食と昼食の時間は決まっていますが、夕食は各自のタイミングで自由に取って頂いて大丈夫です。全体練習が終わってからすぐでも、自主練が終わった後に来て頂く形でも問題ありません。……ただ食堂も閉める時間を決めているので、練習に集中して遅れないようにご注意を」
全員を見回しながら話を続けていく。月島くんがあからさまに、練習が終わったらサッサと来ようと言いたげな顔をしていた。なんだか、日向くんと影山くんとは違った意味で素直な子に感じられて微笑ましい。
「食堂に来たら、受付にいるマネージャーからご飯を受け取って好きな場所に座ってください。ご飯や汁物のお代わりは、受け渡し口の横におひつやお鍋を置いておくので各自でお願いします。足りなければ随時補充しますので」
今回の補充分の設置は、私たちが配膳している間に真子ちゃんと英里ちゃんが対応してくれたから感謝しきりだ。
木兎を筆頭におかわりもたくさんしてくれて嬉しかったし、今日の昼食は無事に売り切れそうで良かった。
「食後や就寝前にお茶など飲みたければ、同じ場所に電気ケトルも含めて色々と置いているので、ご自由にどうぞ。他にもご要望があれば、食事の責任者は私なので何でも言って頂ければと思います。……説明は以上ですが、何かご質問はありますか?」
改めて一人一人の顔を確認しながら問う。笑顔で親指を立ててくれる菅原くんだったり、恐縮したように会釈する東峰くんだったり、あまり目を合わせてくれない田中くんだったり、それぞれの個性が出ていて面白い。西谷くんは眩しすぎて一瞬しか見れなかった、不覚。
特に問題は無さそうだったから、私も配膳を再開するべく背筋を伸ばして全力で笑う。
「それでは烏野の皆さん、改めてようこそ! 梟谷グループの合同合宿へ!」
一斉に煌めいた瞳と笑顔を前に、改めて夏を感じる。最初で最後の新しい風が激しく吹き抜けていくような、身体の奥が熱く燃え上がるような感覚がした。