「そういえば日向くんと影山くんって、どうやって梟谷ここまで来るの? 新幹線?」

昼食後の洗い物を手伝ってくれる潔子ちゃんに問いかければ、ちょっぴり楽しそうに笑っていた。

「ううん、それがね。田中のお姉さんが運転する車で来るの」
「え。宮城から東京まで車で!? しかも田中くんのお姉様!?」
「そう、ビックリだよね」
「うん、あの二人らしいとは感じるけど。……単純計算で五時間前後だとして、校門開放中の時間に到着できるかギリギリかも。駐車場の場所とか周辺のガソリンスタンドの情報とか、一応事前にお伝えしておいた方が良いよね」
「うん、確かに。……でも田中経由で伝えると面倒なことになりそう」
「あー……そうだね」

潔子ちゃんが話しかければ涙を流しながら喜びそうだし、私が声をかければ挙動不審になるのが目に見えていた。要は一年生だった頃の山本を想定すれば良いと察していたので、現状スムーズに話すのは難しいだろう。
潔子ちゃんも梟谷に来るのは初めてだから勝手が分からないことも多いだろうし、私から伝えた方が良いかなとは思うんだけど。

洗い物の区切りがついたタイミングで、潔子ちゃんに断ってから厨房の受け渡し口に向かう。食堂の中を見渡せば、すぐ近くで澤村くんが黒尾と話しているのが見えた。すぐ隣には菅原くんも夜久もいて、一緒にワイワイとお喋りしているようだった。
楽しそうなところを邪魔するのは申し訳ないけど、と思っていると夜久と真っ直ぐ目が合う。こういう時の察知能力の高さに毎度驚くけど、普段のプレイと性格を考えれば納得か。

「苗字、どうした?」
「休憩中にごめんね。澤村くんと菅原くんにちょっとご相談がありまして」
「俺たちに?」

黒尾も含めて四人が一斉に立ち上がって近寄ってくれる。既に和やかな雰囲気なので勝手に嬉しくなった。特に、ゴミ捨て場の決戦にかける黒尾の思いは知っているつもりだったから。
にこやかに話しかけてくれる澤村くんと菅原くんに向けて、私も感謝を込めた笑顔を返す。

「日向くんと影山くん、田中くんのお姉さまの車で来るんですよね?」
「ああ、そうなんです……お恥ずかしながら……」

澤村くんが恥ずかしそうに項垂れるのを見て笑う。あの二人の破天荒さは想像に難くないから、きっと主将として苦労しているのだろう。

「開門時間に間に合わない可能性を考慮して、念のため閉門していた場合の手続きについて共有しておいた方が良いかと思いまして。あと、校内の駐車場と周辺のガソリンスタンドに関する情報もあれば便利かなと」
「……苗字さん、気が利きすぎて凄い」

菅原くんが真顔で言うので面食らう。そこまで言ってもらえる程のことだろうか。

「え。そうですかね……?」
「まあうちの子は優秀なんでね」
「お前がドヤるな」

黒尾が夜久にシバかれている。こちらはいつものことだから放っておこう。

「田中くんに直接連絡をお願いしようかなとも考えたんですが……」
「あー……確かにそれよりは、俺たち経由で話を通した方がスムーズですね」
「ですよね。ということで、まず黒尾。梟谷のホームページから、住所と地図が載ったアクセス情報を引っ張ってきて。夜久は、一番近くの交差点にあるガソリンスタンドの情報をよろしく。私はその間に、閉門時の対応を紙にまとめておくから」
「ほーい」
「了解」

二人に携帯を操作してもらいながらメモ用紙を一枚剥がし、学校の守衛さんの呼び出し方も含めてざっくりと書いていく。
一通り読み返して間違いがないことを確認した後に顔を上げれば、ぽかんとした様子の澤村くんと目が合った。内心首を傾げつつも紙を手渡す。

「こちら、もし良ければどうぞ。このまま写真で送ってもらって大丈夫だと思います」
「あ、ありがとうございます……」
「澤村さんってば、うちの子の優秀さにビックリしちゃってまー」
「黒尾はさっきから何なの?」
「やっくんならまだしも苗字の真顔は結構心にクるんですけど!?」

確かにいつもなら笑って流すところだけど、今回は私にだって理由はあるし、と腕を組む。

「私、自分のいないとこで自分の話を勝手にされるの、良い話でもあんまりヤダって言ったじゃん」

烏野の皆さんにあれこれ噂を流してくれていたらしいことは、お昼ご飯の受け渡しの時に海から聞いたし。あの時は配膳優先だからサラッと流したけど。

「ごめんねお父さんが悪かったね!?」
「反省してるならよし。午後もお仕事がんばって」
「はあい……」

ブハッと烏野の二人が吹き出して笑うのを見て、今度は夜久と一緒にきょとんとする。なんだかよく分からないけどウケたので良かった。
肩を落としていた黒尾もいつも通りすぐ復活している。あれこれと軽口を叩いても決して引きずらない懐の深さが、やはり尊敬できるなと実感する。

ひとしきり笑いが収まったらしい澤村くんが、ゆっくりと言葉を選ぶように喋ってくれた。

「苗字さん、日向と仲良くしてくれてる時点で優しい子だって分かってたんですけど、料理の腕も成績も作文も凄いって聞いてたので、なんだか気軽に話しかけるのは恐れ多いなと思ってまして」
「いやいや、見ての通りかなり適当な人間なので。そんな気を遣わなくとも」

実際、悪ノリしすぎて夜久に叱られることだってあるし。先日の練習試合でも日向くんと一緒にはしゃぎすぎたよなあと反省していると、夜久が隣でうんうんと頷きながら口を開く。

「苗字は人一倍努力家でめちゃくちゃ可愛いだけで、すげえ話しやすい女の子だぞ」
「夜久、そういうのやめて」
「何がだよ」

熱くなった顔を両手で覆う。本気で言ってると分かるからこそこわい。こわすぎる。
黒尾がコソコソと烏野の二人に話しかけているから、なんとなくの私たちの関係性は伝わったのだろう。特に菅原くんがニヤニヤしているので余計に羞恥心が募った。
チラリと壁にかかった時計を確認すれば、休憩時間も残り少なくなっている。改めて気を取り直して背筋を伸ばした。

「それじゃ澤村くんも菅原くんも、お手数おかけしますがよろしくね」
「うん、本当にありがとう。苗字さん」
「そうそう、苗字さん! 伝えそびれてたけどお昼すんげー美味かった! 夜も楽しみにしてるな!」
「ありがと! 美味しいって言ってもらえるのは何より嬉しいから! みんな午後も頑張ってね」

一斉に満面の笑みが返ってきたところで、背後から潔子ちゃんの声がした。

「名前ちゃん、洗い物終わったよ」
「さすが潔子ちゃん、仕事が早い! ごめん、今戻るね!」

全員に手を振ってから踵を返す。仕事を全部任せきりだったから申し訳なさが強くて、厨房に素早く戻る。一通り見回せば、バッチリと全部のお皿を拭き終えた状態で、台拭きも洗濯物カゴに仕分けてくれているから完璧だった。
感謝の気持ちを込めて手を握ると小さく笑い返してくれる。かわいい。

「明日まで名前ちゃんのご飯が食べられるのは、すごく楽しみ」
「それは良かった。まあ、合宿中はだいたい同じ材料を使いまわしてるんだけどね」
「でも同じメニューは出ないって聞いたよ」
「違う献立を作ってる方が楽しいんだよね。量がとにかく凄いから」

新しいレシピを試すのは楽しいし、単純に自分の作り甲斐で決めることがほとんどだし。参加メンバーの希望を出来る限り叶えるなら正直もっと作りたいくらいだが、栄養バランスを考えながら品数を増やすのはなかなか手間だし。調理の手間を増やすと、私だけじゃなくて他のマネージャーさんたちの負担も増えちゃうし。

「潔子ちゃんたちにも色々手伝ってもらうことになるから、またお夕飯の前後に声かけるね」
「うん、片付けは任せて。名前ちゃんにはレシーブ組の自主練に行かせてあげてって、マネージャーさん全員から言われたし」
「えっ。有難い限りなんだけど、私のこと見透かされてるの恥ずかしすぎるな!?」

確かに毎度のごとく、自主練のサポートと称して見学させてもらおうと画策してはいたけど。今回は夜久と西谷くんが同じ空間で練習している姿を見れるのかと思うと、それだけでとんでもなく幸せすぎたし。

「……前から気になってたんだけど、名前ちゃんって西谷のこと好きなの?」
「え!? いやいやそんな恐れ多い! 私が勝手に一方的に推してるだけだから!」
「だよね。……名前ちゃんには夜久くんがいるもんね」
「ちょっと潔子ちゃん!?」
「ふふ」

ついギョッとして飛び上がってしまう。まさか潔子ちゃんにまで突っ込まれるとは思わなかった。
色々と吹き込んだであろう梟谷グループのマネージャー陣には、後程しっかり言い聞かせておかねば。……いや、この話題に関しては私が負ける予感しかないんだけど。

「もー! 午後も頑張ろうね!」
「うん。ご指導のほどよろしくお願いします、先輩」

悪戯っぽく微笑む顔に私も笑い返す。恥ずかしさが強いだけで、こうやって穏やかな空気でお喋り出来るのは嬉しいんだけども。

賑やかな廊下を二人で進みながら、色とりどりのジャージで彩られた光景を眺める。どの学校もどの選手も全員尊敬しているけど、やっぱり赤色が一番キレイだなとこっそり思った。