日向くんと影山くんを欠く烏野は、連戦連敗の状態だった。
西谷くんや東峰くんといった個の能力が突出した選手がいても、チームとしてのレベルが高い梟谷グループの隙を突くのは難しいのだろう。苦しい横顔が滲む烏野のメンバーだが、全員の瞳が貪欲に煌めいているのが傍目から見ても分かった。

「名前ちゃんが推してるリベロくん、やるねー」
「お、英里ちゃん分かる!?」

音駒と烏野の試合中、スコアをつけながら見守っていたところで背後から話しかけられる。英里ちゃんは艶やかな黒髪の二つ結びを揺らしながら、カラリと爽やかに笑っていた。
見学中の生川は各々の場所に散っているようで、英里ちゃんはドリンクボトルを抱えながらサポートに来てくれたようだった。私の隣で一緒に試合の行方を見守ってくれるらしい。

「うん、相当レベルが高いよね。生川うちのサーブもよく上げてるし」

その時、東峰くんの強烈な一発を夜久がふわりと拾い、次いで山本の力強い一本を西谷くんが軽やかに上げた。二連続でリベロ同士の呼応するようなファインプレーを浴びて、背筋がぞくぞくと熱くなるような感動を覚える。

「やっぱり二人とも超カッコイイ……!」
「確かに今のは凄かったね。というか、名前ちゃんが興奮しすぎて顔赤くなってるし」
「だって、今の一連の流れは国宝に指定されるべきカッコよさだったから」

割と本気で言ったのだが、英里ちゃんは心底おかしそうに笑い声を上げている。かわいい。

「まさか、名前ちゃんが夜久くんレベルで推す選手が現れるとは」
「全員を全力に平等に応援はしてるつもりなんだけど! やっぱりなんか、本能的な感情ってつい表に出ちゃうね……」
「あはは! いーじゃん、推したり贔屓しちゃう選手がいても。私もサーブが強烈な人には注目しがちなとこあるし」
「あ、なら烏野の影山くんも凄かったよ。この後くる予定のセッターさん」
「へー。名前ちゃんが言うなら楽しみだな」

そのまま試合は烏野劣勢のまま続き、音駒が二セット連取で勝利した。英里ちゃんと協力しながら選手たちにドリンクとタオルを配っていくが、皆どことなく物足りなさそうな遊び足りないような顔をしている。

「皆お疲れ! 次は見学だから座りたい人は座って休んでね」
「はあい」

孤爪がいの一番に返事してから、体育館の隅に吸い寄せられていく。そんな背中に「研磨、ちゃんと汗拭けよー」と声をかける主将が、一番不完全燃焼な顔をしていた。

「黒尾さん的には、俺たちのライバルはまだやれる筈だぜ……! って感じ?」
「苗字さん、めっちゃキメ声でアテレコしますねー」
「でも否定はしないんだ」
「……まあな」

汗を拭きながら、その視線はコートの向こう側に鋭く向けられている。澤村くんを中心にフライングをこなす姿を見て、思い描いているのは過去の自分たちか、はたまた未来のライバルたちなのか。

「やっぱり今年は音駒うちのフライングの数も減ってるね。ネタ帳が全部消化できないかも」
「ブホッ!」

黒尾を筆頭に、音駒の皆が吹き出して笑い始めたのでギョッとする。福永だけはキラキラと目を輝かせながら親指を立ててくれていた。私も親指を立て返す。

「皆、めっちゃ笑うじゃん。どうしたの」
「いや……午前中のあれを思い出したわ……」
「午前中やったのって……ポケモンマスターを目指す木兎と、クセのある美容家になっちゃった海だっけ?」

問いかけても、周囲は肩を震わせながら撃沈していて答えてくれる気配が無い。そういえば一年生たちの前では初お披露目だったからか余計にダメージが深そうだ。いつもなら明るく叫び出す灰羽でさえ再起不能の状態だし。
唯一、福永が物凄く真剣な顔でゆっくりと近寄ってくるから、ネタを共に考えた仲間として私も真摯に迎え入れた。

「親和性が高くてぶっ飛んだネタと、摩擦性の高さでシュールな笑いを届けるネタ、交互に織り交ぜて観客のボルテージを高めるとは……さすが苗字先輩……!」
「いやー福永のお陰だよ。お笑いって奥が深いね」

人を楽しませるのって大変だけど達成感が凄いよねーと、ほのぼのと二人で頷きあう。ようやく復活したらしい黒尾が隣で叫び出した。

「フライングやってる時、本気で笑えないの結構しんどいんだからね!?」
「やっぱり? 実際、これ私も皆も楽しいからペナルティになってなくない……? って薄々思ってはいたんだけど」
「苗字さんのネタはこの場の全員が楽しみにしてます……!」
「んー、福永がそう言ってくれるなら続けようかな」
「ぜひ……!」
「はー、……苗字は後輩に甘えよな」

次いで復活したらしい夜久が寄ってくる。我らが守備のエースも笑いには勝てないらしく、息を切らしながら水分補給をしていた。

「後輩めちゃくちゃ可愛いからね。夜久だってそうでしょ」
「……まあ、可愛くねえこともねえけど」
「素直じゃないね?」
「うるせ」

照れ隠しで小突いてきたから、つい笑ってしまう。実際、甘えるのも甘やかすのも不器用なのが夜久だった。そういうところさえ堪らなく愛しくて、だからこそ私の方が甘やかしたくなってしまうのだが。

その時、隣のコートで笛が鳴った。現時点での試合が全部終わったため、すぐに次の試合を始めるべく全員が準備に入る。
午後もそうしてひたすら練習試合をこなし、見学中は夜久と一緒に行動しつつ西谷くんのレシーブに痺れ、私だけが時々セルフペナルティという名の一芸をかましていた。

そして、夕飯の準備のために食堂へ行こうかと考え始めた頃。……いよいよ彼らが梟谷へと降り立った。
体育館の扉が重い音を立てて開き、その場にいた全員の視線が注がれる。日向くんも影山くんも、バレーをやりたくて堪らないと全身で主張するように立っていた。

試合中だった音駒の皆が、嫌そうな顔をしながらもなんだかんだと嬉しそうな空気を滲ませるのが微笑ましい。

私はこの場で唯一ちょうど席を外そうとしていた人間だし、あの二人に対して合同合宿について説明する顔見知りとしては適役かもしれない。烏野さんはペナルティ中で、潔子ちゃんも谷地さんに仕事を教えるのに時間を割きたそうだったし。
隣のコートで予想通りの仕事をしていた潔子ちゃんにジェスチャーで確認すると、力強く頷いてもらった。ビブスを二枚だけ手に取りつつ遠慮なく二人に駆け寄る。

「日向くん、影山くん、いらっしゃい! 長旅お疲れさま!」
「苗字さんだ! シアーッス!!」
「ウッス、お願いします」
「待ちきれないと思うから、端的に説明するよ。着替えてビブスつけたらすぐ試合に入っちゃって。参加校でひたすらぐるぐる終了時間になるまで全力で試合、それをずっと続けていってね」
「おー! わくわくするな!」
「私も二人の試合、楽しみにしてるね」

荷物を置く場所を示しつつビブスを手渡し、扉の脇で着替えるようにと言い添える。それで私の役目は終わりなのだが、どうしても気になることがあったから口を開いた。

「影山くん、一つだけ質問があるんだけどいい?」
「……? はい、いいッスけど」
「今着てる、そのめちゃくちゃイカしてるTシャツなんだけど」

黒地に白文字で「セッター魂」と書かれているデザインを見てから、ずっと気になっていたことがあったのだ。高鳴る心臓を抑えつつ、彼らの時間を無駄には出来ないから躊躇いなく問いかける。

「『リベロ魂』ってデザインもあったりするかな?」
「……たぶん、あったと、思います」
「ほんと!? ならネットで買えるか調べてみようかな。ありがとね!」
「ッス」
「それじゃ二人とも、試合がんばって。私は美味しいご飯作って待ってるね!」

ぶんぶんと御礼の意を込めて手を振ってから、深々とお辞儀をして体育館を出ていこうとする。
邪魔にならないようそっとお暇しようとしたのだが、ちょうどコートの入れ替え中だったこともあり「苗字ー!」「料理番長ー!」「今日の晩飯なにー?」と声が飛んでくるから笑ってしまった。

確かに献立を知ってるとモチベーションも上がるもんな、と考えてからくるりと振り返って、大きく声を張り上げた。

「今日の晩御飯はー!」
「晩御飯はー?」

黒尾や木葉など、ノリと面倒見の良い面々からレスポンスが返ってくる。おー、コーレスをやる側ってこんなに楽しいのかってワクワクしてしまった。

回鍋肉ホイコーロー丼に、なんかめっちゃいい感じにトロットロのチーズかけたやつ! あと中華スープとか色々!」
「苗字って意外とそのへん雑だよね!?」
「でも美味そー! 楽しみー!」
「腕によりをかけるから待っててー! またね!」

わらわらと返ってくる応援の言葉に背を押されつつ、改めて踵を返す。ちょうど日向くんと影山くんと入れ替わる形で出ていくことになったから、なんだか選手交代みたいでちょっと誇らしい。
夕飯の準備が一段落したら、リベロ魂シャツを探さなくては、と一人で決意を固めながらルンルンと歩いていった。