きみも誰かの万華鏡
晩ご飯の時間は明確に決まっていないため、朝や昼よりだいぶ余裕がある。合同練習が終わる時間になってもリノリウムの床を鳴らす足音は疎らだった。
いつもなら孤爪が真っ先に来ることも多いけど、今回は日向くんもいるし捕まっているのかもしれない。そんなことを考えながら食堂の受け渡し口から顔を出せば、眼鏡が似合う烏野の知的な一年生ブロッカーと目が合った。
「月島くん、お疲れさま! 今ご飯出すから待っててね」
「……どうも。ありがとうございます」
準備していたお盆を真っ先に手渡した。チームメイト相手にさえ一線を引いている印象を受けるから、ここで私から強引に話しかけても迷惑だろう。
「……あの、一つ質問してもいいですか」
「うん、どうしたの?」
と思っていたが、相手から喋りかけてくれるならば話は別だ。まだ他に誰か来る気配も無いし、少しくらい手を止めても問題ないだろう。
「苗字さんは、部活をやりながら全国模試も常に一桁な上、作文の才能もあるんですよね」
「……うーん、黒尾が盛った話をしたかもしれないけど。全国模試の話と、作文で賞を取ったのは事実かな」
私の名前を覚えていてくれた感動と、黒尾が元になったであろう噂の内容に対する羞恥心で、ついソワソワする。月島くんは利益や意味の無い質問はしないだろうから、返答にもそれなりの質を求められそうだし。
「限られた時間で成果を出すために工夫してることって、何かありますか」
「工夫かー。そうだな……」
バレーのことなら尋ねるべき先達は他にいるし、私相手の質問という前提を考えれば、単純に勉強の話に絞って答えるべきなのだろう。
「月島くんはもう分かってるかもしれないけど、シンプルに勉強の質を高めること、は意識してるかな」
「質、ですか」
「うん。勉強時間が限られてることを逆手に取って、自分に制限をかけるの。例えば、今日は一時間しか勉強しちゃいけないってルールを作ったら、何も考えずにダラダラやるより密度の高い復習が出来るし。今の自分に何が必要か取捨選択も出来るから」
「成程。質を高めるには、有限の時間をメリットだと捉えれば良いってことですか」
「そうそう、単純だけど結構効果あるよ。好きとか楽しいって気持ちだけで何でも努力できる訳じゃないからね。私の場合そのあたりの才能が無いから、制約をかけないと結果を出せないんだ」
「……正直、意外です」
「え、そう?」
先程よりほんの僅かだけ、表情や空気が柔らかくなったような気がする。クールで人を寄せ付けないオーラは変わらないし、もしかしたら単なる願望かもしれないけど。
「てっきり、勉強も料理も好きすぎて努力するのが楽しいって思うタイプなのかと」
「いやいや! そうなれたら理想なんだろうけど、どうにも出来ないことってあるし。私の場合は部員のために成果を出したいっていう不純な動機が大前提にあるから、そこまで時間もかけたくなくて」
何かを好きになるという気持ちを思い出したのも、再び知ったのも、高校に入学してからだった。自分語りは最低限にしなければと気を引き締めながら、こちらをジッと観察するような瞳としっかり目を合わせる。
「月島くんって、最小の努力で最大の結果を出したいタイプかなと思うんだけど」
「まあ、そうですね」
「うん。ならガムシャラな感情論よりは、自分の感情も自分でコントロールできるだけの理論的なシステム作りが合ってるんじゃないかな」
「……参考になりました。ありがとうございます」
「うん、お役に立ったなら良かった。ご飯は好きなだけゆっくり食べてね」
ペコリと一礼した後、月島くんは食堂の奥に向かっていく。入れ替わるようにして入ってきた森然の選手たちを全力で労りながら、真子ちゃんと共に配膳を始めた。
その後もはしゃぐ冴子さんに飲み会の詳細についてお話ししたり、音駒の中でも一足早くやってきた手白とお喋りしたり、他校の皆と雑談したりと楽しい時間を過ごしていく。
途中月島くんが気になって、仕事が一段落したタイミングでちらりと見遣る。ゆっくりと咀嚼しながら黙々と食べる他校の後輩が、何を考えているのか私には分からないけど。手のかかる後輩ほど可愛いものだよなって、孤爪や灰羽を思い出しながら笑う。
「名前ちゃん! 交代しよー!」
「あ。雪絵ちゃん、ありがと!」
厨房に入ってきた雪絵ちゃんが、握りこぶしを作りながら近寄ってくる。
「洗濯も片付けも全員で分担したから、名前ちゃんは旦那さんのとこ行っといで!」
「……もう。あんまり揶揄わないでね!?」
「えー? 別にからかってるだけじゃないんだよ?」
だけじゃないだけで、揶揄ってはいるんだ。そう思いつつも、いつもより少し真剣な顔をした雪絵ちゃんに向き直る。
「栄養士を目指してる立場だからこそ、私は名前ちゃんがどれだけ努力してるか知ってるもん。だから、その頑張りが少しでも報われてほしいし、友達として幸せになってほしいの!」
「……私が頑張る動機は不純だし、雪絵ちゃんみたいに好きっていう気持ちが原動力じゃないんだけどね?」
「だから凄いんだよー! 私は誰かのためにやるなんて無理だし、自分のためにしか頑張れないもん。名前ちゃんの作るご飯、心も身体もぽかぽかして幸せになれるし!」
「ふふ、……そのあたりはお互い様だね。自分のために頑張れる雪絵ちゃん、とっても素敵だと思う」
「へへ、ありがと! 結婚式には呼んでね。あ、二人が揃っていればそこは常に式場みたいなものか」
「……、ちょっと何を言ってるかよく分からないんだけどね?」
「ともかくいってらっしゃい!」
背中を優しく押されて、私は自主練が続いているであろう体育館へと足を向ける。
廊下にて、ご飯を食べに向かう選手たちとすれ違う度にワクワクした。お腹が空いてる人が「これからご飯だ!」って楽しみにする顔を見るのが、私は好きだったから。
それぞれの学校のメンバーがまばらに歩いていたけど、やはり主将や同級生たちの姿は見えない。
途中、よろよろと進む孤爪と、それを支えるように横を歩く福永を見かけたから手を振った。二人とも小さく振り返してくれたので可愛くて癒される。やはりうちの後輩はとびきり愛らしい。
続いてすれ違った後輩たちに労りの声をかけつつ、差し入れとして持っていたパワーバーを一本ずつあげた。無意識なのかもしれないが、物欲しそうな目で見られたら甘やかしたくなるのがマネージャーという生き物なのである。
「みんな、お疲れさまー! 差し入れのパワーバーを持ってきました!」
体育館の扉を開けながら声を上げれば、「アザーッス!」と大声で返事が返ってくる。いつ浴びても気持ちいい声だなと笑いつつ、各校のリベロや我らが音駒、一列に並ぶ生川のみんなを見回した。自主練はいくつかに分かれている筈だが、どうやら此処はレシーブ練とサーブ練をやっているらしい。
黒尾や木兎の姿が見えないため、スパイクとブロック練習組はまた別の体育館でやっているのだろう。一通り周囲を見渡して状況を把握していたところで、真っ先に近寄ってくれた夜久とバッチリ目が合った。
「苗字、一つもらうな」
「どうぞー」
「サンキュ」
言葉通り一番上のバーを一つ取ってから、サッと横に避けてもぐもぐと食べ始めた。夜久は贔屓目を抜きにしても愛嬌のある顔立ちだけど、それでいてしっかりと身体を鍛えているから可愛さとカッコよさがどちらも際立っているんだよなと毎度感動する。
「苗字さん、俺も貰っていいですか!」
「西谷くん……! どうぞ!」
次にニコニコと駆け寄ってくれたのは、つい先ほど砕けた口調で話すことをお許し頂いた烏野のリベロだった。
夜久のお陰でバレーの面白さを知り、夜久のプレーを通じてリベロの魅力を知った身だからこそ、夜久と似て非なる眩しさを初めて強く感じた西谷くんに惹かれてしまうんだろうと、頭では冷静に理解していた。けど、夜久以外でこんなにもファンとして応援したくなる選手に出会えるとは思わず───音駒の皆は特別枠なので除外する───困惑と感動で慌てふためくことしか出来ない。
西谷くんもまた素早くやって来ては夜久の隣で食べ始めた姿を見て、あまりの尊さに胸が疼く。手元のカメラで二人並んだ写真を撮って良いか尋ねたら物凄く笑われた。一生の宝物にしよう。
「苗字さんって時々不思議ッスね!」
「そこが可愛いだろ。すげえ真面目で努力家なのに、人を楽しませるために突拍子も無いことしたり。感情表現がビックリするほど素直で無邪気で目が離せなくて。ずっと一緒にいたくなるんだよな」
あまりにも嬉しそうに楽しそうに幸せそうに笑う顔を見て、私は空いた手で顔を覆った。
「……夜久、恥ずかしくて燃えそうだから加減して」
「何をだよ」
「夜久の兄貴と呼ばせてください!」
「いや西谷くんもどうした」
そんなこんなでじゃれ合うように会話をしつつ、一通り差し入れを配っていく。先ほどの言葉を反芻しては一人で悶え転がっていた私を見かねたのか、海が声をかけてくれた。さすがは視野が広くて優しい我がチームの清涼剤。
「苗字、がんばれ」
「ありがとう、海……。がんばる……」
「でも実際、いつまで経っても初々しくて素直な苗字は可愛いよな」
「待って海さん追い打ちをかけないで!?」
「ごめんごめん。二人を見てたらつい、思ったことは素直に言いたくなって」
まさかの伏兵に肩を飛び上がらせたところで、再びレシーブ練習に戻ろうとする夜久に声をかけられる。
「苗字、球出しやってくか?」
「やりたい! ただ、これから差し入れを配りに他の場所も回る予定なんだけど、戻ってからでもいい?」
「おー、まだ続けるつもりだからいつでも大歓迎」
「絶対だからね!」
「別に逃げねえから。西谷くんと一緒に待ってるわ」
国宝級の男前リベロふたりから手を振られ、感動のあまり溶けてしまうかと思った。しかし私にはまだ球出しをするという使命があるため気を引き締めて、その場にいた全員に向けて挨拶をしてから駆け出した。
「夜久、俺を牽制するなんて珍しいな?」
「……苗字、一緒に子育てするなら俺より海がいいみてえだし?」
「あれは、別に俺たちを比べた発言じゃないと思うけどな。強いて言うならって感じだったろ」
「だとしても、西谷くんの前では初めて見るすげえかわいい顔ばっかするし」
「安心してください! 夜久兄貴と話してる時の苗字さんが一番輝いてますよ!」
「……だから兄貴はやめろって」
「俺も西谷くんの意見に賛成かな。自分のことは意外と自分じゃ気付かないものだからね。自信もって」
「……悪ぃ、俺らしくなかったわ。二人ともありがとな。さて練習すっかー」
そんな会話が密やかに交わされていたことを知るのは、今よりずっと先の未来の話だった。
いつもなら孤爪が真っ先に来ることも多いけど、今回は日向くんもいるし捕まっているのかもしれない。そんなことを考えながら食堂の受け渡し口から顔を出せば、眼鏡が似合う烏野の知的な一年生ブロッカーと目が合った。
「月島くん、お疲れさま! 今ご飯出すから待っててね」
「……どうも。ありがとうございます」
準備していたお盆を真っ先に手渡した。チームメイト相手にさえ一線を引いている印象を受けるから、ここで私から強引に話しかけても迷惑だろう。
「……あの、一つ質問してもいいですか」
「うん、どうしたの?」
と思っていたが、相手から喋りかけてくれるならば話は別だ。まだ他に誰か来る気配も無いし、少しくらい手を止めても問題ないだろう。
「苗字さんは、部活をやりながら全国模試も常に一桁な上、作文の才能もあるんですよね」
「……うーん、黒尾が盛った話をしたかもしれないけど。全国模試の話と、作文で賞を取ったのは事実かな」
私の名前を覚えていてくれた感動と、黒尾が元になったであろう噂の内容に対する羞恥心で、ついソワソワする。月島くんは利益や意味の無い質問はしないだろうから、返答にもそれなりの質を求められそうだし。
「限られた時間で成果を出すために工夫してることって、何かありますか」
「工夫かー。そうだな……」
バレーのことなら尋ねるべき先達は他にいるし、私相手の質問という前提を考えれば、単純に勉強の話に絞って答えるべきなのだろう。
「月島くんはもう分かってるかもしれないけど、シンプルに勉強の質を高めること、は意識してるかな」
「質、ですか」
「うん。勉強時間が限られてることを逆手に取って、自分に制限をかけるの。例えば、今日は一時間しか勉強しちゃいけないってルールを作ったら、何も考えずにダラダラやるより密度の高い復習が出来るし。今の自分に何が必要か取捨選択も出来るから」
「成程。質を高めるには、有限の時間をメリットだと捉えれば良いってことですか」
「そうそう、単純だけど結構効果あるよ。好きとか楽しいって気持ちだけで何でも努力できる訳じゃないからね。私の場合そのあたりの才能が無いから、制約をかけないと結果を出せないんだ」
「……正直、意外です」
「え、そう?」
先程よりほんの僅かだけ、表情や空気が柔らかくなったような気がする。クールで人を寄せ付けないオーラは変わらないし、もしかしたら単なる願望かもしれないけど。
「てっきり、勉強も料理も好きすぎて努力するのが楽しいって思うタイプなのかと」
「いやいや! そうなれたら理想なんだろうけど、どうにも出来ないことってあるし。私の場合は部員のために成果を出したいっていう不純な動機が大前提にあるから、そこまで時間もかけたくなくて」
何かを好きになるという気持ちを思い出したのも、再び知ったのも、高校に入学してからだった。自分語りは最低限にしなければと気を引き締めながら、こちらをジッと観察するような瞳としっかり目を合わせる。
「月島くんって、最小の努力で最大の結果を出したいタイプかなと思うんだけど」
「まあ、そうですね」
「うん。ならガムシャラな感情論よりは、自分の感情も自分でコントロールできるだけの理論的なシステム作りが合ってるんじゃないかな」
「……参考になりました。ありがとうございます」
「うん、お役に立ったなら良かった。ご飯は好きなだけゆっくり食べてね」
ペコリと一礼した後、月島くんは食堂の奥に向かっていく。入れ替わるようにして入ってきた森然の選手たちを全力で労りながら、真子ちゃんと共に配膳を始めた。
その後もはしゃぐ冴子さんに飲み会の詳細についてお話ししたり、音駒の中でも一足早くやってきた手白とお喋りしたり、他校の皆と雑談したりと楽しい時間を過ごしていく。
途中月島くんが気になって、仕事が一段落したタイミングでちらりと見遣る。ゆっくりと咀嚼しながら黙々と食べる他校の後輩が、何を考えているのか私には分からないけど。手のかかる後輩ほど可愛いものだよなって、孤爪や灰羽を思い出しながら笑う。
「名前ちゃん! 交代しよー!」
「あ。雪絵ちゃん、ありがと!」
厨房に入ってきた雪絵ちゃんが、握りこぶしを作りながら近寄ってくる。
「洗濯も片付けも全員で分担したから、名前ちゃんは旦那さんのとこ行っといで!」
「……もう。あんまり揶揄わないでね!?」
「えー? 別にからかってるだけじゃないんだよ?」
だけじゃないだけで、揶揄ってはいるんだ。そう思いつつも、いつもより少し真剣な顔をした雪絵ちゃんに向き直る。
「栄養士を目指してる立場だからこそ、私は名前ちゃんがどれだけ努力してるか知ってるもん。だから、その頑張りが少しでも報われてほしいし、友達として幸せになってほしいの!」
「……私が頑張る動機は不純だし、雪絵ちゃんみたいに好きっていう気持ちが原動力じゃないんだけどね?」
「だから凄いんだよー! 私は誰かのためにやるなんて無理だし、自分のためにしか頑張れないもん。名前ちゃんの作るご飯、心も身体もぽかぽかして幸せになれるし!」
「ふふ、……そのあたりはお互い様だね。自分のために頑張れる雪絵ちゃん、とっても素敵だと思う」
「へへ、ありがと! 結婚式には呼んでね。あ、二人が揃っていればそこは常に式場みたいなものか」
「……、ちょっと何を言ってるかよく分からないんだけどね?」
「ともかくいってらっしゃい!」
背中を優しく押されて、私は自主練が続いているであろう体育館へと足を向ける。
廊下にて、ご飯を食べに向かう選手たちとすれ違う度にワクワクした。お腹が空いてる人が「これからご飯だ!」って楽しみにする顔を見るのが、私は好きだったから。
それぞれの学校のメンバーがまばらに歩いていたけど、やはり主将や同級生たちの姿は見えない。
途中、よろよろと進む孤爪と、それを支えるように横を歩く福永を見かけたから手を振った。二人とも小さく振り返してくれたので可愛くて癒される。やはりうちの後輩はとびきり愛らしい。
続いてすれ違った後輩たちに労りの声をかけつつ、差し入れとして持っていたパワーバーを一本ずつあげた。無意識なのかもしれないが、物欲しそうな目で見られたら甘やかしたくなるのがマネージャーという生き物なのである。
「みんな、お疲れさまー! 差し入れのパワーバーを持ってきました!」
体育館の扉を開けながら声を上げれば、「アザーッス!」と大声で返事が返ってくる。いつ浴びても気持ちいい声だなと笑いつつ、各校のリベロや我らが音駒、一列に並ぶ生川のみんなを見回した。自主練はいくつかに分かれている筈だが、どうやら此処はレシーブ練とサーブ練をやっているらしい。
黒尾や木兎の姿が見えないため、スパイクとブロック練習組はまた別の体育館でやっているのだろう。一通り周囲を見渡して状況を把握していたところで、真っ先に近寄ってくれた夜久とバッチリ目が合った。
「苗字、一つもらうな」
「どうぞー」
「サンキュ」
言葉通り一番上のバーを一つ取ってから、サッと横に避けてもぐもぐと食べ始めた。夜久は贔屓目を抜きにしても愛嬌のある顔立ちだけど、それでいてしっかりと身体を鍛えているから可愛さとカッコよさがどちらも際立っているんだよなと毎度感動する。
「苗字さん、俺も貰っていいですか!」
「西谷くん……! どうぞ!」
次にニコニコと駆け寄ってくれたのは、つい先ほど砕けた口調で話すことをお許し頂いた烏野のリベロだった。
夜久のお陰でバレーの面白さを知り、夜久のプレーを通じてリベロの魅力を知った身だからこそ、夜久と似て非なる眩しさを初めて強く感じた西谷くんに惹かれてしまうんだろうと、頭では冷静に理解していた。けど、夜久以外でこんなにもファンとして応援したくなる選手に出会えるとは思わず───音駒の皆は特別枠なので除外する───困惑と感動で慌てふためくことしか出来ない。
西谷くんもまた素早くやって来ては夜久の隣で食べ始めた姿を見て、あまりの尊さに胸が疼く。手元のカメラで二人並んだ写真を撮って良いか尋ねたら物凄く笑われた。一生の宝物にしよう。
「苗字さんって時々不思議ッスね!」
「そこが可愛いだろ。すげえ真面目で努力家なのに、人を楽しませるために突拍子も無いことしたり。感情表現がビックリするほど素直で無邪気で目が離せなくて。ずっと一緒にいたくなるんだよな」
あまりにも嬉しそうに楽しそうに幸せそうに笑う顔を見て、私は空いた手で顔を覆った。
「……夜久、恥ずかしくて燃えそうだから加減して」
「何をだよ」
「夜久の兄貴と呼ばせてください!」
「いや西谷くんもどうした」
そんなこんなでじゃれ合うように会話をしつつ、一通り差し入れを配っていく。先ほどの言葉を反芻しては一人で悶え転がっていた私を見かねたのか、海が声をかけてくれた。さすがは視野が広くて優しい我がチームの清涼剤。
「苗字、がんばれ」
「ありがとう、海……。がんばる……」
「でも実際、いつまで経っても初々しくて素直な苗字は可愛いよな」
「待って海さん追い打ちをかけないで!?」
「ごめんごめん。二人を見てたらつい、思ったことは素直に言いたくなって」
まさかの伏兵に肩を飛び上がらせたところで、再びレシーブ練習に戻ろうとする夜久に声をかけられる。
「苗字、球出しやってくか?」
「やりたい! ただ、これから差し入れを配りに他の場所も回る予定なんだけど、戻ってからでもいい?」
「おー、まだ続けるつもりだからいつでも大歓迎」
「絶対だからね!」
「別に逃げねえから。西谷くんと一緒に待ってるわ」
国宝級の男前リベロふたりから手を振られ、感動のあまり溶けてしまうかと思った。しかし私にはまだ球出しをするという使命があるため気を引き締めて、その場にいた全員に向けて挨拶をしてから駆け出した。
「夜久、俺を牽制するなんて珍しいな?」
「……苗字、一緒に子育てするなら俺より海がいいみてえだし?」
「あれは、別に俺たちを比べた発言じゃないと思うけどな。強いて言うならって感じだったろ」
「だとしても、西谷くんの前では初めて見るすげえかわいい顔ばっかするし」
「安心してください! 夜久兄貴と話してる時の苗字さんが一番輝いてますよ!」
「……だから兄貴はやめろって」
「俺も西谷くんの意見に賛成かな。自分のことは意外と自分じゃ気付かないものだからね。自信もって」
「……悪ぃ、俺らしくなかったわ。二人ともありがとな。さて練習すっかー」
そんな会話が密やかに交わされていたことを知るのは、今よりずっと先の未来の話だった。