寝る前に音駒の皆に会いたくなったから、夜久に頼んで選手の宿泊部屋に顔を出した。
部員たちはそれぞれリラックスしたように布団の上に座っている。何となく学年ごとに輪を作っているようだったが、孤爪だけは隅っこでゲームをしていた。相変わらずマイペースでよろしい。

「皆、おつかれー!」
「あ、苗字さん! 俺たちの運命的な出会いって覚えてますか!?」
「リエーフ! 挨拶されたんならちゃんと返せ!」
「ギャッ! す、すみません夜久さん! 苗字さんもお疲れ様です!」

返事をする前に夜久の華麗な足技が繰り出され、灰羽が這いつくばったまま私を見上げていた。一瞬の出来事に目を白黒させつつ、しゃがみ込んで綺麗なグリーンの瞳と目を合わせる。

「出会いって、図書室でのやつ?」
「そうです! 同じ本を取ろうとして、偶然手と手が触れ合って……」
「そう言われると、少女漫画みたいな展開だったねー。それがどうかしたの?」

確か、図書委員会の仕事中のことだったと記憶しているけど。しかもその本は、海と出会うキッカケにもなったものだったからよく覚えている。
首を傾げれば、耳に馴染んだ主将ともだちの声が届いた。

「そういやリエーフって、最初っからエースになるって拘ってたよなーと思ってさ。その理由を改めて聞いてたワケ」

黒尾が愉快そうに笑っている。隣で海がにこやかに頷いた。

「そうしたら、苗字の名前が出てきたんだ。詳しく話を聞こうとしたら、ちょうど本人が登場したって感じ」
「成程ねー。確かに私たち、初対面にしては色々お喋りしたよね?」
「はい! あの時の会話がキッカケで俺、部活の見学は最初にバレー部行こうって思ったんで!」
「え。そうなんだ」

キラキラと目を輝かせる灰羽にきょとんとしていると、横から夜久に肩を指でつつかれる。布団をぽんぽんと手のひらで叩いているから、自分の隣に座れってことだろう。遠慮なく甘えさせてもらった。改めて灰羽と目を合わせる。

「私、うちのバレー部は世界一カッコイイよーくらいしか言った覚えがないんだけど」
「そうだったんですけど! それだけじゃなくて!」
「うん」
「苗字さん、超カッコよくて綺麗だったんですよ!」
「……え、うん。ありがと」

目の前で力強く力説された言葉に、ナチュラルに照れた。
灰羽はすごく綺麗な顔立ちをしているし、あの時期は可愛らしいマネージャーさんに勧誘される姿を何回か見かけていたし、私から直接的に強く勧誘をした訳じゃなかったし。真っ先に体育館に飛び込んできてくれた姿を見て、正直意外だったけど嬉しくもあったから。

「やっくん顔こわいよー」
「うっせえ元々だわ」
「夜久さん! 俺はそういうのじゃないんで!」
「……俺に遠慮してんならキレるぞ」
「もうキレてるじゃないっすか!」

皆が楽しそうで何よりだった。灰羽は調子にムラがあるし、レシーブはとてもじゃないけど及第点に至ってないのはマネージャーといえど分かるけど、それ以上にチームの流れを変えるだけのオーラとセンスがある。
それは雑談をしている中でも感じるし、ハーフという境遇だけでも苦労してきただろうに、いつだって心根の真っ直ぐさと明るさが眩しかった。

「そもそも私、そこまで褒めてもらえるようなこと言ったっけ?」
「はい、そりゃもう! まず俺が『バレーってどんなスポーツなんですか?』って聞いたら、『世界一カッコいい男の子たちが真剣に頑張ってるスポーツだよ』って返ってきてー」

るんるんしながら喋る灰羽は可愛いが、自分が紡いだ言葉を改めて突き付けられるのは結構恥ずかしい。成り行きを見守っていた海は、ちょっぴり驚いたように口を開く。

「初対面の後輩に対しても通常運転な苗字、すごいな」
「海から冷静にコメントされるとますます恥ずかしいんだけど!? たぶん初心者の子相手に、堅苦しいルール説明から入るのはなんとなく違うかなって考えたんだと……思う……」

記憶を掘り起こしながら自分の考えを言語化すれば、海は「苗字らしいね」と優しく笑う。

「そんでそんでー、『俺でもエースになれますか!?』って聞いたら、『うちの部員は全員がエースだよ。バレー部に来たら、エースになれるかどうかじゃなくて、どんなエースになりたいか考えてほしいかな』って答えてもらって、俺もう痺れちゃって」
「あー、そりゃ痺れるわ」
「黒尾さん分かります!? 他の部活の勧誘で同じことを聞いても『なれるなれるー』って軽い感じだったんすけど、苗字さんは俺の質問を真剣に受け止めて、すんげー綺麗な笑顔で喋ってくれて! 俺この先輩に応援されてー! と思って!」

黒尾が割と真剣に同意して頷いていて、さらに盛り上がり始めている。いつもなら可愛いなと微笑ましく思うところだが、話題の中心が過去の自分とあって心情的にはかなりむず痒い。右隣から夜久がぽんぽんと背中を優しく叩いてくれることが救いだった。

「あとあとー、『何で俺に声かけてくれたんですか!?』ってめっちゃ聞いたら、『悩んでいそうな後輩の助けになるのが、先輩の役目だと思うから』って言ってくれて、もう……超カッケーと思って!」
「あー、それはカッコイイわ」
「夜久までそっちいくの!?」
「仕方ねえだろ、事実だし」

いつも通りの男前な顔で断言されて顔が熱い。マネージャー部屋でもそうだけど、なんだか今日の私はフルボッコにされまくっている気がする。顔を覆って項垂れていれば、今度は左隣から海が優しく肩を叩いてくれた。

「他の部活だと、同じこと聞いても『背が高いからー』とか『カッコイイ助っ人外国人っぽいからー』とか返ってきたんですけど、苗字さんは俺の見た目を一切理由にしなかったんですよね。初対面だとそういうことばっか言われてきたんで、それもまたスゲー超カッコよくて!」
「それは……顔とか身長とか体型とか、遺伝や骨格の問題で自力じゃどうにも出来ないことに言及するのって、プライベートな話題だし失礼だなって個人的に思ってるからね。誰かに直接言うことは避けたくて」

正面切って言えば、灰羽の瞳はますますキラキラと輝いていく。面映ゆくてつい首を傾けていたところで、そういえば私のこの考え方にもルーツがあったなと思い至った。

「そうそう。灰羽は褒めてくれるけど、私のこういう考え方ってロシア出身のエッセイストさんの本を読んで培った部分も大きいから、そういう意味ではご縁があるかも」
「え、マジですか!? やっぱりあの日の苗字さんと俺の出会いって運命!?」
「リエーフ調子に乗んな」
「だから夜久さん、俺はそういうんじゃなくってですねー。純粋に後輩として慕ってるってやつでー」

わちゃわちゃと楽しそうに喋る部員たちを眺めながら、いつも通り心から笑う。

「私は、バレー部の皆との出会いは全部運命だと思ってるけどね」

その場にいる全員がきょとんとした顔をする。こちらの輪に加わっていなかった後輩たちも───孤爪も含めて───同様だったから、可愛くて更に笑ってしまった。

「出たわー。天然タラシの苗字さん」
「黒尾さん、人聞きの悪いこと言わないでくれます?」
「苗字、俺たち以外の前で言ったら勘違いされるから気を付けてね」
「うっ、海のガチトーンだ……。気を付けます……」
「とはいえ今後も言っちゃうのが苗字なんだよなー。そこが可愛いけど」
「夜久さん私が悪かったので勘弁してください!」

耐えかねて叫べば、部屋中が温かな笑い声で満ちていく。私もつられて笑ってひとしきり満足したところで、そろそろ寂しいけど帰らなきゃいけない時間だなと思い至った。

「苗字、帰るか?」
「……うん、かえる」
「めっちゃ嫌そうな顔するじゃねえか」
「なんか合宿の時って、皆と分かれるのやけに寂しくなるからさー」

情けないと思いつつ言えば、同級生から一斉に頭や肩や背中をわしゃわしゃと撫でられる。めちゃくちゃ甘やかされていて申し訳ないけど、お陰で心臓がポカポカした。

「ごめん、皆ありがと! ちゃんと帰る!」
「うんうん、そうしなさい。お父さんもここで応援してるから」

黒尾が腕を組みながら頷く。今日は特に一緒にお皿洗いしながら色々お喋りしたし、素直に心配の気持ちが伝わってきた。お互い目線を合わせて、何となく相手の言いたいことを汲み取る。
いつもよりどことなくしっとりした空気が流れ、身内に優しく心配されたようなくすぐったさを覚えた。夜久の時とは別の意味でちょっぴり照れる。

「おめーは父親面すんじゃねえよ」
「はー? 俺は苗字公認のパパですぅ! やっくんもいずれは俺を乗り越えんだから覚悟しなさいよ」

公認のパパか。いや確かに最近はよくお父さんって呼んでるし、実際そう思ってはいるけども。

「黒尾、その言い方は誤解を生むからやめてくれない? 事実だけど」
「は!? 事実って何だよ!?」
「事実は事実ですけどォ!?」

あ、やばい。火に油を注いだかも。言い争いを始めた二人を見て、あちゃーと肩をすくめる。

「さすがに時間もヤバくなってきたから、俺たち三人で苗字を送っていこうか」

海の鶴の一声で、また四人でぞろぞろと帰ることが決まった。そういえば宮城遠征の時もこんな感じだったなと笑う。

「苗字さん!」
「ん? どしたの、灰羽」

部屋を出る直前に、緑の瞳をキラキラと煌めかせた後輩が近寄ってきた。

「明日もよろしくお願いします! 俺、頑張るんで!」
「うん。いつも応援してるよ、がんばれ」
「ヨッシャー! おやすみなさい!」
「おやすみー」

山本や福永もソワソワしていたけど、さすがにキリがなくなってしまうからと、海によって強制退出させられてしまった。扉が閉まるまで全力で手は振っていたから、私の気持ちが伝わっていたら良いな。

「やっぱ苗字パイセンの人望、半端ねーなー」
「黒尾は愛し方が結構ひねくれてるから、受け取る側も素直になりづらい傾向があるもんね。そこが可愛いとこだけど」
「……ホントそういうとこねー」
「一丁前にデレデレすんな」
「別にそこまでしてねーし!?」
「はいはい、さっさと行くよー」

ワイワイと歩きながら、私は今日もまた、皆と最後までおやすみと言い合える幸せを改めて噛み締めていった。