こだまするハノン
音駒高校の文化祭は、毎年かなりの盛り上がりを見せていた。
地元の商店街と協力した模擬店がズラッと並ぶのは勿論のこと、景品が用意された校内スタンプラリーの参加率も高ければ、校内関係者だけが参加する前夜祭と後夜祭を名物として楽しみにしている生徒も多い。
文化部やダンス部の発表が中心の前夜祭を皮切りに、二日間の本番中に行われるステージでは人気投票を実施し、特に票が集まったグループが後夜祭にて再度パフォーマンスを行う、というのも通例だった。
私が詩結に誘われたのは、文化祭本番に行われる音楽ステージだ。音楽系の部活に所属していなくとも一人から参加申込が可能な自由さが売りであり、受賞者は後夜祭で公開告白をするなんて年もあるくらいだった。
文化祭の各種イベントは、実行委員会が生徒目線で楽しいと思う企画を実施するからこそ、高校生らしいノリで騒ぐものばかりな訳だけど。私がそういう空気感が苦手だということを知っている夜久は、毎年自然と一緒にいてくれた。
開会式と閉会式以外は基本的に自由参加なので、空き時間は二人で校内をぶらついたり、毎年来てくれる梟谷の面々と絡んだり、シフトが終われば学校を出て夜久のお宅にお邪魔したりしていた。お陰で夜久のご両親や弟さんたちと顔見知りになれたのだが、この事実を周りに話すと凄い顔をされるのもお決まりだった。
確かに、マネージャーの範疇を超えた厚かましい振る舞いに思われても仕方ないのだが、実際自分の家にはあまり帰りたくないから、とお言葉に甘えさせてもらっている。
そのため基本的に私たちは、クラスでの出し物に注力すれば良い。部活単位でも出店することは可能だが、正直に言ってしまうと男子バレー部は、そんな時間があるなら練習したいよねというのが総意だったから。
文化祭期間中は体育館を使えないため、一年生の頃なんて、同級生四人で地区センターまで自主練をしに行ったことさえある。あの頃は先輩方の緩い空気が部全体に漂っていた上、実績もまともに出せていなかったから焦っていた部分も大きいのだろう。
黒尾が新主将としてチームを引き継いでからは精神的な余裕も生まれて、皆が年相応にイベントを楽しむことも出来るようになっていったけど。あの頃は真面目だったよな、なんて会話する三人を見て、今も凄く真面目だぞ、と心の中で言葉をかけたこともある。
「それではこれより、本年度の文化祭における三年生のテーマを決めるべく、学年集会を開催します!」
体育館の壇上で、青い瞳を燃えるように煌めかせる詩結は、他ならぬ文化祭実行委員会───通称文実───の委員長だ。一年生の頃から精力的に活動してきた彼女は、持ち前の人懐っこさと行動力から周りにとても慕われている。
友人としては誇らしいが、先日「名前と一緒に回る時間が全然無さそうなの……」と物凄く悲痛な顔で言ってきた時には頭を撫でておいた。あの子とはクラスは違えど休日はほぼ一緒に過ごしているから、そんなに悲しまなくとも良いのに、と笑ったのも記憶に新しい。
そんな詩結の手際は見事で、テーマと出し物に関するアンケートは事前にバッチリと各クラスで集計されていた。匿名制だったためこちらとしても忌憚のない意見を書けたし、文実メンバーが全員分の提出を着実に確認する様子も見ていたし。一週間前には確実に集まっていたと思う。
そうしてスムーズな結果発表から始まっていく様を、自分のクラスの列で体育座りをしながら見上げる。特に並び順は決まっていなかったため、夜久と黒尾に挟まれる形で後方に座っていた。なにせうちの主将は背が高いから、こういう時は示し合わせたように最後方に行くのが常なのである。
音駒では、かつてキャンプファイヤーもしていたくらい文化祭の歴史が長く規模も大きいので、伝統的に各学年ごとの出し物の種類が何となく決まっていた。一年生は模擬店、二年生は演劇やモザイクアートなどの展示、三年生はお化け屋敷や迷路などのアトラクションといった具合だ。
毎年の傾向から外れた意見は無かったようで、今年のスローガンは紆余曲折を経て「テンアゲ♡きゃわたん☆ワイルド遊園地〜てへぺろの巻〜」に決まった。毎度のことながら最近の流行語を詰め込みすぎてシュールさが限界突破していたが、これを真面目に読み上げる詩結が可愛かったので癒される。
夜久は後ろからも分かるくらい凄い顔してたけど、まあ予想通りだし。黒尾は背後でブヒャヒャと笑っていたけど、これもまたいつものことだし。
次いで出し物を決定するターンに入り、得票数の多かった案が順々に発表される。コーヒーカップ、ジェットコースター、お化け屋敷、ミュージカル風パレード、迷路、縁日。王道ながら、遊園地というテーマの一貫性を感じられるものばかりだった。
普通ならば材料や予算の観点で難しい出し物も、音駒は地元の商店街やOBOGとの太い繋がりがあるから困ることはない。一年生の時に模擬店を経験しておくシステムなのは、上級生になった時に地元との連携をスムーズに進められるから、といった理由もあるのだろう。
「異論や質問等がなければ、これから各クラスに割り当てていこうと思いますが、いかがですか?」
順当かつ現実的だと思ったしどれも楽しそうだが、若干の懸念点はある。
ぐるっと詩結が大きく辺りを見回したので、機を逃さぬよう手を真っ直ぐ挙げた。すると遠くからでも分かるくらい、青くて丸い瞳がキラッと光る。
「はい! 五組の頭脳明晰で敏腕な男子バレー部マネージャー、苗字名前さん!」
「いや肩書きが恥ずかしいし長すぎでしょ!? じゃなくて、二点だけ質問しても良いですか?」
ちらほらと笑い声が上がる中、同級生や先生方の視線が一斉に集中するのが分かった。前後から注がれる温かな視線が何よりの救いである。
今回は友達としてではなく、委員長に対して平生徒が問いかける形のため、敬語はきちんと使用するよう心掛けた。
「どうぞ!」
「ではお言葉に甘えて、一点目から。コーヒーカップはジェットコースターと違って、手動で動かすかと思うんですが。男子か女子か、もしくは運動部か否か等の理由で、アトラクションを動かすメンバーと裏方組に偏りが出ないか、何か策は考えていらっしゃいますか?」
事前アンケートに答える際、アトラクション系の出し物のやり方は一通り調べていた。当然詩結ならばそのあたりも想定しているだろうが、念のため疑問点は全て潰しておくべきだろう。
「その懸念はもっともですね。勿論偏りが出ないよう配慮するつもりですし、誰がどのポジションを担当しても回せるように、シフトと休憩時間はしっかりと文実メンバーを中心に練る予定です。その上で、皆さんの希望に応えることが第一だと考えていますので、結果的に偏りが出てしまう可能性はあるかもしれませんが」
「完全な平等はむしろ誰かの負担になりかねないですもんね、ありがとうございます。では二点目、安全面の問題が気になりました。出店側とお客様双方の怪我の危険性……特に、アトラクションを動かすメンバーの、指先や全身の関節への負荷が気になるんですが」
「成程。勿論それは、大切なバレー部員の皆さんの身体を守りたい、という思い故ですよね?」
詩結は私の本心を見透かすように、それはもうニッコリとした笑顔を浮かべている。既にIH後の例の作文表彰にて散々私の思いはさらけ出しているので、今更かと笑い返した。
「はい。春高に向けて、大事な部員の身体にもし傷なんてついたら嫌なので。勿論本人たちの希望もあるので、私の意見を押し通すつもりはないんですが」
と肩をすくめたところで、すぐ後ろから声があがる。
「なら当事者になったし、俺も話していいですかー?」
「はい! 本当に寝癖か絶賛審議中のトサカ頭がトレードマーク、からかい上手のバレー部主将黒尾鉄朗さん、どうぞ!」
「えっ褒めてんの貶されてんの!? まあいいや。コーヒーカップやんのも凄い楽しそうなんですケド、実際試合中は指先まで神経使ってやってるんで、負担もかかりそうだし出来れば避けたいのが本音かなーと」
「なら俺も、少しだけ喋っていいかな」
隣のクラスからも手が挙がる。黒尾と一緒に見遣れば、いつも私たちの心を優しく解してくれる柔和な笑みが飛んできた。
「はい! 三年四組、人間に転生した菩薩かと話題のバレー部副主将、海信行さん!」
「あはは、ありがとう。もし四組でコーヒーカップをやりたい人がいたら申し訳ないんだけど、概ね二人と意見は同じなんだ。大事な仲間たちと最後まで全力でバレーをやりたいから、出来れば身体に負担の少ない出し物の方が助かるよ」
心底ときめく意見だった。懲りずにあとでサインをもらいに行きたいくらいの素敵な言葉で、つい悶えてしまう。そんな私を穏やかに見守るように目を細めていた夜久も、次いで手を挙げた。
「俺も少し意見言っていいか?」
「あ、はい。夜久さん、どうぞ」
詩結の表情が途端にスンッと冷たい色を帯びていった。口調は丁寧だが声も無機質で、あまりにあからさますぎて笑ってしまう。価値基準は不明だが、あの子は私に近しい人間に対するジャッジが厳しいのだ。
「別に貶してもいいから、せめて俺にも何か言えよ!?」
「いえそんな滅相も無い。ご自由にどうぞ、さあ。はい」
「あーはいはい! 俺も同意見だからなるべくコーヒーカップは避けたい。その代わり事前の準備は出来る限り手伝うし、当日のシフトも遠慮なく入れていいから」
「いや何言ってるんですか。名前のためにも夜久さんには休憩して頂かないといけないので平等に入れますよ」
「そうかよ! ありがとな!」
漫才みたいなやり取りで微笑ましかった。福永ともネタ帳の作成の時によく議論するけど、さっきの詩結みたいにボケの緩急をつけることで、笑いは自然と生まれるんだな。勉強になる。いや、多分本人としてはボケではなくて本気なんだろうけど。
私以外に質問する人はいなかったので、そのまま出し物の割り当てに移っていった。音駒は運動部よりも文化部の方が活動が盛んなので、私たちの要望が特に反発を生むことは無かったようで安心する。
最終的に、海の四組は縁日、私たちの五組はお化け屋敷の担当になった。ちなみに詩結の一組はジェットコースターだ。
私たちにとっては、事前準備も当日のシフトにも余裕のある結果となり、配慮してくれた文実とクラスメイトたちに感謝するばかりである。
その後、すぐに学年集会は解散した。朝のホームルームの時間を使って行われたため、これから授業を受けて、お昼休みはお弁当を山本に届けてから詩結と諸々の打ち合わせをして、放課後はお待ちかねの部活だ。
「苗字、楽しそうな顔してんな」
隣で廊下を歩いていた夜久が、無邪気に笑いながら話しかけてくれる。黒尾は「お二人でごゆっくりどうぞー」なんて言いながら海のもとへ行ってしまったから、結局はいつも通り、二人でマイペースに教室まで戻っていた。
「うん。部活楽しみだなーと思って」
「そっか。……苗字は、勉強にも音楽にもバレーにも他のことにも、全部に対して真っ直ぐで純粋で凄えよな」
「え。……夜久がそれを言うの?」
しみじみと感慨深く、どことなく羨ましそうに話す横顔を見て、私はそっと笑う。
そういえば初めて夜久に話しかけてもらったのも、こんな柔らかな空気をまとった春の廊下だったと思い出した。
「……? どういう意味だよ」
「そのままの意味。私が何かを頑張る理由は、人に認めてもらうためだったり、仲間に貢献するためだけど。夜久は小さい頃に見たバレーの試合に感動して、リベロに憧れて、ずっと一途に努力し続けてきたじゃん。……不純な動機しかない私からしたら、夜久の方が真っ直ぐで純粋で、凄くてカッコイイよ」
要は、隣の芝生は青いってやつだ。互いに優劣なんて無いし、どちらのスタンスも尊重されるべきだった。
「……やっぱ、苗字に褒められると照れんな」
「私も同じ気持ちだからね。夜久、たまには加減してよ」
「それはヤダ」
「容赦ない! でも、相手に自分の本音を伝える時は加減したくない気持ちも分かる!」
「だろ? これからも一生覚悟しとけよ」
あまりにも当然のように一生を約束してくれる笑顔に、つい泣きそうになってしまった。心の奥で蹲る弱い内面を照らし出してくれる明るい言葉に、私は今日も勝手に救われていく。
先日、大切な仲間に聴いてもらった心からの想いを込めた歌が、胸の内で強く谺 していくような気がした。
地元の商店街と協力した模擬店がズラッと並ぶのは勿論のこと、景品が用意された校内スタンプラリーの参加率も高ければ、校内関係者だけが参加する前夜祭と後夜祭を名物として楽しみにしている生徒も多い。
文化部やダンス部の発表が中心の前夜祭を皮切りに、二日間の本番中に行われるステージでは人気投票を実施し、特に票が集まったグループが後夜祭にて再度パフォーマンスを行う、というのも通例だった。
私が詩結に誘われたのは、文化祭本番に行われる音楽ステージだ。音楽系の部活に所属していなくとも一人から参加申込が可能な自由さが売りであり、受賞者は後夜祭で公開告白をするなんて年もあるくらいだった。
文化祭の各種イベントは、実行委員会が生徒目線で楽しいと思う企画を実施するからこそ、高校生らしいノリで騒ぐものばかりな訳だけど。私がそういう空気感が苦手だということを知っている夜久は、毎年自然と一緒にいてくれた。
開会式と閉会式以外は基本的に自由参加なので、空き時間は二人で校内をぶらついたり、毎年来てくれる梟谷の面々と絡んだり、シフトが終われば学校を出て夜久のお宅にお邪魔したりしていた。お陰で夜久のご両親や弟さんたちと顔見知りになれたのだが、この事実を周りに話すと凄い顔をされるのもお決まりだった。
確かに、マネージャーの範疇を超えた厚かましい振る舞いに思われても仕方ないのだが、実際自分の家にはあまり帰りたくないから、とお言葉に甘えさせてもらっている。
そのため基本的に私たちは、クラスでの出し物に注力すれば良い。部活単位でも出店することは可能だが、正直に言ってしまうと男子バレー部は、そんな時間があるなら練習したいよねというのが総意だったから。
文化祭期間中は体育館を使えないため、一年生の頃なんて、同級生四人で地区センターまで自主練をしに行ったことさえある。あの頃は先輩方の緩い空気が部全体に漂っていた上、実績もまともに出せていなかったから焦っていた部分も大きいのだろう。
黒尾が新主将としてチームを引き継いでからは精神的な余裕も生まれて、皆が年相応にイベントを楽しむことも出来るようになっていったけど。あの頃は真面目だったよな、なんて会話する三人を見て、今も凄く真面目だぞ、と心の中で言葉をかけたこともある。
「それではこれより、本年度の文化祭における三年生のテーマを決めるべく、学年集会を開催します!」
体育館の壇上で、青い瞳を燃えるように煌めかせる詩結は、他ならぬ文化祭実行委員会───通称文実───の委員長だ。一年生の頃から精力的に活動してきた彼女は、持ち前の人懐っこさと行動力から周りにとても慕われている。
友人としては誇らしいが、先日「名前と一緒に回る時間が全然無さそうなの……」と物凄く悲痛な顔で言ってきた時には頭を撫でておいた。あの子とはクラスは違えど休日はほぼ一緒に過ごしているから、そんなに悲しまなくとも良いのに、と笑ったのも記憶に新しい。
そんな詩結の手際は見事で、テーマと出し物に関するアンケートは事前にバッチリと各クラスで集計されていた。匿名制だったためこちらとしても忌憚のない意見を書けたし、文実メンバーが全員分の提出を着実に確認する様子も見ていたし。一週間前には確実に集まっていたと思う。
そうしてスムーズな結果発表から始まっていく様を、自分のクラスの列で体育座りをしながら見上げる。特に並び順は決まっていなかったため、夜久と黒尾に挟まれる形で後方に座っていた。なにせうちの主将は背が高いから、こういう時は示し合わせたように最後方に行くのが常なのである。
音駒では、かつてキャンプファイヤーもしていたくらい文化祭の歴史が長く規模も大きいので、伝統的に各学年ごとの出し物の種類が何となく決まっていた。一年生は模擬店、二年生は演劇やモザイクアートなどの展示、三年生はお化け屋敷や迷路などのアトラクションといった具合だ。
毎年の傾向から外れた意見は無かったようで、今年のスローガンは紆余曲折を経て「テンアゲ♡きゃわたん☆ワイルド遊園地〜てへぺろの巻〜」に決まった。毎度のことながら最近の流行語を詰め込みすぎてシュールさが限界突破していたが、これを真面目に読み上げる詩結が可愛かったので癒される。
夜久は後ろからも分かるくらい凄い顔してたけど、まあ予想通りだし。黒尾は背後でブヒャヒャと笑っていたけど、これもまたいつものことだし。
次いで出し物を決定するターンに入り、得票数の多かった案が順々に発表される。コーヒーカップ、ジェットコースター、お化け屋敷、ミュージカル風パレード、迷路、縁日。王道ながら、遊園地というテーマの一貫性を感じられるものばかりだった。
普通ならば材料や予算の観点で難しい出し物も、音駒は地元の商店街やOBOGとの太い繋がりがあるから困ることはない。一年生の時に模擬店を経験しておくシステムなのは、上級生になった時に地元との連携をスムーズに進められるから、といった理由もあるのだろう。
「異論や質問等がなければ、これから各クラスに割り当てていこうと思いますが、いかがですか?」
順当かつ現実的だと思ったしどれも楽しそうだが、若干の懸念点はある。
ぐるっと詩結が大きく辺りを見回したので、機を逃さぬよう手を真っ直ぐ挙げた。すると遠くからでも分かるくらい、青くて丸い瞳がキラッと光る。
「はい! 五組の頭脳明晰で敏腕な男子バレー部マネージャー、苗字名前さん!」
「いや肩書きが恥ずかしいし長すぎでしょ!? じゃなくて、二点だけ質問しても良いですか?」
ちらほらと笑い声が上がる中、同級生や先生方の視線が一斉に集中するのが分かった。前後から注がれる温かな視線が何よりの救いである。
今回は友達としてではなく、委員長に対して平生徒が問いかける形のため、敬語はきちんと使用するよう心掛けた。
「どうぞ!」
「ではお言葉に甘えて、一点目から。コーヒーカップはジェットコースターと違って、手動で動かすかと思うんですが。男子か女子か、もしくは運動部か否か等の理由で、アトラクションを動かすメンバーと裏方組に偏りが出ないか、何か策は考えていらっしゃいますか?」
事前アンケートに答える際、アトラクション系の出し物のやり方は一通り調べていた。当然詩結ならばそのあたりも想定しているだろうが、念のため疑問点は全て潰しておくべきだろう。
「その懸念はもっともですね。勿論偏りが出ないよう配慮するつもりですし、誰がどのポジションを担当しても回せるように、シフトと休憩時間はしっかりと文実メンバーを中心に練る予定です。その上で、皆さんの希望に応えることが第一だと考えていますので、結果的に偏りが出てしまう可能性はあるかもしれませんが」
「完全な平等はむしろ誰かの負担になりかねないですもんね、ありがとうございます。では二点目、安全面の問題が気になりました。出店側とお客様双方の怪我の危険性……特に、アトラクションを動かすメンバーの、指先や全身の関節への負荷が気になるんですが」
「成程。勿論それは、大切なバレー部員の皆さんの身体を守りたい、という思い故ですよね?」
詩結は私の本心を見透かすように、それはもうニッコリとした笑顔を浮かべている。既にIH後の例の作文表彰にて散々私の思いはさらけ出しているので、今更かと笑い返した。
「はい。春高に向けて、大事な部員の身体にもし傷なんてついたら嫌なので。勿論本人たちの希望もあるので、私の意見を押し通すつもりはないんですが」
と肩をすくめたところで、すぐ後ろから声があがる。
「なら当事者になったし、俺も話していいですかー?」
「はい! 本当に寝癖か絶賛審議中のトサカ頭がトレードマーク、からかい上手のバレー部主将黒尾鉄朗さん、どうぞ!」
「えっ褒めてんの貶されてんの!? まあいいや。コーヒーカップやんのも凄い楽しそうなんですケド、実際試合中は指先まで神経使ってやってるんで、負担もかかりそうだし出来れば避けたいのが本音かなーと」
「なら俺も、少しだけ喋っていいかな」
隣のクラスからも手が挙がる。黒尾と一緒に見遣れば、いつも私たちの心を優しく解してくれる柔和な笑みが飛んできた。
「はい! 三年四組、人間に転生した菩薩かと話題のバレー部副主将、海信行さん!」
「あはは、ありがとう。もし四組でコーヒーカップをやりたい人がいたら申し訳ないんだけど、概ね二人と意見は同じなんだ。大事な仲間たちと最後まで全力でバレーをやりたいから、出来れば身体に負担の少ない出し物の方が助かるよ」
心底ときめく意見だった。懲りずにあとでサインをもらいに行きたいくらいの素敵な言葉で、つい悶えてしまう。そんな私を穏やかに見守るように目を細めていた夜久も、次いで手を挙げた。
「俺も少し意見言っていいか?」
「あ、はい。夜久さん、どうぞ」
詩結の表情が途端にスンッと冷たい色を帯びていった。口調は丁寧だが声も無機質で、あまりにあからさますぎて笑ってしまう。価値基準は不明だが、あの子は私に近しい人間に対するジャッジが厳しいのだ。
「別に貶してもいいから、せめて俺にも何か言えよ!?」
「いえそんな滅相も無い。ご自由にどうぞ、さあ。はい」
「あーはいはい! 俺も同意見だからなるべくコーヒーカップは避けたい。その代わり事前の準備は出来る限り手伝うし、当日のシフトも遠慮なく入れていいから」
「いや何言ってるんですか。名前のためにも夜久さんには休憩して頂かないといけないので平等に入れますよ」
「そうかよ! ありがとな!」
漫才みたいなやり取りで微笑ましかった。福永ともネタ帳の作成の時によく議論するけど、さっきの詩結みたいにボケの緩急をつけることで、笑いは自然と生まれるんだな。勉強になる。いや、多分本人としてはボケではなくて本気なんだろうけど。
私以外に質問する人はいなかったので、そのまま出し物の割り当てに移っていった。音駒は運動部よりも文化部の方が活動が盛んなので、私たちの要望が特に反発を生むことは無かったようで安心する。
最終的に、海の四組は縁日、私たちの五組はお化け屋敷の担当になった。ちなみに詩結の一組はジェットコースターだ。
私たちにとっては、事前準備も当日のシフトにも余裕のある結果となり、配慮してくれた文実とクラスメイトたちに感謝するばかりである。
その後、すぐに学年集会は解散した。朝のホームルームの時間を使って行われたため、これから授業を受けて、お昼休みはお弁当を山本に届けてから詩結と諸々の打ち合わせをして、放課後はお待ちかねの部活だ。
「苗字、楽しそうな顔してんな」
隣で廊下を歩いていた夜久が、無邪気に笑いながら話しかけてくれる。黒尾は「お二人でごゆっくりどうぞー」なんて言いながら海のもとへ行ってしまったから、結局はいつも通り、二人でマイペースに教室まで戻っていた。
「うん。部活楽しみだなーと思って」
「そっか。……苗字は、勉強にも音楽にもバレーにも他のことにも、全部に対して真っ直ぐで純粋で凄えよな」
「え。……夜久がそれを言うの?」
しみじみと感慨深く、どことなく羨ましそうに話す横顔を見て、私はそっと笑う。
そういえば初めて夜久に話しかけてもらったのも、こんな柔らかな空気をまとった春の廊下だったと思い出した。
「……? どういう意味だよ」
「そのままの意味。私が何かを頑張る理由は、人に認めてもらうためだったり、仲間に貢献するためだけど。夜久は小さい頃に見たバレーの試合に感動して、リベロに憧れて、ずっと一途に努力し続けてきたじゃん。……不純な動機しかない私からしたら、夜久の方が真っ直ぐで純粋で、凄くてカッコイイよ」
要は、隣の芝生は青いってやつだ。互いに優劣なんて無いし、どちらのスタンスも尊重されるべきだった。
「……やっぱ、苗字に褒められると照れんな」
「私も同じ気持ちだからね。夜久、たまには加減してよ」
「それはヤダ」
「容赦ない! でも、相手に自分の本音を伝える時は加減したくない気持ちも分かる!」
「だろ? これからも一生覚悟しとけよ」
あまりにも当然のように一生を約束してくれる笑顔に、つい泣きそうになってしまった。心の奥で蹲る弱い内面を照らし出してくれる明るい言葉に、私は今日も勝手に救われていく。
先日、大切な仲間に聴いてもらった心からの想いを込めた歌が、胸の内で強く