朝に溺れた蜂蜜ケーキ
※21話前後のお話です
名探偵の一日は、いつだって不規則で不安定だ。
わたしが倫敦にて二度目に刺されたあの事件以来、それがより顕著になった気がする。スコットランドヤードに協力するだけでなく、自らあらゆる依頼を引き受けては国内を飛び回ることが増えたし、顔を合わせない日もザラにあった。
けれど、実験に明け暮れ徹夜してから出かける日も、やり切れない結末を迎えた事件の直後も。ホームズくんはいつだって辛そうな顔なんて見せてくれない。
御琴羽くん相手にさえそうだと聞くし、元々そういう男の子だと分かってはいるものの。わたしばかり一方的に弱いところを見せて甘えているような気がして、時折寂しくなる時はあった。
「ホームズくん、おはよう」
扉越しに、ノックをしてから話しかける。明日は起こしてくれ、という真夜中に交わした約束を果たしに来たものの。案の定返答がなかったから、遠慮なく部屋の中に踏み入った。
かつてはお互いの個室に入ることさえ慎重になっていたというのに、人は変わるものだなと感慨深くなる。
部屋の隅に鎮座するベッドの上では、シーツを被った大きなシルエットが僅かに上下していた。端っこで僅かに覗くふわふわの金髪が蜂蜜みたいに綺麗で、けれど子どものような寝癖があった。ひどく愛おしくて堪らないと、そっと目を細める。
迷いなくベッドに近寄ってしゃがみ込み、そっと声をかけた。
「起きられる?」
「……ああ、起きる。名前がキスしてくれたら」
掠れた低い声が本気の声色で呟くものだから、つい笑う。もぞもぞと動いたかと思えば、ようやく顔を出してくれたホームズくんが、グリーンの瞳をゆっくりと眠そうに瞬かせた。
「そんなことで良いの?」
「キミからの口づけは、ボクだけしか受け取れない貴重なものだからね」
寝そべってシーツに包まったまま口にする台詞としては、あまりにも場違いに思えたけれど。胸が熱くなって、照れ隠しにまた笑う。
首から上をようやく出してくれた大事な男の子の、薄くて温かな右頬にそっとキスをした。
「これでいい?」
「……んー」
ゴソゴソと気怠そうに起き上がったホームズくんが、座ったままこちらに手を伸ばす。膝立ちになったわたしの両頬に両手を添え、そのまま優しくキスをした。
ホームズくんとの触れ合いは、今でもドキドキするし顔が熱くなって仕方がないけれど。それ以上に、わたしの全てを優しく抱き留めてくれるような熱に安心するし、わたしの傷も痛みも、何もかもを受け止めてくれるような感覚が心地好かった。
「これでいいだろう」
ゆるりとした動きで、ホームズくんがハグをするように手を伸ばす。甘えるような動きに頬を緩ませながら、わたしもまたベッドに腰を下ろして、ポンポンと大きな背中を撫ぜた。互いが互いの肩に自分の顔を寄せて、自然と笑い合う。
「シャーロックは甘えたさんだ」
「名前だって、ボクを甘やかすのが好きだろう」
「うん、好き」
「ボクも、キミを愛してる」
「……唐突だね?」
「いつも思っていることだからね。たまには口に出しておかないと」
二人して目の下に隈を作りながら、それを忘れたように互いの熱を享受した。
友人たちに忍び寄る暗い影、工房の師匠が胸の内に秘めた薄暗い過去、部外者ではどうにもならない社会の闇。
わたしが成すべきことも達成したいことも数多くあり、そのためには課題が山積みである現状は、どう足掻いても間違いないのに。
ホームズくんと共にいれば、どんな問題も試練も乗り越えていけると思えた。あなたもきっと同じことを考えていてくれるのだろうと、当たり前のように与えてくれる熱から自然と感じられる。あまりの幸せに、今日もわたしは溺れてしまいそうだった。
名探偵の一日は、いつだって不規則で不安定だ。
わたしが倫敦にて二度目に刺されたあの事件以来、それがより顕著になった気がする。スコットランドヤードに協力するだけでなく、自らあらゆる依頼を引き受けては国内を飛び回ることが増えたし、顔を合わせない日もザラにあった。
けれど、実験に明け暮れ徹夜してから出かける日も、やり切れない結末を迎えた事件の直後も。ホームズくんはいつだって辛そうな顔なんて見せてくれない。
御琴羽くん相手にさえそうだと聞くし、元々そういう男の子だと分かってはいるものの。わたしばかり一方的に弱いところを見せて甘えているような気がして、時折寂しくなる時はあった。
「ホームズくん、おはよう」
扉越しに、ノックをしてから話しかける。明日は起こしてくれ、という真夜中に交わした約束を果たしに来たものの。案の定返答がなかったから、遠慮なく部屋の中に踏み入った。
かつてはお互いの個室に入ることさえ慎重になっていたというのに、人は変わるものだなと感慨深くなる。
部屋の隅に鎮座するベッドの上では、シーツを被った大きなシルエットが僅かに上下していた。端っこで僅かに覗くふわふわの金髪が蜂蜜みたいに綺麗で、けれど子どものような寝癖があった。ひどく愛おしくて堪らないと、そっと目を細める。
迷いなくベッドに近寄ってしゃがみ込み、そっと声をかけた。
「起きられる?」
「……ああ、起きる。名前がキスしてくれたら」
掠れた低い声が本気の声色で呟くものだから、つい笑う。もぞもぞと動いたかと思えば、ようやく顔を出してくれたホームズくんが、グリーンの瞳をゆっくりと眠そうに瞬かせた。
「そんなことで良いの?」
「キミからの口づけは、ボクだけしか受け取れない貴重なものだからね」
寝そべってシーツに包まったまま口にする台詞としては、あまりにも場違いに思えたけれど。胸が熱くなって、照れ隠しにまた笑う。
首から上をようやく出してくれた大事な男の子の、薄くて温かな右頬にそっとキスをした。
「これでいい?」
「……んー」
ゴソゴソと気怠そうに起き上がったホームズくんが、座ったままこちらに手を伸ばす。膝立ちになったわたしの両頬に両手を添え、そのまま優しくキスをした。
ホームズくんとの触れ合いは、今でもドキドキするし顔が熱くなって仕方がないけれど。それ以上に、わたしの全てを優しく抱き留めてくれるような熱に安心するし、わたしの傷も痛みも、何もかもを受け止めてくれるような感覚が心地好かった。
「これでいいだろう」
ゆるりとした動きで、ホームズくんがハグをするように手を伸ばす。甘えるような動きに頬を緩ませながら、わたしもまたベッドに腰を下ろして、ポンポンと大きな背中を撫ぜた。互いが互いの肩に自分の顔を寄せて、自然と笑い合う。
「シャーロックは甘えたさんだ」
「名前だって、ボクを甘やかすのが好きだろう」
「うん、好き」
「ボクも、キミを愛してる」
「……唐突だね?」
「いつも思っていることだからね。たまには口に出しておかないと」
二人して目の下に隈を作りながら、それを忘れたように互いの熱を享受した。
友人たちに忍び寄る暗い影、工房の師匠が胸の内に秘めた薄暗い過去、部外者ではどうにもならない社会の闇。
わたしが成すべきことも達成したいことも数多くあり、そのためには課題が山積みである現状は、どう足掻いても間違いないのに。
ホームズくんと共にいれば、どんな問題も試練も乗り越えていけると思えた。あなたもきっと同じことを考えていてくれるのだろうと、当たり前のように与えてくれる熱から自然と感じられる。あまりの幸せに、今日もわたしは溺れてしまいそうだった。