夜空に浮かぶ悠久
※合同合宿編Aの合間にあったお話です
「それじゃ第三回、夜久の誕生日はどうしよっか会議! 開始ー!」
夏めいた空気が瑞々しく満ちゆく、お昼休みの三年五組。
黒尾と海と机を囲みながら、私は小さくパチパチと拍手をしていた。二人とも同じく手を叩いてくれる光景はすっかり見慣れたもので、我ながら甘やされているなと肩をすくめる。
楽しそうにニヤニヤと笑う黒尾も、穏やかにニコニコと笑う海も、二年以上も飽きずに私のワガママに付き合ってくれているから。
「やっくんも、俺たちが何やるか分かってたっぽいよなー」
「当事者が委員会活動でいない時に、この会議をやるのも恒例だもんな」
海は美化委員会、夜久は体育委員会、黒尾は保健委員会に所属しているが、それぞれ昼休みに仕事で席を外すことがある。バレー部は休み時間も自主練やご飯を一緒にすることが多いから、毎度この機会を見計らって同級生の誕生日に関する計画を立てていた。
いつもならばケーキやプレゼントを渡すタイミングを打ち合わせれば済む話なのだが、今回は今までにない特殊な状況なのである。
「やっくんの誕生日、今年は合宿に被るもんな」
「そうそう。もし何かやるとしたら、他校の皆にも相談しなきゃいけないでしょ? だから二人の意見は特に聞いておきたくて」
「とりあえず俺としては、苗字と夜久に二人の時間を作ってあげたいとは思ってたんだけど」
「……うん、ありがと」
「お。苗字サンが照れてる」
「そりゃ照れるでしょ! それは良いとして、夕飯の時にケーキ作ってもいいかな? 学校関係なく、希望者には全員配ろうと思うんだけど」
「勿論俺としては大歓迎だけど、うちのマネージャーが作るとなったら飢えた獣が殺到するよ? 苗字の負担が心配だけどヘーキ?」
「そこは俺も同意だな。ただでさえ夏場は調理も大変だと思うし」
本気で憂慮してくれている様子の二人を見て、私は恵まれているなと改めて痛感する。
「心配してくれてありがと、平気だよ。雪絵ちゃんにも手伝ってもらうし。それに、私が作る物を喜んでくれるって想像するだけでいくらでも頑張れるし」
「……まー苗字はそう言うよな」
「そうだね。なら苗字の負担を減らすために、俺たちが根回ししておけば良い話だし」
根回しとは何だろう。と首を傾げていれば、黒尾と海が視線を交わし、全てを理解したように頷き合っている。
マネージャーが踏み入れない選手同士の交流やコミュニケーション方法もあるだろうし、ここは無理に突っ込まない方が良いかなと納得した。
「やっくんバースデーの日にケーキが出る件、俺たちから他校のヤツらに伝えとくから。希望者の数が分かったらまた連絡するわ」
「だから苗字は余分に作る必要はないし、基本的に夜久のことだけ考えてれば良いから」
「うん、分かった。色々ありがと。……プレゼントはいつも通りで良い?」
「異論なーし」
「大丈夫だよ、ありがとう」
私が三年生一同として贈るプレゼントを選び、お金を三人で出し合う、というのがいつものパターンだった。今年は既に海にも贈ったし、秋には黒尾の分も準備する予定だ。大体が消耗品のハンドクリームや化粧水になるのだが、それぞれの肌質に合ったものを選んでいるから評判は上々である。
去年は海のお姉さんからも個人的なアドバイスを求められたことがあって、休みの日に二人でお出かけしたこともあったなと思い出す。私は一人っ子だから、部員のご家族から妹のように可愛がってもらえると何とも面映ゆかった。
「当日、やっくんが熟睡してたらメールするわ」
「苗字も一番に祝いたいよな。朝に誰かが言おうとしてたら、それとなく邪魔しておくよ」
「いや別にそこまではしなくていいからね!? でも、それなら事前に言っちゃおうかな。夜に会いたいって」
「それがいいかもなー。やっくん、意外とそういうとこ鈍いから」
「苗字、がんばれ」
「ありがと!」
と、三人で笑いながらご飯を食べたのが約一ヶ月前のことだった。
前日の夜はわざわざ私から声をかけずとも、夜久から夜は毎晩話そうと提案してくれたから、心配は無かったのだが。
「苗字、どうした?」
今日は少し外を歩きたいかも、と伝えたのは私の方だったのに。夜空を覆い尽くすような蝉の声に包まれながら、夜久の誕生日をこうして祝えるのも最後なのかもしれないと思って、勝手に寂しくなってしまっていた。
さっきまで皆の練習試合を見ながら超絶カッコイイ姿に悶えて、楽しく仕事に勤しんでいたのだけど。思った以上に暑くて疲れているのかもしれない、なんてぼんやり思う。それに夜って、訳もなくセンチメンタルになりがちだし。
「ごめん、少し考えごと」
「……俺には言えないことか?」
「んー、そんなことはないんだけど」
「けど?」
「……ちょっと子どもっぽい考えなんだけどね?」
「おう」
「皆と過ごせる最後の夏なのかなって思うと、なんだか寂しくなっちゃって」
「……子どもっぽくねえだろ。俺も似たようなことは考えるし」
いつもよりも穏やかで低い声だった。私のささくれだった心も柔く受け止めて包み込んでくれるような、力強くて優しい音。
いつの間にか自然と、私の左手が夜久の右手と繋がっていた。ゆっくりと指が絡まっていくにつれて、心臓が押し潰されるように高鳴ってしまう。
視線が重なった後、夜久が無邪気に笑った。私もつられて笑い返す。繋がれた手が熱くて堪らなかった。
「最後にはしねえよ」
「え?」
「高校を卒業して、それぞれの道を歩いてって、俺たちがどんな関係になってもさ。俺は苗字に会いに行くから」
「……うん」
「まあさすがに、苗字が嫌がったら諦めるけどな?」
「あはは、その心配はないから大丈夫。私も夜久に会いに行くよ。物理的に難しかったら連絡するし」
「おー」
「……ね、夜久」
「ん?」
「生まれてきてくれて、ありがとう。私と出会ってくれて、ありがと」
夜久が一瞬、顔をくしゃりと歪めたかと思えば、いつの間にかぎゅっと力強く私を抱き締めた。生温い風に包まれながら互いの熱を分け合う私たちは、言葉もないまま少しの間だけそうしていた。
「あのさ、夜久。まだちょっと早いんだけどね?」
「おう」
「お誕生日、おめでと」
「……ありがとな。やっぱ、苗字から言ってもらえると嬉しいわ」
「ん。明日は約束通りケーキも用意してるから。低糖質で食べやすいやつ」
「準備も大変だったろ? ただでさえ忙しいのに悪いな」
「ううん。私、夜久のために頑張れるの、嬉しいから」
「俺も。これからも苗字にカッコイイとこ見せてやるから、覚悟しとけ」
「ふふ、うん。期待してる」
二人して笑いあってから、再び手を繋いで歩き出す。夜久と共に見上げる夜空は綺麗で、これから夏を迎える度に何度も思い出すのだろうと思った。
明日の朝、とびきりの笑顔で何度もお祝いしよう。そう考えるだけで幸せになれるのだから、私も大概単純で、とんでもない果報者だった。
「それじゃ第三回、夜久の誕生日はどうしよっか会議! 開始ー!」
夏めいた空気が瑞々しく満ちゆく、お昼休みの三年五組。
黒尾と海と机を囲みながら、私は小さくパチパチと拍手をしていた。二人とも同じく手を叩いてくれる光景はすっかり見慣れたもので、我ながら甘やされているなと肩をすくめる。
楽しそうにニヤニヤと笑う黒尾も、穏やかにニコニコと笑う海も、二年以上も飽きずに私のワガママに付き合ってくれているから。
「やっくんも、俺たちが何やるか分かってたっぽいよなー」
「当事者が委員会活動でいない時に、この会議をやるのも恒例だもんな」
海は美化委員会、夜久は体育委員会、黒尾は保健委員会に所属しているが、それぞれ昼休みに仕事で席を外すことがある。バレー部は休み時間も自主練やご飯を一緒にすることが多いから、毎度この機会を見計らって同級生の誕生日に関する計画を立てていた。
いつもならばケーキやプレゼントを渡すタイミングを打ち合わせれば済む話なのだが、今回は今までにない特殊な状況なのである。
「やっくんの誕生日、今年は合宿に被るもんな」
「そうそう。もし何かやるとしたら、他校の皆にも相談しなきゃいけないでしょ? だから二人の意見は特に聞いておきたくて」
「とりあえず俺としては、苗字と夜久に二人の時間を作ってあげたいとは思ってたんだけど」
「……うん、ありがと」
「お。苗字サンが照れてる」
「そりゃ照れるでしょ! それは良いとして、夕飯の時にケーキ作ってもいいかな? 学校関係なく、希望者には全員配ろうと思うんだけど」
「勿論俺としては大歓迎だけど、うちのマネージャーが作るとなったら飢えた獣が殺到するよ? 苗字の負担が心配だけどヘーキ?」
「そこは俺も同意だな。ただでさえ夏場は調理も大変だと思うし」
本気で憂慮してくれている様子の二人を見て、私は恵まれているなと改めて痛感する。
「心配してくれてありがと、平気だよ。雪絵ちゃんにも手伝ってもらうし。それに、私が作る物を喜んでくれるって想像するだけでいくらでも頑張れるし」
「……まー苗字はそう言うよな」
「そうだね。なら苗字の負担を減らすために、俺たちが根回ししておけば良い話だし」
根回しとは何だろう。と首を傾げていれば、黒尾と海が視線を交わし、全てを理解したように頷き合っている。
マネージャーが踏み入れない選手同士の交流やコミュニケーション方法もあるだろうし、ここは無理に突っ込まない方が良いかなと納得した。
「やっくんバースデーの日にケーキが出る件、俺たちから他校のヤツらに伝えとくから。希望者の数が分かったらまた連絡するわ」
「だから苗字は余分に作る必要はないし、基本的に夜久のことだけ考えてれば良いから」
「うん、分かった。色々ありがと。……プレゼントはいつも通りで良い?」
「異論なーし」
「大丈夫だよ、ありがとう」
私が三年生一同として贈るプレゼントを選び、お金を三人で出し合う、というのがいつものパターンだった。今年は既に海にも贈ったし、秋には黒尾の分も準備する予定だ。大体が消耗品のハンドクリームや化粧水になるのだが、それぞれの肌質に合ったものを選んでいるから評判は上々である。
去年は海のお姉さんからも個人的なアドバイスを求められたことがあって、休みの日に二人でお出かけしたこともあったなと思い出す。私は一人っ子だから、部員のご家族から妹のように可愛がってもらえると何とも面映ゆかった。
「当日、やっくんが熟睡してたらメールするわ」
「苗字も一番に祝いたいよな。朝に誰かが言おうとしてたら、それとなく邪魔しておくよ」
「いや別にそこまではしなくていいからね!? でも、それなら事前に言っちゃおうかな。夜に会いたいって」
「それがいいかもなー。やっくん、意外とそういうとこ鈍いから」
「苗字、がんばれ」
「ありがと!」
と、三人で笑いながらご飯を食べたのが約一ヶ月前のことだった。
前日の夜はわざわざ私から声をかけずとも、夜久から夜は毎晩話そうと提案してくれたから、心配は無かったのだが。
「苗字、どうした?」
今日は少し外を歩きたいかも、と伝えたのは私の方だったのに。夜空を覆い尽くすような蝉の声に包まれながら、夜久の誕生日をこうして祝えるのも最後なのかもしれないと思って、勝手に寂しくなってしまっていた。
さっきまで皆の練習試合を見ながら超絶カッコイイ姿に悶えて、楽しく仕事に勤しんでいたのだけど。思った以上に暑くて疲れているのかもしれない、なんてぼんやり思う。それに夜って、訳もなくセンチメンタルになりがちだし。
「ごめん、少し考えごと」
「……俺には言えないことか?」
「んー、そんなことはないんだけど」
「けど?」
「……ちょっと子どもっぽい考えなんだけどね?」
「おう」
「皆と過ごせる最後の夏なのかなって思うと、なんだか寂しくなっちゃって」
「……子どもっぽくねえだろ。俺も似たようなことは考えるし」
いつもよりも穏やかで低い声だった。私のささくれだった心も柔く受け止めて包み込んでくれるような、力強くて優しい音。
いつの間にか自然と、私の左手が夜久の右手と繋がっていた。ゆっくりと指が絡まっていくにつれて、心臓が押し潰されるように高鳴ってしまう。
視線が重なった後、夜久が無邪気に笑った。私もつられて笑い返す。繋がれた手が熱くて堪らなかった。
「最後にはしねえよ」
「え?」
「高校を卒業して、それぞれの道を歩いてって、俺たちがどんな関係になってもさ。俺は苗字に会いに行くから」
「……うん」
「まあさすがに、苗字が嫌がったら諦めるけどな?」
「あはは、その心配はないから大丈夫。私も夜久に会いに行くよ。物理的に難しかったら連絡するし」
「おー」
「……ね、夜久」
「ん?」
「生まれてきてくれて、ありがとう。私と出会ってくれて、ありがと」
夜久が一瞬、顔をくしゃりと歪めたかと思えば、いつの間にかぎゅっと力強く私を抱き締めた。生温い風に包まれながら互いの熱を分け合う私たちは、言葉もないまま少しの間だけそうしていた。
「あのさ、夜久。まだちょっと早いんだけどね?」
「おう」
「お誕生日、おめでと」
「……ありがとな。やっぱ、苗字から言ってもらえると嬉しいわ」
「ん。明日は約束通りケーキも用意してるから。低糖質で食べやすいやつ」
「準備も大変だったろ? ただでさえ忙しいのに悪いな」
「ううん。私、夜久のために頑張れるの、嬉しいから」
「俺も。これからも苗字にカッコイイとこ見せてやるから、覚悟しとけ」
「ふふ、うん。期待してる」
二人して笑いあってから、再び手を繋いで歩き出す。夜久と共に見上げる夜空は綺麗で、これから夏を迎える度に何度も思い出すのだろうと思った。
明日の朝、とびきりの笑顔で何度もお祝いしよう。そう考えるだけで幸せになれるのだから、私も大概単純で、とんでもない果報者だった。