笑顔の夜を泳いだ金魚
※合同合宿編A前後の想定です
※夜久さん視点
「じゃーん! やっくんに朗報でーす!!」
「おい突然なんだよ」
朝練に向けた着替えを終えたところで、ニヤニヤしたトサカ頭がニュッと視界の隅から生えてきた。朝一番からやけにソワソワしていたかと思えばこれだと呆れつつ、その手元にある一枚のポスターが目に留まる。
「お、夏祭りじゃん。昔よく行ってたわ」
「日程見てみ?」
「あー? ……成程な」
ちょうど、体育館が午後に使えない週末と重なっていた。このニヤケ顔は決まって苗字といる時によく見るヤツだから、まあ言いたいことは大体分かった。
「苗字に声かけて、部員全員で行くか? あ、でも研磨は嫌がるか」
「いやいや、何言ってんの!? 高校最後の夏なんて青春真っ盛りでしょーが! 二人きりで行きたくねえの!?」
「……余計なお世話だ」
「あだっ」
いかにも善意で言ってやってるんですって顔がムカついたから、つい足が出た。そのまま無言で睨み合う。
すると黒尾の背後でニコニコと見守っていた海が、いつも通り柔らかく口を開いた。
「夜久。俺も、苗字と二人で行ってきたら楽しめるんじゃないかと思ってたけど」
「……苗字は、なるべく全員で一緒に行った方が喜ぶだろ」
好きだの恋だのという話は、春高後まで口にしない。俺たちの暗黙の了解を、勝手にこちらから破るような真似はしたくなかった。
それに実際、苗字が一番嬉しそうに笑ってくれるのは、俺たちが全員で過ごしている姿を見守っている時だから。
「……いつも思うけど、やっくんって健気だよネー」
「うるせえほっとけ」
「まあそういうことなら、皆に声かけてみるか。苗字はどっちでも喜ぶとは思うけど」
「おー、頼むわ」
そんな訳で結果的に、レギュラー陣全員で夏祭りに行くことになった。不参加かと思われた研磨も黒尾が言いくるめたらしく、かなりの大所帯で向かうことが決定する。
知らせを聞いた後の苗字が、驚いた後に心底嬉しそうに可愛く笑ってくれたので、俺は既にそれだけで満足していたが。
「ねえ衛輔、ちょっといい?」
「おー、母さん。どうした?」
部活を終えて帰宅した後、自室でストレッチしていると声をかけられる。何か家事の手伝いでも必要だったかと考えつつ扉を開ければ、色鮮やかな朱色が目に飛び込んできた。
真っ白な水槽の中を、赤い金魚と黒い金魚が楽しそうに泳いでいる。そんな風に錯覚してしまう程に綺麗な生地で作られたそれが、浴衣だと理解するのに少し時間がかかった。
「あのね、余計なお世話かと思ったんだけど。名前ちゃん、この浴衣が似合うような気がするの。どう思う?」
「……うん、似合うな。それに喜んでくれると思う」
いつだって眩しくてキラキラしている苗字の笑顔は、とても綺麗で純粋で、けれど儚くて時折寂しそうにも見えるから、いつだってつい目を離せなくなる。あの煌めきは色で例えるなら白が近いし、赤と黒なんてまさにゴミ捨て場の決戦を連想させるから素直にはしゃぐだろう。その姿を想像して自然と頬が緩むのが分かった。
「お祭り当日、もし良ければ名前ちゃんを連れていらっしゃい。着付けも手伝ってあげるから」
「でも良いのか? わざわざ母さんに手間かけさせんのも悪いし」
「何言ってるの! 昔お母さんが着てたやつだから、名前ちゃん本人が嫌がらないこと前提ではあるけど……。単純に私がしてあげたいだけ!」
「ん、ありがとな。苗字に聞いてみる。写真撮っていいか?」
「勿論いいわよー」
ウキウキな様子の母さんと共に浴衣の写真を撮ってから、苗字にメールする。その後、驚く程すぐに携帯の通知が鳴った。丁寧なお礼と共に返ってきた了承の返事に笑いつつ、当日祭に来る全員に連絡する。
苗字が浴衣着るぞ、と。
知らせを受けた黒尾が「なら準備できるヤツは一緒に着よーぜ!」と一斉返信をして、それを聞いた母さんが張り切って「もし持ってない子がいたら、お父さんやお爺ちゃんのお古も出すからね!」と言い出して。
結局、なんだかんだ全員が三年生のいずれかの家に行き、浴衣を着ることになった。我が家の担当は、リエーフ、芝山、福永と苗字だ。未だショボレシーブばかりのヒヨッコ以外は落ち着きのある面子である。
ちなみに黒尾は研磨と山本、海の担当は犬岡と手白だ。それぞれバランスが取れてるね、と苗字が笑っていた。やっぱり可愛いなと思った。
お祭り当日。午前中の練習を終えた後、本番までそれぞれの家で過ごすことになった。
俺の家ではゲーム大会を開催した。中学生と小学生の弟に付き合ってレーシングゲームでよく対戦するのだが、リエーフと苗字はまったくの未経験だと言う。同じ学年同士ということでリエーフには芝山が、苗字には俺が手ずから教えると、見事にリエーフが大敗して苗字が圧勝した。めちゃくちゃ笑った。
初心者だとセンスだけじゃどうにもならない部分が大きいから、戦略を考えてコツを探すプレイングをする苗字が上手いのも当然だった。
全力で項垂れるリエーフの横で、一人おろおろする苗字が可愛かったから、母さんに持たされたカメラで記念に写真を撮る。いつの間にか映り込んでいた福永も、レンズを向ければ生真面目にピースする芝山も、やはり可愛い後輩だった。
そのまま全員で写真を撮ったり、母さんが用意してくれたおやつを食べたり、祭りのチラシを見ながら、何がしたいか何が食べたいか話したりする。
「衛輔、みんなー! そろそろ準備しましょ!」
夕方に差し掛かり、ウキウキの母さんが俺たちを呼びに来た。苗字は深々とお辞儀しつつも慣れたように一階へ降りていき、男子勢は俺の部屋で着付けを始める。
母さんから着付けのやり方は一通り習ったし、福永も人に教えられるレベルだと言うからヘルプ要員として来てもらった。お笑いの勉強でよく寄席に行くから自然と学んだらしいが、今度苗字も行きたいって言ってたから、俺もいずれは落語あたりを勉強しようか、とは思っていた。
リエーフには俺が、芝山には福永がついて着付けを終える。男子の浴衣は紺か黒か灰色といった落ち着いた色ばかりで代わり映えがないが、いざ着てみるとやはりリエーフは何でも颯爽と着こなすからムカついた。
「おー! やっぱり俺って着物も似合いますね!?」
「うるせえ」
黙っていれば何もしないのに、つい足が出てしまった。ついでに午前練のショボレシーブを思い出して、アドバイスついでにガヤガヤ会話をしていると、母さんが俺たちを呼ぶ声がする。リエーフが目の前で助かったという顔をしやがったから、次の練習では徹底的にしごいてやろうと決意した。
毎日暮らしている家なのに、俺は若干緊張しながら階段を降りていく。……普段は必死に表に出さないよう気を配ってはいるが、そりゃ俺も健全な男子高校生な訳で。初めて見る好きな子の浴衣姿なんて、そりゃドキドキするに決まっていた。
代表して俺が、和室の襖をノックする。「入っていいわよー」と母さんが言うのでゆっくりと開ける。
あの浴衣は予想通り苗字によく似合っていて、それなのに期待以上に可愛くて、何より綺麗だった。赤くて丸い飾りのついた簪で、お団子の形に髪を結っている姿も初めて見たが、やっぱり首筋のラインが綺麗なんだよなと実感する。……いや、我ながら気持ち悪いかと反省したけど。
照れくさそうに笑う苗字を見て、後輩たちが感嘆の声を上げていた。こういう時真っ先に声を上げそうなリエーフだが、先を越されたくなくて、素早く一歩を踏み出して口を開く。
「苗字、超似合ってる。かわいい。めっちゃ綺麗」
「あの夜久さん、人前なので少しは手加減というものをですね」
「いやいやマジで苗字さん! 超キレーッス!」
案の定リエーフも大声で叫び出したので、片眉を上げつつ肩をすくめる。
「な? でもこういう時は、俺が一番に言いてえから」
「ありがとね! 夜久も灰羽も福永も芝山も超カッコイイよ!」
母さんに見送られながら全員で家を出て、待ち合わせの神社前で男子バレー部が集合する。山本を筆頭に他のメンバーからも褒められて笑う姿は可愛くて、見ているだけで幸せだなと思った。
だが黒尾と海から背中を押されるまでもなく、苗字の隣は誰にも譲りたくなかったから、最後尾をゆっくり二人で歩こうと提案した。
「ね、夜久」
「ん?」
「今日は色々ありがと」
「いや。前も言ったけど、発案者は黒尾だし、浴衣着たらってアドバイスくれたのは母さんだからな。俺は乗っかっただけだし」
「それでも、なるべく全員で行きたいって言ってくれたのは、夜久なんでしょ? ……私、誰かと一緒にお祭り行くの、憧れてたの。初めてのお祭りに大好きな皆と来れて、ほんとに嬉しくて。だから、ありがと」
「ん。……それなら良かったわ」
照れくさそうに、寂しそうに、切なそうに、それでも幸せそうに、苗字は笑う。胸がいっぱいになりながら、俺はその想いに応えるようにそっと手を握った。優しい力で握り返されて、心臓が甘く痛むような気がした。
りんご飴を食べたり、射的をしたり、スーパーポールを掬ったり、焼きそばやたこ焼きを皆で食べたり、花火を見たり。笑いが絶えない部員たちの様子を見て、やっぱり全員で行こうと提案して良かったと目を細める。
俺は確かに苗字が好きで特別に想っているが、志を共にする部員たちのことだって、別の意味で大事に思っているから。
「ねえ夜久」
「ん?」
「また皆で来たいね」
「そーだな」
「……でも、夜久と二人で行くのも楽しそう」
「勿論、いつでも行こう。いくらでも機会はあるからな」
「……うん」
そうしてまた、二人でこっそり手を握る。祭りの薄暗くも明るい喧騒の中で、秘密の時間をひっそりと共有するように。
苗字の笑顔の中で泳ぐ金魚たちは心底幸せなんだろうなと、俺はまた何度も笑った。
※夜久さん視点
「じゃーん! やっくんに朗報でーす!!」
「おい突然なんだよ」
朝練に向けた着替えを終えたところで、ニヤニヤしたトサカ頭がニュッと視界の隅から生えてきた。朝一番からやけにソワソワしていたかと思えばこれだと呆れつつ、その手元にある一枚のポスターが目に留まる。
「お、夏祭りじゃん。昔よく行ってたわ」
「日程見てみ?」
「あー? ……成程な」
ちょうど、体育館が午後に使えない週末と重なっていた。このニヤケ顔は決まって苗字といる時によく見るヤツだから、まあ言いたいことは大体分かった。
「苗字に声かけて、部員全員で行くか? あ、でも研磨は嫌がるか」
「いやいや、何言ってんの!? 高校最後の夏なんて青春真っ盛りでしょーが! 二人きりで行きたくねえの!?」
「……余計なお世話だ」
「あだっ」
いかにも善意で言ってやってるんですって顔がムカついたから、つい足が出た。そのまま無言で睨み合う。
すると黒尾の背後でニコニコと見守っていた海が、いつも通り柔らかく口を開いた。
「夜久。俺も、苗字と二人で行ってきたら楽しめるんじゃないかと思ってたけど」
「……苗字は、なるべく全員で一緒に行った方が喜ぶだろ」
好きだの恋だのという話は、春高後まで口にしない。俺たちの暗黙の了解を、勝手にこちらから破るような真似はしたくなかった。
それに実際、苗字が一番嬉しそうに笑ってくれるのは、俺たちが全員で過ごしている姿を見守っている時だから。
「……いつも思うけど、やっくんって健気だよネー」
「うるせえほっとけ」
「まあそういうことなら、皆に声かけてみるか。苗字はどっちでも喜ぶとは思うけど」
「おー、頼むわ」
そんな訳で結果的に、レギュラー陣全員で夏祭りに行くことになった。不参加かと思われた研磨も黒尾が言いくるめたらしく、かなりの大所帯で向かうことが決定する。
知らせを聞いた後の苗字が、驚いた後に心底嬉しそうに可愛く笑ってくれたので、俺は既にそれだけで満足していたが。
「ねえ衛輔、ちょっといい?」
「おー、母さん。どうした?」
部活を終えて帰宅した後、自室でストレッチしていると声をかけられる。何か家事の手伝いでも必要だったかと考えつつ扉を開ければ、色鮮やかな朱色が目に飛び込んできた。
真っ白な水槽の中を、赤い金魚と黒い金魚が楽しそうに泳いでいる。そんな風に錯覚してしまう程に綺麗な生地で作られたそれが、浴衣だと理解するのに少し時間がかかった。
「あのね、余計なお世話かと思ったんだけど。名前ちゃん、この浴衣が似合うような気がするの。どう思う?」
「……うん、似合うな。それに喜んでくれると思う」
いつだって眩しくてキラキラしている苗字の笑顔は、とても綺麗で純粋で、けれど儚くて時折寂しそうにも見えるから、いつだってつい目を離せなくなる。あの煌めきは色で例えるなら白が近いし、赤と黒なんてまさにゴミ捨て場の決戦を連想させるから素直にはしゃぐだろう。その姿を想像して自然と頬が緩むのが分かった。
「お祭り当日、もし良ければ名前ちゃんを連れていらっしゃい。着付けも手伝ってあげるから」
「でも良いのか? わざわざ母さんに手間かけさせんのも悪いし」
「何言ってるの! 昔お母さんが着てたやつだから、名前ちゃん本人が嫌がらないこと前提ではあるけど……。単純に私がしてあげたいだけ!」
「ん、ありがとな。苗字に聞いてみる。写真撮っていいか?」
「勿論いいわよー」
ウキウキな様子の母さんと共に浴衣の写真を撮ってから、苗字にメールする。その後、驚く程すぐに携帯の通知が鳴った。丁寧なお礼と共に返ってきた了承の返事に笑いつつ、当日祭に来る全員に連絡する。
苗字が浴衣着るぞ、と。
知らせを受けた黒尾が「なら準備できるヤツは一緒に着よーぜ!」と一斉返信をして、それを聞いた母さんが張り切って「もし持ってない子がいたら、お父さんやお爺ちゃんのお古も出すからね!」と言い出して。
結局、なんだかんだ全員が三年生のいずれかの家に行き、浴衣を着ることになった。我が家の担当は、リエーフ、芝山、福永と苗字だ。未だショボレシーブばかりのヒヨッコ以外は落ち着きのある面子である。
ちなみに黒尾は研磨と山本、海の担当は犬岡と手白だ。それぞれバランスが取れてるね、と苗字が笑っていた。やっぱり可愛いなと思った。
お祭り当日。午前中の練習を終えた後、本番までそれぞれの家で過ごすことになった。
俺の家ではゲーム大会を開催した。中学生と小学生の弟に付き合ってレーシングゲームでよく対戦するのだが、リエーフと苗字はまったくの未経験だと言う。同じ学年同士ということでリエーフには芝山が、苗字には俺が手ずから教えると、見事にリエーフが大敗して苗字が圧勝した。めちゃくちゃ笑った。
初心者だとセンスだけじゃどうにもならない部分が大きいから、戦略を考えてコツを探すプレイングをする苗字が上手いのも当然だった。
全力で項垂れるリエーフの横で、一人おろおろする苗字が可愛かったから、母さんに持たされたカメラで記念に写真を撮る。いつの間にか映り込んでいた福永も、レンズを向ければ生真面目にピースする芝山も、やはり可愛い後輩だった。
そのまま全員で写真を撮ったり、母さんが用意してくれたおやつを食べたり、祭りのチラシを見ながら、何がしたいか何が食べたいか話したりする。
「衛輔、みんなー! そろそろ準備しましょ!」
夕方に差し掛かり、ウキウキの母さんが俺たちを呼びに来た。苗字は深々とお辞儀しつつも慣れたように一階へ降りていき、男子勢は俺の部屋で着付けを始める。
母さんから着付けのやり方は一通り習ったし、福永も人に教えられるレベルだと言うからヘルプ要員として来てもらった。お笑いの勉強でよく寄席に行くから自然と学んだらしいが、今度苗字も行きたいって言ってたから、俺もいずれは落語あたりを勉強しようか、とは思っていた。
リエーフには俺が、芝山には福永がついて着付けを終える。男子の浴衣は紺か黒か灰色といった落ち着いた色ばかりで代わり映えがないが、いざ着てみるとやはりリエーフは何でも颯爽と着こなすからムカついた。
「おー! やっぱり俺って着物も似合いますね!?」
「うるせえ」
黙っていれば何もしないのに、つい足が出てしまった。ついでに午前練のショボレシーブを思い出して、アドバイスついでにガヤガヤ会話をしていると、母さんが俺たちを呼ぶ声がする。リエーフが目の前で助かったという顔をしやがったから、次の練習では徹底的にしごいてやろうと決意した。
毎日暮らしている家なのに、俺は若干緊張しながら階段を降りていく。……普段は必死に表に出さないよう気を配ってはいるが、そりゃ俺も健全な男子高校生な訳で。初めて見る好きな子の浴衣姿なんて、そりゃドキドキするに決まっていた。
代表して俺が、和室の襖をノックする。「入っていいわよー」と母さんが言うのでゆっくりと開ける。
あの浴衣は予想通り苗字によく似合っていて、それなのに期待以上に可愛くて、何より綺麗だった。赤くて丸い飾りのついた簪で、お団子の形に髪を結っている姿も初めて見たが、やっぱり首筋のラインが綺麗なんだよなと実感する。……いや、我ながら気持ち悪いかと反省したけど。
照れくさそうに笑う苗字を見て、後輩たちが感嘆の声を上げていた。こういう時真っ先に声を上げそうなリエーフだが、先を越されたくなくて、素早く一歩を踏み出して口を開く。
「苗字、超似合ってる。かわいい。めっちゃ綺麗」
「あの夜久さん、人前なので少しは手加減というものをですね」
「いやいやマジで苗字さん! 超キレーッス!」
案の定リエーフも大声で叫び出したので、片眉を上げつつ肩をすくめる。
「な? でもこういう時は、俺が一番に言いてえから」
「ありがとね! 夜久も灰羽も福永も芝山も超カッコイイよ!」
母さんに見送られながら全員で家を出て、待ち合わせの神社前で男子バレー部が集合する。山本を筆頭に他のメンバーからも褒められて笑う姿は可愛くて、見ているだけで幸せだなと思った。
だが黒尾と海から背中を押されるまでもなく、苗字の隣は誰にも譲りたくなかったから、最後尾をゆっくり二人で歩こうと提案した。
「ね、夜久」
「ん?」
「今日は色々ありがと」
「いや。前も言ったけど、発案者は黒尾だし、浴衣着たらってアドバイスくれたのは母さんだからな。俺は乗っかっただけだし」
「それでも、なるべく全員で行きたいって言ってくれたのは、夜久なんでしょ? ……私、誰かと一緒にお祭り行くの、憧れてたの。初めてのお祭りに大好きな皆と来れて、ほんとに嬉しくて。だから、ありがと」
「ん。……それなら良かったわ」
照れくさそうに、寂しそうに、切なそうに、それでも幸せそうに、苗字は笑う。胸がいっぱいになりながら、俺はその想いに応えるようにそっと手を握った。優しい力で握り返されて、心臓が甘く痛むような気がした。
りんご飴を食べたり、射的をしたり、スーパーポールを掬ったり、焼きそばやたこ焼きを皆で食べたり、花火を見たり。笑いが絶えない部員たちの様子を見て、やっぱり全員で行こうと提案して良かったと目を細める。
俺は確かに苗字が好きで特別に想っているが、志を共にする部員たちのことだって、別の意味で大事に思っているから。
「ねえ夜久」
「ん?」
「また皆で来たいね」
「そーだな」
「……でも、夜久と二人で行くのも楽しそう」
「勿論、いつでも行こう。いくらでも機会はあるからな」
「……うん」
そうしてまた、二人でこっそり手を握る。祭りの薄暗くも明るい喧騒の中で、秘密の時間をひっそりと共有するように。
苗字の笑顔の中で泳ぐ金魚たちは心底幸せなんだろうなと、俺はまた何度も笑った。