透き通ったアプリオリ
私たちの関係性に、名前は無い。
彼の方が気まぐれにふらりと私の自宅へやって来ては、戯れに触れ合って体温を分け合うだけ。傍から見れば無節操で爛れているのかもしれないが、その実さっぱりとした関係値だと感じていた。
彼は私に執着も恋もしていない。ただその身に巣食う一時的な激情の発露先へと足を運んでいるだけであって、それ以上の意味も感情も無いことを知っていた。もっとも、夜鷹純はとんでもなく不器用な男なので、口にしていない理由は他にあるのかもしれないけれど、そこを深掘りしたいという欲求は無かった。
何故なら、私も彼を利用しているから。
元々、彼にコンタクトを取った理由も今までこの触れ合いを続けてきた理由も、全ては小説のためだった。執筆の材料が欲しいと、ただそれだけの思いで夜鷹純という唯一無二の男に手を伸ばし続けている。
私が日本国内で初めて賞を獲得したのは、フィギュアスケートを題材にした小説だった。未だに続編やスピンオフを望まれる程には人気を博したが、私が血肉を分け与えたそれを読み返せば、再び同じ題材で書こうという思いは湧かなかった。
今の私では、あれ以上に良いものを書けないことが自ずと理解出来てしまう。だからこそ、過去の自分を超えるためにひたすら文を書き綴っては、時折訪れる物語の種たる彼を迎え入れるのだ。
「名前」
「なに、純くん」
頭の奥から突如溢れ出してきた言葉の数々を、衝動的に書き留めた直後のことだった。シャツを一枚だけ羽織った状態でパソコンに向き合っていたが、背後から聞こえた声に振り返る。
既にきっちりと黒い服に身を包んでいた彼が、堂々とソファーに座っていた。その手には───私の下着が上下とも握られている。
「は!? え、何で持ってるの!?」
「履いてなさそうだったから」
「それはそうなんだけどね!?」
いくら今まで何度も見られてきた相手とはいえ、さすがに明るい場所でしげしげと観察するように見られると羞恥心で顔から火が出そうだった。勢いよくずかずかと近寄ってから、その手から遠慮なく奪う。
「持ってきてくれたのはありがとう!」
「……ここまで派手な色、初めてでしょ」
「冷静に分析されると恥ずかしいんですけど!」
「何で?」
「何でと言われても……」
あまりに身の回りを気にしないズボラすぎて、下着がいつの間にかヨれており危機感を覚えた結果、店員さんにオススメされるままに買っただけです。と素直に告白するのも恥ずかしい。
「……執筆の材料になると思ったから」
「ふうん」
別に嘘ではない。人生におけるどんな経験も糧になるからこそ、派手な色の下着を身に付けた時の感触や感情も言語化しておこうと、確かに思っていた。
「なら、次に書くの? 派手な下着の話」
「んー、……人物造形には使えるかもしれないけど、題材としては書かないかな」
「そう」
改めて、自分の手の中に戻ってきた滑らかな感触のそれを見下ろす。フラメンコを思わせるような深紅を見ながら自然と回転した頭が、「そうか」と納得する答えを導き出してしまった。
「この赤、純くんを思い出すなって……無意識の内に感じてたのかも」
「……僕を?」
「うん。純くんが触れてくれる時の力強さとか、瞳の熱とか、合間に聞こえる鼓動とか。……全部烈しくて、優しくて、このまま全身が灼かれそうだなって思うから。その感覚に近しい色だなって」
成程。だからこその無意識の選択ね、と自分自身の感性を深掘りしながら、下着を洗濯ネットに入れるべく洗面所に向かおうとした。
が、突如背後から伸びてきた太い腕に、ガッと全身を絡め取られる。すっかり肌に馴染んだ体温がぴったりと背中にくっ付いて、鋭い顎先が私の肩にそっと乗った。
「え、純くん? どうしたの」
「……何となく」
「そっか……?」
「うん」
大きくて硬い手のひらが、お腹にぴったりと当てられていた。まるで私の身体の輪郭を確かめているかのようだ、と本能的に感じる。
そのまま特に言葉や視線を交わすこともなく、私たちは身を寄せ合っていた。名前も答えも未来もない間柄を象徴するように、何の生産性も意味も無い時間を過ごしていく。
それなのに何故か心が満たされてしまうのだから、愛とは不思議な衝動だ、と思った。報われなくとも対価が無くとも構わないと考えてしまう愚かな私のことを、きっと彼は愛さない。だからこそ私は安心して、この身を彼に委ねることが出来ていた。
彼の方が気まぐれにふらりと私の自宅へやって来ては、戯れに触れ合って体温を分け合うだけ。傍から見れば無節操で爛れているのかもしれないが、その実さっぱりとした関係値だと感じていた。
彼は私に執着も恋もしていない。ただその身に巣食う一時的な激情の発露先へと足を運んでいるだけであって、それ以上の意味も感情も無いことを知っていた。もっとも、夜鷹純はとんでもなく不器用な男なので、口にしていない理由は他にあるのかもしれないけれど、そこを深掘りしたいという欲求は無かった。
何故なら、私も彼を利用しているから。
元々、彼にコンタクトを取った理由も今までこの触れ合いを続けてきた理由も、全ては小説のためだった。執筆の材料が欲しいと、ただそれだけの思いで夜鷹純という唯一無二の男に手を伸ばし続けている。
私が日本国内で初めて賞を獲得したのは、フィギュアスケートを題材にした小説だった。未だに続編やスピンオフを望まれる程には人気を博したが、私が血肉を分け与えたそれを読み返せば、再び同じ題材で書こうという思いは湧かなかった。
今の私では、あれ以上に良いものを書けないことが自ずと理解出来てしまう。だからこそ、過去の自分を超えるためにひたすら文を書き綴っては、時折訪れる物語の種たる彼を迎え入れるのだ。
「名前」
「なに、純くん」
頭の奥から突如溢れ出してきた言葉の数々を、衝動的に書き留めた直後のことだった。シャツを一枚だけ羽織った状態でパソコンに向き合っていたが、背後から聞こえた声に振り返る。
既にきっちりと黒い服に身を包んでいた彼が、堂々とソファーに座っていた。その手には───私の下着が上下とも握られている。
「は!? え、何で持ってるの!?」
「履いてなさそうだったから」
「それはそうなんだけどね!?」
いくら今まで何度も見られてきた相手とはいえ、さすがに明るい場所でしげしげと観察するように見られると羞恥心で顔から火が出そうだった。勢いよくずかずかと近寄ってから、その手から遠慮なく奪う。
「持ってきてくれたのはありがとう!」
「……ここまで派手な色、初めてでしょ」
「冷静に分析されると恥ずかしいんですけど!」
「何で?」
「何でと言われても……」
あまりに身の回りを気にしないズボラすぎて、下着がいつの間にかヨれており危機感を覚えた結果、店員さんにオススメされるままに買っただけです。と素直に告白するのも恥ずかしい。
「……執筆の材料になると思ったから」
「ふうん」
別に嘘ではない。人生におけるどんな経験も糧になるからこそ、派手な色の下着を身に付けた時の感触や感情も言語化しておこうと、確かに思っていた。
「なら、次に書くの? 派手な下着の話」
「んー、……人物造形には使えるかもしれないけど、題材としては書かないかな」
「そう」
改めて、自分の手の中に戻ってきた滑らかな感触のそれを見下ろす。フラメンコを思わせるような深紅を見ながら自然と回転した頭が、「そうか」と納得する答えを導き出してしまった。
「この赤、純くんを思い出すなって……無意識の内に感じてたのかも」
「……僕を?」
「うん。純くんが触れてくれる時の力強さとか、瞳の熱とか、合間に聞こえる鼓動とか。……全部烈しくて、優しくて、このまま全身が灼かれそうだなって思うから。その感覚に近しい色だなって」
成程。だからこその無意識の選択ね、と自分自身の感性を深掘りしながら、下着を洗濯ネットに入れるべく洗面所に向かおうとした。
が、突如背後から伸びてきた太い腕に、ガッと全身を絡め取られる。すっかり肌に馴染んだ体温がぴったりと背中にくっ付いて、鋭い顎先が私の肩にそっと乗った。
「え、純くん? どうしたの」
「……何となく」
「そっか……?」
「うん」
大きくて硬い手のひらが、お腹にぴったりと当てられていた。まるで私の身体の輪郭を確かめているかのようだ、と本能的に感じる。
そのまま特に言葉や視線を交わすこともなく、私たちは身を寄せ合っていた。名前も答えも未来もない間柄を象徴するように、何の生産性も意味も無い時間を過ごしていく。
それなのに何故か心が満たされてしまうのだから、愛とは不思議な衝動だ、と思った。報われなくとも対価が無くとも構わないと考えてしまう愚かな私のことを、きっと彼は愛さない。だからこそ私は安心して、この身を彼に委ねることが出来ていた。