高慢なロゴス
私は一生、結婚をする気も子どもを産む気もなかった。
その根底にあるのは、一人で生きていきたいから等という前向きな理由ではない。他者に頼らずとも資産があるから、なんて高慢な思いが主旨な訳でもない。ただ私は、一緒にいる人を不幸にすることしか出来ないと、その事実を身に染みて理解しているからだ。
そんなことを、心配そうに私を見つめている彼女に対して正直に言ったら、悲痛な顔をされることは想像に難くない。
「……エイヴァ、私たちのことはそんなに心配しなくても大丈夫だから」
現役時代に行った密着取材をキッカケに知り合い、出不精な私を度々引っ張り出してくれるのだから、やはり鴗鳥家の母はあまりにも温かすぎる。こちらが引く境界線も尊重して適切な距離を取ろうとしてくれる彼女は、私の数少ない友人だった。
「だって名前、まだ一度もデートすらしてないんでしょう?」
真っ直ぐ向けられた視線に、つい目を逸らしてしまう。誤魔化すように手元のアイスティーで唇を湿らせてから、どうしたものかと頭を捻った。
私と夜鷹純の関係性を、彼女にだけは薄らと伝えている。別に自慢や報告をしたい訳ではなかった。鴗鳥家は、実質的に彼の保護者的な立ち位置であり、得がたい宝を預けている場所だと認識していたから。自ら私について語るとは思えなかったけれど、彼が魂を賭ける教え子が生活する環境に、万が一にでも不確定な揺らぎを与えるのは避けたかった。
二人で入った喫茶店の中は適度な喧騒で溢れていて、周囲では女子会らしき会話も飛び交っている。多少は込み入った話をしても問題ないか、と肩をすくめた。
「……下手にマスコミに写真でも撮られて、純くんに迷惑かけるのは嫌だし」
「良いじゃない。社会的な既成事実も作れて」
いかにも欧米人らしい思考に苦笑するしかない。普段は母親らしく柔和な笑顔を浮かべる彼女も、男女仲についてはシビアかつアグレッシブな思考をするのだなあと感動すら覚えたけれど。
そもそも、告白してから付き合うなんて回りくどい文化に馴染みのない彼女だったからこそ、天然で穏やかな鴗鳥氏を射止められたのだろう。
それに自惚れている訳ではないが、有名な文学賞を最年少受賞して多少は騒がれた過去があり、現在も私の写真自体は出回っている筈である。出来る限りリスクヘッジはしておくべきだと考えていた。
「純くんも私も、そういうの興味ないからなあ。……んーでも、それがキッカケでインターネットで炎上を経験したら、良いのが一本書けるかも」
「何で炎上する前提なの?」
「世界は永遠に、夜鷹純に対して孤高であることを求めるから。……そもそも純くん自身がそれを選択したでしょう」
私は誰が相手だったとしても、結婚も出産も望まないだろう。それなのに、未だに世界各地へ鮮烈な光を届け続けている夜鷹純と、一対一の契約関係を結ぶだなんて考えられなかった。私なんかに縛られる夜鷹純など、許せる筈もなかった。
「なら、純の方が望んだらどうするの? 名前と恋人になって、結婚して、子どもが欲しいって」
まるで天変地異のような質問をしてくる友人に対して、ついきょとんとしてしまう。そんな人生を今さら望むようなひとだったのなら、夜鷹純は夜鷹純たり得なかっただろう。
しかし、もしも。そんな驚天動地な言葉を受け取ったのだと仮定すれば。
「消えるかな。純くんの目が届かない世界の端まで」
「……それは、純のため? それとも、名前自身のため?」
痛いところを突いてくるなあ、と苦笑した。世界で唯一無二の光を持つ男をどうしようもなく愛してしまった立場として、やはり勘づくものがあるのだろう。そして、友人として心から私たちを思いやってくれるからこそ、こんな自分勝手な女の話にも耳を傾けてくれるのだろう。
「これは私のため。幸せになってしまったら、私は創作することが出来ないから。不幸なままでいなきゃ、物語を書き続けることが出来ないの」
「……そっか。でも、そうね。だからこそ名前の書く小説は私たちの胸を打つのね。きっと……孤独を自ら選ぶあなた達だからこそ、私も応援したくなるんだわ」
「……ありがとう。ごめんね、エイヴァ」
「いいの! 私も無粋なことばかり聞いちゃったわ。でも……本当に消える時は、ちゃんと連絡してね」
真剣な目に射抜かれて、つい身体が強張った。さすがは元トップアスリートらしいオーラのある瞳だと感心するよりも前に、私が消える可能性を確信していそうな様子を受けて、つい動揺してしまう。
小説を書けなくなった私に価値など無い。だから愛されていい訳がない。彼が今後どんな選択をしようが、私のこの価値観が揺らぐことはない。
それなのに、ざわざわと心臓の奥が騒めくような感覚がして落ち着かなかった。この焦燥感さえも物語の種として植え付けようとする私は、きっと人間として欠陥品のままなのだろう。
その事実にひどく安心しながら、話題を変えてくれた友人の気遣いに寄りかかっていく。
私は、私を一番に想わないひとを慕うことで、ようやく自分の愛を痛感することが出来るのだから。
その根底にあるのは、一人で生きていきたいから等という前向きな理由ではない。他者に頼らずとも資産があるから、なんて高慢な思いが主旨な訳でもない。ただ私は、一緒にいる人を不幸にすることしか出来ないと、その事実を身に染みて理解しているからだ。
そんなことを、心配そうに私を見つめている彼女に対して正直に言ったら、悲痛な顔をされることは想像に難くない。
「……エイヴァ、私たちのことはそんなに心配しなくても大丈夫だから」
現役時代に行った密着取材をキッカケに知り合い、出不精な私を度々引っ張り出してくれるのだから、やはり鴗鳥家の母はあまりにも温かすぎる。こちらが引く境界線も尊重して適切な距離を取ろうとしてくれる彼女は、私の数少ない友人だった。
「だって名前、まだ一度もデートすらしてないんでしょう?」
真っ直ぐ向けられた視線に、つい目を逸らしてしまう。誤魔化すように手元のアイスティーで唇を湿らせてから、どうしたものかと頭を捻った。
私と夜鷹純の関係性を、彼女にだけは薄らと伝えている。別に自慢や報告をしたい訳ではなかった。鴗鳥家は、実質的に彼の保護者的な立ち位置であり、得がたい宝を預けている場所だと認識していたから。自ら私について語るとは思えなかったけれど、彼が魂を賭ける教え子が生活する環境に、万が一にでも不確定な揺らぎを与えるのは避けたかった。
二人で入った喫茶店の中は適度な喧騒で溢れていて、周囲では女子会らしき会話も飛び交っている。多少は込み入った話をしても問題ないか、と肩をすくめた。
「……下手にマスコミに写真でも撮られて、純くんに迷惑かけるのは嫌だし」
「良いじゃない。社会的な既成事実も作れて」
いかにも欧米人らしい思考に苦笑するしかない。普段は母親らしく柔和な笑顔を浮かべる彼女も、男女仲についてはシビアかつアグレッシブな思考をするのだなあと感動すら覚えたけれど。
そもそも、告白してから付き合うなんて回りくどい文化に馴染みのない彼女だったからこそ、天然で穏やかな鴗鳥氏を射止められたのだろう。
それに自惚れている訳ではないが、有名な文学賞を最年少受賞して多少は騒がれた過去があり、現在も私の写真自体は出回っている筈である。出来る限りリスクヘッジはしておくべきだと考えていた。
「純くんも私も、そういうの興味ないからなあ。……んーでも、それがキッカケでインターネットで炎上を経験したら、良いのが一本書けるかも」
「何で炎上する前提なの?」
「世界は永遠に、夜鷹純に対して孤高であることを求めるから。……そもそも純くん自身がそれを選択したでしょう」
私は誰が相手だったとしても、結婚も出産も望まないだろう。それなのに、未だに世界各地へ鮮烈な光を届け続けている夜鷹純と、一対一の契約関係を結ぶだなんて考えられなかった。私なんかに縛られる夜鷹純など、許せる筈もなかった。
「なら、純の方が望んだらどうするの? 名前と恋人になって、結婚して、子どもが欲しいって」
まるで天変地異のような質問をしてくる友人に対して、ついきょとんとしてしまう。そんな人生を今さら望むようなひとだったのなら、夜鷹純は夜鷹純たり得なかっただろう。
しかし、もしも。そんな驚天動地な言葉を受け取ったのだと仮定すれば。
「消えるかな。純くんの目が届かない世界の端まで」
「……それは、純のため? それとも、名前自身のため?」
痛いところを突いてくるなあ、と苦笑した。世界で唯一無二の光を持つ男をどうしようもなく愛してしまった立場として、やはり勘づくものがあるのだろう。そして、友人として心から私たちを思いやってくれるからこそ、こんな自分勝手な女の話にも耳を傾けてくれるのだろう。
「これは私のため。幸せになってしまったら、私は創作することが出来ないから。不幸なままでいなきゃ、物語を書き続けることが出来ないの」
「……そっか。でも、そうね。だからこそ名前の書く小説は私たちの胸を打つのね。きっと……孤独を自ら選ぶあなた達だからこそ、私も応援したくなるんだわ」
「……ありがとう。ごめんね、エイヴァ」
「いいの! 私も無粋なことばかり聞いちゃったわ。でも……本当に消える時は、ちゃんと連絡してね」
真剣な目に射抜かれて、つい身体が強張った。さすがは元トップアスリートらしいオーラのある瞳だと感心するよりも前に、私が消える可能性を確信していそうな様子を受けて、つい動揺してしまう。
小説を書けなくなった私に価値など無い。だから愛されていい訳がない。彼が今後どんな選択をしようが、私のこの価値観が揺らぐことはない。
それなのに、ざわざわと心臓の奥が騒めくような感覚がして落ち着かなかった。この焦燥感さえも物語の種として植え付けようとする私は、きっと人間として欠陥品のままなのだろう。
その事実にひどく安心しながら、話題を変えてくれた友人の気遣いに寄りかかっていく。
私は、私を一番に想わないひとを慕うことで、ようやく自分の愛を痛感することが出来るのだから。