謝罪と惚気と縞模様
「父兄さんからスイカの差し入れでーす!」
雪絵ちゃんと共にウキウキで切ったスイカは、各校のマネージャーによって運ばれていった。午後の一番暑い時間帯に取った休憩時間だからこそ、選手たちは汗だくになりながら嬉しそうに飛び上がっている。運搬係は雪絵ちゃんと共に免除してもらったから、皆の背後でニコニコと眺めていた。
新木さんは仕事があるからと言って既に帰ってしまったが、この光景を見たら喜ぶだろうな、と微笑ましくなり記録用に写真を取ろうとした瞬間───、近くで凛とした大声が響いた。
「まずは! お礼ー!!」
夜久だった。怒り心頭といった顔で、スイカに飛びつこうとした全員を威圧している。確かに何も言わずに手に取るのは行儀が悪いとはいえ、こんな暑い日にさえ頑張る皆を誰も責める気はないというのに。さすが、毎度誰に対してもお礼を欠かさない男前だ。
すっかり気圧された様子のメンバーが、おずおずとお礼を言いながら受け取っていく。
「そんな怒らなくてもいいのに」
隣に行って笑いながら言えば、真剣な瞳が返ってくる。
「苗字が今朝外に出たのも試合に遅れたのも、このためだろ?」
「うん、その通りだけど」
「だから、苗字の努力をもっと皆褒めろって俺が思ってるだけ」
二ッと悪戯っぽく笑う夜久の気持ちに、胸が熱くなった。好きなものに対して真っ直ぐすぎる努力家だからこそ、人の努力にもこうして細かく気付いて言語化してくれる。そんな夜久の隣だからこそ、私もこうやって安心して笑えるようになったんだろうなあと目を細めた。
「ありがと。ほら、スイカ食べてきなよ」
「おー。ならお言葉に甘えて行ってくる。苗字もちゃんと食えよ!」
「はーい」
夜久との距離感よりはだいぶ近い自覚はあるが、常にベタベタと一緒にいる訳ではない。互いの交友関係に割って入ったりはしないし、各々の自由な時間も空間も尊重しあえている、と感じていた。
列に並んですぐ西谷くんと楽しそうに喋り始めた背中に対し、別の意味でときめきを覚えていると、左の肩先をちょんちょんと突かれる。見れば、黒尾が間近で手を振っていた。
「苗字。澤村さんのとこ一緒に行かね?」
「あ、そうだね! ありがと」
月島くんにちょっかいをかけて怒らせてしまった立場として、義理は通さなければならない。絶賛スイカの配布中とあって通常の休憩より長めに設定しているし、今が絶好のチャンスだろう。さすがは視野の広い主将だ。
「ついでに苗字の分のスイカも取ってこーぜ」
「やった」
近くにいた真子ちゃんから「名前ちゃんは大きいの食べて!」とずいずい差し出されたので有難く受け取りつつ、皮まで意気揚々と回収している梟谷マネの二人にお礼を言っておく。眩しい笑顔が返ってきたから、お夕飯作りも頑張らねばと決意した。
改めて、黒尾と並んでスイカを食べながら烏野の面々を探していく。その途中、孤爪が日向くんや灰羽の隣で黙々と咀嚼する姿や、各校が固まってわちゃわちゃと美味しそうに食べている様子を見た。かなりの大きさと量だったから冷やすのも切るのもそれなりに苦労したので、皆の息抜きに貢献できたなら素直に嬉しくなってしまう。
「お、いたいた。澤村さーん! ちょっといい?」
「ん? 黒尾に苗字さん?」
東峰くんや田中くんと共に座っていた澤村くんが、不思議そうな顔をした。急に他校のキャプテンとマネージャーが一緒に来たらそりゃ驚くよなあと苦笑しつつ、カチコチと固まってしまった田中くんに申し訳なさが募る。山本の緊張を解すための方法なら分かるのだが、さすがに知り合って間もない他校の後輩の攻略法は分からなかった。
ここで潔子ちゃんに頼ったら絶対に逆効果だろうし。とりあえずは話を黒尾に任せて、もしお邪魔そうならすぐ退散しよう。
「昨日、お宅のツッキーくんを怒らせちゃったんだよねー。だから当事者として謝罪に来まして」
「黒尾に同じく。本当にごめんね」
「え? 黒尾はともかく苗字さんが?」
「ちょっとそれどういう意味かな澤村さん!?」
「はは、冗談だって」
報告した内容は二点だ。黒尾が昨日ツッキーをブロックの自主練に誘って、日向くんの話題で煽ったら急に雰囲気が変わってしまったこと。その後に私が追いかけたら、ツッキーの内面に踏み込みすぎて怒らせてしまったこと、である。
澤村くん的にも、黒尾の練習に付き合ったこと自体が驚きだったようで、予想通り普段の練習も必要な分だけサラリとこなすタイプなのだと知る。黒尾の場合、それなら尚のこと燃えるし構いたくなるんだろうな。
孤爪や手白みたいに寡黙なタイプに絡む時が一番生き生きしてるから。似たような境遇を持つ立場として察するが、やはり過去の自分を見ているようで放っておけないのだろう、とも思う。
「そういえば、澤村くんに聞きたいことがあって」
私が口を開くと、烏野メンバーの背筋がピンと伸びていくのが分かって笑ってしまった。潔子ちゃんや仁花ちゃんがいるから、女の子慣れしていないという訳ではないんだろうけど。
「自意識過剰かもしれないんだけど。たとえば部活の休憩中とか……、日向くんが私の話したりしてなかった?」
「あー、そういえば結構あったかもなあ。苗字さんのレシピがすげー、とか。作文で賞取ったらしいぜ、とか。音駒の様子を逐一伝えてくれてたのも苗字さんだもんな」
「やっぱりそっかあ……」
「日向の奴がなんかしたなら、俺から言っておこうか?」
「あ、全然その必要はないよ! これは誰も悪くない話というか、うーん」
昨晩、私に対するツッキーの当たりが強かった理由が未だに不明瞭だったのだが、なんとなく仮説は立てられた気がする。隣の黒尾をチラリと見遣ると、こちらの考えを見通したように軽く頷いた。
「好きなことに真っ直ぐすぎて眩しくてつい目を奪われるって意味で、十番くんと苗字が被って見えたのかもなー」
「いや、そこまで褒めちぎられると色々語弊があるけど」
「んー、なら自然と周りから注目を集める存在?」
「ほぼ同じ意味だし、それに同意するのは恥ずかしいんだけど!?」
「苗字ちゃん照れんなよー、このこの」
つんつんと肩を突かれたので、こちらもお返しに拳を軽く突き返す。ツッキーが日向くんに対してコンプレックスに近しい複雑な感情を抱いているらしいことが分かったので、色々と腑に落ちた。
澤村くんが、納得したように頷きながら口を開く。
「苗字さん、特定の分野で才能があるって意味では影山にも似てるからなあ。あの二人と月島、あまり相性が良くないんだよ」
しみじみと呟くように追撃をされて、更に顔が熱くなった。もしかしたら今日は終日キャップが手放せないかもしれない。
「あんなに突出した才能はないんだけどね……?」
居た堪れなくなった私を慮ってか、黒尾が軽い調子で笑った。
「あらま。苗字ってば、いつの間に他校の後輩たちの融合体になっちゃったの」
「なってない。でもそれなら、ツッキーに対しては日向くんを引き合いに出すような煽り方をしなければオッケーってことだね」
話を取りまとめてから、黒尾と頷き合った。ひとまず謝罪と解決案はハッキリしたので充分だろう。
「そーいうことみたいだねえ。改めて澤村さん、すまん」
「私からも、ごめんなさい!」
「いやいや、こっちも嫌な思いさせただろうし。お互い様ってことでここは一つ」
「あ、あのぉ……」
田中くんが、汗をだらだらと流しながら蚊の鳴くような声で呟いた。何か言いたげな顔をしているため、私が此処にいたら話が進展しないだろう。これ以上、個人的に力になれることも無いだろうし。
「それじゃ私、マネージャーの仕事に戻るね!」
「苗字さん、わざわざありがとな」
「いえいえー。澤村くんも色々ご丁寧にありがと。東峰くんも田中くんも邪魔してごめんね」
東峰くんからは優しい微笑みを、田中くんからは大袈裟な程の直角のお辞儀を返してもらった。最後に黒尾と手を振り合ってから、踵を返してマネージャー陣に合流すべく歩き出す。
そして少し進んだところで、───私は運命的な光景に出くわした。体育館の入り口近くで、夜久と西谷くんと日向くんが横並びで立ちながら、スイカを食べている。ハムスターが頬袋にめいっぱい詰め込むようにもぐもぐと口を動かす様に、ぎゅんと胸がときめいてつい叫んでしまった。
「え!! かわいい!!!」
「……おい苗字、何がどう可愛いんだよ」
真っ先に私に気付いた夜久が、ジトリとした視線を向けてくる。
「え。なんかもう……三人の存在そのものが愛らしい」
「苗字の方が可愛いから安心しろ」
「いや!! 絶対に私より皆の方が可愛い!!!」
西谷くんも日向くんもスイカに夢中で、こちらの会話は話半分で聞いているようだった。いくつも咲く満面の笑みを見ていると、冷やすのも切るのも頑張った甲斐があるなあと笑ってしまう。
「お二人とも、一体何の争いですか?」
謎に白熱しかけた私と夜久の会話をぶった切ってくれたのは、いつもながら冷静な顔をした赤葦だった。さすがの私たちも第三者が介入したことにより頭を冷やす。
「……ごめん赤葦、あまりに尊い光景に我を失っちゃって」
「……悪い赤葦、俺より苗字の方が可愛いからムキになったわ」
「ここまで盛大に惚気られると、一周回って爽やかに感じるのが不思議ですよね」
いや惚気てはいないんだけど、と瞬時に思ったものの、それよりも赤葦が持っている山盛りの皮入りボウルに意識を取られた。選手に持たせて自分が手ぶらだなんて、マネージャー失格すぎるだろう。
「赤葦、そのボウル持つよ! すぐ気付かなくてごめんね」
「……、そうですね。白福さんも苗字さんに渡したいと言っていたので、預けます」
「うん! 任されました」
そのまま預かると、腕全体にずしりと重みが乗っかる。赤葦が少しだけ返事を躊躇ったのは、この重さを女子に預けて良いものか迷ってくれたのかなと察した。だが運動部のマネージャーもそれなりの運動量だし、休日もギターを引っさげてあれこれやっている身としては全く問題ない。
ボウルを覗き込めば、薄らと赤い果肉の跡が見える皮がたくさんあって、自然と気分も上がった。これならお夕飯もたくさん作れそうだ。
「赤葦、回収してくれてありがとね。代わりに晩ご飯は頑張るから!」
「いえ。白福さんがやけに張り切ってたんですが、今日の夜ってそんなに凄いんですか?」
いつもクールな赤葦も、僅かばかりソワソワした表情をしていて愛らしい。バーベキューレベルじゃないから期待値を上げすぎると悪いかと思ったが、味の好みが渋めな二人には言っても問題ないか。
「凄いかは分からないけど、ちらし寿司にしようと思ってて。合宿で作るのは初めてかも」
「え! ……めちゃくちゃ嬉しいです午後の練習も頑張ります」
「マジか! 俺も頑張るわ」
二人とも目が本気でキラキラとしていた。普段は大人っぽい表情ばかり見ているから尚のこと喜びが伝わってきて、こちらも素直に嬉しい。美味しいご飯には、皆をすぐに元気にさせられる魔法の力があると知っているから、今日も腕によりをかけよう。
「苗字、この後また厨房に行くんだよな?」
「うん。分裂できることなら、練習もずっと見守ってたいんだけど」
「まあ俺も苗字がいてくれたら嬉しいけどな。代わりに約束してやるよ、今日はこれからノーペナルティ達成!」
「あ、なら苗字さん。俺も約束します、ノーペナルティを達成するのは梟谷 なんで」
瞬間、ピリッと緊迫した視線が交差する。二人が本気で言ってくれていることが分かったからこそ、場違いかもしれないけどカッコイイなと胸が熱くなった。今の私は、音駒のマネージャーであると同時に、梟谷グループのマネージャーの一人でもあるから。
「了解。じゃ、二人とも約束ね」
「……そこは俺だけと約束しろよ」
「夜久さんって意外と独占欲が強いんですね」
「は!?」
多少のことでは動じない夜久の声が、僅かながらに上擦っている。巻き込まれた身として私も恥ずかしいのだが、他校の後輩から指摘されたら尚のこと羞恥心が募るだろう。私からもフォローしておこう。
「あー、夜久はこう見えて可愛いとこあるからね」
「苗字の方が可愛いだろうが!」
「なんでフォローしようとした私に追撃するの!?」
そのまま第二の言い合いが始まりそうになったタイミングで、ちょうど練習再開の声が聞こえた。夜久と話していると、つい剥き出しの生身の自分をさらけ出しそうになるから、これ以上余計なことを言ってしまいたくなかった。ついホッと息を吐いてしまう。
「苗字」
「ん?」
「カッコイイとこ見せてやるから、それ終わったら傍で見てろよ」
じゃーな、と涼しい顔で去っていく背中は逞しくて、どうしようもなくカッコよかった。もう出会ってから二年以上経つというのに、この合宿に来てから既に何度沸騰しかけたか分からない。
「……苗字さん。夜久さんの牽制が物凄くて、超怖かったんですけど」
「とか言って赤葦は涼しい顔してるよね!?」
「まあ、もう慣れたので」
では失礼します、とスタスタ歩き始めた背中を見送った。さすが我らが梟谷グループは、胆力があってマイペースな有望株揃いだと肩をすくめる。
すれ違いざまに皆と挨拶を交わしつつ、照りつける夏の陽射しに目を細めた。今日はまた黒尾がツッキーを誘うだろうし、夜久は意気揚々とペナルティの結果報告をしてくるだろう。その後、他の皆にどんな話題で話しかけようかと考えるだけでも心が躍る。
試合中コートの中に入れなくても、今はベンチに座ることすら出来なくても、私は頭の天辺から爪先までバレー部のマネージャーのままなのだと思い知った。それはとても幸せで、嬉しくて、やはりほんの少しだけ切なくなる。
皆が好きすぎて切ないだなんて言ったら、いつか夜久に小突かれそうだなあと、小走りのまま笑ってしまった。
雪絵ちゃんと共にウキウキで切ったスイカは、各校のマネージャーによって運ばれていった。午後の一番暑い時間帯に取った休憩時間だからこそ、選手たちは汗だくになりながら嬉しそうに飛び上がっている。運搬係は雪絵ちゃんと共に免除してもらったから、皆の背後でニコニコと眺めていた。
新木さんは仕事があるからと言って既に帰ってしまったが、この光景を見たら喜ぶだろうな、と微笑ましくなり記録用に写真を取ろうとした瞬間───、近くで凛とした大声が響いた。
「まずは! お礼ー!!」
夜久だった。怒り心頭といった顔で、スイカに飛びつこうとした全員を威圧している。確かに何も言わずに手に取るのは行儀が悪いとはいえ、こんな暑い日にさえ頑張る皆を誰も責める気はないというのに。さすが、毎度誰に対してもお礼を欠かさない男前だ。
すっかり気圧された様子のメンバーが、おずおずとお礼を言いながら受け取っていく。
「そんな怒らなくてもいいのに」
隣に行って笑いながら言えば、真剣な瞳が返ってくる。
「苗字が今朝外に出たのも試合に遅れたのも、このためだろ?」
「うん、その通りだけど」
「だから、苗字の努力をもっと皆褒めろって俺が思ってるだけ」
二ッと悪戯っぽく笑う夜久の気持ちに、胸が熱くなった。好きなものに対して真っ直ぐすぎる努力家だからこそ、人の努力にもこうして細かく気付いて言語化してくれる。そんな夜久の隣だからこそ、私もこうやって安心して笑えるようになったんだろうなあと目を細めた。
「ありがと。ほら、スイカ食べてきなよ」
「おー。ならお言葉に甘えて行ってくる。苗字もちゃんと食えよ!」
「はーい」
夜久との距離感よりはだいぶ近い自覚はあるが、常にベタベタと一緒にいる訳ではない。互いの交友関係に割って入ったりはしないし、各々の自由な時間も空間も尊重しあえている、と感じていた。
列に並んですぐ西谷くんと楽しそうに喋り始めた背中に対し、別の意味でときめきを覚えていると、左の肩先をちょんちょんと突かれる。見れば、黒尾が間近で手を振っていた。
「苗字。澤村さんのとこ一緒に行かね?」
「あ、そうだね! ありがと」
月島くんにちょっかいをかけて怒らせてしまった立場として、義理は通さなければならない。絶賛スイカの配布中とあって通常の休憩より長めに設定しているし、今が絶好のチャンスだろう。さすがは視野の広い主将だ。
「ついでに苗字の分のスイカも取ってこーぜ」
「やった」
近くにいた真子ちゃんから「名前ちゃんは大きいの食べて!」とずいずい差し出されたので有難く受け取りつつ、皮まで意気揚々と回収している梟谷マネの二人にお礼を言っておく。眩しい笑顔が返ってきたから、お夕飯作りも頑張らねばと決意した。
改めて、黒尾と並んでスイカを食べながら烏野の面々を探していく。その途中、孤爪が日向くんや灰羽の隣で黙々と咀嚼する姿や、各校が固まってわちゃわちゃと美味しそうに食べている様子を見た。かなりの大きさと量だったから冷やすのも切るのもそれなりに苦労したので、皆の息抜きに貢献できたなら素直に嬉しくなってしまう。
「お、いたいた。澤村さーん! ちょっといい?」
「ん? 黒尾に苗字さん?」
東峰くんや田中くんと共に座っていた澤村くんが、不思議そうな顔をした。急に他校のキャプテンとマネージャーが一緒に来たらそりゃ驚くよなあと苦笑しつつ、カチコチと固まってしまった田中くんに申し訳なさが募る。山本の緊張を解すための方法なら分かるのだが、さすがに知り合って間もない他校の後輩の攻略法は分からなかった。
ここで潔子ちゃんに頼ったら絶対に逆効果だろうし。とりあえずは話を黒尾に任せて、もしお邪魔そうならすぐ退散しよう。
「昨日、お宅のツッキーくんを怒らせちゃったんだよねー。だから当事者として謝罪に来まして」
「黒尾に同じく。本当にごめんね」
「え? 黒尾はともかく苗字さんが?」
「ちょっとそれどういう意味かな澤村さん!?」
「はは、冗談だって」
報告した内容は二点だ。黒尾が昨日ツッキーをブロックの自主練に誘って、日向くんの話題で煽ったら急に雰囲気が変わってしまったこと。その後に私が追いかけたら、ツッキーの内面に踏み込みすぎて怒らせてしまったこと、である。
澤村くん的にも、黒尾の練習に付き合ったこと自体が驚きだったようで、予想通り普段の練習も必要な分だけサラリとこなすタイプなのだと知る。黒尾の場合、それなら尚のこと燃えるし構いたくなるんだろうな。
孤爪や手白みたいに寡黙なタイプに絡む時が一番生き生きしてるから。似たような境遇を持つ立場として察するが、やはり過去の自分を見ているようで放っておけないのだろう、とも思う。
「そういえば、澤村くんに聞きたいことがあって」
私が口を開くと、烏野メンバーの背筋がピンと伸びていくのが分かって笑ってしまった。潔子ちゃんや仁花ちゃんがいるから、女の子慣れしていないという訳ではないんだろうけど。
「自意識過剰かもしれないんだけど。たとえば部活の休憩中とか……、日向くんが私の話したりしてなかった?」
「あー、そういえば結構あったかもなあ。苗字さんのレシピがすげー、とか。作文で賞取ったらしいぜ、とか。音駒の様子を逐一伝えてくれてたのも苗字さんだもんな」
「やっぱりそっかあ……」
「日向の奴がなんかしたなら、俺から言っておこうか?」
「あ、全然その必要はないよ! これは誰も悪くない話というか、うーん」
昨晩、私に対するツッキーの当たりが強かった理由が未だに不明瞭だったのだが、なんとなく仮説は立てられた気がする。隣の黒尾をチラリと見遣ると、こちらの考えを見通したように軽く頷いた。
「好きなことに真っ直ぐすぎて眩しくてつい目を奪われるって意味で、十番くんと苗字が被って見えたのかもなー」
「いや、そこまで褒めちぎられると色々語弊があるけど」
「んー、なら自然と周りから注目を集める存在?」
「ほぼ同じ意味だし、それに同意するのは恥ずかしいんだけど!?」
「苗字ちゃん照れんなよー、このこの」
つんつんと肩を突かれたので、こちらもお返しに拳を軽く突き返す。ツッキーが日向くんに対してコンプレックスに近しい複雑な感情を抱いているらしいことが分かったので、色々と腑に落ちた。
澤村くんが、納得したように頷きながら口を開く。
「苗字さん、特定の分野で才能があるって意味では影山にも似てるからなあ。あの二人と月島、あまり相性が良くないんだよ」
しみじみと呟くように追撃をされて、更に顔が熱くなった。もしかしたら今日は終日キャップが手放せないかもしれない。
「あんなに突出した才能はないんだけどね……?」
居た堪れなくなった私を慮ってか、黒尾が軽い調子で笑った。
「あらま。苗字ってば、いつの間に他校の後輩たちの融合体になっちゃったの」
「なってない。でもそれなら、ツッキーに対しては日向くんを引き合いに出すような煽り方をしなければオッケーってことだね」
話を取りまとめてから、黒尾と頷き合った。ひとまず謝罪と解決案はハッキリしたので充分だろう。
「そーいうことみたいだねえ。改めて澤村さん、すまん」
「私からも、ごめんなさい!」
「いやいや、こっちも嫌な思いさせただろうし。お互い様ってことでここは一つ」
「あ、あのぉ……」
田中くんが、汗をだらだらと流しながら蚊の鳴くような声で呟いた。何か言いたげな顔をしているため、私が此処にいたら話が進展しないだろう。これ以上、個人的に力になれることも無いだろうし。
「それじゃ私、マネージャーの仕事に戻るね!」
「苗字さん、わざわざありがとな」
「いえいえー。澤村くんも色々ご丁寧にありがと。東峰くんも田中くんも邪魔してごめんね」
東峰くんからは優しい微笑みを、田中くんからは大袈裟な程の直角のお辞儀を返してもらった。最後に黒尾と手を振り合ってから、踵を返してマネージャー陣に合流すべく歩き出す。
そして少し進んだところで、───私は運命的な光景に出くわした。体育館の入り口近くで、夜久と西谷くんと日向くんが横並びで立ちながら、スイカを食べている。ハムスターが頬袋にめいっぱい詰め込むようにもぐもぐと口を動かす様に、ぎゅんと胸がときめいてつい叫んでしまった。
「え!! かわいい!!!」
「……おい苗字、何がどう可愛いんだよ」
真っ先に私に気付いた夜久が、ジトリとした視線を向けてくる。
「え。なんかもう……三人の存在そのものが愛らしい」
「苗字の方が可愛いから安心しろ」
「いや!! 絶対に私より皆の方が可愛い!!!」
西谷くんも日向くんもスイカに夢中で、こちらの会話は話半分で聞いているようだった。いくつも咲く満面の笑みを見ていると、冷やすのも切るのも頑張った甲斐があるなあと笑ってしまう。
「お二人とも、一体何の争いですか?」
謎に白熱しかけた私と夜久の会話をぶった切ってくれたのは、いつもながら冷静な顔をした赤葦だった。さすがの私たちも第三者が介入したことにより頭を冷やす。
「……ごめん赤葦、あまりに尊い光景に我を失っちゃって」
「……悪い赤葦、俺より苗字の方が可愛いからムキになったわ」
「ここまで盛大に惚気られると、一周回って爽やかに感じるのが不思議ですよね」
いや惚気てはいないんだけど、と瞬時に思ったものの、それよりも赤葦が持っている山盛りの皮入りボウルに意識を取られた。選手に持たせて自分が手ぶらだなんて、マネージャー失格すぎるだろう。
「赤葦、そのボウル持つよ! すぐ気付かなくてごめんね」
「……、そうですね。白福さんも苗字さんに渡したいと言っていたので、預けます」
「うん! 任されました」
そのまま預かると、腕全体にずしりと重みが乗っかる。赤葦が少しだけ返事を躊躇ったのは、この重さを女子に預けて良いものか迷ってくれたのかなと察した。だが運動部のマネージャーもそれなりの運動量だし、休日もギターを引っさげてあれこれやっている身としては全く問題ない。
ボウルを覗き込めば、薄らと赤い果肉の跡が見える皮がたくさんあって、自然と気分も上がった。これならお夕飯もたくさん作れそうだ。
「赤葦、回収してくれてありがとね。代わりに晩ご飯は頑張るから!」
「いえ。白福さんがやけに張り切ってたんですが、今日の夜ってそんなに凄いんですか?」
いつもクールな赤葦も、僅かばかりソワソワした表情をしていて愛らしい。バーベキューレベルじゃないから期待値を上げすぎると悪いかと思ったが、味の好みが渋めな二人には言っても問題ないか。
「凄いかは分からないけど、ちらし寿司にしようと思ってて。合宿で作るのは初めてかも」
「え! ……めちゃくちゃ嬉しいです午後の練習も頑張ります」
「マジか! 俺も頑張るわ」
二人とも目が本気でキラキラとしていた。普段は大人っぽい表情ばかり見ているから尚のこと喜びが伝わってきて、こちらも素直に嬉しい。美味しいご飯には、皆をすぐに元気にさせられる魔法の力があると知っているから、今日も腕によりをかけよう。
「苗字、この後また厨房に行くんだよな?」
「うん。分裂できることなら、練習もずっと見守ってたいんだけど」
「まあ俺も苗字がいてくれたら嬉しいけどな。代わりに約束してやるよ、今日はこれからノーペナルティ達成!」
「あ、なら苗字さん。俺も約束します、ノーペナルティを達成するのは
瞬間、ピリッと緊迫した視線が交差する。二人が本気で言ってくれていることが分かったからこそ、場違いかもしれないけどカッコイイなと胸が熱くなった。今の私は、音駒のマネージャーであると同時に、梟谷グループのマネージャーの一人でもあるから。
「了解。じゃ、二人とも約束ね」
「……そこは俺だけと約束しろよ」
「夜久さんって意外と独占欲が強いんですね」
「は!?」
多少のことでは動じない夜久の声が、僅かながらに上擦っている。巻き込まれた身として私も恥ずかしいのだが、他校の後輩から指摘されたら尚のこと羞恥心が募るだろう。私からもフォローしておこう。
「あー、夜久はこう見えて可愛いとこあるからね」
「苗字の方が可愛いだろうが!」
「なんでフォローしようとした私に追撃するの!?」
そのまま第二の言い合いが始まりそうになったタイミングで、ちょうど練習再開の声が聞こえた。夜久と話していると、つい剥き出しの生身の自分をさらけ出しそうになるから、これ以上余計なことを言ってしまいたくなかった。ついホッと息を吐いてしまう。
「苗字」
「ん?」
「カッコイイとこ見せてやるから、それ終わったら傍で見てろよ」
じゃーな、と涼しい顔で去っていく背中は逞しくて、どうしようもなくカッコよかった。もう出会ってから二年以上経つというのに、この合宿に来てから既に何度沸騰しかけたか分からない。
「……苗字さん。夜久さんの牽制が物凄くて、超怖かったんですけど」
「とか言って赤葦は涼しい顔してるよね!?」
「まあ、もう慣れたので」
では失礼します、とスタスタ歩き始めた背中を見送った。さすが我らが梟谷グループは、胆力があってマイペースな有望株揃いだと肩をすくめる。
すれ違いざまに皆と挨拶を交わしつつ、照りつける夏の陽射しに目を細めた。今日はまた黒尾がツッキーを誘うだろうし、夜久は意気揚々とペナルティの結果報告をしてくるだろう。その後、他の皆にどんな話題で話しかけようかと考えるだけでも心が躍る。
試合中コートの中に入れなくても、今はベンチに座ることすら出来なくても、私は頭の天辺から爪先までバレー部のマネージャーのままなのだと思い知った。それはとても幸せで、嬉しくて、やはりほんの少しだけ切なくなる。
皆が好きすぎて切ないだなんて言ったら、いつか夜久に小突かれそうだなあと、小走りのまま笑ってしまった。