02
最初の被害者が出たのは、一月ほど前だという。
身体を清めようと一人で森に入った童が、規定の日数を過ぎても家に戻ってこない。村人がそう言って村長に泣きついたことで事件が発覚する。それだけなら、まだ帝都に話が届くような案件ではなかった。貧困故に親が子どもを捨てるという話は僻地の農村において珍しくなく、事件性は無いものとして密やかに処理されようとしていたのだ。
しかし、駐在していた憲兵が重い腰を上げ数日経ってから、事態は急展開を見せる。その憲兵自身が行方知れずとなり、無残な姿で発見されたことが発端だ。森の入口に残された血塗れの薬指を見て、村人の誰もが狐様の祟りだと思い込み、半狂乱になる人も続出したという。
その後も行方不明になった子どもの数は増え続け、その数が両手でも数え切れないほどになったとき、ついに軍上層部にまで話が飛び火する。
行方知れずとなった子どもには、共通点があったのだ。
第一に、村の祭事で舞う権利を有していること。そして第二に、里見名前の診療を受けているということ。
解決の糸口を自ら見出したかのような振る舞いで、上司達はこれらの情報を秘密裏に現八へ流し、現地に派遣させた。指令書に、里見医師に同行を願い出よ、という不穏な一文を残しながら。
現八は、現状に至るまでの経緯をぼんやりと思い返した後、窓の外へ乱暴に目線を投げた。辺りに広がる田圃の青は、田舎独特の明るさと深みを持っている。湿った風が柔らかく揺らす稲穂の絨毯はしかし、現八の胸の奥で燻り続ける焦燥感の波を止めるには至らなかった。
事件について互いに同等の情報しかないと確認してからというもの、汽車の個室は静寂に包まれていた。目の前の医者は、腕を組みながら冷ややかに外を見つめている。
今何を言ったところで、決して埋まらない溝へと自ら身を投げる結果になるだけで、恐らく二度と這い上がってこれないに違いない。居心地の悪さからずっと身体を縮こまらせている小文吾には悪いが、現八は彼女の地雷を進んで踏みに行くほど命知らずではなかった。
「今日も、いい天気ね」
ただ個室を出る直前、不意に振り返り、自らに言い聞かせるかのごとくぽつりと呟いた彼女の言葉だけは、やけに耳に残っていた。
*
よく言えば長閑で平和、悪く言えば目立った名所は何も無い、何処にでもありふれた田舎の村だ。帽子の鍔を指で摩りつつ、現八は辿りついたその地に対する感想を胸の内に抱く。現地の駐在兵が丁重に村内部の案内をしてくれたため、地理はすぐ頭に入りそうだった。
だが大抵このような村では、余所者を排他する思想が蔓延っているものだ。だからこそ、事件を捜査する上で最も危惧していたのが村人に対する聞き込みだったのだが、どうやらあまり心配する必要は無かったらしい。
現八は、塗装されていない道を慣れたようにスイスイと歩いている医者の後ろ姿を見つめる。このような田舎の地であっても、彼女の匂い立つような色香が損なわれることは全く無かった。
だが不思議なことに、この世のものとは思えぬ浮世離れした存在感は、この村の風景に溶け込んでいるような印象さえ受けるのだ。その思いは、村の子供達が彼女の周囲に駆け寄って来た途端、更に強くなる。
名前は、ぴんと伸ばしていた背筋を柔らかく丸めたかと思えば、ありふれた日常を過ごしているかのような雰囲気で、ただ笑っていた。すぐ後ろを歩いていた小文吾も、息を呑むような気配を滲ませながら立ち尽くしている。
「名前先生、オレんちに寄っておいでよ!母ちゃんが先生にご馳走したいって言ってるんだ!」
「だめー!寛太は引っ込んでて!先生、あたしの家にもきてください!」
「花こそ黙ってろよ!」
「何よう。あたしだって先生とお喋りしたいのに!」
「はいはい二人とも。喧嘩はダメよ。あとで必ず遊びに行くから、少しだけ待っていられる? 寛太も花も良い子だから、あまり心配する必要は無いかしら」
純粋に驚いた。汽車の中で現八と対峙していた時の表情は跡形もなく、子供を見つめる視線には母性すら滲んで見える。
「名前先生は、この村の恩人なのです」
案内役の憲兵は、出会ってから初めて見せる穏やかな表情で現八と小文吾に声をかけた。目を見張りつつ、現八は続きを促すべく疑問の声を投げかける。
「恩人?」
「ええ。以前この村で原因不明の流行病が流行し、もう駄目かと思った時に先生は現れました。最初は怪しんでいた我々も、最初の罹患者であった村長の御子息を完治させた手腕には、納得せざるを得なかったのです」
「でも、それだけであんなに子どもが懐くもんか……?」
小文吾の言葉にも嫌な顔ひとつせず、明瞭に続けた。
「先生はとてもお優しい方ですよ。───四年ほど前にお子様を亡くされたとも聞いていますし、子供には寛容なんでしょうね」
今の発言はあくまで噂なので、くれぐれもご内密にお願いいたします。憲兵は、僅かに焦った様子で言い添える。名前が子ども達との会話を終え、こちらに冷たい視線を投げかけていた。距離が離れている故、話の内容が聞かれていることは無いだろうが、何故か小文吾まで顔が真っ青だ。
しかし現八は、憲兵の言葉よりも彼女の表情に興味を惹かれた。自分の思考に浸っていた現八は、ああそうか、と冷静な頭で思う。里見名前は、似ているのだ。気に入った者にしか心を許さず、頑固で融通が利かない変わり者。顔立ちで見れば目の前の女の方が余程上等だが、現八は死んだ婚約者の面影を見出す自分を止めることが出来なかった。
沼藺。その名を口にするだけで、まるで腹の底に鉛を流し込まれかのような、暗く思い感情が身体を満たす。幼い頃から共に育った幼馴染は、気付けば恋人となり、将来を誓う婚約者になり、現八が生に縋り付く上での原動力となった。しかし、家に帰る理由のすべてと言っても過言ではなかった彼女は、何も言わないまま現八を置いて行ってしまったのだ。もう二度と手が届かない、遠くへと。
「ほら皆さん、早く行きましょう。村長がお待ちですよ」
現八の暗い思考を断ち切るように、名前は鋭さを滲ませた声で促した。冷や汗をかきつつ従った二人に続き、現八も静かに歩み始める。自分にはこの先、明るい未来など二度と来ないような気さえしていた。
*
村長の家を訪問し挨拶を済ませた後、憲兵に案内されたのは外れにある小さな空き家だった。掃除は自分がやったのだと照れくさそうに報告してくれた憲兵に対して優しく労りの言葉をかけた後、名前は慣れた様子で中に足を踏み入れる。
憲兵に別れの挨拶を交わしてから、現八と小文吾もすぐあとに続く。滅多に使用されない客人用の宿であるとのことだったが、寝室は三つ備わっている上に風呂や炊事、洗濯の設備まで整っているようだ。
辺境の村であると言うし寝床には特に期待していなかったのだが、これは思わぬ僥倖だ。その場でキョロキョロと内装を見回し観察していた現八を置きざりにして、名前と小文吾は一通り中を回り終えたようである。
「台所が綺麗で良かったっすね」
「ええ。……キッチンにまず目がいくだなんて、犬田様は料理がお上手なんですか?」
「ああ、コイツの飯は美味いぞ。古那屋でも客に料理を出しているくらいだからな」
「なら食事当番は犬田様で良いですね。お風呂と洗濯はさすがに一緒というわけにはいかないですし、時間を決めて各自で行いましょう」
「ん?食事は共にするのか?」
現八としては当然の疑問を吐き出したつもりだったが、目の前の彼女は予想外とでも言うように柳眉を持ち上げる。
「あら。犬飼様、お互いのためにも情報交換の場は必要でしょう?」
「……そうだな。違いない」
素直に肯定した現八の表情を一瞬注視してから、彼女は口元に緩やかな弧を描いた。その一瞬の沈黙を見計らってか、小文吾は落ち着かない様子で口を開く。
「あのー、本当に同じ家で寝泊りしても大丈夫なんすか?」
「もしお二人がご不満でしたら、私は野宿でもした方がよろしいでしょうか?」
「それだけは本気でやめてくださいお願いします」
土下座する勢いで頭を下げた小文吾の姿がおかしかったのか、名前は首を傾げてそっと笑う。実際そんなことになれば、いくら帝都の憲兵といえど俺達は袋叩きだろう。冗談だと笑い飛ばした彼女の表情は、出逢った当初浮かべていたものと何一つ変わっていない。
つまり、当然のことだが、彼女は未だ俺達に心を許していないのだ。溜め息を吐きたくなる気持ちを抑え、現八は今後の行動について提案をする。
「それでは、詳しい話し合いもしなければならないな。十分後にリビングに集合で良いだろうか?」
「ええ。荷物は村の方が寝室に運んでくださったようですし、確認程度ならそれで十分です」
「了解。それじゃ、俺は冷蔵庫の中身でも確認するかな」
「宜しくお願いいたします。……あ、そうだ。私前から気になっていたんですけれど」
道を尋ねるかのような気軽さで、人当たりの良さを感じさせる笑顔で、けれど底知れない感情を隠しながら、彼女はその疑問を口にした。
「お二人共、鬼と身体を折半されるようになってから、なにか体質に変化などありましたか?食事の嗜好や感情の昂り方、何でも構わないのですが」
「は?」
「あ、突然ごめんなさい。医者として少し興味があったもので。ほら、身近になかなか鬼の方っていないじゃないですか」
「い、いや。そういうことじゃなくてですね……」
「はい?」
きょとんと瞳を瞬かせる彼女の前でひたすら狼狽える小文吾を視界の隅に追いやりつつ、現八は帽子を取り去り頭をガシガシとかき回す。まったく、おまえは事態を混乱させる天才なのか。
「なぜ、俺達が"そう"であると知っている?」
「鬼も専門とする医者なんて、帝都では私くらいですから」
答えにならない答えを紡いでから、彼女はひらりと身を翻して宛てがわれた寝室へ向かった。残された男二人はぎこちなく顔を見合わせた後、脱力したようにその場に座り込む。呆然とした表情の小文吾の横で、現八は緩く笑んだ。まったく、前途多難である。
身体を清めようと一人で森に入った童が、規定の日数を過ぎても家に戻ってこない。村人がそう言って村長に泣きついたことで事件が発覚する。それだけなら、まだ帝都に話が届くような案件ではなかった。貧困故に親が子どもを捨てるという話は僻地の農村において珍しくなく、事件性は無いものとして密やかに処理されようとしていたのだ。
しかし、駐在していた憲兵が重い腰を上げ数日経ってから、事態は急展開を見せる。その憲兵自身が行方知れずとなり、無残な姿で発見されたことが発端だ。森の入口に残された血塗れの薬指を見て、村人の誰もが狐様の祟りだと思い込み、半狂乱になる人も続出したという。
その後も行方不明になった子どもの数は増え続け、その数が両手でも数え切れないほどになったとき、ついに軍上層部にまで話が飛び火する。
行方知れずとなった子どもには、共通点があったのだ。
第一に、村の祭事で舞う権利を有していること。そして第二に、里見名前の診療を受けているということ。
解決の糸口を自ら見出したかのような振る舞いで、上司達はこれらの情報を秘密裏に現八へ流し、現地に派遣させた。指令書に、里見医師に同行を願い出よ、という不穏な一文を残しながら。
現八は、現状に至るまでの経緯をぼんやりと思い返した後、窓の外へ乱暴に目線を投げた。辺りに広がる田圃の青は、田舎独特の明るさと深みを持っている。湿った風が柔らかく揺らす稲穂の絨毯はしかし、現八の胸の奥で燻り続ける焦燥感の波を止めるには至らなかった。
事件について互いに同等の情報しかないと確認してからというもの、汽車の個室は静寂に包まれていた。目の前の医者は、腕を組みながら冷ややかに外を見つめている。
今何を言ったところで、決して埋まらない溝へと自ら身を投げる結果になるだけで、恐らく二度と這い上がってこれないに違いない。居心地の悪さからずっと身体を縮こまらせている小文吾には悪いが、現八は彼女の地雷を進んで踏みに行くほど命知らずではなかった。
「今日も、いい天気ね」
ただ個室を出る直前、不意に振り返り、自らに言い聞かせるかのごとくぽつりと呟いた彼女の言葉だけは、やけに耳に残っていた。
*
よく言えば長閑で平和、悪く言えば目立った名所は何も無い、何処にでもありふれた田舎の村だ。帽子の鍔を指で摩りつつ、現八は辿りついたその地に対する感想を胸の内に抱く。現地の駐在兵が丁重に村内部の案内をしてくれたため、地理はすぐ頭に入りそうだった。
だが大抵このような村では、余所者を排他する思想が蔓延っているものだ。だからこそ、事件を捜査する上で最も危惧していたのが村人に対する聞き込みだったのだが、どうやらあまり心配する必要は無かったらしい。
現八は、塗装されていない道を慣れたようにスイスイと歩いている医者の後ろ姿を見つめる。このような田舎の地であっても、彼女の匂い立つような色香が損なわれることは全く無かった。
だが不思議なことに、この世のものとは思えぬ浮世離れした存在感は、この村の風景に溶け込んでいるような印象さえ受けるのだ。その思いは、村の子供達が彼女の周囲に駆け寄って来た途端、更に強くなる。
名前は、ぴんと伸ばしていた背筋を柔らかく丸めたかと思えば、ありふれた日常を過ごしているかのような雰囲気で、ただ笑っていた。すぐ後ろを歩いていた小文吾も、息を呑むような気配を滲ませながら立ち尽くしている。
「名前先生、オレんちに寄っておいでよ!母ちゃんが先生にご馳走したいって言ってるんだ!」
「だめー!寛太は引っ込んでて!先生、あたしの家にもきてください!」
「花こそ黙ってろよ!」
「何よう。あたしだって先生とお喋りしたいのに!」
「はいはい二人とも。喧嘩はダメよ。あとで必ず遊びに行くから、少しだけ待っていられる? 寛太も花も良い子だから、あまり心配する必要は無いかしら」
純粋に驚いた。汽車の中で現八と対峙していた時の表情は跡形もなく、子供を見つめる視線には母性すら滲んで見える。
「名前先生は、この村の恩人なのです」
案内役の憲兵は、出会ってから初めて見せる穏やかな表情で現八と小文吾に声をかけた。目を見張りつつ、現八は続きを促すべく疑問の声を投げかける。
「恩人?」
「ええ。以前この村で原因不明の流行病が流行し、もう駄目かと思った時に先生は現れました。最初は怪しんでいた我々も、最初の罹患者であった村長の御子息を完治させた手腕には、納得せざるを得なかったのです」
「でも、それだけであんなに子どもが懐くもんか……?」
小文吾の言葉にも嫌な顔ひとつせず、明瞭に続けた。
「先生はとてもお優しい方ですよ。───四年ほど前にお子様を亡くされたとも聞いていますし、子供には寛容なんでしょうね」
今の発言はあくまで噂なので、くれぐれもご内密にお願いいたします。憲兵は、僅かに焦った様子で言い添える。名前が子ども達との会話を終え、こちらに冷たい視線を投げかけていた。距離が離れている故、話の内容が聞かれていることは無いだろうが、何故か小文吾まで顔が真っ青だ。
しかし現八は、憲兵の言葉よりも彼女の表情に興味を惹かれた。自分の思考に浸っていた現八は、ああそうか、と冷静な頭で思う。里見名前は、似ているのだ。気に入った者にしか心を許さず、頑固で融通が利かない変わり者。顔立ちで見れば目の前の女の方が余程上等だが、現八は死んだ婚約者の面影を見出す自分を止めることが出来なかった。
沼藺。その名を口にするだけで、まるで腹の底に鉛を流し込まれかのような、暗く思い感情が身体を満たす。幼い頃から共に育った幼馴染は、気付けば恋人となり、将来を誓う婚約者になり、現八が生に縋り付く上での原動力となった。しかし、家に帰る理由のすべてと言っても過言ではなかった彼女は、何も言わないまま現八を置いて行ってしまったのだ。もう二度と手が届かない、遠くへと。
「ほら皆さん、早く行きましょう。村長がお待ちですよ」
現八の暗い思考を断ち切るように、名前は鋭さを滲ませた声で促した。冷や汗をかきつつ従った二人に続き、現八も静かに歩み始める。自分にはこの先、明るい未来など二度と来ないような気さえしていた。
*
村長の家を訪問し挨拶を済ませた後、憲兵に案内されたのは外れにある小さな空き家だった。掃除は自分がやったのだと照れくさそうに報告してくれた憲兵に対して優しく労りの言葉をかけた後、名前は慣れた様子で中に足を踏み入れる。
憲兵に別れの挨拶を交わしてから、現八と小文吾もすぐあとに続く。滅多に使用されない客人用の宿であるとのことだったが、寝室は三つ備わっている上に風呂や炊事、洗濯の設備まで整っているようだ。
辺境の村であると言うし寝床には特に期待していなかったのだが、これは思わぬ僥倖だ。その場でキョロキョロと内装を見回し観察していた現八を置きざりにして、名前と小文吾は一通り中を回り終えたようである。
「台所が綺麗で良かったっすね」
「ええ。……キッチンにまず目がいくだなんて、犬田様は料理がお上手なんですか?」
「ああ、コイツの飯は美味いぞ。古那屋でも客に料理を出しているくらいだからな」
「なら食事当番は犬田様で良いですね。お風呂と洗濯はさすがに一緒というわけにはいかないですし、時間を決めて各自で行いましょう」
「ん?食事は共にするのか?」
現八としては当然の疑問を吐き出したつもりだったが、目の前の彼女は予想外とでも言うように柳眉を持ち上げる。
「あら。犬飼様、お互いのためにも情報交換の場は必要でしょう?」
「……そうだな。違いない」
素直に肯定した現八の表情を一瞬注視してから、彼女は口元に緩やかな弧を描いた。その一瞬の沈黙を見計らってか、小文吾は落ち着かない様子で口を開く。
「あのー、本当に同じ家で寝泊りしても大丈夫なんすか?」
「もしお二人がご不満でしたら、私は野宿でもした方がよろしいでしょうか?」
「それだけは本気でやめてくださいお願いします」
土下座する勢いで頭を下げた小文吾の姿がおかしかったのか、名前は首を傾げてそっと笑う。実際そんなことになれば、いくら帝都の憲兵といえど俺達は袋叩きだろう。冗談だと笑い飛ばした彼女の表情は、出逢った当初浮かべていたものと何一つ変わっていない。
つまり、当然のことだが、彼女は未だ俺達に心を許していないのだ。溜め息を吐きたくなる気持ちを抑え、現八は今後の行動について提案をする。
「それでは、詳しい話し合いもしなければならないな。十分後にリビングに集合で良いだろうか?」
「ええ。荷物は村の方が寝室に運んでくださったようですし、確認程度ならそれで十分です」
「了解。それじゃ、俺は冷蔵庫の中身でも確認するかな」
「宜しくお願いいたします。……あ、そうだ。私前から気になっていたんですけれど」
道を尋ねるかのような気軽さで、人当たりの良さを感じさせる笑顔で、けれど底知れない感情を隠しながら、彼女はその疑問を口にした。
「お二人共、鬼と身体を折半されるようになってから、なにか体質に変化などありましたか?食事の嗜好や感情の昂り方、何でも構わないのですが」
「は?」
「あ、突然ごめんなさい。医者として少し興味があったもので。ほら、身近になかなか鬼の方っていないじゃないですか」
「い、いや。そういうことじゃなくてですね……」
「はい?」
きょとんと瞳を瞬かせる彼女の前でひたすら狼狽える小文吾を視界の隅に追いやりつつ、現八は帽子を取り去り頭をガシガシとかき回す。まったく、おまえは事態を混乱させる天才なのか。
「なぜ、俺達が"そう"であると知っている?」
「鬼も専門とする医者なんて、帝都では私くらいですから」
答えにならない答えを紡いでから、彼女はひらりと身を翻して宛てがわれた寝室へ向かった。残された男二人はぎこちなく顔を見合わせた後、脱力したようにその場に座り込む。呆然とした表情の小文吾の横で、現八は緩く笑んだ。まったく、前途多難である。