貝殻から繋がるあの海の色
視界いっぱいに広がるコバルトブルーの中で、太陽がキラキラと乱反射していた。目の奥まで焼き尽くされてしまうような熱い日射しだ。少しも曇りのない綺麗な海面は、穏やかな波紋を広げながらナマエ達の旅を後押ししているようだった。
鉄板のごとく熱を帯びた甲板に腰を下ろし、手摺の隙間からそろりと脚を差し込んで海面に向けて投げ出した。生暖かい潮風が肌をなぞり、ナマエに僅かばかりの清涼を届けてくれる。
グランドラインでは天候などコロコロ変わるが、最近は気持ちの良い晴天が続いていた。どうやら船員達の心も、この大空のように明るく澄み渡っているようだった。
背後では、彼らが酒を飲み交わす明るい声が響きわたっている。白ひげ海賊団は先ほど強敵を打ち倒して島を出航したばかりなのだ。真昼間から始まった祝宴の中では、今回の冒険について語らう声が大半を占めている。
青空の縁を鮮やかに彩っていくような、未来への希望に満ちた声だ。誰もが皆、仲間と共にいる時間を慈しみ、楽しみ、味わい尽くそうとしていることが分かったから、ナマエはこうして一人で船員達が生む喧騒に耳を澄ませるのが好きだった。
「ナマエ、またこんな隅っこで縮こまってやがったのか」
「あ、ニューゲート。主役が抜け出していいの?」
「何言ってやがる。男が女を口説くのを邪魔するような野暮な奴はこの船にはいねェよ」
持ち主の心根を表したような真っ白な海賊帽から、麦の穂先のように柔らかな黄金色がサラサラと零れている。派手な音を立てて隣に胡座をかいたエドワード・ニューゲートは、ナマエの顔ほどの大きさはあるジョッキを一気に呷っていた。我らが船長は、相変わらず呆れてしまうくらいの大酒飲みだ。
「今さら私を口説いてどうするの」
「惚れた女の照れた顔を見たいからにきまってるじゃねェか」
「私はそんな簡単に照れません!」
「グララララ、そうか」
意地を張るようにそっぽを向いたナマエの髪を、大きくて温かな掌が豪快に撫で回す。彼は普段財宝には見向きもしない無欲な男だが、ナマエに触れる時の指先はこんなにも優しい熱を宿していた。その事実が泣いてしまいそうになるほど誇らしくて、堪らなく愛おしい。
ナマエは守られることしか出来ない女だ。己の身を守るための手段を最低限持ち得ているだけのお荷物でしかない。
だがニューゲートについて行くと決めた時から、ナマエは彼の帰る場所になろうと思った。彼自身も自覚していないであろう、胸の奥に沈んだ寂しさに寄り添っていたかった。エドワード・ニューゲートの笑顔を、ただ傍で見詰めていたかった。
だからナマエは、今日も心の底から笑ってみせるのだ。
「ねえ、ニューゲート」
「ん?」
立ち上がってようやく同じ目線になったところで、ナマエは緩やかなウェーブを描く髪をそっと撫でる。
「今日もお疲れさま。よく頑張ったね」
「グララララ。こんな大男相手によく言うぜ」
「自分の夫が仲間を守るために努力したんだから、めいっぱい褒めなきゃ女が廃るでしょう」
彼は眩しそうに目を細めたかと思えば、瞬く間にナマエの腰を抱いて腕の中に引き寄せた。
傷だらけの分厚い胸板に飛び込む形になったナマエは、己の熱を分け与えるように頬を擦り寄せる。
「なら、好きなだけ甘やかしてくれ」
「ふふ。うん、私はしつこいから覚悟してね」
瞳を閉じれば、世界を鮮やかに縁取る音の数々がナマエを包み込んだ。耳元の風鳴り。頭上を泳ぐカモメの鳴き声。遠くの岩場で零れ落ちた潮騒。仲間達のはしゃぐ声が飛び交う喧騒。ナマエを惹き付けてやまない、何よりも貴く愛おしい人の心臓の鼓動。
この美しさには、どんな宝石や財宝も敵うわけがないのだ───。
貝殻の奥で、酷く懐かしい波の音が鳴っていた。砂浜に座り込んで一人記憶の海を旅していた老婆は、胸の奥がじんわりと温まる感覚に笑みを零す。
お互いに若い姿で想いを交わしていたのは遥か昔の出来事の筈だが、つい先日のことだったようにも思える。
海賊エドワード・ニューゲートは、数年前に勃発したマリンフォードでの戦いで戦死した。戦争が始まる直前に船を下ろされたナマエは直接目にしていないが、最期まで立派な生き様だったと聞き及んでいる。
額を地に擦り付けながら謝ってきた息子達を全員引っ叩き、全力で抱き締めた時の記憶も新しい。マルコを筆頭に、今でも時折会いに来てくれる彼らの気持ちが、ナマエは何よりも嬉しかった。
現在は、夫やエースの傍にいるべく新世界の片田舎に居を構えている。墓参りをしつつのんびりと余生を過ごそうと思っていたのだが、何故かナマエは用心棒めいたことばかりしていた。
いくら非戦闘員だったとはいえ、白ひげ海賊団で長年過ごしていれば武器の扱いもそれなりに上達する。同じ腕を持った青年と比べれば、見た目で油断される分ナマエの方が有利なのだ。
「あーっ、ナマエ婆ちゃんいた! 町の酒場に乱暴な海賊が来ててさ、大変なんだよ!」
「分かった、すぐに行くよ」
早速のお呼び出しである。拾った貝殻をロングパンツのポケットに仕舞いつつ、ナマエは己を求めた少年の背中に続いた。
───グララララ。気を付けろよ、ナマエ。
こちらを案じる柔らかな声が響く。一瞬立ち止まってから、ナマエは振り返らずにそのまま町を駆け抜けた。
「ごめんね、ニューゲート。追いつくのはまだまだ先になりそうだよ」
ナマエの背中を押すように、一陣の風が豪快に吹き抜ける。また一つ土産話が増えそうだと笑みを深めながら、足早に目的地へと急いだ。
あの日と同じ空の色が、今日も世界を鮮やかに彩っていた。
鉄板のごとく熱を帯びた甲板に腰を下ろし、手摺の隙間からそろりと脚を差し込んで海面に向けて投げ出した。生暖かい潮風が肌をなぞり、ナマエに僅かばかりの清涼を届けてくれる。
グランドラインでは天候などコロコロ変わるが、最近は気持ちの良い晴天が続いていた。どうやら船員達の心も、この大空のように明るく澄み渡っているようだった。
背後では、彼らが酒を飲み交わす明るい声が響きわたっている。白ひげ海賊団は先ほど強敵を打ち倒して島を出航したばかりなのだ。真昼間から始まった祝宴の中では、今回の冒険について語らう声が大半を占めている。
青空の縁を鮮やかに彩っていくような、未来への希望に満ちた声だ。誰もが皆、仲間と共にいる時間を慈しみ、楽しみ、味わい尽くそうとしていることが分かったから、ナマエはこうして一人で船員達が生む喧騒に耳を澄ませるのが好きだった。
「ナマエ、またこんな隅っこで縮こまってやがったのか」
「あ、ニューゲート。主役が抜け出していいの?」
「何言ってやがる。男が女を口説くのを邪魔するような野暮な奴はこの船にはいねェよ」
持ち主の心根を表したような真っ白な海賊帽から、麦の穂先のように柔らかな黄金色がサラサラと零れている。派手な音を立てて隣に胡座をかいたエドワード・ニューゲートは、ナマエの顔ほどの大きさはあるジョッキを一気に呷っていた。我らが船長は、相変わらず呆れてしまうくらいの大酒飲みだ。
「今さら私を口説いてどうするの」
「惚れた女の照れた顔を見たいからにきまってるじゃねェか」
「私はそんな簡単に照れません!」
「グララララ、そうか」
意地を張るようにそっぽを向いたナマエの髪を、大きくて温かな掌が豪快に撫で回す。彼は普段財宝には見向きもしない無欲な男だが、ナマエに触れる時の指先はこんなにも優しい熱を宿していた。その事実が泣いてしまいそうになるほど誇らしくて、堪らなく愛おしい。
ナマエは守られることしか出来ない女だ。己の身を守るための手段を最低限持ち得ているだけのお荷物でしかない。
だがニューゲートについて行くと決めた時から、ナマエは彼の帰る場所になろうと思った。彼自身も自覚していないであろう、胸の奥に沈んだ寂しさに寄り添っていたかった。エドワード・ニューゲートの笑顔を、ただ傍で見詰めていたかった。
だからナマエは、今日も心の底から笑ってみせるのだ。
「ねえ、ニューゲート」
「ん?」
立ち上がってようやく同じ目線になったところで、ナマエは緩やかなウェーブを描く髪をそっと撫でる。
「今日もお疲れさま。よく頑張ったね」
「グララララ。こんな大男相手によく言うぜ」
「自分の夫が仲間を守るために努力したんだから、めいっぱい褒めなきゃ女が廃るでしょう」
彼は眩しそうに目を細めたかと思えば、瞬く間にナマエの腰を抱いて腕の中に引き寄せた。
傷だらけの分厚い胸板に飛び込む形になったナマエは、己の熱を分け与えるように頬を擦り寄せる。
「なら、好きなだけ甘やかしてくれ」
「ふふ。うん、私はしつこいから覚悟してね」
瞳を閉じれば、世界を鮮やかに縁取る音の数々がナマエを包み込んだ。耳元の風鳴り。頭上を泳ぐカモメの鳴き声。遠くの岩場で零れ落ちた潮騒。仲間達のはしゃぐ声が飛び交う喧騒。ナマエを惹き付けてやまない、何よりも貴く愛おしい人の心臓の鼓動。
この美しさには、どんな宝石や財宝も敵うわけがないのだ───。
貝殻の奥で、酷く懐かしい波の音が鳴っていた。砂浜に座り込んで一人記憶の海を旅していた老婆は、胸の奥がじんわりと温まる感覚に笑みを零す。
お互いに若い姿で想いを交わしていたのは遥か昔の出来事の筈だが、つい先日のことだったようにも思える。
海賊エドワード・ニューゲートは、数年前に勃発したマリンフォードでの戦いで戦死した。戦争が始まる直前に船を下ろされたナマエは直接目にしていないが、最期まで立派な生き様だったと聞き及んでいる。
額を地に擦り付けながら謝ってきた息子達を全員引っ叩き、全力で抱き締めた時の記憶も新しい。マルコを筆頭に、今でも時折会いに来てくれる彼らの気持ちが、ナマエは何よりも嬉しかった。
現在は、夫やエースの傍にいるべく新世界の片田舎に居を構えている。墓参りをしつつのんびりと余生を過ごそうと思っていたのだが、何故かナマエは用心棒めいたことばかりしていた。
いくら非戦闘員だったとはいえ、白ひげ海賊団で長年過ごしていれば武器の扱いもそれなりに上達する。同じ腕を持った青年と比べれば、見た目で油断される分ナマエの方が有利なのだ。
「あーっ、ナマエ婆ちゃんいた! 町の酒場に乱暴な海賊が来ててさ、大変なんだよ!」
「分かった、すぐに行くよ」
早速のお呼び出しである。拾った貝殻をロングパンツのポケットに仕舞いつつ、ナマエは己を求めた少年の背中に続いた。
───グララララ。気を付けろよ、ナマエ。
こちらを案じる柔らかな声が響く。一瞬立ち止まってから、ナマエは振り返らずにそのまま町を駆け抜けた。
「ごめんね、ニューゲート。追いつくのはまだまだ先になりそうだよ」
ナマエの背中を押すように、一陣の風が豪快に吹き抜ける。また一つ土産話が増えそうだと笑みを深めながら、足早に目的地へと急いだ。
あの日と同じ空の色が、今日も世界を鮮やかに彩っていた。