02
わたしが此処にいられるのは、高校の夏休み期間だけだ。
仕事が繁忙期である母親に代わり、祖父母を手助けするために自らやってきたのだ。家族の役に立てるというのは勿論、何より魅力的だったのは家の隣に海があるという環境だった。 ご飯を作ってお風呂を済ませ、学校の課題をこなしていれば真夜中などすぐに訪れる。
祖父を起こさないように家を出て、わたしは真っ直ぐに海へと向かった。 そこにあったのは、街灯に照らされた青白い背中。音を立てながら歩み隣に座っても、その人はわたしを視界に入れず海を見詰めている。
「こうやって海を見てるとさ、自分なんかちっぽけな存在なんだなって思うんだよね」
「……なんとなく分かります」
「今日は星が綺麗に見えるね。何年経っても、砂浜から見る星空は変わらない」
「薫さんは、よく此処に来るんですか?」
「んー、そうだね。誰も見舞いになんて来ないから退屈だし、俺にリハビリなんて必要無いしね」
「でも、祖父が言ってました。薫さんのお陰で、祖母が毎日楽しそうだって。ありがとうございます」
「きみは?」
「え?」
「きみは、俺と一緒にいて楽しい?」
その人は、瞳を閉じて空を見上げていた。彫像のごとく美しく整った横顔が、甘やかに憂いを帯びていく。
「楽しくはないですね」
「あはは、俺フラれちゃった」
「……わたし、あなたのことをよく知らないから。落ち着かない気持ちです」
「そっか」
「それでも、隣にいていいですか?」
「え?」
「楽しいと思えなくても、薫さんを独り占めしていいですか」
「……その聞き方はずるいなあ。名前ちゃん」
「そう、ですかね」
「きみのそういうところ、やっぱり似てるんだよね」
「似てる?」
「そう。俺が昔好きだった女の子に」
海面が、ちゃぷんと音を立てる。闇夜を駆け抜けるように、沈黙がその場を支配する。
「会いに行かないんですか? そのひとに」
「彼女はもう俺のことなんて忘れてるでしょ。他にいい男を見つけて幸せになってくれてるなら、それでいいよ」
「……だから薫さんは、ずっと寂しそうな顔をしてるんだ」
幼い子どものように目を丸く見開いてから、その人は困ったように目尻を下げた。
「俺には、そんな感情を抱く資格が無いんだけどね」
仕事が繁忙期である母親に代わり、祖父母を手助けするために自らやってきたのだ。家族の役に立てるというのは勿論、何より魅力的だったのは家の隣に海があるという環境だった。 ご飯を作ってお風呂を済ませ、学校の課題をこなしていれば真夜中などすぐに訪れる。
祖父を起こさないように家を出て、わたしは真っ直ぐに海へと向かった。 そこにあったのは、街灯に照らされた青白い背中。音を立てながら歩み隣に座っても、その人はわたしを視界に入れず海を見詰めている。
「こうやって海を見てるとさ、自分なんかちっぽけな存在なんだなって思うんだよね」
「……なんとなく分かります」
「今日は星が綺麗に見えるね。何年経っても、砂浜から見る星空は変わらない」
「薫さんは、よく此処に来るんですか?」
「んー、そうだね。誰も見舞いになんて来ないから退屈だし、俺にリハビリなんて必要無いしね」
「でも、祖父が言ってました。薫さんのお陰で、祖母が毎日楽しそうだって。ありがとうございます」
「きみは?」
「え?」
「きみは、俺と一緒にいて楽しい?」
その人は、瞳を閉じて空を見上げていた。彫像のごとく美しく整った横顔が、甘やかに憂いを帯びていく。
「楽しくはないですね」
「あはは、俺フラれちゃった」
「……わたし、あなたのことをよく知らないから。落ち着かない気持ちです」
「そっか」
「それでも、隣にいていいですか?」
「え?」
「楽しいと思えなくても、薫さんを独り占めしていいですか」
「……その聞き方はずるいなあ。名前ちゃん」
「そう、ですかね」
「きみのそういうところ、やっぱり似てるんだよね」
「似てる?」
「そう。俺が昔好きだった女の子に」
海面が、ちゃぷんと音を立てる。闇夜を駆け抜けるように、沈黙がその場を支配する。
「会いに行かないんですか? そのひとに」
「彼女はもう俺のことなんて忘れてるでしょ。他にいい男を見つけて幸せになってくれてるなら、それでいいよ」
「……だから薫さんは、ずっと寂しそうな顔をしてるんだ」
幼い子どものように目を丸く見開いてから、その人は困ったように目尻を下げた。
「俺には、そんな感情を抱く資格が無いんだけどね」