それは夢である筈なのに、私の魂は恐怖に打ち震えていた。
一方的に与えられる苦痛に耐え忍ぶ気力さえも失い、抜け殻のようになった身体はぴくりとも動かない。 内臓が強く掻き回されるような不快感にも、皮膚が引き剥がされるような激痛にも、慣れてしまうことなど決して無かった。口の端から溢れ出した血液が耳を伝い、髪を縫うように滴り、やがて床下の魔法陣にまで到達した。そしてまた、終わりの見えない苦悶の時間が始まる。

───わたしを私ではないモノにするための、傲慢で独り善がりで崇高な儀式が構築されていく。







肌寒さに身震いして、名前はパッと目を覚ました。暗闇の中に薄らと浮かび上がる自室に安堵しながら、水を飲むべく上半身を起こす。 不思議と、左手だけにはしっかりと熱が宿っていた。見れば、手袋越しに感じるロマニの大きな掌が自分を優しく繋ぎとめてくれている。

隣で穏やかな寝息を立てる彼に微笑んで、名前は胸の内に灯った柔らかな熱を感じ入るように瞳を閉じた。
このカルデアに来てから毎晩のように見る悪夢に慣れることなどなく、当初名前は眠ることさえ出来ない時期もあった。そんな折、ロマニはホットミルクを携えてふらりと名前の元を訪れては、一晩中お喋りに付き合ってくれたものだった。

その当時の自分は単なる監査対象でしかなく、何の責務も背負っていなかった。その一方、ロマニは翌日も仕事が控えていた筈なのに、いくらでもサボれるからと言い訳をしながら寄り添ってくれたのだ。今思えば、彼はドクターとしてメンタルケアをしてくれていたのだろう。あの頃はさすがに明け方頃には帰ってしまったけれど、今はこうして朝まで一緒のベッドで過ごすことができる。

起こさないようにふわふわとした髪を撫でて、名前はその柔らかな甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。下っ端の職員としてデータ処理に追われる自分とは異なり、ロマニはカルデアで医者として確かな地位を築いている。普段はそんな素振りなど微塵も見せないけれど、日々相当な激務を抱えているのだ。

眠りが浅く、僅かでも物音がしたら起きてしまう。数年前、ロマニはそう愚痴を零していたものだが、少しは改善されたのだろうか。自分は、彼が辛い時に逃げられる場所になれているのだろうか。 自惚れているなあと自嘲しつつ、名前はベッドサイドのペットボトルに口を付ける。そして、自らの濡れた唇にそっと触れた。

たった一言、しんどいとか辛いとか言ってくれればいいのに。起きている時には、触れるキッカケさえもくれないずるいひと。

その浅く開いた唇に己のそれを重ねてしまおうかとも思ったが、名前は瞳をきつく閉じて踏み止まる。せっかくの眠りを、単なるワガママによって邪魔したくなかった。

名前は今だって、あの悪夢を見てしまうことが恐ろしい。まだこんなにも、暗闇の中に身体を横たえる瞬間が怖い。出来ることならば、ずっと起きたままで仕事をしていたい。けれどそれには限界があって、ロマニはそんな名前の思考も限界も見越した上でこうして共にいてくれるのだ。 甘えてばかりだと自覚はしている。それでもロマニの隣にいたい自分は相当に傲慢な女だ。だから少しでも彼の役立てるように、少しでも彼を甘やかしてあげられるように、明日も笑っていよう。

何よりも大切で愛おしいロマニが、名前を好きだと言ってくれるから。名前も、自分を大切にしようと思えるのだ。



彼女が隣で微かに寝息を立て始めたのを見て、ロマニ・アーキマンはそっと瞳を開く。前は不自然に強ばった寝顔ばかり見ていたものだが、最近は穏やかな表情が多いようだと安堵していた。

まろやかな頬が緩み、名前は小さくむにゃむにゃと寝言を呟いた。ロマニ、と己の名を紡がれる。胸が熱く締め付けられるような感覚を覚え、ロマニは瞳を閉じてから彼女の掌を包み込むように再度握り締めた。

名前が身動ぎする度、辺りには甘く柔らかな香りが広がっていく。愛おしいという感情が腹の底から迫り上がり、身体の端々を満たして、やがて溢れ出していった。

大好きな人と共に体温を分け合って眠るだなんて、自分がそんな当たり前の幸せを享受できているのが不思議でたまらない。

願わくば、この身体が朽ちるその瞬間まで。彼女のすべてを守っていたいと、ロマニは確かにそう思ったのだ。