結果的に、聖人ゲオルギウスと遭遇したのはマリーとジャンヌの方だった。立香ちゃん達は、清姫とエリザベート・バートリーという強力な味方を手に入れた後、仲間と合流するべく西へ急いでいく。

しかし、二人の少女の元にシャルル=アンリ・サンソンとジャンヌ・オルタが襲来したことにより、事態はまた急変する。ゲオルギウスが街を守るという役割を果たすために彼らと交戦しようとしたところで、マリーがその代わりを申し出たのだ。サーヴァントよりも強力な生体反応を持つファヴニールを打倒するには、確かにジークフリートの解呪は必須である。だが彼女の宝具や戦闘能力を考えると、彼ら二人を相手にするのはあまりにも分が悪い。

だがそれでもマリー・アントワネットは一人で戦うのだ。フランスの王妃として、生涯愛情を注いだ国を守るために。自らに恋をした国民を愛し、フランスの未来を守り抜くために。そして、大切な友達であるジャンヌ・ダルクの道を切り開くために。

名前がロマニと情報共有をした結果、ジャンヌは直に立香ちゃん達と合流できることが分かった。そこで、通信機はマリーに預けられることになる。

「名前さん、ごめんなさいね。最後までわたしのワガママに付き合わせてしまって」
「ううん。マリーさんの傍にいたいと思ったのは、私自身の意思だから。何があろうと最後まで一緒にいさせて。貴女の孤独を、私にも背負わせてほしい」
「……わたし、女の子に恋をしそうになったのは初めてだわ」
「それはとても光栄だな。───マリーさん」
「ええ、よろしくね。名前さん」

直後に現れたシャルル=アンリ・サンソンは、生前マリー・アントワネットの命を摘み取った張本人である。狂化属性を付与されたサンソンは、戦闘中でさえ倒錯的なまでの執着心をマリーへ向け続けた。
敬愛するマリーに赦されたい一心で、特異点において繰り返し磨いたという殺人者の刃を振り翳して。けれどサンソンは、処刑人として最も大切な使命を忘れていた。自身の刃を以て、罪人の魂を救う。そんな彼の正義が宿っていた筈の刃は、数多の罪なき者の犠牲によって紅く錆び付いてしまったのだ。それこそが、サンソンがマリーに敗北した要因である。

そして勝利の余韻に浸る間もなく、竜の魔女は憤怒の表情を浮かべながら王妃マリー・アントワネットの前に降り立った。マリーは、毅然とした態度でジャンヌ・オルタに対峙する。

「マリー! 来たよ!」
「ええ、名前。行ってくるわ。……わたし、貴女とたくさんお話しできて、本当に楽しかった」
「うん、私もだよ。今度、カルデアの食堂でお茶しようね。イチゴタルトを作って待ってるから」
「ふふ、楽しみね。それではいってきます。……さっき頼んだこと、お願いね?」

世界中で、誰よりもワガママだと蔑まれた王妃。フランスという国に愛され、民から求められ、幼くして恋に溺れていく女性。その名もマリー・アントワネット。 彼女は最期まで、自身が抱く想いを愛だと認識しないまま、───輝かしく、そして華々しく散っていった。

名前はマリーの生きた軌跡を脳内に刻み込んでから、ロマニのサポートをするべくディスプレイを切り替える。落ち込むのも悼むのも、全てが終わった後でいい。そうでなければ、とてもじゃないが上手く笑えそうになかった。

「名前」
「大丈夫。ロマニ、私は索敵に集中するから……」
「ああ、分かった。頼むよ」

無理に慰めようとせず、強引に踏み込んでこようとしないロマニの態度が、今はとても有難い。気を引き締めるように大きく息を吐き出してから、名前は自身の仕事に集中するべく前を向いた。

特異点ではようやく全員が合流し、聖人によるジークフリートの解呪が行われる。その後すぐ、翌日の決戦に向けて野営地で休息を取ることになった。 マスターやサーヴァント同士が着々と交流を深める中、メインオペレーターを一時的に務めていた名前にも声が掛かる。

「やあ名前、こんばんは」
「こんばんは、アマデウス。調子はどう?」
「僕は絶好調さ。可愛い女の子の笑顔も見れたしね」
「そっか。……マシュもジャンヌも、貴方のお陰で心が晴れたみたい。本当にありがとう」

本来のオペレーターであるロマニは、ジークフリートやジャンヌと共に明日の作戦を立てたことで疲れたのか、今は背後でぐっすりと眠っている。穏やかな寝息をバックグラウンドに世界的な音楽家と会話をするというのも、なかなかにロマンティックだ。

「僕としては、君が一番心配ではあったんだけど」
「え?」
「少し言葉を交わしただけでも分かるよ。君はマリアにも似た博愛主義者だ。まるでマシュのように純真な部分があったかと思えば、ジャンヌのように全てを受け入れる母性も持ち得ている。人間としてあまりにも出来すぎていて、不自然なくらいだったからね」
「……私は元々、記憶を持たない空っぽの人間だったから。ロマニから大切なものをたくさん貰ったけれど、結局は不完全な人形のままでしかないのかも」
「ふむ……、なるほどね」
「だからもしも、私が出来すぎた人間だとするならば、それはロマニ・アーキマンの人間性が発揮された結果なんだと思う。……私って、盲目的で重い女かな」
「いいや? 誰だって、自分を心底慕ってくれる存在を嫌がりはしないだろう。だが、君も何かと自分を過小評価する嫌いがあるみたいだね」
「え? そんなこと……」
「あくまでドクターは、君が元々持っていた人間性を引き出したにすぎないんじゃないか。自分自身と全く同じ性質をもつ人間を愛するだなんて、それこそ神話だけの話だろう?」
「……そうね。私もロマニも、そこまでナルシストではないつもりだけど」
「人っていうのは、他人からものを学ぶことで自己形成する生き物だ。名前。君は人間として至極当然の過程を踏んだにすぎない」

アマデウスはキッパリと言い切ってから、諭すようにそっと笑みを浮かべる。

「君が誰かを愛する気持ちは、他でもない君自身の中で育まれた。そして、相手からも同じだけの想いを返してもらえたんだ。その事実は何よりも尊ぶべきことなんじゃないか」
「うん、……そうだね」
「恋や愛の前では、理屈なんて無意味だ。本能的な衝動に、理由を求める方がナンセンスというものだろう?」

アマデウス・モーツァルトという男の、巧妙に覆い隠された心の奥に触れられるのは、この世にたった一人だけなのだろう。だからこそ名前は、彼女から托された魔法の言葉を紡いだ。

「アマデウス」
「ああ、なんだい?」
「マリーが、貴方に遺した言葉。───わたしを忘れないで」

月明かりに照らされた横顔が、しばらく唖然としたように動きを止めていた。そして、彼にしては珍しく乱暴な動作で髪を掻き上げる。

「…………ああもう、本当に馬鹿だな。君は」

か細く掠れた声が、闇夜を裂くように鋭く溶けていった。

「あの子が唯一吐いてくれた弱音が、貴方に向けたその言葉だったの。……私は誰より近くにいた筈なのに、マリーを支えてあげることが出来なかったんだと思う。だから、ごめんなさい」
「いいや名前、それは違うね。そう、とんでもない勘違いだ」
「え?」
「マリアは君を選んだんだ。自身の輝きを記憶し、記録する者として、他でもない君を。……名前、どうかそのことに誇りを持ってくれ」
「……うん。そうだね、私の方が馬鹿だった。私はこれから先もずっと、マリー・アントワネットの生き様を覚えていくよ」
「ああ、それでいい。マリアは文字通り、命を掛けて歴史に名を刻んだんだ。その輝きを認める存在がいれば、マリー・アントワネットは永遠に生き続ける。僕が音楽に身を捧げることで、この世界に生きた証を刻んだようにね。だが、ドクターは違う。何故なら君がいるからだ」
「それは単純に、有名人とそうでない人間の違いというわけではなくて?」
「ああ、そうさ。だって君たち、今のままじゃ死ねないだろ? 相手のことを思うと未練タラタラだろ?」
「……私はそうだけど、もしかしたらロマニはそうじゃないかもしれないし」
「やれやれ困ったものだな。名前、君が周囲に与える影響は、思いの外大きいものなんだぜ?」

その瞬間、名前は突如として背中に覆い被さった柔らかな熱に瞠目する。首筋に感じる湿った吐息が、急速に身体の芯を燃え上がらせていった。

「え、ロマニ!?」
「……名前、ダメじゃないか。あんまり他の誰かに独り占めされていると拗ねちゃうぞ」

しかも、どうやら寝惚けているようである。心臓に悪い。

「おや、これ以上は邪魔者にしかならないね。僕はそろそろ退散するよ。通信機はマシュに預けてくる」
「ええと、あの、アマデウス! ありがとう」
「ああ、こちらこそ」
「また今度、マリーと一緒にお茶しようね」
「……そうだね。またいつか」

通信を音声のみの状態へと切り替え、名前は首元に顔を埋めるロマニの頭をぽんぽんと撫でる。 同僚達が微笑ましそうな目で見てくるのがまた何とも恥ずかしく、名前は大きく咳払いをしてから立ち上がった。まだ出立まで時間があるのだから、どうせならもっと眠っていてほしい。そう思って肩を貸し、仮眠場所のソファーまで誘導する。身体を横たえた瞬間、ロマニはうっすらと目を開き、花のように微笑んだ。

「名前」
「うん、何?」
「……好きだよ。ボクは、キミのことが大好きだ」

あっという間に寝息を立て始めたロマニの頬を撫で、名前はすぐ自身の責務を果たすべく踵を返した。 一瞬だけ何かを言い淀むような顔をしていたくせに、何も抱えていないように振る舞っていたところが、どうしようもなく愛おしく、同時に切なくも感じた。

「私も好きだよ。……ばか」







次の日の朝、オルレアンを正面から攻め落とすための戦いが始まった。

数多のワイバーンに苦戦するかと思いきや、生前のジル・ド・レェ率いるフランス軍が味方となったことで一気に形勢は逆転する。ジークフリートを中心としてファヴニールを打倒した後、各サーヴァントがジャンヌ・オルタの配下達を討ち取っていった。

そんな中、立香ちゃんの純粋で真っ直ぐな心根は、敵サーヴァントの心さえも溶かしていく。敵味方関係なく絆を育み、初心者ながら見事な采配を披露した彼女のもとには、きっとこれから数多くのサーヴァントが召喚されることだろう。

街が蹂躙され見るに耐え難い惨状が広がっていたとしても、決して逃げずに向き合える心の強さ。英霊に対しても物怖じせず、自分を慕うマシュのために最後まで戦い抜こうとする度量の深さ。 藤丸立香は間違いなく、この地球を救ってくれるマスターだ。何の迷いもなく、名前は確信していた。

いよいよ本拠地である城に乗り込み、立香ちゃんはジャンヌ・オルタを追い詰めていく。しかしそこでもたらされたのは、竜の魔女が聖杯によって創られた存在であるという事実だった。 ジル・ド・レェを突き動かしていたのは、ひたむきな程に真っ直ぐなジャンヌ・ダルクへの愛。彼女の命を摘み取ったフランスへの怨みを原動力に、国一つを滅ぼさんとしていたのだ。

最終的に、ジャンヌ・ダルクは裁定者としての役割を果たし、心から信頼するマスターの下でジル・ド・レェを打倒する。救国の聖女は、海よりも深い愛を以て殺人鬼たる彼の心をも救い上げた。

聖杯を回収したことによって、無事に時代の修正が行われる。オルレアンでの旅を導いてくれた聖女に別れを告げ、立香ちゃんとマシュはカルデアへと帰還した。 職員達の歓声が響き渡る中、ロマニが代表して断言する。立夏ちゃんは紛れもなく、カルデアが誇る立派な魔術師なのだと。

ダ・ヴィンチちゃん率いる技術部が新しい特異点の解析を進める中、名前は定礎復元の功績者とハグを交わすべく彼女達に駆け寄っていく。まだまだ仕事は山積みだが、一瞬だけ許してほしい。ロマニがこちらを見遣り、眉を下げて微笑んでいた。

「立香ちゃん、マシュ! 本当によく頑張ったね!」

二人まとめて腕の中に閉じ込めて、ありったけの愛情を込めたキスを贈る。触れたほっぺたから徐々に赤らんでいく様子が愛らしくて、更に力強く抱き締めてしまった。 慌てたように視線を巡らせていた立香ちゃんが、思い出したように「あっ」と声を上げ、名前を真っ直ぐに捉える。

「名前さん! ジャンヌから伝言です!」
「ジャンヌから?」
「はい。───ぜひまた女子会をしましょう、って」
「そっか。うん、……ありがとう立香ちゃん」
「今度こそは、わたしも混ぜてくださいね!」
「うん、もちろん。お詫びと言ってはなんだけど、明日の朝は二人の好きな物を作ってあげる。何がいい?」

立香ちゃんとマシュは顔を見合わせ、瞬く間に破顔する。見ている者の心を明るく照らす太陽のような笑顔に、名前もまた目尻を下げた。二人同時に、全く同じ内容を口にする。

「イチゴのタルトがいいです!」