昨日、オルレアンの定礎復元が完了した。スタッフ一同、マスターの帰還直後は盛大に歓声を上げたものの、いつまでも浮かれてばかりはいられない。

人理焼却という未曾有の災害に対峙する上で、不明な点があまりにも多すぎたのだ。現在に至るまで、特異点の空に出現していた巨大な光の輪や、レフ・ライノールを操っていた黒幕の正体すら判明していない状態である。 更に職員達は、レイシフト先でのマスターの安全を確保するため、シバの観測結果を元に各特異点の座標固定もしなければならない。優先順位をつけるのも悩むほど、喫緊の課題は目の前に積み重なっていた。

ロマニは、それら全てを自ら進んで背負い込んでいる。人員も物資も限られる中、誰よりも多く仕事をこなし、睡眠時間を削り、人類の為に尽くし続けていた。彼はサーヴァントとして召喚されたダ・ヴィンチちゃんと違って、普通の人としての身体しか持ち得ていないにもかかわらず、だ。

名前は、ロマニ・アーキマンが己の欲を満たすために行動するところを一度も見たことが無かった。四年前、ロマニが名前に名前を与えてくれた時から、今の今までずっと。誰かのために笑い、誰かのために悲しみ、誰かのために自分を犠牲にしていく背中をずっと見てきた。

困ったことに、ロマニは自らのそんな気質を理解している。分かった上で改めようとしないのだ。自分の願いを叶えるために生きる、という人として当然の人生を全うすることを、完全に諦めてしまっているようであった。 他者を尊重するという姿勢一点を見れば、確かにロマニは冷静で大人なのかもしれない。しかしそれは、彼を心から慕う人間の気持ちを悉く無視する行為だ。

自分を労ることをせず、自らを慈しむことをせず、誰にも己の心を晒さない鋼鉄な態度。八方美人なくせして、その実誰にも頑なに肩入れしようとしない信条。その不器用な生き方はまるで、幼子のようだとも名前は思うのだ。

浪漫の愛称を好んで使うくせに、ロマニは過去を捨て、現在に満足せず、未来に夢を見ない。

だから名前が告白したのは、ある意味賭けだった。彼自身の分まで、名前がとことんロマニを愛し抜くためという、エゴイスティックな欲望故の行動である。 結果的には弾みで零れてしまったけれど、衝動的な言葉になってしまったけれど、同じだけの気持ちを求めたつもりはなかった。それでも勝手にショックを受けて、懲りずに二度目の告白をした自分はきっと愚かだったのだろう。

だって伝えなければ、壊れてしまいそうだった。心の器になみなみと注がれ、溢れ、名前の世界を満たしていくこの感情を留めておくことなんて出来なかった。

たとえ同情だったとしても構わない。たとえ同じだけの感情を抱いていなくたって構わない。有り得ない仮定ではあるが、たとえ利用されていたって構わなかった。

世界中を敵に回したとしても、苗字名前はロマニ・アーキマンを信じ続けると決めたのだから。







カルデアの所長室は、中央管制室から程近い場所にあった。 厳重に封鎖されていたそこに鍵に差し込むと、威圧感すら放っていた扉があっさり開いていく。壁一面に広がる本棚は綺麗に整頓されており、持ち主の几帳面な性格が伺えた。 埃一つ無い机の木目を指でなぞってから、名前は持ってきた皿を中心部へと置く。そこには、立香ちゃんとマシュ用に焼いたイチゴタルトが一切れ乗っていた。本当ならばお花でも供えられれば良いのだが、地下工房で花を栽培するような変人はさすがにいない。 いつか人類の未来が完全に保障された暁には、ローズマリーでも捧げたいものだ。

「名前さん?」
「あ、立香ちゃん」

背後から明るく声をかけられ、名前は振り返る。赤く鮮やかな髪が揺れ、その中心では笑顔が花咲いていた。

「ドクターから、名前さんは此処にいるって聞いたんです。実はシミュレーションルームを使いたくて……」
「うん、分かった。なら早速行こうか」

特異点の探索を行う上で、立香ちゃんが魔術師としての能力を向上させることは必須である。サーヴァント達をサポートするための技術は勿論のこと、彼女自身が己の身を守る術は一つでも多い方が良い。 ならば、シミュレーションルームでオペレーターを務めた経験が最も多い名前に声がかかるのは必然と言えた。特異点の時代証明やその他の調査に関してはいくら人手があっても足りないくらいだが、優先順位はこちらの方が上だろう。何より、立香ちゃんの役に立てるのは純粋に嬉しかった。

「今頃、所長も喜んでますね」
「え?」
「だって名前さんの作ったタルト、とっても美味しかったですもん。毎日でも食べたいくらいでした!」
「……ありがとう、立香ちゃん」

名前はロマニの許可の下、スタッフの代表として所長室に来ていた。オルガマリーから引き継いだ人理継続の尊命を全うするべく発令されたグランドオーダーは、無事に人類最後のマスターによって遂行されている。その報告をするべく、彼女が好きだったという甘い物を持参していたのだ。 しかし所長は名前のことが苦手だったし、あまり長居しても迷惑に思われるだろう。苦笑してから、物珍しそうに辺りを見回す立香ちゃんへ近寄っていった。

「名前さんって、前から料理がお好きなんですか?」
「うーん、ちゃんと練習し始めたのはカルデアに来てからかな。ロマニって医者のくせに不養生だから、せめて食べるものくらいはと思って」
「……名前さんって、本当にドクターのことが好きなんですね」
「うん、好きだよ。世界でいちばん大好き」

立香ちゃんは、何故か呻きながら胸を押さえてしまう。首を傾げつつも、名前は屈んで彼女の顔を覗き込んだ。

「立香ちゃんのことも大好きだよ」
「まさかの追撃!?」
「あ、ごめんね。私、思ったことはすぐに言っちゃう方で……。よくロマニから、キミの感情表現はストレートすぎて人を驚かせるから、必要以上に言わない方がいいって云われてたんだけど」
「……名前さん、わたし、もうお腹いっぱいです」
「あ、そう? でも訓練をこなしたらお腹も空くよね。今晩は、立香ちゃんの好きなもの何でも作ってあげる」
「わあ、本当ですか!? むしろ名前さんの料理なら何でも食べてみたいんですけど、特に得意な料理ってありますか?」
「うーん、小麦粉を使った料理全般かな」
「予想外に守備範囲が広いですね!?」

キラキラと瞳を輝かせる立香ちゃんと共に廊下を歩いていると、こちらまで心が洗われるようだった。その後の戦闘訓練では容赦なく強敵を差し向けてクタクタにさせてしまったけれど、これも愛情だと思って受け止めてほしい。







翌日、立香ちゃんとマシュは一世紀の古代ローマへ旅立っていった。 当初の予定と反して首都郊外へレイシフトしてしまった二人であったが、無事にローマ帝国第五代皇帝ネロとの邂逅に成功する。

当時、ローマは世界そのものであった。黒幕の狙いは、後世の人類史に多大な影響を与えたローマ帝国の崩壊だろう。 その目論見を果たさんとする組織の名は、ネロによってすぐに判明した。連合ローマ帝国。複数の皇帝が君臨するという敵方は、ネロが率いる正統なローマ帝国の領土を半分も奪ってみせたという。過去の皇帝を騙る人物──すなわちサーヴァントが召喚された可能性が示唆されたことで、ネロとカルデアは協定を結び、二人は客将として迎えられることになった。

その後立香ちゃん達が順調に戦闘を乗り越えていく姿を、名前はロマニの隣で観察していた。名実ともにカルデアの責任者となった彼を傍で支えるべく司令席での業務を希望したら、思いの外すんなり決定したのだ。一番効果があったのはダ・ヴィンチちゃんからの援護射撃であった気もするが、結果良ければ全て良しである。

立香ちゃんとマシュは、さっそく客将としての仕事に励んでいく。数多の敵と交戦し、ようやく休みが与えられた時には、立香ちゃんの瞼は今にもくっつきそうな様子だった。眠れないようなら話し相手にでもなろうと思っていたのだが、この分だと心配なさそうである。

皇帝陛下へ戦況の確認に行くというロマニの邪魔をしないよう、名前は仮眠を取ることにした。一スタッフとして戦術に関する知識も頭に入れてあるが、実践的に運用するだけの技術が名前にはないのだ。医者でありながらその力を備えているロマニには、お世辞抜きで脱帽するしかない。

「名前、どうかいい夢を」
「うん。夢でもロマニに会えるよう祈っておくね」
「……ええと、名前。後ろのソファーで寝るんだよね?」
「そうだよ」
「なら、もし良ければでいいんだけど、その」
「お互い睡眠時間が無くなるから、もっとキビキビ喋って。せーの、はい!」
「ぼ、ボクの膝枕で寝ませんか!?」

断られるのを怖がっているのか、ロマニは居心地悪そうにソワソワとしている。可愛いなあ、と思った。三十路だと主張しているくせに、どこまでも純粋無垢なひとである。

「うん、寝る。膝貸して」
「え、あ……いいの?」
「もちろん。その代わり、変な寝言とか言ってても見逃してね」

硬い太ももを枕にしてロマニを見上げると、照れ臭そうな瞳がこちらを見詰めていた。なるほど、これは思いのほか距離が近くて恥ずかしい。 胸の内を掻き毟りたくなるような羞恥心を誤魔化すべく瞳を閉じると、柔らかな掌が名前の瞼を優しく撫でるように滑っていく。いつも通り悪夢を見ることになるのだとしても、その瞬間たしかに名前は幸福感で満たされていた。

「あったかい……」
「あはは、そう? 多分、キミに触れてるからだろうけど」
「ロマニの手はいつだって温かいよ。自覚してないかもしれないけど……私のこと、いつも守ってくれてありがとう」

ロマニはぐっと言葉に詰まったかと思えば、名前の髪をゆっくりと梳いていく。どこからともなく、花の甘い香りがした。

「……ボクは、キミが思っている程に優しい男じゃないんだけどね」







翌日、エトナ火山にて召喚サークルを確立した後、立香ちゃんとマシュは皇帝ネロのガリア遠征に同行することになった。 ネロ陣営のサーヴァント、ブーディカやスパルタクスと交流を深めつつも、女神ヴィーナスの血を引くサーヴァント、カエサルを打倒することに成功。しかし、敵方の宮廷魔術師に関する手掛かりを得ることには失敗してしまう。

情報収集をしながら帰路につく途中、一行は、地中海のとある島に古き神が出現したとの噂を耳にした。 もしも神が実際に現れたのならば、それは神霊として現界したことになるだろう。神霊とは、太古より星に存在した神々であり、既に地上から消え去った存在だ。 神秘の力が蔓延っていた神代とは異なり、西暦以降の世では物理法則が世界の規範となっている。そのため、神霊がサーヴァントとして地上に現界することは出来ない──筈だったが、女神ステンノは確かに一行の前に現れた。

名前は一時的に物資の補充や各部門の伝達係を担っていたため、これらは後から聞いた話でしかない。だが、ステンノに騙された結果、多くの魔獣と戦闘することになったとだけはロマニから直接聞いている。 頭を抱えていた彼に労りの気持ちを込めてココアを差し出すと、感激したように手を握られた。自分の言葉がキッカケで立香ちゃん達を危険に晒してしまったのだ。人一倍責任を感じて、勝手に罪悪感を背負い込んでいるのだろう。ロマニ・アーキマンとはそういうひとだ。

だからこそ名前は、彼の心を少しでも晴らすため仕事に励んだ。オペレーターとして軍略を巡らせるロマニの手足として、ひたすら情報収集をこなしていく。

ステンノからの情報により連合首都の位置が判明したため、正統なローマ帝国軍は勢いよく進軍していった。しかし、レオニダスやアレキサンダーとの戦闘をこなし、ついには敵方の王宮攻略を成し遂げようとした際、それは現れる。 建国王、神祖ロムルス。皇帝ネロが誰よりも焦がれたローマの祖、ローマそのもの。ネロ・クラウディウスが何よりも信じ、夢を見続けた英雄その人だった。

ネロはすっかり意気消沈してしまったため、正統ローマ帝国軍は一旦引き返し、改めて戦力を立て直すことになる。

実際、ロムルスの下で働く兵士達の士気は異様に高かった。それもその筈だろう。軍神マルス譲りの神性に加え、皇帝としての指揮能力の高さ、そこに在るだけで平伏さざるを得ない程のオーラさえも備えていた。実際に名前も特異点へレイシフトしていたならば、ロムルスの前で震えることしか出来なかったかもしれない。

ネロにとって、神祖は何よりも憧憬する対象だった。皇帝として歩む道を指し示してくれる、唯一無二の光だったのだろう。

名前には、ネロの心情を完全に理解することが出来ない。己の全てを投げ打ってまで信じる神などいないからだ。自分は、見えないものを信じられる程に清廉な心を持ち得ない。ジャンヌのような聖人にはとてもなれそうになかった。

けれど、信じるひとは確かにいるのだ。そのひとが与えてくれる言葉を、優しさを、温もりを全て受け止め、慈しむことは出来る。自分が愛したいと思ったひとを、全力で愛し抜くことは出来る。

きっとネロ・クラウディウスにとっては、自分を慕う国民こそがその対象だった。連合帝国にて戦う兵士達は、まるで感情を知らぬ機械のようであった。そんな彼らに笑顔を取り戻さねばならないと、ネロは自分自身を奮起させる。 いくら完璧な統治であろうと、笑い声のない国など意味はない。僅かに躊躇した様子を見せながらもそう断言したネロは、立香ちゃんに背中を押されて再び溌剌とした笑顔を見せる。

「立香ちゃんは強いね」

通信を繋ぐと、彼女は意外そうに目を丸くした後、柔らかく微笑んでくれた。

「なんといっても、守るべき人達がいますから。それに、わたしのことを抱き締めて、甘えさせてくれる人もいるので。怖くても辛くても頑張れます」
「……そっか」
「はい」
「なら、いい子にはご褒美をあげないとね。立香ちゃん、パンケーキは好き?」
「大好きです……!」
「よし。ならば生クリームとチョコソース、バナナも添えましょう」
「やったー!」

緩んだ空気を裂くように、城内の侵入経路の詳細が判明したとの一報が入る。すっかり晴れやかな顔で進軍を宣言するネロに、立香ちゃんとマシュは寄り添っていった。

数多の敵性生物との交戦を経て、ついにネロ陣営は神祖ロムルスと対峙する。玉座で優雅に微笑む建国王は、ネロを皇帝として認め、受け入れた上でその槍を存分に振るった。 世界の全てであるローマを愛し、後世におけるローマの繁栄を願ったロムルス。今生きているローマの国民を愛し、皇帝として国の発展に尽力せんとするネロ。立場は違えど、二人のローマに対する愛情は間違いなく本物であった。

しかし、歴史とはその時代に生きる人間が紡ぐものである。悩み苦しみながらも、未来を夢見る強い心が生み出す軌跡なのだ。ならば、過去の幻影たるロムルスが敗れるのも道理だろう。ネロはこの時代に生きる人間として、自身の役割を果たしただけのことだ。

ロムルスが消滅した直後、ようやくカルデアが探し求めていた宮廷魔術師が出現する。その男、レフ・ライノール・フラウロスは、聖杯を片手に本性を剥き出しにしていった。 七十二柱の魔神が一柱、フラウロス。黒幕たる王の寵愛を受けた証だと高らかに宣言して見せた姿は、まさに悪魔と呼ぶに相応しい醜悪なものだった。なにせ地上に聳え立った巨大な肉の柱が、無数に携えた紅い目玉を四方八方に動かしながら蹂躙せんとしてくるのだ。モニター越しであっても、背筋に虫が這い回るような寒気を覚えた。 今まで遭遇したどの生物とも異なる桁違いの魔力量に目を見張るが、名前はすぐに頭を切り換えてサポートに集中する。立香ちゃん達が誰も諦めていないのに、スタッフが弱気になっていてはいけないだろう。

ロマニさえも冷や汗をかくような戦闘に辛くも勝利すると、レフは聖杯を使って新たなサーヴァントを召喚する。 その名は、神の鞭とも称された大王アルテラ。皮肉なことに、レフは彼女の手によって切り捨てられたものの、聖杯を吸収したアルテラの進行は止まることが無かった。玉座にて解放された対城宝具をなんとか凌ぐと、一行は城外にて体勢を立て直すことになる。

アルテラの宝具は、冬木で対峙した聖剣並みの魔力量を有していた。マシュの宝具を最大出力で放出したとしても、完全に迎え撃てる確率は高くない。 皆一様に暗い表情で戦力差を嘆く中、ネロはただ一人その顔に絢爛な笑みを浮かべ、高らかに宣言した。ローマは必ず救われる。ローマは後世においても人類繁栄における礎となり、いくら形が変わろうとも皆の心に在り続けるのだと。

名前は一行へ向けてアルテラが首都へ向かっていることを伝えると、緩んだ唇を薄く開いた。

「ネロ陛下、恐れながら申し上げます」
「む。そなたは魔術師の……名前といったか。かしこまる必要はないぞ。ここまで共に戦った仲間ではないか」
「ご厚情、痛み入ります。それでは……ネロさんは、アルテラが軍神マルスを信奉しているのはご存知ですか」
「軍神マルスというと、神祖ロムルスの父上にあたるという……?」
「はい。アルテラには、軍神から剣を賜ったという逸話が残っています。先程の魔力量から察するに、彼女の宝具はその伝説を元にしたものと考えて間違いないでしょう。……ネロさん。貴女の生き方は、数多くの文明を破壊し尽くしたアルテラとは異なるものです。けれど一方で、そんなネロさんだからこそ、アルテラの心を救える可能性があるのではないか、とも思うんです」
「ふむ。余が神祖を想ったように、アルテラもまたマルスを想ったということか。ならばあやつの心にも、きっとローマがあるに違いないな」
「ええ、きっと」
「名前、礼を言うぞ。これでまた一つアルテラを止める理由が出来た。───それでは皆の者、ローマと世界を救う戦いへと出発しよう!」

ネロの力強い言葉をもって、最終決戦の火蓋が切って落とされた。聖杯の魔力に吸い寄せられたワイバーン達との戦闘を経て、ついに一行はゆっくりと進軍していたアルテラに辿り着く。

アルテラは出会った当初からずっと、破壊の大王を自称していた。自身は愛や美しさを知らないのだと、機械的に繰り返す様はどこか空虚で物悲しい。 だがネロは、そんなアルテラの哀しい生き方さえも美しいと断言する。この世に存在するあらゆる物や自然、人の生き方。それら全てを肯定し綺麗だと讃える様からは、我が儘で身勝手で、何よりも愛情深い側面を感じた。ネロ・クラウディウスは暴君なのだと、名前はその時初めて痛感する。

そしてネロは、最大限の愛をもってアルテラを討った。聖杯と一体化し暴走状態にあったアルテラは、それでも最後は安堵したように微笑み、静かに消滅していく。 同時に聖杯の回収が完了したため、時代の修正が急速な勢いで始まった。スタッフ達は一様に、緊張した面持ちで立香ちゃんとマシュを迎える用意を始める。

名前が最後に見たネロは、太陽のように眩い笑みを湛えていた。そこには確かに寂しそうな色が滲んでいたし、仲間が消える事実を憂いているようにも見えた。だがそれでもネロは、仲間への敬意と感謝を最大限に表していたのだ。

無事に帰還した二人を出迎えた後、名前は今晩のお風呂について考える。ネロにあやかって、たまには薔薇風呂というのもいいかもしれない、と笑いながら。







ロマニが首を回すと、二人きりの管制室にバキッと虚しく音が響いた。隣でタイピング作業をこなしていた名前は、瞬きしながら彼の横顔を見詰める。

「あ、あはは……。ボク、やっぱり身体はおじさんなんだよね」
「ロマニは単純に働きすぎ。寝てさなすぎ。頑張りすぎ」
「ううん、そうかなあ」
「私の前で取り繕う必要なんてないでしょ。あ、そうだロマニ。今日一緒にお風呂入る?」

困ったように首筋に手を当てていた彼は、石のように固まってから口をぽかんと開ける。

「……、は!?」
「だって、残ってるのって私たち二人だけだし。サーヴァントが増えた時のためにダ・ヴィンチちゃんが大浴場を作ってくれたらしいから、一度試しに入ってみたくて」
「い、いやいやダメでしょ! 名前はもっと自分の身体を大切にして!」
「そう言うってことは、一緒に入ったら何かしてくれる気はあるんだ?」
「なっ、それは……! そりゃ、ある、でしょ」

言葉尻がどんどん萎んでいく様子に、今度は名前の方が二の句を継げなくなってしまった。

「あ、やっぱり引いたよね!? 完全に墓穴掘ったよね!?……だからね、ボクは優しいだけの男じゃないんだってば」
「別に、いいのに」
「え」
「…………ロマニになら、何されたっていいのに」

その瞬間、時が止まったように感じた。肩に彼の手が触れ、どことなく熱い焔が燻った瞳に真っ直ぐ射抜かれる。 本当は、優しくされるだけなんて嫌だった。もっと乱暴に扱ってくれたっていいのに、めちゃくちゃにしたっていいのに。ロマニ・アーキマンはいつだって、もどかしい程に優しくてたまらないのだ。

ロマニは恐る恐る名前を抱き寄せると、何かを堪えるように深く息を吐き出した。柔らかな指先が名前の首筋をなぞり、背中から腰にかけてゆっくりと伝っていく。どことなく婀娜っぽい仕草に心臓が跳ねて、思わず彼の背中に縋りついてしまった。

「……ほら、名前だって恥ずかしいだろう?」
「それでも、いいのに」
「だめ、ボクが嫌なの。……もっと、きちんと責任が取れるようになって、キミを大切に出来るって決意できた時にさせてほしい」
「ロマニ、それまで我慢できる?」
「そ、それくらいするよ。ボクだって大人の男なんだからね!?」
「うん、分かった。他の女の子とするくらいなら、私のところに来てね」
「……キミ以外なんて、もう考えられないんだけどなあ」