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太陽になれないなら
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日輪が空の一番高い所に昇っている。風はそよそよと吹き、波は穏やか、小鳥は可愛らしくさえずって、自然の風雅が身に染みて感じられる今日、城の主である毛利元就が四国より帰還した。
近頃はよく四国に出掛け、その度に何やらお土産を持って帰ってくる。四国と言えば鬼ヶ島の鬼が居るという話だ。その鬼と同盟を結んだか諍いでもしたのかは、戦乱や兵法に明るくないひよりにとってどうだって良い事で、兎に角元就が自分の下へ帰ってきた事が嬉しかった。

「お帰りなさいませ、元就様」

少し控えめの笑顔で亭主となる人を見る。彼はいつも通りの冷めた表情でひよりを見て素っ気なく、ああ、とだけ言った。それでも彼を見つめてきたひよりは、それが少し寂しげな表情だという事に気付いていた。
毛利元就、安芸の国人であり高松城の城主、そしてひよりの夫となる人だ。身分もそう低くなく、お淑やかで世話好き、そして人の機微に敏感なひよりは、元就に相応しいと兵や親に称えられ、本人の僅か一言の承諾を得て結婚に踏み切った。未だ夫婦にはなっていないが、戦乱の情勢が落ち着いた頃合いに正真正銘の夫婦となろうと決めている。

「何か、辛い事でも御座いましたか」

部屋に戻った元就を訪れ、ひよりはすぐさま問い掛けた。元就は少々訝しげな顔をしながら、着たばかりの艶やかな着物を指先で弄る。

「入室早々問い掛けるとは、貴様には遠慮というものがないのか」
「そうかもしれませんね。ところで着物、お似合いですよ」

あっさりと彼の言い分を流し、話題を変える。今元就の身に付けている着物は日輪のような花の柄であったが、これは今までに見たことがない。しかも折り目があまり目立たなく、生地も綺麗なので真新しい物だろう。それが非常に似合ってしまうのは、流石日輪の申し子たる者か。

「長曾我部が寄越したものにしては珍しく良い品だった」

僅かに頬を染めて顔を逸らして言う。以前だったらこんな事は絶対になかった。いつだって氷の仮面を分厚く被って、本心を必死にひた隠しにしていたのだ。この進歩は、私を信頼してくれている証だろうか。

「愛されていますねえ」

微笑みを浮かべながらからかうように言って、胸がちくりと痛んだ事に気付いた。

(本当に愛しているのは私なのに?)

そう考えながら胸に手を当て、静かに息を吐く。男に嫉妬なんてみっともない事だ。鬼はただ着物を贈っただけで、ひよりの愛には叶わない。ひよりはそう自分を納得させた。

「……ひよりと、添い遂げると言ったのはいつだったか」
「あ、はい、元就様が四国へ攻め入る少し前です」

彼が一番心を閉ざしていた時の事だ。“好きにしろ”と承諾をした彼の声は、冷たく氷のようで、恐怖すら感じた。それでも長年想い続けていたのだから、飛び上がる程嬉しかった。

「長く、待たせておるな」

もしや、やっと夫婦になる祝儀を開くのかと、ひよりは目を輝かせた。待ち望んだ結婚だ、嬉しくて胸が弾む。そうしている内に元就と目があって、恥ずかしくなって目を逸らした。

「長曾我部に言われたわ。情勢など気にせずに早く夫婦になって、二人で四国に来いと」

ずきり、鈍痛が走る。先程まで感じていた狂喜はなく、元就の方を見た。

「それまで、四国に来てはいけないと」

元就の目が細められ、先程と同じ寂寞の表情になる。鈍感な人では気付かなかっただろう。ひよりも鈍感な人であれば、幸せだったかもしれない。しかしひよりは気付いてしまった。彼にとって、ひよりと夫婦になる事よりも、四国に行く事の方が重要だと。
敵国の主、婚姻、男性、女性など関係なく、元就が完全に心を開いているのが、あの長曾我部元親なのだと。

(嗚呼そういえば)

深く考えてみれば、ひよりは幾度も元就にこの想いを伝えてきたが、彼は一度も直接告げてくれた事はない。

(そうか、私では駄目なんだ)

ずっと想い続けていたひよりの言葉ではなく、初めて四国に攻め入った時から、あの鬼の言葉がそんなにも元就の心を開かせていたのだ。

「元就様」

ひよりは愛しむように縋るように呼び掛けた。そうして頬を伝う冷たい物を隠すように、ただただ笑って、彼の幸せを祈った。

「四国での出来事、私に教えて下さい」



あなたを照らす太陽になれないなら、
(せめて方角を知らせる星になりたい)(なんて罪な願いかしら)


2012/03/12
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壱万打感謝フリー小説

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