走る。走る。目指すはあの人の元。きっと野菜作りの為に庭園に居る筈だ。
「小十郎さーん!」
庭園に入ると共に、あの人の名を呼んだ。驚いた様に此方を見た彼に、ひよりは駆け寄った。
「どうかしたのか、ひより」
小十郎は何時もは滅多に見せない優しげな笑みを浮かべながら、ひよりの頭を撫でた。
「ん、今日も野菜は絶好調ですか?」
ひよりは小十郎を見上げて尋ねた。凄く身長差を感じる。小十郎さんは我が子を見るような眼差しで野菜達を見ながら答えた。
「あぁ、大丈夫だ。それからな……」
次の瞬間にはひよりを呆れた様に見ていた。
「敬語は止めろと言っただろ」
そう言えばそんな事も言われた。ひよりが政宗に対してタメ語を話すからだろうか。
「はい……じゃなくて、うん」
ひよりはこの異世界に来て、最初は政宗にタメ語を話す事を何度も小十郎に叱られた。でも暫く一緒に居る内に、気付かなかった小十郎の良い所を見つけて…。
それからお互い少しずつ親しくなった。
初めはひよりが政宗に対してタメ語で話すから、小十郎もタメで良い、と言ったのかと思ったが、今思えば距離を縮めたかったのかもしれない。
少なくともひよりは、距離を縮めたかった。
「で、それだけか?」
優しい声音。初めて会った時は想像もしなかった。
思いきって尋ねてみよう。
「今日……何の日か知ってる?」
「今日?」
やっぱり覚えてないのかな。
「……お前と俺が出会った日、か?」
「!?」
思ってもみなかった返答に、ひよりは開いた口が塞がらなかった。
「覚えて、くれてたの……?」
「当たり前だろ」
嬉しい。とにかく嬉しい。
「ありがとう、小十郎さん!」
「礼なんて言うな。お前は元の世界に帰れてないんだぞ?」
最もな意見に、ひよりは肩を竦めた。
「いいよ、帰れなくても」
ひよりの思いがけない言葉に、小十郎は目を見開いた。
「なっ、何言ってやがるっ親御さんも心配して―─」
「私……私ね……っ」
ひよりは俯いた。
「両親と居るより……小十郎さんと居たいの」
両親とは離れて暮らしていた。心配なんてしている訳がない。
「……ひより」
気付けば小十郎に抱き締められていた。がっしりした体に抱き締められて、少し息苦しいけど、嬉しい。
ああ、やっぱりこの人の事好きだ。
―― 一年前
「げほっげほっ」
突然砂埃に囲まれて、ひよりは噎せ返った。
さっきまで部屋の片付けをしていたのに。こんなに砂埃がたつ所なんてあったっけ。
ちゃんと掃除しなきゃな、と誓って、ひよりは噎せながら目を開けた。それと同時に嫌な金属音が聞こえた。
カチャ
ひよりの首筋に向けられる、平和な御時世には似つかわしくない包丁――基、刀。噎せる事なんて忘れて、目の前の男に驚いた。
強盗!?
「テメェ……そこで何してやがる」
言葉と共に放たれた殺気。怖くて足がすくむ。
「お、お金なら……ありませんよ!?」
「あぁ゛ん!?」
「ひぃい!御免なさい御免なさい御免なさい〜!!」
ひよりは必死になって謝った。殺される……!
「早くそこから退きやがれ」
「御免なさいっ御免なさいっ」
逃げなきゃ。そう思うのに足は動かない。
「周りを見やがれ!」
「え?」
言われて、ひよりは周りを見渡してみた。
「あ……」
見たことのない綺麗な青空に、澄んだ空気、そして足元には畑…
「ごっ御免なさいっ私……知らなくてっ」
ひよりは急いで退いた。
綺麗に整頓された畑に、ひよりが居た形跡がはっきり残っている。
目の前の男は、土を撫でて整えている。
ひよりも何かしないと、と思い、潰れてしまった葉に触れた。
「ごめんね……早く元気になってね……?」
そんなひよりの様子を見て、男は少しだけ表情を和らげた。
「テメェ……さっき“知らなくて”と言ったな?」
土を手早く整えた男は、ひよりに向き直って尋ねた。
「え、あ、はい。気付いたらここに居て……さっきまで部屋の片付けをしていたのに、どうしてだろうと思って……」
「その身なり……何処の者だ?」
「え……日本人です……あ、此処はどこなんですか?」
すると男は眉間に皺を寄せた。
「奥州だ。んな事も知らねーでこんな所に居たのか?」
「奥州……?」
聞き覚えのある地名。
思い出すのは社会の授業。
「あの……私……」
ひよりはこの不可解な事情を話した。
突然の時空越え───タイムスリップと。
「あの日に約束したよね……」
「そうだな」
『私、畑を大切にします。これからもずっと』
「さて、今日の夕餉はゴボウを使うか」
小十郎は優しく笑った。
「小十郎さん、ゴボウ好きですね」
ひよりもつられて笑った。
もう、元の時代なんて気にしない。
これからもひよりは、この時代で、小十郎さんや政宗様、仲間達と生きていくんだ。
それが、畑と、私自身の、約束だから──。
畑との約束
2010/08/01
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555Hitの樺乃子様よりキリリクでした!
小十郎さん、全く渋くないですね……リクエスト感謝です。
樺乃子さまのみお持ち帰りどうぞ
デフォルト名前:樺乃子