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鳴らない風鈴
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ひよりは、長曾我部元親の幼なじみと呼べる存在であった。
姫若子の時代から、元親の事を知っている。
男の癖に女々しくて、直ぐ泣き出してしまう弥三郎。
ひよりはそのままでも良かったし、そのままでも大好きだった。
それがまさか、

「野郎共!!」

こんな男らしくなるとは

「俺に着いて来な!!」

思ってもみなかった。

りん…

「元親様」

風鈴の音が鳴る。海風が静かに流れ、ひよりの髪を揺らした。

「何だ?」
「朝餉をお持ち致しました」
「おぅ。ありがとよ」

りん…

元親が朝餉に手を付ける音と、風鈴の澄んだ音が静かな室内に響く。

ひよりは風鈴を眺めたまま、動けなくなってしまった。

「…どうした?」

はっと我に返るひより。元親はじっと此方を見ている。

「いえ…何でもありません…」

りん…

悲しげに鳴く風鈴を背景に、元親を見るひより。

「そうか…」

元親は…否、元親様は、この風鈴の事を覚えていて、それだからこそ、これを使って下さっているのだろうか。




湯浴みの準備を終え、浴室から出ると、同じく女中の美代が、廊下を泣きながら歩いてるのが見えた。

「美代…?」

彼女はいつの時も笑顔を絶やさない、素晴らしい子だ。

そんな子が涙を流すなんて、一体如何したのか。

「美代、如何したの?」

ひよりは小走りで美代に駆け寄って尋ねた。

「もう…駄目…っ…私…もう…っ」
「え?」
「元親様…申し訳御座いません…っっ」
「美代!?」

美代は走り去ってしまった。
ひよりは美代を引き止める事も、元親に事情を聞く事も出来なかった。

それから数日経った。美代の行方は分からない。
ひよりは振り切る事にした。
この戦国乱世、いつ何が起きるのか分かったもんじゃない。

元親が部屋から離れている時に、ひよりは部屋の掃除を始めた。
誇りが溜まっている棚の上を拭き、畳を丁寧に拭く。

毎日掃除をしているお陰か、埃はそんなに溜まっていない。

「はぁ…後はあの棚だけか」

ひよりは疲れ気味にヨロヨロと立ち上がると、その棚の引き出しを開けた。

「あっ…」

中を見て呆気にとられて動けなくなる。
その引き出しの中には、今まで吊されていた筈の、あの風鈴があった。

「何…で…」

ひよりはその場に崩れ落ちた。

「…元親様…私は不要なのですか…?」

それとも…もう忘れてしまわれたの…?

涙が止め処なく溢れる。

ひよりは入口に背を向けて居た為、後ろから人が来ている事に気付かなかった。





ぎゅっ

後ろから突然抱き締められる。
感触で分かった。
これは元親だ。

「ごめ…んなさ…い…」

辿々しい言葉を紡ぎ出すひよりに、元親は心配そうに話し掛けた。

「謝る事ねーだろ。大丈夫か?」
「は…大丈夫…です」

ひよりは早く元親から離れたかった。
辛くて仕方ない。
美代の様に逃げ出したかった。

「大丈夫じゃねぇだろ。休んだ方がいいんじゃねぇか?」
「大丈…夫です!後はこの棚だけなんですから!!」

そう言って元親を振り払おうと、無理に立ち上がった。

その時に手が開けっ放しの引き出しに思いっきり当たり、引き出しが棚から飛び出してきた。

「あっ…」

風鈴が割れる…!!

受け止めよう、と手を伸ばしたが間に合わない。
もう駄目だ…。

ドサッ

「いてて…」
「元親様…っ!!」

ハッと見ると、元親が引き出しの下敷きになっていた。
どうやら受け止めようと思ったらしい。
引き出しの角が当たった腕は、赤くなっている。

「そんな…体を張ってまで守る物じゃないです!あの風鈴は…もう守る価値もないのに…っ」

ひよりは涙ぐみながら言った。

「…ひより…風鈴の事だけどよ…」

元親はひよりに引き出しから取り出した風鈴を見せた。

「もう…割れちまっててな…」
「!!」

思い出の風鈴を見ると、割れた跡があった。

「美代が…誤って当たったらしくて…ヒビ入ってよ…」
「美代…」

それであんなに…。
あの風鈴の事情を知っている彼女にしたら、罪悪感で潰されそうだったのだろう。

「何で…捨てないんですか…要らないでしょう」

涙混じりのひよりの声に、元親は再度ひよりを抱き締めた。

「折角ひよりが…弥三郎とひよりだった頃にくれた物なんだ。割れたからって捨てる訳ねぇだろ」
「元親様…」
「元親って呼べ」
「…元…親……」

呼び捨てにすると、元親様は嬉しそうに笑った。
その表情を見てひよりははにかんだ。

『ひより、これ…何?』

弥三郎の手には小包。ひよりは悪戯っぽく笑った。

『開けてみて』
『え…うん…』

ひよりの気迫に圧されて、弥三郎は小さな包みを開けてみた。

りん

『あ…』

澄んだ音が鳴る。

『私から、弥三郎への初めての贈り物』
『ひより…』

ありがとう。

りん…

2人の唇が重なった時、
もう鳴る筈のない風鈴の音が鳴った気がした。


鳴らない風鈴



2010
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色々反省点が……リクエストして下さった赤緋さまには、後日相互記念としてリベンジしたいです。
作中にちょろっと出て来た美代ちゃんですが、またいつか短編に出したいです。
槇村赤緋さまのみお持ち帰りどうぞ

デフォルト 名前:赤緋

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