食卓に並べられた寿司や焼肉、肉じゃがに卵掛けご飯と暗黒物質、そして冷蔵庫には飾り付けられたホールケーキ。ある二つを除けば、全てが豪華で美味しそうだ。
「流石ひよりさんですね。銀さんも喜びますよ」
新八は箸を並べながら嬉しそうに言った。神楽は料理を食い入るように見つめ、僅かに涎すら垂らしている。ある二つ以外の全てをひよりが彼氏である銀時の誕生日の為に作ったのだが、神楽はそんな事はお構いなしだ。それを想定していたひよりは、そんな神楽に料理を作る過程で味見を沢山させたのだが、どうやら足りなかったらしい。ひよりはそれをにこにこと眺めながらも、神楽が料理に手を出さないように手で制していた。
「銀ちゃんは?」
遂に銀時の居場所を聞いてきた神楽に思わず笑みが零れながら、ひよりは優しく答えた。
「銀時はまだ依頼先に居るみたい。川に落とした父親の形見を捜して欲しいとか何とかで」
久々の依頼故に“誕生日だから”と断る事が出来なかったのだ。と云うより新八と神楽に軽い演技をして貰い、銀時に行かせただけなのだが。
「何を捜してるかによるけど……もし早く見つけて帰ってきたようだったら、お登勢さんに時間稼ぎを任せてるから」
ひよりはぼそぼそと呟きながら、不安と期待に満ちた二人を見遣る。
「部屋の飾り付け、しちゃおうか」
「そうですね」
「よーし、銀ちゃんを吃驚させるアル!」
えいえいおー、と拳を振り上げた三人は作業を始めた。壁に色付きティッシュで作った花を貼り付けたり、折り紙を切って輪っかにして繋げた物をその花に繋げたり、新八の眼鏡に繋げたり、誕生会らしく華やかな空間に仕上げようと躍起になり始めた。
10月10日、大切な人の祝いの為に。
新八や神楽より年上で、銀時より年下のひよりは、幕府に仕えている公務員だ。どちらかと言えば裏の仕事が多く、真選組よりも上の立場であるひよりは勿論収入も高く、生活には苦労しない。
しかし少々危なっかしい所があり、刀は万全に使えるが、銃はさっぱり使えなかった。どうにも狙い通りに当たらないのだ。しかし仕事柄、主に使われるのは拳銃。刀を挿していれば公務員だとすぐにバレてしまう為、右腰には拳銃を挿し、刀は鞄に入れていた。
そんなひよりは幕府の極秘資料を運んでいる時に、攘夷志士共に襲われた事がある。
『幕府に仕えてる女ってのはコイツかぁ?』
『そうみてぇだぜ。とっとと潰そうぜ』
夜道で男四人に取り囲まれ、銃を構えるが当たらず、資料を護る余りに武器を取り上げられた彼女は、壁際に追い詰められた。
どうにか逃げ道がないかと検討していた最中だ。近くで物音がしたのは。
『何の音だ?』
四人の内のリーダーらしき人が訝しげに声を上げた。
『うわっ!?ぎゃぁああ!』
人が倒れる鈍い音。何が起こったのか、誰しもが暗闇の中で理解が出来ない。足元を見遣れば、どうやらひよりの銃を取り上げていた人が倒れたらしい。
『なっ、何があった!?』
『あっ!』
後の二人が震える手で近くを指差す。何だとひよりとひよりの腕を拘束する男がそれを見れば、木刀を持った男が居るのが分かった。
(新手か?)
拘束する男の力が緩んだ隙をついて、ひよりは地面を転がっている銃を取り戻した。
『オイオイ、今時女相手にかつあげ?』
『うっせぇ!邪魔すんな!』
また人が倒れる音。木刀一振りで敵を気絶させたようだ。
(こいつ、強い……!)
最後の一人まで倒れると、男はひよりに近付いてきた。
『来るな!』
ひよりは震える手で銃を構えて叫んだ。資料を狙う奴かもしれない。この極秘情報を外部に漏らす訳にはいかないのだ。
『それ以上来たら撃つ!』
慣れない銃だが、鞄を開けて刀を取り出している間に殺られる可能性もある。それに鞄の中には資料が入っているのだから、あまり開けたくない。
それでも男は躊躇なく近付いてきた。手を思いっきり伸ばせば触れる事が出来そうな距離になって、ひよりは引き金を思いっきり引いた。
嫌な音が響く。男がぐらりと揺らいだ。
『あっ』
殺してしまったかもしれない。あまりに静まってしまった空間、ひよりの中に怯えが生じた。仕事柄沢山の人を殺してきた筈なのに、恐怖が心中を支配して、脚ががくがくと震える。
『っ危ねぇな!血ィ出ちゃったよ!?』
『あ』
先程と同じ声がして、彼が生きている事に安心してる自分に気付いた。今更人を殺した事を怖がる程綺麗な人間じゃないのに。
『ちょっとそこの子、大丈夫?乱心でもした?』
彼は左腕から微かに血を流していた。どうやら弾が擦ったようだ。自分の銃の腕が悪くて良かったと安堵する。
『ごめんなさい……大丈夫です』
ひよりは弱々しく答えながら僅かな笑みを浮かべ、彼の胸に倒れ込んだ。
それがひよりと彼──坂田銀時との出会いだった。
誕生会の準備が万端になった頃、丁度ドアチャイムが鳴った。
「はーい」
銀時だ、と嬉しそうに笑うひよりには、いつもの大人びた感じはなく、サプライズを楽しむ子供のようだ。
「あ、銀さん。お帰りなさい」
玄関に駆けて行った新八の声が聞こえる。ひよりと神楽はその間にクラッカーの準備をしていた。
「もう銀さん疲れたわ。あの餓鬼め、父親の形見がメダカって何なんだよ。どれが形見か見分けつかねーよ」
銀時が文句を言いながら、新八を連れて居間の扉を開けた。
同時にクラッカーの音が鳴り響く。
「銀ちゃん、誕生日おめでとう!」
「銀時、誕生日おめでとう!」
二人は同時に拍手をしながら言った。銀時は驚いて目を丸くしている。
「ひより……!?」
「ちょっと、そんなに大袈裟に驚かないでよ。折角祝いに来たのに」
ひよりはくすくすと笑いながら言った。それでも銀時は驚いたままひよりを見つめている。
「おまっ、今日は仕事あるって……」
「わざわざ休み貰ったの。どうしても行かなきゃいけない用事があるってね」
ひより悪戯っぽく笑った。貴方のその顔を見る為に、なんて言えないが。
「っやべ、俺今超嬉しいわ」
銀時は嬉しそうにはにかんだ。そして神楽が銀時を居間の中央に招き入れる。一刻も早く料理が食べたいのがその雰囲気から分かった。
「ひよりと私と姐御が腕によりを掛けて作った料理アル」
にこにこと料理の説明をしていく神楽。彼女が作ったのは卵掛けご飯だけなのだが、そこは気にしない。銀時は料理を眩しそうに見渡していたが、暗黒物質を見た途端青ざめた。
「何でこれあんの!?嫌がらせだよね!?」
「まあまあ、お妙ちゃんの気持ちだよ。食べてあげて」
わざわざ作って持ってきてくれたのだ。断れる筈がない。断った時に与えられる罰が怖いというのが本音だ。
「いらねぇえ!」
銀時の悲痛な叫びは、お妙ちゃんには届かないだろう。とりあえずソファーに座った銀時を見て、ひよりは全員のお茶碗にご飯を入れ、新八は湯呑みにお茶を入れ始めた。神楽はわくわくと料理を見つめている。
「では」
ひよりが声掛けをすると、全員が揃って手を合わせる。まるで小学生の給食だ。
「いっただきまーす!」
わいわいと食べ始める三人を、ひよりはにこやかに眺めた。神楽は相も変わらず大食いで、早くも寿司の皿の半分を胃袋に収めている。
「ちょっ神楽、てめぇ、ひよりが俺の為に買ってくれたり作ってくれたってのに、遠慮って物はねーのか!?」
銀時がキレるのも無理はないのだが、当の神楽は涼しい顔だ。
「私十分待ってたアル。今こそ沢山食べる時ネ」
「今こそ食べない時だよ!」
「仲良く食べましょうよ、ねぇひよりさん」
「いいんじゃない?楽しくて」
「ひよりさんまで……」
助けを求めるようにひよりを見た新八は、当てが外れたようにがっくりと肩を落とした。
「楽しく食べるのが一番だよ」
ひよりは楽しそうに呟いた。
あっという間に綺麗なデコレーションが施されたホールケーキも食べ終わり、二人きりの空間が訪れる。神楽は新八が家に連れて帰ってくれたので問題はない。
二人はソファーで仲良く並んで談笑していたが、いつの間にか銀時が眠りについていた。 整った寝息を立てる銀時に愛しさが溢れ出す。
「……銀時」
ひよりが呼び掛けても、起きる気配はない。
「寝てる、よね」
余程疲れたのであろう。ひよりはある事を思いつき、くすっと笑った。
「お疲れ様。……大好きだよ」
囁くような告白に加え、銀時の唇に遠慮がちな軽い口付けを落とすと、急に抱き締められた。突然の抱擁に驚いて顔を上げる。そこには照れた様子の銀時の顔があった。どうやら起きていたらしい。
「銀時」
「ひより、今日はありがとな。すげー嬉しい」
銀時はひよりを大切そうに抱き締めながら、本当に幸せそうに言った。顔が赤いのは気のせいだろうか。
「私も、喜んでくれて嬉しいよ」
ひよりも幸せそうに、頬を赤く染めて告げる。
「料理は殆ど神楽に食われちまったから……」
不意に両手首を捕まれてソファーに押し倒された。視界が真っ暗になり、唇に熱を感じる。
「今からお前を食っていいか?」
突然の口付けと言葉に、ひよりは顔が熱するのを感じて、それでも断る理由なんかなくて、小さく頷く。
「上手に食べてね」
赤く染まった顔を隠すように、精一杯の強がりを返した。抱えきれない程の幸せを噛み締めながら。
素晴らしい料理より、美しい姫が欲しい
(後悔しても知らねーぞ?)(後悔させてみなさいよ)
2010/10/10
2012/02/18編集
__________
銀時、HappyBirthday!
当初は主人公からのキスは頬への予定でしたが、管理人の気分で唇に変更。
でもやはり私にエロは書けません