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離さない
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二学期制のこの学校では、普通の学校では夏休みだと言われる八月も上旬頃はまだ登校しなければいけない。憂鬱だ。もうすぐ休みとはいえ、ギリギリまで授業を行うこの学校の教師は一体何を考えているのだか。
そんな朝休み、教室にはらり、と風もないのに短くも長くもない髪を靡かせて入ってきたひより。一目散に窓側の一番後ろの、高杉の机の前に立つ。


「晋助」
「あ?何だよ」
「今日、一緒に帰ろ?」


ひよりの突然の誘いに、僅かに喫驚したが、ややあって素直に頷く。彼女はそんな簡単な応えにぱっと顔を輝かせた。


「じゃあ放課後、すぐ迎えに行くね」


にこにことそれだけ告げて、ひよりは颯爽と去って行く。その後ろ姿を見送りながら、高杉は安堵の溜め息を漏らした。

(久しぶり、だな。あいつと帰るのは)


「あ、ちゃんと授業受けてね?」


再び顔を出したひよりに、思わず目を見開く。それからしまったと目を逸らした。クラスメートの視線が嫌に刺さる。


「ふふ、可愛い」


今度こそひよりの姿は見えなくなった。


「っ……お節介な奴」


そんな事を呟きながら、可愛いと言われて気分が高揚している自分が居る。情けなくて仕方がない。それを抑えるように、高杉は机に伏せって居眠りを開始した。



   

『今日から入塾する子を紹介するね』


綺麗な長髪の人、俺はそれをぼうっと眺めた。算盤塾で俺が尊敬している先生、吉田松陽先生。今はもう海外に永住を決めて、二度と会えなくなっている。
それが何故こんな所に。


『水月ひよりちゃんだ。皆、仲良くしてあげてね』


松陽先生の隣に居る少女は、先生からの紹介を受けて、俯き加減だった顔を少し上げた。俺はあっと呟く。


『水月ひよりです』


少女は紛れもなくひよりだ。ひよりは小さく、僅かにおどおどした様子で自己紹介を済ませる。
そこまできて嗚呼、これは夢かと納得した。まだ小学生の頃の、俺とひよりが出会った頃の夢。だから先生が出てきても可笑しくない。


『席は晋助の隣でいいかな?』


松陽先生がこちらに笑いかけた。視点は当時の俺のようだ。


『仕方ねぇな、来い水月』


俺、昔からこんな奴だったか?
周りにはよく“変わった”と言われるが、昔の俺も今の俺も、何一つ変わってねぇだろ。


『あっ晋助……くん、宜しくね』


緊張した笑みでこちらを見るひよりに、俺は話し掛けたくなった。


「ひより」
『晋助でいい』


でもそれは叶わなくて。当時の俺はそっぽ向いてしまう。思ったように身体が動かない。当たり前だ、過去の記憶なのだから。


『じゃあ晋助、私の事も、ひよりって呼んで?』


可愛らしい声に僅かに目を向けると、ひよりが緊張を無くした微笑みを浮かべている。


『「!」』


胸が高鳴る。心臓の音が、夢の中だと言うのにはっきり聞こえた。


『あ……あぁ、ひより』


恥ずかしくてそっぽを向く当時の俺。何恥ずかしがってやがんだ。ちゃんと話しをしやがれ。
今朝も聞いた筈なのに、声が聞きたくて仕方がない。今頃他の野郎と喋っていないだろうか。
そんな不安を抱えた途端、視界が揺らいだ。このまま起きるのか…?嫌だ、まだここに居たい。先生とも話をしてぇんだ。
段々霞んでいく視界。傍に居るひよりが見えなくなる。


「ひより!」


殆ど周りが見えなくなった頃、最後に松陽先生がはっきりと見えた。


『晋助』


畏怖の念に駆られる。松陽先生は当時の俺に、ではなく、現在の俺に笑いかけたように思えた。


「松陽先、生」


――ばしっ


「った!」


教科書で叩かれたような衝撃に、高杉は頭を上げた。目の前に誰かが立っているが、霞んで見えない。まだ夢の中だろうか、いや、痛みを感じたから既に現実かもしれない。


「何しやがる」


段々目が冴えてくる。目の前に居るのがやる気無さげな天パと分かった瞬間、完全に現実だと理解して高まっていた気持ちが完全に堕ちきった。


「授業中に堂々と寝ておいてよく言えるな」


現代文担当教師の銀時の言葉に、高杉は大袈裟な程に嫌そうな顔をした。


「幸せな夢の邪魔しやがって」
「俺だってな!ジャンプ読みたいの我慢してテメー等の授業に出てやってんだよ!感謝しやがれ!」


そんな捨て台詞を吐きながら、気怠そうに高杉から離れていく銀時。


「アンタそれ教師失格ですよ!?」


新八のツッコミの余韻が風に流された頃、高杉は小さく溜め息をついた。

(残酷な夢、見ちまったな)



   

チャイムがなり、所謂放課後という奴が訪れた。太陽は一際高く昇り、夏の暑さが嫌という程に感じられる。がやがやとクラスメートが騒ぎながら教室を出て行くが、高杉は言われた通り教室でひよりを待っていた。“すぐ迎えに行くね”と言っていた割には約十分も待たされている。


「何してやがんだ」


短気な高杉は、既に苛ついていた。教室に居るかもしれないと思い、鞄を持ってひよりの教室へと向かう。ひよりのクラスの扉の前には誰かが立っていて、鍵を持って音を立てさせていた。もしやと思い、近付いてみる。


「お、高杉、どうかしたのか?」


しかしそれは期待外れで、教室の鍵を閉めようとしている服部先生だった。舌打ちをし、問い掛ける。


「もう全員帰ったのか?」
「あぁ。全員帰ったから閉めて――って話聞け!」


服部先生の言葉の途中だったが、既に返事を聞き終えた高杉は足早にそこを去った。
高杉は不機嫌そうに階段を下りると、乱暴に靴箱の扉を開け、外靴に履き替える。外で待っているのか、と淡い期待すら抱いたが、あっさりと裏切られた。部活してる奴等以外、誰も居なかったのだ。
更に苛々が積もり、それならさっさと帰ってやる、と正門に近付いていく。


「ちょっ、駄目ですよ」
「!?」


ひよりの声が聞こえた。焦るような、誰かに注意する声。
門の外で待っていたのか。悪い虫が付いたのかもしれない、と高杉はすぐ門を出ようとした。


「良いって。たまにはこれくらいしてあげなさい」


聞き慣れた声がして立ち止まる。記憶を巡らせなくても、嫌という程聞いた声。坂田銀時、高杉のクラス担任兼現代文担当教師。


「まあ今日も居眠りしてたけどな」
「あれ、ちゃんと言っといたのに」
「幸せそうな寝顔してやがったぞ。ほら、これ」
「あははっ可愛い!」


楽しそうな話し声に苛々が募っていく。すぐにでも駆け出して問い詰めたくなった。しかしここで出て行ったら負けのような気がして、躊躇われる。


「先生、有り難う御座いました」
「いやいや、じゃあ行ってきやがれ。待たせてんだろ?」
「……そうですね。有り難う」


その直後、ひよりが門から姿を現した。ひらり、白いものが舞う。


「あ」
「お」


声が重なった。


「あれ、高杉居たの?」


銀時の言葉が耳に入らない程、高杉はひよりから目が離せなくなっていた。俺はジャンプでも読んでくっかな、なんて軽口を叩きながら去って行く銀時が視界の隅に入ったが、高杉はひよりから目を逸らさなかった。
何で銀時と喋ってたんだとか、何でここに居たんだとか、色々聞きたい事はあったのに、そんな事が頭からぶっ飛ぶくらい、高杉は驚きを隠せない。


「……晋助?」


ひよりが恥ずかしそうに高杉の名前を呼んだ。陽光がひよりの髪を煌めかす。


「ひより、何してんだテメー」
「だ、だって……」


ひよりは、所謂メイド服を着ていた。先程視界を過ぎった白いものは、背中の大きいリボンだったらしい。しかも頭にはうさ耳。周りからの視線が痛くて仕方がない。しかもその恰好で瞳を潤ませるものだから、コイツには危機感がないのかと心配になる。


「今日、晋助の誕生日だから」


すっかり忘れていた。家族にすら何も言われなかったし、カレンダーを見ても何も感じなかった。本人すら忘れていたというのに、ひよりは覚えていたらしい。


「覚えてたのか?」
「当たり前でしょ!……お、幼なじみなんだからっ」

顔を
赤らめて言うひよりが可愛い。可愛くて仕方がない。


「行くぞ」
「え?」
「他の奴に見てほしくねーんだよ。行くぞ」


高杉はひよりの手を握って歩き出す。ひよりがそっと手を握り返してきたのは意外だった。
歩いている最中は無言のまま。しかしあと少しで家だと言う時に、ひよりは口を開いた。


「晋助」
「あ?」
「誕生日おめでとう」
「……あぁ」


その次の、囁くように呟かれた言葉に、高杉は驚いて立ち止まった。


「……大好きだよ」
「は!?」
「あ、えと、今のはっ」


慌てるひよりに愛しさが込み上げる。それと同時に、言葉になって出て来た。


「俺も好きだ」
「えっ?」


ポカンと口を開けるひより。自分から言い出しといてその反応かとツッコミたくなったが、それよりもせり上がってくる感情が、高杉を急かしてくる。一人暮らしで良かったと思いつつ、ひよりに笑いかけた。


「早く帰るぞ」
「えっ、うん!」


にこっと可愛らしく笑うひよりの手を引きながら、玄関の戸を開けた。



離さない
(覚悟しろよ?)


2010/08/10
2012/02/17編集
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多分この後夢主の携帯の待ち受けは晋助の寝顔になったでしょうね。


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