困った。
そろそろ嫁ぐ先を決めねばなぁ、とは思っていたのだが、一気に幾つも縁談を持ちかけられた。失礼かもしれないがどの殿方もそれなり、といったところだろうか。聞いたところによれば、どこでも大丈夫そうな感触である。男性視点の話も聞いてみるのも良いかもしれない、と思い友人の孫市を屋敷に招いた。
「どう思う、孫市」
「ふぅん、お前もそんな年になっちまったか」
「まるで親父のような物言いだな」
「せめてお兄さんにしろって」
兄、は確かにしっくりくるかもしれない。私の父に恩があるらしい孫市は、父が亡くなった後も何かと私の面倒を見てくれていた。女好きという少々浮ついたところは困った物だが、それさえなければ信頼の置ける男である。私は女と見なされていないようなので、全く問題が無い。……何故か、少しだけ悲しい。
「で。好きな奴はいるのか?」
「特には何とも思わない方々だが」
「……そんな男に嫁ごうとしてるのかよ」
「私は父に代わってこの家を守る義務がある。それが果たせるなら、どこでも……」
良いのだ、と言い切るつもりだったのに、言葉にならなかった。何故か、胸が詰まる。父が亡くなる前に、家を守ると約束したのだ。早くに母を亡くし、男手ひとつで私を育ててくれた父の願いを、私は叶えなければならない。私にしか、出来ないことなのだから。なのに、何故。
「家なんかに縛られると、ろくな事がないぜ?」
「雑賀衆はそれでも問題無いのだろうが、私は……!」
「泣きそうな顔で言われても、説得力は無いんだがな」
「っ……!」
私は泣きそうになどなっていない。悲しい事ではないのだ、嫁ぐということは。顔が歪んでしまうのは、きっと孫市がいつもより意地悪だから。そうに決まっている。
「恩人の娘、ってのを抜きにしても……ほっとけないねぇ、お前は」
「……そういえば、ずっと気になっていたのだが。もう恩などに捕らわれなくても良いぞ、孫市」
「はぁ?何でだよ」
「お前が恩義を感じているのは私の父にであって、私には何の関係もないのだろう。だから、もう……」
「……お前なぁ!」
孫市はいきなり立ち上がり、私を見下ろしながら睨み付けた。どうやら基本的に温和な彼を怒らせてしまったらしい。
「すまん、孫市。怒らせるつもりは……」
「違う。怒ってなんかいないさ。憤ってるだけだ」
それは怒っているのと同義では無いのか、と言える雰囲気では無かったので口を閉ざす。気分を害してしまったのなら謝るのに。
「お前と俺が関係無い?はぁ?そんな訳が無いだろ!」
「確かに、私も世話になったから感謝はしている。けれど、義務だと思っているのなら、私に縛られる必要は……」
「義務だとか縛られてるだなんてこれっぽっちも……ちっ、とにかくだ!」
いつも飄々とした孫市にしては珍しく、動転しているようだった。大きく息を吐いた後、孫市は今までの大声とは一変して小さく、ぼそりと呟いた。
「お前が、好きなんだ。ナマエ」
……聞き間違いで無ければ、そう言った。まるで絞り出すみたいに、苦しげな声と表情。今までに見たことが無い孫市に、私はどうすれば良いのか分からない。
「お前の親父さんへの恩義も確かだが。お前が好きだから、世話だってした。お前の願いなら何でも聞いてやりたいと思ってた」
「孫市……」
「お前が嫁ぐっていうなら、それで幸せだっていうんなら、喜んで送り出してやる。でも、どこにいようが誰のもんになろうが、俺は……お前の味方だ」
見上げた孫市は、顔を歪めていた。こんな辛そうな表情をさせている原因は……私だ。意を決して立ち上がり、私は孫市に抱きついた。
「……なっ!?」
「そんな顔しないでくれ、孫市」
「ナマエ……?」
「孫市の喜ぶ顔が、笑顔が私はみたい。けど、幸せだって思える嫁ぎ先が思いつかない」
父が懸念していた家の存続。約束した事だから、守りたいのは本当だけど。それを優先したら、孫市が喜べない。笑えない。ならば。
「その相手が見つかるまで……私は」
「ナマエ」
「何だ?」
「相手は探すまでもねえだろ?」
「え……?」
「俺の笑顔が見たいって言うんなら、俺のもんになってくれりゃあ良い」
「え?」
「俺が、好きなんだろ?」
孫市が、好き?
言われてから、胸の中で渦巻いていた気持ちに何だかしっくりと当てはまった。
そうか、私は孫市が好きだったんだ。
「どうするかは、お前が決めるんだ」
「……うん」
「ま、答えは簡単だけどな」
孫市はにっこりと笑って、私の額に、こつんと額をあてた。
お前が選ぶのは、勿論俺だろ?
二人で幸せになろうか
男前っぽい主人公でお送りしました。孫はそんな子も似合うと思うのだ。
これにて拍手用に書いていた産物は終了。ストック……!
title thanks:確かに恋だった
2011/11/28
天倉