愛で花

北向きに開かれたその部屋は、春先の長閑な屋外とは対照的に薄暗く肌寒い。だがそれを心地好いと感じるその屋敷の主は、其処で終日骨董を愛でたり書を嗜んだり、悠揚と過ごすのを好んだ。今も、脇息に凭れて見事な枯山水の庭を眺めていた。




「……おや、」




何時の間にか微睡んでいたらしい。目を開けると、縁側で娘が花を生けていた。珍しくぼんやりとしているその男に、娘が目は向けぬまま静かな声で呟く。




「おはようございます、久秀様」

「あぁ、おはよう。…どれ程寝てしまったか、卿は分かるかね?」

「私が来た時は既に…ですから、半刻位でありましょう」

「ふむ…そうか」




顎に手を当てながら、男―松永はナマエを見やる。椿の枝を生けるナマエの所作は、彼が傍に置く娘だけあって洗練されていた。中天を過ぎた淡い白光に縁取られたナマエは、さながら影絵のようで、松永はその情景に笑みを深める。




「江戸では桜が咲き始めたそうですよ」

「卿は桜が好きかね」

「はい。久秀様は…お嫌いですか?」




囁きではあれど、凛としたナマエの声は耳に心地好い。嫌いではないよ、ただあれは儚すぎるからね。そう皮肉混じりに言えば、ナマエもやはり、と納得したように頷いた。




「薄紅の色も、香りも、少々控えめですからね」

「そうだな。椿の方がいくらか好ましいかも知れん」




赤い花はやがて花ごとぼとりと落ちる。花びらがひらりひらりと舞い落ちるのも風情があるが、椿は悲壮な潔さを持ち合わせている。それがなかなか松永の気性に合った。




「…だから椿を選んだのか。いやはや、ナマエの慧眼には恐れ入る」

「お褒めに与り、恐縮です」




くすり、と笑んだナマエに松永も笑みを浮かべる。卿が好きならば桜を愛でに行くのも悪くない。その呟きにナマエが小首をちょいと傾げた。




「花見、では無いのですか?」

「花は見るものではないよ。愛でるものだ」

「愛でる、ですか」




松永は立ち上がり、ナマエの側へと歩み寄ると膝をつく。見上げるナマエの顎を掬い、くつりと愉しげに笑ってみせた。





愛で花
卿も勿論愛でる対象だ






(…もう、久秀様ったら)
(卿の照れる様はいつ見ても愉快なものだ)








空前の松永さんブーム(天倉脳内)なので。全くけしからんおっさんです。

桜より椿云々の話は天倉の偏見です。松永さんにはどちらも似合うとは思いますが。

これからちまちま増える、筈。


20110331
天倉