余韻を
残して


――パシャン。



手桶から柄杓で水を掬い、庭先へと。

早暁の光を浴びた小さな水飛沫は目映く、軽やかな音を立てて弾ける。




「おはよう。卿は早いな」



それを幾度か繰り返したところで、久秀様が現れた。ぺこりとお辞儀を返し、手桶を片付けようとすると、やんわり呼び止められた。



「如何致しましたか」

「私もやってみようかと思ってね」

「久秀様が……」

「何か、不都合でも?」

「い、いえ。どうぞ」



まさか主がそのような雑務に興味を示すとは思わなかった。ゆっくりとした動作で庭へ降りてきた久秀様へ、私はおずおずと手桶をお渡しする。久秀様は水を掬い上げると、優雅とさえ思える手つきで、



――バシャ。



「……ふむ」



何度か水を放ったが、久秀様のお顔は曇ったままだ。何かお気に召さないのだろうか、私には分からなくておろおろしていると。



「なかなか難しいものだな」

「え……、きちんと出来ていらっしゃいますが」

「卿の様に澄んだ音は、私には出せないらしい」

「音、ですか」

「そう。音だ」



言われて、嗚呼そうか、と気付く。私の立てる音が果たして澄んでいるのかは分からないけれど。



「手本をもう一度、見せてもらおうか」



久秀様は私に柄杓を持たせた。そしてあろうことか私の後ろに回って、私の手にお手を添える。後ろから抱き締められた様な格好に、私はすっかり縮み上がってしまった。



「緊張することはない。……いつもの通りで構わないのだよ、ナマエ」

「そ、うは言われましても……っ」



耳元で、久秀様の低く心地よい声が聞こえる。まだ日差しは暑さを伴わないのに、体中が熱でとろけてしまいそうだ。私のそんな様子を、くつくつ愉しげに笑いなさるのだから、久秀様は性質が悪い。



――バッシャン。



勿論いつもの様に出来るはずもない。
届いた音は、花瓶の水を乱暴にぶちまけたかの如く。
けれども。



「苛烈苛烈。……良い音だ」



久秀様は、私へそっと囁いた。






余韻を残して
水はまた、跳ねる







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七月頃に拍手用として書いたけど、何だかんだで季節を逃してしまったものその一。

今年の夏も暑かったですね。


title thanks:哀婉

2011/10/07
天倉